ってなわけで朱雀編突入。今回は軍令部長だけじゃなくマキナの話もあるよ。
土の月(07月)21日
軍令部では怒声が響いていた。
「とにかく!ドクター・アレシアがなんと言おうとこの度の0組の失態は看過できん!奴らが朱雀をこの窮地に追い込んだのだ!」
怒声を発している人物は軍令部長であるスズヒサである。
「……」
怒声を浴びている0組指揮隊長クラサメはなにも言いかえさず、スズヒサの言葉を聞いていた。
「0組の指揮隊長である貴様も、ただで済むと思うなよ」
「無論です。彼らの行動の責任は私にあります」
既に前線勤めから足を洗って久しいとはいえ、歴戦の名将であるスズヒサの怒りには凄まじい威圧感は前線勤めの頃から欠片も衰えていない。
だが、クラサメは、毅然とした態度でそう返した。
それでスズヒサの怒りがやや収まったように感じられた。
「長い間戦場を離れていたとはいえ、元朱雀四天王の名は伊達ではあるまい。
次のミッションに参戦し、戦果をあげてくるのだ」
「……」
クラサメはスズヒサの狙いが明確に分かった。
なにせ、クラサメは既に26歳。全盛期を過ぎている。
魔力自体は残っているが、10年前の怪我が原因で長期的に戦うのはつらい。
なのに最初から前線に送り出すなど、死んで来いと言われているも同然だ。
「我が軍を勝利に導いた暁には、今回の0組の件は不問にしよう」
「格別のお計らい。感謝します」
実際、八席議会のほとんどが0組による背信行為を疑っているというのに、0組の一件を不問にするというスズヒサの言葉は格別の計らいと言ってよい。
だが、その為にスズヒサがつけた条件がほぼ達成不可能なのだ。
なにせクラサメが参戦するように言い渡されたのは皇国戦線における決戦だ。
朱雀軍は蒼龍戦線に候補生部隊の大部分を送り込むことを決定しており、皇国戦線に送り込まれる候補生部隊は微々たるものだ。
それに加え、純粋な兵力差の問題もある。
どれだけ多く見積もっても皇国戦線に送り込まれる朱雀軍の兵力は30万。
それに対し、皇国軍は最低でも50万以上。絶望的にもほどがある戦いだ。
一応、セツナ卿が古の大戦で活躍したという秘匿大軍神を召喚するというが、どこまで期待して良いものか……
「必ずご期待に添えるよう、全力を尽くしましょう」
それでもクラサメは無罪であると信じている部下を護るためにそう言うしかなかった。
敬礼して、クラサメは軍令部から出ていく。
「ふんっ。死にぞこないになにができる」
クラサメが出て行った扉を睨みながら、スズヒサは呟いた。
「意地の悪いこと」
声が聞こえた方向に体を向けるとそこにはタヅルがいた。
タヅルは兵站局の長であり、軍と兵站は切っても切れない関係にある。
つまり、別に軍令部にいても何の不自然もない人物ではある。
クラサメとのやり取りを聞いたいたのかとスズヒサは眉を顰めた。
「氷剣の死神はもう使い物にならないでしょうに。
今のクラサメにできるのは知識を与えることだけ。
彼を戦場に送っても無駄な死人を増やすだけでは?」
揶揄するような口調でそう言うタヅル。
遠回しに先程のクラサメに下した命令を批難しているわけである。
だが、スズヒサは悪びることはなかった。
「ルシの支援でもさせるさ。
それに私が見据えているのはこの戦いではない」
スズヒサはタヅルを睨みつけた。
「戦後だよ」
そう言い放ったスズヒサにタヅルはかすかに目を細めた。
間違っても軍令部長が、戦う前から言ってよい言葉ではなかったからだ。
「今後もあの女、ドクター・アレシアにデカい顔をさせるつもりはない!」
そこまで言われれば、スズヒサの狙いを読めないタヅルではない。
「ドクター・アレシアを追い出すために、クラサメと0組を戦死させたいのですか?」
「0組の崩壊はあの女の終わりでもある」
タヅルの問いにスズヒサはそう答えた。
そして遠くを見るような目でスズヒサは呟いた。
「次の戦いは、多大な犠牲を伴うだろう。そして恐らく勝気はあるまい」
そう言うスズヒサの声はひどく弱気なものを感じさせた。
正直、なんでこんな状況になってしまったのだと運命を呪わずにはいられない。
それを考えだすと――戦前に皇国の蠢動を軍令部が察知していたにも関わらず、軍の予算増加と権限拡大に反対し続けた上に、自らはこっそり0組なる特殊部隊を養成していたあの女――だいたいアレシアのせいだと思わざるを得ないスズヒサである。
その0組にしても実力はともかく人格面まったく信頼できない。
なにせ、あのアレシアを母と慕う連中だ。
放っておけば、次はなにを仕出かすか分かったものではない。
「ならば、邪魔な味方を葬る場にするのが賢い選択。
あの女に戦後に議会を握らせはせん」
スズヒサにとって、アレシアは危険極まりない存在だ。
ある意味、敵であるミリテス・コンコルディア連合の脅威より警戒している。
信頼できない狡猾な味方など、優秀で強力な敵より遥かに厄介なのだ。
「あまり、私は院長を巻き込まないでくださいな」
こんなことを言うからタヅルとカリヤ院長が愛人関係なのではという疑惑が横行するのだ。
だが、スズヒサはそんなことより、タヅルが0組の謀殺を黙認したと言う方が重要だった。
正直なところ、タヅルもアレシアの唯我独尊ぶりには辟易していたのだ。
もっとも、程度の差はあれ、八席議会の議員の過半数がそう思っているのだが。
「ああ、わかった」
スズヒサはそう言って、タヅルと事務的な話し合いをした。
いくら勝ち目がないとはいえ、多大な犠牲を減らす努力をせねばならなかった。
それが軍の長である自分の責任であるとスズヒサはそう思っていた。
スズヒサとタヅルが話し合いをしているほぼ同時刻。
魔導院の空き教室に、3人の人間が集まっていた。
「局長さんが2人も揃って、オレに何の用だ?」
その中の1人である0組のマキナは、残る2人――院生局局長のミオツクと学術局局長のザイドウに問いかけた。
「なにひとつ成果をあげんくせに、態度だけは一人前のようだな?」
ザイトウの台詞はマキナを苛立たせた。
「成果?どれだけオレが朱雀の勝利に貢献して――」
「違う。君のすべきことには他にもある」
マキナは困惑する。
ザイドウの言う他にすべきことに心当たりがなかったからだ。
「あなたから一度も、0組に関する報告を受けていません。
この任に志願したと聞きましたが?」
「……なるほど」
ミオツクに言われて、マキナはようやく事態を把握した。
しかしそれはマキナにとって不愉快なことでもあった。
「この件、てっきり軍令部長さんの独断かと思っていたが、朱雀議会でドクター・アレシアを追い出そうって話なのか。兵たちが命を散らしている間に、あんたらは味方の一人を締め出す算段を付けているってわけだ」
「言葉を慎め!」
マキナの言いようにザイドウは怒った。
「君はレム・トキミヤよりも自分が適任だと、かってでたのだろう?」
「それは……」
ザイドウの反論にマキナは言い返せなかった。
事実、軍令部長のスズヒサにそう言ったのである。
「無益な言い争いはこの辺に致しましょう。
私たちはただ、ドクターが隠しているものを明らかにしたいだけなのです」
ミオツクの言葉に、ザイドウとマキナは言い争うのをやめた。
「で? 0組はどうなのだ?」
ザイドウの問いに、マキナは自分の思う所を述べた。
「……0組は、ドクターのことを信頼している。いや、それ以上か。
みんなドクターのことを【マザー】と呼んで、とても慕っている。
まるで……家族みたいに……」
「ふむ。ドクターの意のままに動かせる、といったところか。
報告内容はそれだけではあるまいな?」
「0組は、候補生の中でも特に徹底されたプロ意識の持ち主で、戦闘中に私情をはさむことは一切ない。味方が死にかけていようと任務の遂行を最優先する。
仲間も平気で、見殺しに……する」
「なるほど。ドクターが作りだした戦闘兵器というわけか」
あの女にそんな武力があるなど危ういことこの上ない。
スズヒサも言っていたが、そんな連中を秘密裏に育成してる時点で、アレシアがなにか企んでいる証拠ではないかとザイドウは思った。
「でも……救える命は助けてくれた」
「ん?」
「いや、……ドクターがなにを考えているのかはわからないが。
……彼らには、なにも知らされていない気がする」
「何を言っている?
先ほど君がドクターと0組の間には、深い信頼関係があると報告したではないか」
「彼らはただ、言われた通り戦っているだけだ。
ドクターのために。それだけだと思う」
「ふぅむ。情報漏えいを恐れてのことなのか……」
聞けば聞くほど怪しさしか感じない。
ますますアレシアに対する不信感が深まるミオツクとザイドウである。
「現状では不審な動きは確認されていない。
そういうことですね?」
「ああ」
ミオツクの問いにマキナは頷いた。
もし0組が不審な動きをしていれば、レムの身を守る為に即座にスズヒサに報告している。
「だが、まだ結論を出すには早いな。
引き続き監視をするのだ」
「ああ、わかったよ」
「それが君の兄上への弔いでもあろう」
「っ!」
自分の兄の事をザイドウに触れられて、マキナは目を剥いた。
鋭い目つきでザイドウを睨みつけた。
それを見かねてミオツクが口を開く。
「あなたのお兄さんのことは聞きました。お気の毒に」
「兄上のためにも、君はこの任務を遂行すべきだな。そう思わんかね?」
「あ、ああ」
ザイドウの念押しに、マキナは頷く。
「では、次はこちらから催促せずとも報告をなさい。
あなたにとって、知人を探るような任務は辛いかもしれませんが、これは必要なことです」
純粋にマキナを心配しての言葉であった。
彼女は院生局の一局員であった頃から、候補生の環境に気を配ってきたのだ。
その彼女からすれば、9組のような特殊訓練を受けていない候補生に味方を探るような任務に就かせるのはあまり賛成していないのだ。
「別に辛くはない。
オレは0組とお友達ってわけじゃない」
抑揚のない声で、本音か嘘なのかいまいち判断に困る言い方だ。
「それでいい。だが、あの手練れの0組を一人で欺き続けるのは重労働であろう?
今後の0組の監視にあたり、レム・トキミヤにも君の補助をさせようか?」
「必要ない!」
レムを巻き込むようなザイドウの提案に、マキナは思わず反発した。
「いや、オレ一人で十分だ。
こんな仕事は……オレ一人で十分なんだ」
自分に言い聞かせるようなマキナの言葉に、ザイドウは内心で笑みを浮かべる。
「ならば、くれぐれも報告を忘れるな」
「ああ、わかったよ。わかった」
マキナの様子を見て、これ以上彼を問い詰めるのは酷だとミオツクは判断した。
「もうしばらく様子をみましょう。
ドクターを調べるようなことをしていますが、私たちも彼女を信じたいのです」
内心マキナにこんな任務を就かせるのに賛成していないミオツクがこれを認めているのは、ひとえにアレシアや魔法局の秘密主義を信頼できていないからだ。
そうでもなくば同僚を探るような真似を彼女がすることはなかったであろう。
「では行け」
ザイドウが顎で教室の扉を示し、マキナは教室から退室した。
「ふぅむ。イザナ・クナギリに弟がいたというのは、幸運であったな。
兄の件があるかぎり、0組に情が移ることもあるまい。悪くない采配だ」
ザイドウの言い様に、ミオツクは眉を顰める。
ミオツクと違い、ザイドウはアレシアの裏を知れるならマキナごとき使い潰しても構わないと思っている。
過去にザイドウは朱雀の各研究機関で奇抜な理論を大量に発表して物議を醸しだしてきたが、ザイドウからすれば自分の直感的に見えた答えに論理的整合性をつけてやっただけにすぎない。
そのザイドウの直感が、アレシアが怪しいと叫び続けているのだ。
マキナは報告を終えた後、寮の自分の部屋のベットに腰かけていた。
「オレは朱雀の候補生で、
イザナの弟で……0組で……
レムの……幼馴染で……?」
最近、自分を見失っている気がしてならない。
死線を共にする0組を内心疑っているからか。
それとも――
「オレは……」
玄武で力を求めた自分の決断故か。
八席議会の面子って全員優秀だと思うが、まとめ役であるカリヤ院長がアレシアの横暴を掣肘しないからこの有様。