氷の月(06月)30日
朱雀八席議会の面々は沈痛な表情で渉外局局長フヨウ・トモシビの報告を聞いていた。
「――ということです」
「つまり、こういうことだな?
我が国が停戦条約の内容に不満を抱き、アンドリア女王とシド元帥の下に暗殺者を送った……と」
学術局局長ザイドウ・テキセはそう言うとバカバカしくてやってられんとばかりに肩を竦めた。
「ずさんなでっちあげの筋書きがまかり通るとは、オリエンスの法もいよいよ危ういですな」
つまるところそれがザイドウの本音だった。
少しでも損得勘定が出来る人間ならば、今回の件が皇国のでっちあげであることは明白なのだ。
「なぜこのような事態になったのだ?!打つ手はあったはずだろう!」
軍令部長のスズヒサが声を大にして叫ぶ。
朱雀軍を預かる彼から見て、現状は絶望的なもの以外の何物でもない。
一度半壊まで追いつめられた軍で二か国相手にせねばならないなど、悪夢にもほどがある。
「そもそも0組はなにをしていたのですか?
犯人だと名指しされているのは、彼らでしょう?」
院生局局長のミオツク・オオフマキは、暗殺者として皇国と蒼龍から名指しされている0組のことを問う。
「そうだ、0組はどこに行ったのだ?
奴らが法廷で証言していれば、ここまでこじれることはなかったはずだ」
スズヒサも0組の事はカリヤ院長とフヨウを守って白虎の首都から命がけで脱出してからの消息を掴んでおらず、0組のことを問う。
「皇国にて行方不明の後、先ほど戻ったと聞きましたが」
ザイドウはそう行って目線を0組の保護者である魔法局局長アレシア・アルラシアに向ける。
「えぇ、戻ってきたわ」
アレシアは表情をまったく変えずにそう肯定した。
その態度にザイドウは思わず、鼻を鳴らす。
「そうですか、ならお聞きしたいのですがね。0組はこの2日間、なぜ本国と連絡をとらなかったのか」
「さあ? 戻ってくるなり内務局があの子たちを拘束したから知らないわ」
「内務局?」
ザイドウが今度は内務局局長ムロウチ・クレタへと視線を移した。
「確かに、取り調べのため内務局の権限で拘束しました」
「ほう、では取り調べの結果を聞こうではないか」
「彼らによると白虎首都にいた時から何度も【COMM】で呼びかけたにも関わらず、応答しなかったと」
ムロウチの報告をザイトウはありえないと一笑に伏した。
普通に考えてありえない状況だったからだ。
「なんだ、それは! まさか朱雀の【COMM】が全て0組とだけ繋がらない故障を起こしていたとでも言うつもりか、バカバカしい」
スズヒサも0組の酷い言い訳に、腹立たしいことこの上なかった。
「どう考えても意図的に連絡をとらなかっただけだろう!!」
フヨウもザイドウやスズヒサに同意した。
「はい。報告を聞いた私も同意見です」
ムロウチも彼らの意見と同じく、0組が故意に本国と連絡を取らなかったと見ていた。
「事態を悪化させたのは彼らと言わざるを得ないでしょうな」
「責任の所在が0組にあることは、間違いなさそうですね」
ザイトウの言葉に、兵站局局長タヅル・キスガも同意する。
しかしタヅルは責任問題がハッキリしたところで、より重大で確実に迫る脅威の対処へと議題を移そうと言葉を続ける。
「しかし、失策を悔やむならば……」
「くだらない」
しかし、そんなタヅルの想いを踏みにじるようにアレシアが空気の読まない発言をする。
当然のごとく議員全員が顔を嫌な顔を浮かべ、スズヒサに至っては激怒した。
「くだらないだと!?
そもそも、あの者たちはドクター・アレシアの……」
アレシアを睨みつけながらスズヒサは、その怒りを言葉にしてぶつけようとした。
それにアレシアは煩わしそうにスズヒサを軽く睨んだ。
「いや……あ……」
するとスズヒサの頭の中が真っ白になり、言葉が続かなくなった。
その様子に周りの議員が怪訝な顔をする。
妙な空気に包まれて静かになったのを見て、議長のカリヤ院長が発言した。
「彼らの話は、ここまでにしましょう」
院長の宣言に何人かの議員が頷く。
これ以上0組について議論しても腹立たしさが増し、冷静さを失うだけだと思ったからだ。
「我々は眼前に迫る脅威に対し、なすべきことをなさねばなりません」
カリヤ院長のこの言葉に、我を取り戻したスズヒサは軽く咳払いをした。
「そうだ。ミリテスとコンコルディアの連合は今にも我らの領土に攻め込まんとしている。
この状況をなんとかしないことには――」
「【秘匿大軍神】を使います」
スズヒサの言葉を遮り、カリヤ院長が宣言した。
その宣言に八席議会が騒然となる。
「秘匿大軍神は、古の大戦より禁断とされているはず……」
「禁じられた顛末さえあること。院長はご存じでしょう?」
「そもそもですな。失礼を承知で申し上げれば、大軍神を使いこなせる人間などいるはずがない」
3人の局長が院長を諌めようと、様々な言葉でカリヤ院長を諌めようとする。
その声をカリヤ院長は手をあげることで止めると、厳かに言った。
「これはセツナ卿の御判断です」
会議室が静まり返る。
そう人間では大軍神を使いこなせる者などいない。
だが、人ならざる存在へとなったルシならば使いこなせる者がいるのだ。
「ルシ・セツナ……、あの者が動くと言うのか」
スズヒサの呟きには驚きと信じたくないという気持ちが混在した感情を乗せたものだった。
驚くのも当然といえば当然。
五百年もの時を生きるオリエンス最古のルシにして、裏のセツナと呼ばれるほど表に出ないルシなのだ。
そのセツナが動いたということは……
「これは、朱雀の真の危機である。
そうセツナ卿が判断された……ということですね?」
そうタヅルが考えるのも当然であった。
今回はルシが協力してくれる。そうと判った議員たちの表情は会議が始まった時と比べて幾分軽いものになったいた。
「であるのなら、私たちが反対することはない。ということになりますな」
ザイドウがそう言うとほとんどの議員がそれに同意するように頷いた。
「それでは、裁可をとりましょう」
ムロウチの発言を聞き、フヨウは思わずスズヒサの顔を窺う。
それに気づいたスズヒサはとても苦々しい顔で首を小さく縦に振る。
それを見てフヨウは小さくため息を吐き、賛成へと票を入れた。
当然のごとく全会一致で秘匿大軍神の使用が確定した。
「本当にくだらない」
その結果を見て、アレシアは心底どうでもいいような声で呟いた。
その日の夜、フヨウは軍令部に訪れていた。
イスルギ大佐に軍令部長の私室へと案内され、フヨウはドアをノックして入った。
するとスズヒサが疲れ切った表情でソファにもたれ掛っていた。
「これで何人の若者が死ぬことか」
フヨウの方に顔を向けて、スズヒサが小さく呟いた。
「仕方がない。それがルシの、いや、クリスタルの意思なのだから仕方ないよ」
「……クリスタルの意思か」
まったくもって忌々しいが、それがクリスタルの意思ならば朱雀の人間は異を唱えられない。
朱雀クリスタルに対する信仰を無くした者は、その加護を受けられなくなる。
魔力は失われ、人生は不幸になり、死後は闇の世界に堕ちるとさえ朱雀では言われているのだ。
そのクリスタルの代弁者たるルシの提案を否定できる者は朱雀のどこにもいない。
(あの時に議会を説得できなかった私が悪いのか……)
スズヒサの胸に昨年の暮れ頃に議会に提案した時のことが去来する。
あの時、既に白虎に不穏な動きがあり、なんらかの軍事作戦を企図していることを掴んでいたのだ。
その対策として軍令部の権限強化と予算増加を提案したのだが、アレシアとミオツクの反対にあって見送りなっていたのだ。
もしもあの時に議会を説得し、軍を強化できていたならば、ここまでの朱雀がここまでの窮地に陥ることもなかったのではないかと思うと……
スズヒサは首を横に振って雑念を払う。
今は過去を悔やんでいる時間さえ惜しい。
朱雀領民を守る為に今後のことを考える時間は限られているのだから。
「ルシがようやく戦争に参加か。今更にもほどがある」
僅かながらに苛立ちを乗せた声音。
もし開戦当初から朱雀の為に戦ってくれていたらという思いがスズヒサにあるが故だ。
「軍令部長。流石に不敬だぞ」
「だが、愚痴のひとつでも言わねばやってられんだろう」
「……」
スズヒサの切り返しにフヨウは黙り込んだ。
実際のところ、彼もそんな思いを抱いていたのだ。
「クリスタルの意思。それだけで全面戦争ということになったが、他の議員は分かっているのか?
我が軍は奪還した領土から全盛期の少年少女を根こそぎ動員しているのだぞ。
本来であれば朱雀の将来を担うべき若者を死地に追いやっている
スズヒサは苛立ちのあまり、近くにあった机に拳を振り下ろす。
その衝撃は凄まじく、木製の机に罅が入った。
「おまけに同盟国が寝返ったおかげで、我が国は完全なる自転車操業に突入した。
朱雀のルシが参戦する?その程度でこの戦況が覆るとでも思っているのかッ!
なぜルシが参戦するというだけであそこまで楽観的になれるのだ!!?」
第一、そのルシの数ですら劣っている。
白虎のルシは魔導院を攻めてきた乙型の消息は依然掴めていないが、甲型は健在だ。
そして蒼龍のルシは乙型の女王は死んだが、甲型のソウリュウは当然健在。
それにコンコルディアが新たに選ばれたルシである【
単純計算で3対2だ。
「この状況下では、秘密裏に白虎外交部の知人に話を持ちかけるのもよした方がよいでしょうな」
「ああ、最低でもあと数人の支持は得た上で白虎と交渉したい」
スズヒサとフヨウは既にこの戦争を完全に諦めていた。
なにせ、どんなに考えても負けるヴィジョンしか浮かばないのだ。
戦略・戦術的には超劣勢で、国際的立場は完全なる孤立。
この状況で夢を見れるほど彼らはお気楽ではなかったのだ。
故に降伏は止む無しと彼らは結論付けていたのだ。
となると如何にどれだけ皇国に自分たちの権利を認めさせるかが主題になってくる。
「だが、この状況でいけるかね?皆主戦論に流されているが」
「ザイドウとミオツクはルシが戦況を打開してくれる可能性に賭けているだけだ。
今度の大規模な戦いでルシがろくに戦果をあげねば、態度を翻す。
タヅルは己が職務に忠実なだけだからな。過半を取れば文句は言うまい。
ムロウチは熱心なクリスタルの信仰者だが、過半の議員を敵に回す勇気はあるまい。
そして院長も議会の決定とあれば、降伏を承認してくださるだろう。
だから問題は……」
「魔法局のドクター・アレシアか」
スズヒサの言葉を引き継ぎ、フヨウが問題の人物の名を言う。
「そうだ。あの女だけ全く予測できん。
それに蒼龍女王の暗殺の件が、本当に0組がやったなら確実にあの女の差し金だ」
「だが、あれは間違いなく皇国の陰謀だ。朱雀にとっては百害あって一利ないことだろう」
「そうとも言い切れん。あの女に真っ当な思考回路があるとも思えん」
スズヒサの先の停戦会談で、朱雀に否があることをやや認めるような言い草にフヨウは眉間に皺を寄せる。
「では、いったい何のメリットが彼女にあると?」
フヨウの問いに、スズヒサは暫く黙りこんだ。
言うべきか言わざるべきか悩んでいるスズヒサの様子にフヨウは怪訝な顔をする。
やがて、決心がついたのかスズヒサは声を小さくしてフヨウに告げた。
「……よく実験と称して魔法局の人員が戦地に派遣されているのを知っているか?」
「え、ええ。なにか新型の攻撃魔法の実験とかなんとかというやつですか?」
「ああ、今次の大戦でその動きがいっそう激しい。理由を聞いても機密の一点張りだ」
スズヒサはそこまで言うと更に声を潜めた。
「実は言うと信頼できる者達に秘密裏に魔法局を調べさせようとしたことがある」
「……そんなこと、公になったら事ではないかね?」
フヨウが目を細める。
下手すると内部不信を招きかねないことだからだ。
「確かにな。だが、それでも一応結果を教えておこう。
調べさせていた者が帰ってこないどころか、記憶からなくなった」
「つ、つまりそれは……!!」
「ああ、おそらく知りすぎた故に魔法局に消されたのだ」
予想外の事実にフヨウは冷や汗を垂らす。
軍令部が秘密裏に魔法局を調べていたことを告発すれば、楽に政敵を倒せるというのにそれをしない。
それどころか調べていた者達を消し去ってまで、魔法局内部の秘密を守っている。
つまり、つまりは公になっては問題になることを魔法局内部でしているということだ。
「ドクターの目的はなんだと思う?」
フヨウの問いにスズヒサは目を閉じる。
「わからん。わからんがゆえに不気味だ。だが――」
カッと目を見開き、声に力を込める。
「あの女が今の議会で強い主導権を握れているのは、0組が戦場で戦果をあげているのが大きい」
当たり前の事実。
その当たり前の事実をなぜ今言ったのか察せられないほど、フヨウは鈍感ではない。
「なるほど。それでどうする?」
「その0組の次の戦場での活躍を期待させて貰おうじゃないか。
そして0組の指揮隊長にも、次の決戦に参戦させるよう圧力をかけよう」
スズヒサがそう言うと、フヨウは軽く笑んだ。
>ムロウチ・クレタ
オリキャラ。内務局局長。
>昨年の暮れ頃の議会
FFアギトのストーリーからの引用。
正直、アギトで軍令部長がいい人すぎる。
評価・感想よろしくお願いします。
〜余談〜
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自称みんなのアイドルであるナギが主人公。
一番最初に滅んだ国家がミリテス皇国とか解せぬ。
あとリーンの技術やトオノの記憶保持が反則すぎる。