カントー地方
岩山や洞窟は広大かつ複雑なものが目立つが、基本大部分が起伏の少ない平野で構成されているため、他の地方に比べて『旅をしやすい地方』とされている。
天候が極端に変化するといったことがないということも、その評価の後押しをしている。
そしてこの地方は他の地方とはもう一つ異なるものがあり、それが街ごとにモチーフとなる色が存在することである。
その中で「白」をシンボルカラーとする町、マサラタウン。
ポケモンセンターもフレンドリィショップも存在しない町だが、カントーでは何かと話題に上りやすい町である。
理由としてはいくつか挙げられるが、その中の1つに、本日の話題にも関係する、オーキド研究所の存在がある。
オーキド研究所とはカントーを代表するポケモン研究者であるオーキド博士が私財を投入して建てた、『田舎』という立地条件を生かして広大な敷地面積を誇る、自宅も兼ねた研究所である。
そこにはオーキド博士に縁あるトレーナーたちが捕まえた数多くのポケモンたちが、預けられていて日々暮らしているが、今日はその中で、あるトレーナーのポケモンたちについてを見てみることにする。
*
オーキド研究所の敷地内のとある一角に、ある種異様な光景が広がっていた。
どのような光景か。
それは大小様々な多くのポケモンたちが一様に、体躯の小さな方から順に整列をしているのである。
地に足を着けられるポケモンは言わずもがな、空を飛ぶポケモンは地上に降り立って、水中を住処とするポケモンは水面の岸辺近くにまで上がって。
その光景はポケモンの数も相まって、異様であるとともに、上から見渡せば絨毯が広がっているようにも見える壮観なものでもあった。
もし外部の人間がこれを見たら、
「いったい何事だ!?」
と口を揃えることは間違いないだろう。
尤も、この研究所の関係者には見慣れた光景でもあるので、今更気にはしない。
さて、そんなポケモンたちだが、今の今までは隣り同士での話し声(鳴き声)があちらこちらから聞こえていたのだが、あるポケモンがこの場に現れた途端、それらが全て止み、1体1体全てのポケモンがそのポケモンを自身の双眼で追った。
視線を一手に集める存在。
頭部は薄緑色に赤い突起がやや目立つ白い体躯。
その見た目はおかっぱ頭の小さな幼子にも似るポケモン。
彼女はその自らに集まる視線を全て受けとめ、それでも優雅に、落ち着き払った物腰で、中央に備えられた周りより一段高い高台を目指して歩く。
「(みんな、揃ったかしら?)」
「(ああ。新メンバーは?)」
「(ちゃんといるわ。今見えないのはちょっとしたサプライズと今日のイベントに少しばかりの華を添えるためよ)」
「(そうか)」
高台の脇に控えるドラゴンポケモン、ボーマンダと軽いやり取りを交わすそのポケモン——ラルトス。
彼女はこの集まり——ユウトのポケモン——の中では一番の最古参であり、並み居る強豪揃いのこのメンツの中でトップの実力を誇る、この集団のリーダーであった。
そして彼女はボーマンダの脇の高台に登る。
「(みんな、ごきげんよう)」
すると返ってくるのはそれぞれのポケモンが、腹に力を入れて出すようなハキハキとした鳴き声。
「(ラクにしてくれていいわ)」
すると一斉に鳴り響く、足を横に一歩踏み出したことによって青々としたほぼ垂直に立つ草の先端が地に叩きつけられるときに発する音。
どこぞの軍隊も斯くやというべきの統一具合である。
「(今日はわたしたちの新しい仲間を紹介するわ)」
ちなみにユウトのポケモンたちがこういったセレモニーを行うのは初めてではないが、かといって最初からやっていたわけではない。
最初は新しい仲間が出来れば、そのパーティー内、あるいはここに預けられた同士で勝手に自己紹介等はやっていたが、旅をする地方が多くなるにつれ、仲間の数がどんどんと増えてくる。
合計して300も400もいれば、それらの手間と時間は計り知れない。
それをラルトスがユウトに持ち掛けたら、「一遍にやっちゃえばいい」として、『一度で全体に示す』こんなセレモニーを提示されたわけである。
自他共にユウトのポケモンたちのまとめ役を認めるラルトスとしても、自身の立場を改めて明確に示せるということもあり、それを取り入れたのだった。
尤も、ラルトスは普段ユウトと旅に出ているため、ラルトス自身がこれに参加するのは珍しかったりもする(そのときにこれを取り仕切るのはだいたいがボーマンダである)。
「(じゃあ、いらっしゃい)」
そんなラルトスの呼びかけと共に、ラルトスの前方の空間がやや揺らいで淡い光を放つ。
テレポートの前兆である。
尤もそれはほんのごく僅かな時間のみ。
次の瞬間にはテレポートによって2体のポケモンが現れる。
「(紹介するわ。今度新しく仲間になったミュウとセレビィよ)」
「(どうも〜、みなさんよろしく〜)」
「(チィーッス、愚ポケモン共よろしく! ってアイタァッ!)」
どう見てもおふざけにしか見えなかったセレビィの挨拶に、思わずシャドーボールを打ち込むラルトス。
「(マジメにやりなさい、マ・ジ・メ・に)」
「(でも堅苦しいのイヤなんよぉ〜。ほら、アンタだってアットホームでいいって言ってたじゃん?)」
「(締めるところと緩めるところを間違えないように、と言ったはずよ。これが終われば肩の力を抜いていいから)」
「(ハ〜イ、では改めて。皆様方、わたくしはセレビィ。森に恵みを与える神様として今まで奉られたこともあるのですが、どうぞ普通に接していただけると助かります。よろしくお願い申し上げます)」
「(それでいいのよ。あ、ちなみに2体とも『幻のポケモン』とされてるけど、さっきセレビィが言った通り普段通りに付き合ってあげてね。みんなよろしく)」
最初とは打って変わった挨拶に、そしてセレビィにとっては効果抜群であり、かつ、手加減はしているといえど、あのラルトスのシャドーボールをモロに食らっても平然としているその様子に、全員がセレビィに対する印象を改めることとなった。
「(さて、紹介も終わったことだし、これでセレモニーを終わりにします。みんな、本当にラクにしてくれて構わないわ)」
ラルトスのその発言によって一気に場に弛緩した空気が流れる。
見てみると、本当にポケモンたちがリラックスした様子を見せていた。
「(そのままで聞いてちょうだい。ここで、ちょっとした交流イベントを開催するわ)」
まったくそんな話を聞いていないポケモンたちは、その話に驚き半分興味半分といった様子になり、ラルトスの言葉を聞き漏らさないように耳をそばだてる。
「(新しく入った仲間の実力を計るにはバトルが一番。でも、全員との対戦は不可能だわ。そこでこういったものを行います)」
そしてラルトスの提案したもの
それはおにごっこ。
人間の遊びの一つで、逃げる人をおに役の人が追い掛けて捕まえる遊び。
ラルトスはそう大ざっぱな説明を行い、これをわたしたちポケモンにも適用してみようという。
「(ただし、人間のものはおにが逃げている人間に触れればそれで終わりだけど、わたしたちはポケモン。それに少しアレンジを加えましょう)」
アレンジ1つめ、おには逃げるポケモンにバトルを仕掛けてこれに勝つこと。
おにが勝てば終わり、おにが負けるか、逃げられればまだまだ続行ということ。
そしてアレンジ2つめ——
「(逃げるのは新入りのミュウとセレビィ、おにはそれ以外の全員よ)」
*
「(おにさ〜ん、こちら♪ 手〜の鳴る方へ〜♪)」
セレビィが後ろを向いて飛び、歌いながら手を叩く。
その後ろを追い掛けていくケンタロスやガルーラ、サイホーン、グラエナなどの草原に生きるポケモンたち。
そしてやや視線を上に移せば、チルタリスやクロバット、ピジョットなどの大空を自由に駆けることのできるポケモンたち。
地上を走るポケモンたちはすてみタックルやはかいこうせん、空を駆けるポケモンたちはブレイブバードやエアスラッシュなどで攻撃を加えてミュウやセレビィの逃げる速度を落とし、是が非でもバトルに持ち込もうとするが、2体はヒョイ、ヒョイとアッサリそれらの攻撃をかわしていく。
そうこうしているうちに森林や水辺、岩場や洞窟などを抜けていく。
途中、はっぱカッターやむしのさざめき、れいとうビーム、ハイドロカノン、ストーンエッジなどが飛んでくるが、撃墜するか避けるかで被弾は一つもない。
それはちょうおんぱやねむりごななどの変化技についても例外ではなかった。
「(ねぇ、ミュウ、そろそろ二手に分かれて逃げようか)」
もっと、二人で撹乱しようと持ち掛けるセレビィ。
しかし、斜め前方を飛ぶミュウは一向に反応しなかった。
「(ミュウ?)」
「(誰に向かって話しかけてるのかしらねー)」
不意に後方から聞こえる声に振り向くセレビィ。
そこには赤と白のコントラストで彩られた、人によっては『とてもかわいらしい』ポケモン、
「(ラティアス)」
「(はじめましてなのねー)」
セレビィは停止する。
後にこのことを振り返ったとき、「なぜだか逃げるよりは戦うべきだと思ったから」だという。
「(いいユメは見れましたかー?)」
「(ユメ?)」
「(そうなの)」
ここで、セレビィはおかしなことに気づく。
自分は止まっているはずなのに、どうして視界に映るミュウは飛んだままなのか?
しかも、振り返って先程とは正反対の方向を向いているのに、どうしてミュウは自分の前方を飛び続けているのか?
すると、セレビィの前方にいたミュウがフェードアウトしていくように消えていった。
これを見て、セレビィは『これは断じてテレポートなどではない』と判断する。
「(今まで見ていたのはお兄さまが見ていた光景。それをそのままあなたに見せていたの)」
人はそれを“ゆめうつし”と言う。
ゆめうつしはラティアスとラティオスのみが使える特技。
時同じくミュウもラティアスのゆめうつしにより幻覚を見せられていたことに気づく。
「(さあ、いくわよ、セレビィ。あなたを捕まえられればユウトともまた旅に出れるし、おねぇさまとも添い寝できるの!)」
景品として、おには捕まえられれば、逃げる方は一定時間逃げ切れば、『何か一つ願いを叶えられる』というものになっており、ラティアスはユウトの手持ちメンバーに加えられて一緒に旅に出ることを望んでいた。
また、ラルトスとは個人的に、捕まえられれば添い寝OKの許可も貰っていた。
「(ぜっっったいに捕まえてみせるのね!)」
ラティアスは手を伸ばせばすぐそこまで届きそうになる現実のために燃えていた。
*
おにごっこの様子を見るために、ボーマンダがラルトスを乗せて飛んでいる。
眼下にはラティアスとセレビィのバトルが繰り広げられていた。
やや離れたところでは、ラティオスとミュウもバトルをしているようだった。
「(まったく、あの甘えん坊さはなんとかならないかしら)」
「(フッ、しかし、お前を見ていると満更でもない様子だが? 常のお前ならタクトのように嫌なものは完全に拒絶するが、ラティアス含めてここにいる皆にはいくら強請(ねだ)られても断ることはなかったと思うのだが、違ったかな?)」
「(……もう!)」
「(ハハハハハ)」
ラティアスの様子にラルトスは呆れたような溜め息をつくも、ボーマンダにはからかわれてやや膨れた様子。
しかし、どちらからも見て取れる様子として、“全て”を楽しんでいること。
ラルトスは野生として過ごしたことは一度もないが、ボーマンダを含め、仲間たちの中には元は野生だったものも大勢いる。
彼らを含めて皆、自分たちを大切にしてくれるユウトが好きで、ユウトのポケモンになれたことを心から誇りに思っていた。
この先もずっと彼と共にいたい。
彼の隣を彼と共に皆で歩みたい。
そして、できれば暖かな彼の腕に包まれていたい。
「(そろそろ決着がつきそうね)」
「(ではそろそろ止めに入るか)」
「(そうね。いきましょ)」
彼らは幸せをかみしめていた。
〜関係ないオチ〜
【後日】
ユウトが研究所に訪れるとミュウとセレビィがいない。
「あれ、ミュウとセレビィは?」
「(ゲンガーが言うには、ときわたりで修行の旅に行って来ると。しばらく帰ってこないそうよ)」
「なにそれ!? 育成できないじゃん!?」
彼らが時系列的にこの先登場することはある……のか??
ということでミュウとセレビィは退場させました。
書き始めた当初は伝説・幻はラティ兄妹以外は主人公を除く各人に均等に配置していこうと思っていたのに主人公に集まり過ぎたので、その処置ということで。
次回はおそらく第2部が上がるかと思われます(原作ゲームは全然話が進んでいませんが、外伝にもやや詰まっていますので...)