「着いた! ここがシッポウシティだ!」
あれから、あそこら辺から一番の最寄りということで、シッポウシティに案内されたわたしたち。
どうやら2番道路から三角形でいう斜辺に当たる部分を突っ切ってこの町の近くにいたみたい(昔は街道のようなものが通っていたっぽいけど、サンヨウシティを通る方の人の流れが大きくなって、今はだいぶ廃れていたけど、でもそこそこの道でした)。
このシッポウシティは観光ガイドによると『100年ほど前の倉庫が再利用され、活気づく町』と銘打たれている。
実際、古い倉庫や機関車の線路跡など、昔の町並みをこの町は残している。
「元々は倉庫街だったらしいね。隣りにヤグルマの森があるとはいえ、スカイアローブリッジのような大きな橋がかかるほどの河川があるんだ。海上輸送の拠点としてはちょうどよかったのかもしれないね」
「そんなところに何人かのアーティストが来たと。なんというか随分と奇特な人たちですね」
「まあそういう人種はどこか普通の人の感性とは変わってるものというのが世の常だな」
ただ、その奇抜な人たちが倉庫をオシャレに改造したら、それに釣られてだんだんと住民が増えていったとか言われているらしい。
「じゃあ、この町のジムがどこにあるか一旦確認しておこうか。もうすぐ夕方だし、ポケモンセンターにも寄らないといけないからジム戦は明日以降だろうしね」
「はい!」
わたしはこの町に来たことがなく、どこにジムがあるのかは知らないけど、ユウトさんの案内でどんどん町の中を進んでいく。
聞くと、この町に何度も立ち寄ったことがあるらしいため、この町のめぼしいものはだいたい知っているとのこと。
尤も、わたしからすれば勝手知ったるなんとやらといった風に、まるで元からこの町出身です言わんばかりに見えてしまった。
半歩先を行く彼。
そのほんのわずか手を伸ばせば彼の右肩に届いてしまいそうな、そんな距離にあるユウトさんの背に視線をやりつつも、それを他に向けてみる。
近代的な建物もチラホラ目には付くけど、殆どは、彼が『倉庫街』とい言ったが、外見上は本当に『元倉庫』といった感じの建物ばかり。
「この町は考古学の研究も盛んなんだ」
考古学っていうと昔のことをよく知るための学問(で合ってたっけ?)。
「は〜、温故知新なんて言葉がありますけど、それを実践してるって感じなんですかね」
「意識はしてないんだろうけどね。で、ここがその最たるところ、そしてここにイッシュ地方を代表するポケモンジムの1つ、シッポウジムがある」
そうして案内された場所はーー
「え? ココにジムがあるんですか?」
その外観からはどうにもここにポケモンジムとは思えなかった。
どちらかというと、
「博物館の方がしっくりときますが?」
石造りのゴシック建築なそれは正に『古くからある時代を感じさせる博物館』という様相を呈していた。
「うん、まあ実際は博物館も兼ねてるからね。何しろこの町のジムリーダーはジムリーダーであると同時に、この博物館の館長でもあるから」
「はぁ〜。つまり、博物館館長とジムリーダーの二足の草鞋(わらじ)を履いてるわけですか。すごいですねぇ」
「この地方のジムリーダーはジムリーダー以外の仕事にも就いてるからね。思わぬところにジムがあるって場合もあるから、知っておいた方がいいよ」
ユウトさんが言うには、レストランや遊園地の中にジムがあったり、掘削現場となる地下にジムがあるといった場合もあるそうで。
「なんていうか、変わり種過ぎですね」
「まあそうだな。さて、ジムも見たことだし、ちょっとあそこに寄っていかないか?」
ユウトさんの指差す先、そこにはーー
「『カフェ ソーコ』、ですか」
そんな木製の看板が掲げられたこの町特有の倉庫を改造した建物。
だけど、オシャレさはひょっとしたらこの町一番かもしれない。
その建物の傍にはテラスが設けられ、まるいテーブルにデッキチェア、その上をパラソルが覆うというような形で、外での飲食も可能としている。
ちょっとした花壇も各テーブルの周りに配置され、そこには綺麗な赤い花が咲いていた。
いい感じに時代を経て味を出す木造製の元倉庫に、同じ色目の木材を使ってつくられたテラスを初めとして、効果的なインテリアの数々はオシャレさと同時にどこか人心地つかせる、そんな気がした。
カランカランというドアベルの音とともに中に入ると、大きな開放感を感じる。
どうやら2階部分まで吹き抜けみたいになっているらしい。
さらに地下への階段もあるが、地下を覆う屋根もなく、階段以外はただ1階からの転落を防ぐ木製の手すりがあるぐらいだった。
「いらっしゃい。あら、久しぶりね」
「ども、ご無沙汰してます」
「ラル〜」
ユウトさんとラルトス(ずっと彼の肩に乗ってました)はカウンターの中にいる美人さん(たぶんこのお店のマスター。他に従業員らしき人は今は見当たらないし)と顔見知りみたい。
「いつものにする?」
「ええ、それで」
「ラルラルト〜」
「はいはい、ラルトスもね」
うん。
どちらかというと顔見知りというよりは常連さんですね。
あ、わたしはミックスオレを頼みました。
で、空いている適当なカウンター席に2人で並んで腰を落ち着けてから、ほどなくして
「はい、おまちどうさま」
まずわたしのミックスオレが届けられた。
「ところで、ユウト君はまたアロエさんのところで調べ物?」
「ん〜、最初はそうしようかと思ってましたけど、今は違います」
「ふ〜ん、じゃあ、隣りのかわいい女の子関連かな?」
「さあ、どうでしょう?」
ユウトさんはマスターの言葉に何も動じず、返している。
お、大人だなぁ。
わ、わたしなんて、か、かわいいって言われただけなんだけど、ちょっと顔が熱くなっちゃった。
でも、ユウトさんは本当に何も感じてないっぽいけど、わたしってそんなに魅力ないのかな…………っていったい何を考えているんだわたしは!
「そんなこと言っといてヒカリちゃんやシロナに知られたらどうするのよ?」
「大丈夫ですよ、彼女たちなら」
「まぁ、ほどほどにしときなさいよね。フラグ男」
「いや、そこまでは……」
「いやいや、いい加減自覚しなさい」
……ヒカリっていう人にシロナって人は誰だろう?
ユウトさんの知り合い?
何か気になるなぁ。
「ああ、そうそう。今日は水曜日だから、これはサービスね」
その話はおしまいとばかりにマスターがサイコソーダをもってきた。
わたしはそれを一気に半分以上飲み干した。
ふぅ。
あ、ユウトさんのラルトスがストローで飲む姿はなんというかムチャクチャ愛らしいなぁ、思えたくらいなんだから、これで若干ほてりは取れたかなっと思う。
さらにサイコソーダの他に——
「あの、この箱は何ですか?」
ユウトさんの言葉の通り、わたしたちの目の前には何の変哲もない箱。
いや、上部に穴があいていてそこから腕を入れることは出来そうな真っ白い箱。
「いやね、このカフェも開店してからもうすぐ10年になるのよ。で、いま、ありがとう感謝記念ってことで、くじを引いてもらって、そこに書かれているアイテムをプレゼントしちゃうっていうキャンペーン中なの」
「なるほど。ということはオレたちも引いても?」
「もちろんよ。ただ1人1回ね」
そういうことなら遠慮なく引いちゃおう。
ということで、箱の中に腕を入れ、くじを1枚取り出す。
ユウトさんもわたしの後に続いた。
くじは三角に折られていてそれを開くと——
「あ、わたし、水の石って書いてあります」
「あら、あなたそれ大当たりじゃない! よかったわね!」
「そうだな。水の石ならヒヤップを進化させることも出来る。実用的な当たりだな」
やっぱり当たりなんだ!
ラッキー!
で——
「ユウトさんはなんだったんですか?」
「ルトー?」
「オレは“ねらいのまと”って書いてある」
ねらいのまと?
いや、そんなの全然聞いたことないんですけど。
「あら、そんなの入ってたんだ。知らなかったわ」
いや、それはマスターとしてはどうなんでしょう?
自分のお店でやってることなのに。
「何が入ってるか把握してなかったんですか?」
「だって私だけではなくて従業員全員で用意してるのよ。おたのしみってこともあるから全部は把握してないわ。で、それってどんな効果のあるアイテムなの?」
「たしか『持たせたポケモンが受ける技のタイプ相性のうち、「効果がない」を無視されるようになる』っていう感じだったかな。具体的にいえばゴーストタイプにノーマルタイプの技は全く効かないけど、ゴーストタイプにこの道具を持たせれば、ノーマルタイプの技が当たるようになるっていうふうにね」
え?
なんですか、それ?
それって道具の意味なくない?
だって、ポケモンに持たせられる道具ってバトルを助ける役目になるはずなのに、それじゃあデメリットしかないじゃない。
「マスター、それ思いっきりハズレアイテムじゃないですか?」
「そうね。そんなアイテムはさすがにどうかと思うけど」
わたしたちの話が聞こえていたらしい2席隣りに座っているエリートトレーナーの男女も会話に加わってきた。
他にも聞こえていたらしいどこぞのおじさんたちも揃って苦笑いを浮かべている。
「そうよねぇ、さすがにそんなアイテムはまずいわよねぇ」
「いえ、オレは別にかまいませんよ、これで」
でも、ユウトさんはいたってそんな様子はなく満足している。
「でもねぇ、そんな欠点しかないアイテムじゃさすがに……。あ、じゃあ特別にもう1回引かない?」
「いえいえ、ホントにこれでかまいませんって」
「いいのいいの! キミの場合は特別よ。ほぉら、早く!」
Hurry Hurry!と急かすようにマスターがカタカタと箱を揺さぶる。
ユウトさんは「やれやれ」とそれに苦笑いしながらも、もう1回カサカサと紙がこすれるような音を立てながらくじを引いた。
そして、くじを開く。
「今度はどうでしたか?」
この店にいる全員がユウトさんに注目する。
「——うん、“だっしゅつボタン”って書いてあるね」
だっしゅつボタン?
またまた初めて聞くような名前のアイテムだ。
「そのアイテムの効果は何なの?」
先程と同じように代表でマスターがその効果を聞く。
「だっしゅつボタンっていうのは『持たせたポケモンが技を受けると強制的に交代する』っていう道具です」
う〜ん……。
「またなんともビミョーなアイテムね……」
「私、一応エリートトレーナーやってるけど使いどころがさっぱり思い浮かばないわ」
「ぼくも」
周りがさっきより一段とユウトさんの引いたアイテム、そしてクジ運のなさ苦笑いを浮かべていた。
かく言うわたしもその1人なのは言うまでもない。
「まあ何度も言ってますけど、オレはこれで全然かまわないですよ、ホント」
それでも、本人は気にせず——むしろ一段と満足したような——そんな表情を浮かべていた。
「はぁ〜ぁ、キミのクジ運のなさには同情するわ。今回は一段とサービスしとくね」
そうマスターはくじの箱を閉まって、その場を締めくくった。
「別にデメリットだけじゃなくて『ここ』なら最強の一角にもなることもありそうな持ち物なんだけどなぁ」
そんな呟きが聞こえたのはきっとこの場でわたしだけだろう。
■
翌日。
「キダチさん、ご無沙汰してます」
「ラルラ〜」
「やあやあ久々だねぇ、ユウトくん。ラルトスも元気そうだ」
博物館に行くと、すぐさまこの男の人と出会った。
フレームの下半分が黒ぶちの眼鏡をかけた優しそうな人。
「紹介するよ、この男性がこのシッポウ博物館の副館長をしているキダチさんだ」
「よろしくね」
「はい。わたしはカノコタウンのトウコっていいます」
「そうかそうか。ところでキミはユウト君の助手かな?」
は?
助手って?
「いえいえ、違いますって。オレは彼女の付き添いで、彼女はアロエさんに用があるんです」
「ああ、そうかそうか。最近は考古学の件でばかり、ここに来るからてっきりね。うんじゃあ、せっかくだから僕が案内しよう。いいよね、ユウト君」
「ええ」
そうしてキダチさんがわたしたちを連れて博物館内の各所に展示されている展示品を案内してまわった。
「隕石とかドラゴンポケモンの骨格標本とかすごいですね!」
「それがこの博物館の売りだからね。」
「いろいろあるんですねぇ。あっ、あれはなんですか?」
そこにはなんだか古そうではあるけど、とてもキレイな石が展示されていた。
今まで宇宙の神秘を想像させる隕石や、カイリューやアーマルドのような全身骨格の標本があったりと、スゴイものが展示されていたから、当然これも期待が高まる。
「ああ、それはただの古い石です」
「……え?」
「砂漠辺りで見つかったのですが、古いこと以外には全く価値がなさそうなものでして……。ただ、とてもキレイですので、展示しております」
「あ、そうなんですか……」
なんだろう。
なんとなく、ガッカリしたような釈然としたような。
これを展示しようと思った人に若干聞いてみたくなったりもした。
そう思っていたところで、キダチさんが足を止める。
目の前には中2階へと続く一見豪華なお屋敷にでもありそうな階段が目に付いた。
階段の先には銅像——ポケモンリーグ関連施設を指し示す——が厳かに立っていた。
「この先ポケモンジムとなっております。一番奥で強くて優しいジムリーダーが待ってます。ちなみにジムリーダーのアロエは私の奥さんなのです!」
「あ、それ知ってます」
わたしのその言葉にその後しばらくキダチさんは肩を落としていた。
なんでも、毎回毎回トレーナーの驚く顔が見てみたかったとのこと。
意外にオチャメな一面もあるんですね、キダチさん。
■
その階段を上った先の奥の部屋で、女の人と会った。
「アタシがシッポウシティ、シッポウジム、ジムリーダーのアロエだよ! よろしく!」
エプロンの似合うキレイな女の人だった。
というより、何だか“肝っ玉お母さん”という感じの安心感がある。
「さて、ジム戦てことでいいんだね?」
「はい!」
とにかく一度挑戦!
もし仮にダメなら何度でも鍛え直して挑めばいい。
絶対勝ってバッジをもらう!
わたしのポケモン、ラルトス、ヒヤップも気合十分だ。
「ジャッジはこの不肖キダチがしましょう。それでは、ルールの確認です!」
・バトルは2VS2のシングルバトル
・道具の使用はなし、ただ持ち物(ポケモンに持たせる道具)の使用はあり
・ポケモンの交換は挑戦者(つまりはわたし)のみOK
そしてキダチさんが提示されたルールは以上の3つ。
「さて、トウコ! アンタの相手はアタシ、アロエがやる……つもりだったんだけどね」
アロエさんは、なにやらキダチさんの隣、つまり、審判の立ち位置から一歩も動こうとしない。
?
え、どういうこと?
「アロエさんがバトルをやらないんですか?」
「あたしじゃないね」
え、意味がわからない。
「ジムリーダーが相手せずにジム戦なんて出来るんですか?」
「できるさ!」
わたしの声に答えたのは、昨日出会って、でもさんざんお世話になっている声。
もう耳に記憶してしまった声。
その声の主は——
「オレがキミの相手だ、トウコちゃん!」
「ユウトさん!?」
いつのまにかフィールドの対戦者が立つポジションに立っていた——ユウトさん。
そしてキダチさんがバトルフィールドのあるホール全体に響き渡るような声を張り上げた。
「それではこれより、シッポウジム臨時代理ジムリーダーユウトと挑戦者トウコのバトルを始めます!!」
なんだろう。書いていて思ったけど今までとはまるっきり違うような。
一応おことわりしておきますが、今までの話もこの話もすべて同一人物が書いていますからね。
ちなみにユウトが零した『ここ』とはこの世界という意味です。ただ現実においては結構わかりやすかったり。