ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

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旧帝室軍部

土の月(07月)25日

総督府シド・オールスタイン元帥執務室。

 

「それで、貴様はこの者らを前線に出せというのか」

 

シド・オールスタイン元帥は冷たい目で目の前の貴族を睨みつける。

その眼光に怯まず、貴族は泰然とした様子で返す。

 

「23日にエイボンを朱雀軍に奪還された今となっては皇国軍が取るべき道はひとつ。元帥閣下におかれてもお考えは同じとは思うが、朱雀領内に駐屯している3個軍を国内に後退させ、再編成をおこない、蒼龍軍の侵攻にあわせて再攻勢をかけること。

その再編成の人事についてこのユリウス伯が微力ながら助力しようと、優秀で忠誠心のある軍人を推薦したのだ」

 

ユリウスは軽く微笑みながら説明する。

 

「……軍の人事権は軍の元帥たる私が持つものだ。貴様が口出す必要は無いと思うが?」

「仰る通りです。ですので【命令】ではなく、【推薦】という面倒な形をとっている」

 

シドはユリウスの言い草に呆れたような感慨を抱きながら、提出した推薦した軍人の載っている書類に目を落とす。

ユリウスの言う通り確かに皆、優秀で忠誠心のある軍人である。

ただこの推薦された軍人達には、ひとつの共通点があった。

 

「推薦ということは私の一存で無視しても構わんのだな?」

「確かにその通りですが、その時は旧帝室軍部の優秀な人材を何故前線に出したがらないのか理由をお聞きしたいですな」

 

そう、ユリウスが推薦してきたのは旧帝室軍部に所属していた軍人たちである。

彼らは皇国そのものよりも、パラディス家に忠誠を誓っている軍人たちであり、かつて帝室軍部が通常の軍部と指揮系統が別々であったことから再び旧弊が復活することをおそれ、10年という時間をかけ、旧帝室軍部所属の者達を取り込むことによって徐々に勢力を削いできたが、完全に解体するまでにはいっておらず、旧帝室軍部の気風を色濃く残す部隊はかなりの数が存在する。

ユリウスはその者達に目をつけ、皇国軍が圧倒的優位な情勢で彼らを前線に立たせ、武勲をあげさせて貴族の発言力を得よう企んでいるのだろう。

 

「閣下、軍部の長である貴方が、かつて指揮系統を異にした旧帝室軍部の者達に偏見を抱くのはわかります。

ですが、それを理由として彼らを冷遇するというのであれば、貴族たちに喧嘩を売るに等しい行為ですぞ」

「冷遇などしておらん。他の部隊と同じようにモンスター討伐や後方支援に従事させ、功績に報いてもいるだろう。

偶然朱雀との戦場に立つ機会にあまり恵まれていなかっただけで、そのようないわれのない不平を言われても困る」

 

間髪おかないシドの反論にユリウスは鼻を鳴らした。

 

「なるほど。彼らが朱雀との戦場に立つ機会に恵まれなかったのは、偶然ですか。

しかしながら、そう思っていない者達は多いようですぞ。誰とは申しませんがね」

 

ユリウスはそのままシドにそういう不満を持つ者達の噂話を嘯いた。

この国はいつから下賎な平民の治めるオールスタイン朝の治める国になったのだと。

建国の父イエルクの末裔に仕えることこそ、人の国であるミリテス皇国の民の誇りではなかったのかと。

 

「この国は依然としてパラディス朝の国であり、私個人としても貴方が独裁官になる前からの忠臣の声にも耳を傾けて頂きたいものです。

閣下は行方不明の皇帝の代理人として、ルシス殿下の後押しで独裁官としての地位にあるのですからな」

「そんなことは分かっている」

「分かっているのならば、迷う必要はないでしょう」

 

シドは目を閉じて考え込む。

彼個人としてはパラディス家を含む特権階級は自分の独裁政権の正統性を確立する為の道具でしかなく、彼ら自身の能力に期待するものは何一つとして存在しない。

独裁官として様々な実績をあげ、多大な民衆の支持を得た今となっては特権階級を排除しても、皇国民の多くがシドを皇国の統治者として認めるであろう。

しかし排除するならするで問題がある。

領民に圧制を行う恐怖政治を行う腐敗貴族は10年前の時点でシドが一掃している。

今残っている貴族階級は『善良な凡人貴族』と『悪辣極まる腐敗貴族』の2つだ。

『善良な凡人貴族』はウラジミール・ユリウスを筆頭にルシス殿下に忠誠を誓う者達だ。

決して無能ではないが、だからといって有能でもない。

そのくせ、ユリウスのように自分らが国を導くのが正しいと信じて疑わない者達が少なくない。

曰く、建国の父イエルクとその同志である貴族の末裔こそが真に皇国を導けると。

その主張にシドは全く正当性を感じない。

第一、真に貴族が皇国を導くにたる存在であるならば平民の自分が台頭するまでもなく貴族達が己の力でこの国を変えることができたはずではないか?

そう思わずにはいられない。

第二に、『悪辣極まる腐敗貴族』の存在。これは反乱を企んだヴェランス大公などが該当する。

自分の領地ではそれなりの善政を敷く癖に、権力欲が強く、他の場所から価値あるものを権力で謀略でもって奪うことになんら躊躇いを持たない連中だ。

更に保身にも長け、そう易々と自分が黒幕であるという証拠を掴ませない。

それでいていかにも愛国者であることを装い、『善良な凡人貴族』と関係を結ぶのだ。

別に証拠なしでも強制捜査を断行できるだけの権力をシドは保持しているが、皇国内の帝政主義者が貴族領に集中しているため、やりすぎると内乱を誘発しかねない。

無論、内乱が起きても鎮圧は容易だが、対外戦争をしているこの状況で新たに戦線を抱え込むような危険な真似はしたくない。

 

(まぁ、よいか。この戦争で目的(・・)さえ達成すれば、戦後に誰がどのような政治を行おうと大した問題ではない)

 

シドにとってこの戦争は演説で主張するような『皇国民の総アギト化』の大義の為ではなく、『オリエンスを人の手に取り戻す聖戦』なのだ。

人が己の愚かさ故に、人類を絶滅させ、世界を滅ぼすならばよい。

だが、人から過去から学ぶ術を奪った得体の知れない存在の力と意思に扇動されて人と人が争い、千年に渡る戦乱の時代が続くよう仕向けられたあげく、ようやく平和の時代を築いた途端、面白みがなくなったと言わんばかりに人を滅ぼすような傲慢な輩にこの世界を滅ぼされるなど断じて許容できるものではない。

その弊害に比べれば、腐敗貴族が国を腐らせることなど健全な人の世であるとさえ言える。

 

「なるほど、では推薦された人材をこちらで検討させて貰おう。

そして貴様の言うとおり、優秀な人材であれば前線に送ろう。それでよいな?」

「えぇ、それでよいのです」

 

ユリウスはニンマリとした顔をして、執務室から退室した。

シドはそのまま皇国軍総司令部に訪れ、そこにあるビックブリッジ周辺の作戦地図と既に配置が決まっている部隊を確認し、どこに旧帝室軍部系部隊をどれくらい配置すべきか検討する。

 

(旧帝室軍部系部隊を前線に送るのは確定として、どれほどの規模で送り込むべきか……)

 

既に朱雀領内に進駐していた第三軍・第四軍・第五軍は皇国領内に後退を開始している。

損害の多かった第四軍・第五軍は解体、残存部隊は皇国領内に残っていた第一軍、第二軍からの兵員補充を受け、臨時編成の第一〇七軍・第一〇八軍を編成し、これを朱雀領内への再侵攻の前線部隊となる。

また後方に予備部隊として第三軍を置き、長大かつ重厚な前線を形成して相手に付け入る隙を見せず、確実に押し上げていく戦略を取る。

単純な戦略だが、単純な故に破るのが難しい戦略であり、これに対抗するには同規模の戦力が必要となる。

しかし朱雀軍はこの戦争直後から著しい兵力の損失に悩まされており、朱雀軍単独では皇国軍にすり潰される未来しかないだろうと推測されており、これを破る方法が朱雀あるとすれば甲型ルシの投入のみであろう。

だが、朱雀の甲型ルシ・シュユは蒼龍戦線に投入されるという情報を皇国軍が掴んでおり、皇国軍が相対するとすれば、乙型ルシであろうとされ、その心配を皇国軍は抱いていない。

シドは情報士官に朱雀の乙型ルシに関する記録を要求し、その資料を見た。

その資料を纏めると以下の通りだ。

 

『朱雀の乙型ルシはセツナと呼ばれる女性、現時点においてはオリエンス最古のルシ。

500年前の大戦の記録でその存在を確認でき、街一つを犠牲にしたものの蒼龍軍を一掃したとの記録あり。

朱雀の召喚獣を生贄なしに召喚できるとの情報があり、これを事実とするならば乙型ルシとしての脅威度は他国の乙型ルシと比べて高いと言える』

 

シドは朱雀の乙型ルシの具体的な能力がいまひとつ不明な為、眉間の皺を寄せる。

乙型ルシが戦況をひっくり返すような活躍をすることは殆どない。

局地的にはひっくり返せるが、大局的見地から見るとさしたる問題はないとされる。

それがオリエンスの人々の常識である。

しかしこのセツナというルシは街一つを犠牲にしたとはいえ、蒼龍軍の攻勢を退けた実績を持っている。

先の召喚獣を無数に呼べるほど魔法の腕前を考慮に入れると、ある程度詠唱に時間が必要だが甲型ルシの一撃に匹敵する大規模魔法を行使できると考えるのが妥当だろうか。

 

(となれば、ユリウスの推薦人物を全面的に受け入れるのも一つの手か。

勝って当然。それも圧勝でなければおかしいほどの戦力差でありながら、かなりの被害を出して辛勝すれば貴族どもの口出しを封じる材料になる)

 

そこまで考えると、シドは皇国軍総司令部にいる人事局の局長に命令した。

 

「第二次朱雀領侵攻作戦に置ける再編中の一〇八軍にはこの書類に載っている部隊を優先的に回せ」

 

そう言って、人事局長にユリウス伯から推薦された軍人リストを渡した。

かなり大雑把に説明すると第二次朱雀領侵攻作戦では、第一〇八軍が前衛部隊であり、それを補佐する形で一〇七軍を遊撃部隊として配置し、更に国境要塞後方に第一次朱雀領侵攻作戦において殆ど人的消耗をしていない第三軍を予備兵力として配置する予定だ。

要するに一〇八軍とは、最も戦果を立てやすい部隊であり、功を立てて発言権を得たい旧帝室軍部が最も任されたい配置と言えよう。

だがそれは同時に、乙型ルシがなんらかの大規模魔法詠唱してきたと仮定した場合、一番危険な場所ともいえる。

 

「ひとまずは、建国の父イエルクとその臣下の末裔の戦果に期待させて貰うとしよう」

 

シドは誰に言うでもなく、そう呟いた。


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