ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

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外伝 多すぎる犠牲と新たな決意

嵐の月(08月)14日

スズヒサはその日、魔導院の広間に集まった兵士達を前にしてひとつの演説をせねばならなかった。

 

「兵士諸君。我が朱雀は未曾有の危機に晒されている。

朱雀領から皇国の侵略者達を追い払ったとはいえ、奴らはまだ戦力を残している。

そう時をおかずして奴らは再びこの朱雀へと攻め込んでくるであろう。

そして、かつての同盟国も侵略者達と手を組み我らの領土を侵さんとしている」

 

兵士達は一様に不安そうな顔をする。

事実上、朱雀は孤立無援状態であると言われたも同然であるからだ。

 

「しかし、慈悲深き朱雀クリスタルは我らを見捨てはしなかった!

この国難にあたり、シュユ卿、そしてセツナ卿までもこの防衛戦争に協力してくれることを約束してくれた」

 

スズヒサがそう言うと、朱雀ルシであるシュユとセツナが壇上にあがった。

その姿を見た朱雀兵達は、ある者は熱狂的な歓呼の声を上げ、ある者は敬虔な信徒のごとく祈り、ある者は感涙して頭を下げる。

クリスタルを神のごとく崇める朱雀の民にとって、ルシとは敬服すべき対象である。

 

「シュユ卿は蒼龍戦線を、セツナ卿は白虎戦線で参戦される。

即ち、クリスタルは我らに祝福をたれたもうたということ。

我らは勝利する!勝って正義の所在が我らの側にあることを証明するのだ!」

 

兵士たちが熱狂したように鬨の声をあげる。

 

「西はミリテス皇国!東にはコンコルディア王国!

我ら朱雀が生き残るためには戦い、勝ち残るしかない!!

ゆえに我らは戦わん、祖国のために!祖国万歳!朱雀万歳!

悪逆なる白虎蒼龍同盟と戦う諸君らこそ、アギトにふさわしい存在である!

誰が認めずとも、私が保証する!諸君らにクリスタルの加護あれ!!!」

 

スズヒサの断言に兵士達は熱狂する。

その熱狂を背に、スズヒサは壇上から降りた。

 

 

 

軍令部の執務室でスズヒサは頭を抱えていた。

 

「辛そうな顔をしているな」

 

副官であるイスルギの言葉に、スズヒサは頷いた。

 

「ああ。最初から負けることが前提の戦いをするなど私の軍人人生ではじめてだ。

これから死んでいく者たちの愛国心を煽り、ほぼ確実に死ぬ戦場に送り出す。

これほど不名誉なことがあるか。私はいつからこんな卑劣漢になったのだ」

 

苦しそうに己を罵倒するスズヒサの心情をイスルギはほぼ正確に察知していた。

朱雀軍を自分の家のように思い、軍に所属する者たちを家族同然に見ているスズヒサのことだ。

そのスズヒサにとって、今回の戦いは(国家)を蝕む寄生虫(アレシア)を駆除するために家族(朱雀兵)を巻き込むという作業である。

苦悩せずはぬがないし、罪悪感を感じぬはずがない。

さらに寄生虫を駆除したとしても、彼らの死を国家の勝利に役立てることはできない。

その重圧がスズヒサを苦しめているのだ。

苦しんでいる朱雀軍入隊以来の親友を見て、なんとも言えない気持ちになる。

 

(前線で活躍できた時代に戻りたいな。

それなら、少なくともこんな部下を巻き込むようなことを企んだりせずに済むというのに)

 

スズヒサはかなり本気でそう思っていた。

彼が軍令部の長として他者の追従を許さない才幹を持っていたのは疑いないが、その本質は部下思いの愛国者であり、目的のために部下を巻き込む卑劣な選択をすることは彼にとって大きな負担であった。

だからこそ彼は前線を駆け回っていたあの頃に戻りたかった。

戦場を駆け回れた昔のように己の部隊を守るため、自軍を勝利に導くために己の上官さえ殴り飛ばしていたあの頃ならば、こんな汚い計算をせずに済んだのだ。

だが、子どもの方が大人より強いのは朱雀の常識。

それを無視して戦場に出てもお荷物になるだけである。

そう分かっている。叶わぬ願いであることなど百も承知だ。

それでも、彼はそう思わずにはいられないのだ。

昔はただ祖国の敵を倒すために全力を尽くすだけでよかったのだから。

 

 

 

嵐の月(08月)17日

 

「本当に間違いないのだな?」

 

スズヒサは戦場から帰還した武官の報告を軍令部で受け、念押しして聞き返した。

 

「本日、ビックブリッジでの戦闘において、セツナ卿の秘匿大軍神により、国境の長城要塞を粉砕。

皇国軍は大損害を受け、侵攻の足を止めております。また、ジュデッカ海峡上空で交戦中の蒼龍軍も皇国軍の撤退に呼応して本国に撤退していく動きがあり、我らの勝利であると言えるでしょう」

 

恐怖に震えた声音で武官が報告する。

動揺しているのが一目瞭然であるが、これを叱咤するのは(こく)にすぎるとスズヒサには思われた。

国境の長城要塞――今まで朱雀領内を荒らす皇国軍最大の戦略拠点であり、皇国がそれを建築してから百年以上、朱雀軍が幾度攻略に挑もうと揺らぎすらしなかった鉄壁の要塞――それが、たかが数分で跡形もなく粉砕されたなど朱雀軍に所属する者なら誰でもそうだろう。

スズヒサ自身、最初はその報告を取るに足らない冗談だと思ったのである。

だが、前線から同様の報告が多数上がり、呼び戻した前線の連絡将校の口からも聞かされると、スズヒサとて狂言のような事実を受け入れざるをえなかった。

 

「……それで秘匿大軍神による皇国軍の損害はどれほどと推定されているのだ?」

 

スズヒサの問いに武官は震えながら、呟く。

 

「……最低でも20万は固いかと」

 

その報告に軍令部に戦慄が走った。

20万。ビックブリッジに動員していた皇国軍の兵力が約60万であったのだから、秘匿大軍神だけで敵軍の三分の一を殲滅したという計算になる。

いや、あくまで最低の推測と言う点や、一緒に粉砕した長城要塞の戦略的価値も加味すると秘匿大軍神だけで皇国軍を半壊させたというほうが、より正確か。

 

「ですが……」

「ですが、なんだ?」

 

言いよどんだ武官に対して、イスルギが問う。

 

「秘匿大軍神召喚の時間稼ぎをしていた我が軍も圧倒的に優勢な皇国軍の熾烈な攻撃により、半壊――いえ、壊滅というべき被害を蒙り、本国へと撤退していく皇国軍を追撃できず、また、そんな状態ではビックブリッジを確保することもできず、最寄りの基地に撤退させてあります」

 

武官の報告に、スズヒサは深刻そうな顔でそうかと呟いた。

今回、皇国戦線で戦火を交えた朱雀軍の兵力は30万。

敵軍の2分の1という兵力差では、いかに魔法を操る朱雀兵でも付け入る隙を見いだせず、皇国軍の【数は力】という金科玉条が存分に発揮された結果、加速度的に損害を重ねていき、朱雀軍は自軍の兵の屍で皇国軍の侵攻を遅らせているような戦況だったのである。

そのため、損害の割合で言えば朱雀軍は皇国軍を遥かに上回る損害を被っていたのである。

皇国戦線に30万しか兵を用意できなかった理由は、同時期に攻め込んできた蒼龍軍に対する兵を裂かねばならなかったというのが表向きに発表されている。

が、スズヒサを始めとする軍令部上層部が新兵や予備役の投入に否定的であったことも理由のひとつだ。

というのも、軍令部からしてみれば明らかに勝ち目の見えない戦場に訓練終了して間もない新兵や、現役を退いたベテランを送り込むなど狂気の沙汰以外の何物でもなかったのだ。

もし新兵や予備役を戦場に送り出してしまえば、戦後に朱雀を担う人材が枯渇してしまうと。

もちろん、表向きには新兵は訓練不足で足を引っ張るだけで自軍の戦力低下を招き、予備役に現役だった頃の感覚を鍛え直す時間がないということにして、渉外局のフヨウと一緒にゴリ押しして議会に認めさせたのである。

だが、現状を見るにスズヒサ達は読み違った。

よもや秘匿大軍神とやらが、それほどまでに凄まじい存在であったとは。

過去にも秘匿大軍神が召喚され、それによって齎された甚大な被害の記録が残ったいたが、その記録があまりにも現実離れした内容であったため、スズヒサを始めとする軍令部上層部は記録がかなり【誇張】されていると受け取ったのだ。

だが、過去の記録は【誇張】どころか【過小】であったのではないかとスズヒサには思えた。

 

「0組は……、0組はどうなったのだ?」

「提出されたノーウィングタグを参照する限り、全員生きてはいるようですね」

 

その報告にスズヒサは顔を歪めた。

ノーウィングタグとは朱雀の民ならば、誰でも持っている自分の名前が刻まれたタグだ。

このタグは死者を切り捨てていくオリエンスの(ことわり)にあって、死者が生きた証である。

本来、肌身離さず持っているべきものであるが、候補生は貴重な存在であるため、死んだ時に即座に把握できるように出撃の際に院生局に提出することを義務付けられている。

これにより、アギト候補生の戦力把握を迅速に行うことを可能にしている。

だが、今回初めてスズヒサはその管理体制が憎たらしく思った。

私はこんなに低能だっただろうか?

多くの部下を死なせた癖に、戦死させようと激戦区に放り込んだ0組は一人も失うことなく平然と生きている。

今回の0組の活躍により、アレシアの横暴さが益々ひどくなるであろうことを容易に想像できたスズヒサは内心頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

死んでいった部下達にどう詫びればよいのか。

人を人も思わぬあの女を国家権力の中枢から追放するどころか、立場を強化させる結果になって。

 

「いや」

 

スズヒサは小さく呟いた。

予備役軍人を現役復帰させ、訓練を終えた新兵と残存兵力を再編成すれば、ミリテス・コンコルディア連合に十分に対抗できるだけの戦力を整えることができる。

白虎蒼龍同盟成立以来、祖国が白虎の占領下に置かれることを逃れ得ぬ未来と考え、たとえ祖国を売り渡すことになろうとも朱雀領民の命を守ろうと行動してきたスズヒサであるが、祖国を護ることが不可能ではなくなったと考えることができる。

そうなれば、2か国を相手に対等な講和を結ぶことも不可能ではない。

いや、勢いや敵の動揺や混乱なども考慮すれば、むしろこちらが敵国に大打撃を与え、城下の盟を誓わせることすら可能かもしれない。

否、そうしなくては、ビックブリッジで死んでいった数十万の我が軍の兵たちの上に立っていた者として、どうやって彼らの死に報いることができようか――!!

 

「わかった。下がってくれ」

 

決意を新たにしたスズヒサは報告にしに来ていた武官を退室させた。

 

「イスルギ」

「なんだ?」

「他の局長たちに【帝都に置ける0組の一件は不問にしたい】と通達しておいてくれ」

「いいのか?あいつらは魔法局のクソババアの走狗(飼い犬)だぞ?」

「忌々しいがこうなってはあいつらも重要な戦力だ。

何度か奴らが訓練しているところを見たが、能力面は評価できる。

人格面はまったく信頼できんが、奴らがなにか怪しい行動を取れば、0組を探っているマキナか、元々0組ではないレム・トキミヤが報告を入れてくるだろう」

「そうかもしれないが、レム・トキミヤは何も知らないし、マキナ・クナギリとて人の裏を探るのが本職という訳ではからな。いざと言う時に適切な行動をとってくれるか不安だ。本職――諜報部の局員にも探らせておいた方がいいと思うが」

 

イスルギの提案にスズヒサは一瞬考え込んが、すぐに答えた。

 

「ビックブリッジにおける秘匿大軍神の活躍のおかげで、戦いがどこにどう展開してもおかしくないほど戦況が混沌としている。そんな時にまがいなりにも味方である魔法局局長を探る手を、これ以上増やして不和の種を増やすのは避けたい。現状のままで十分だ。

諜報部に魔法局や0組の調査は頼む時は、もっと戦況が落ち着いてからにするべきだ」

 

スズヒサの判断にイスルギは頷いた。




これで第6章終了。ビックブリッジの死闘はこれにて終了です。
結局、直接ビックブリッジの戦い描写できなかったが、許して。

:予備役や新兵:
正直、原作で朱雀軍は相当ひどい状況に追い込まれていると言うのに【大戦末期の朱雀軍】によると最終的に朱雀軍は80万という大兵力にになっていたそうです。
増えすぎだこらあああ!!つーか、大戦始まる前の時点でも20万前後だろ?
なんで開戦前の4倍の規模に膨れ上がってるんだああああああ!!!!
という疑問をそれなりに解決するためにこんなオリ設定つくってみた。
まあ、それだけで80万に増加するとは考えにくいので、これから朱雀では10代~20代半ばの少年少女は問答無用で徴兵されたりすると思われます。

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