ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

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イネス・ベルファーレ

皇国軍帝都防衛旅団所属イネス・ベルファーレ大尉。

彼女は朱雀との国境付近にあった農村で、貧しいながらも幸せに暮らしていた。

だが、そんな生活は突然終わりを告げる。

勃発した国境紛争の折、イネスの村は朱雀軍に蹂躙されたのだ。

その頃はイネスはまだ幼かったが、朱雀軍が村に火を放って暴れまわり、手当たり次第に村人を殺していくのを見た恐怖を鮮明に覚えている。

イネスの村は国境付近にあったとはいえ、戦略的価値などないに等しい立地の寒村である。

だから今までの国境紛争でイネスの村は一度も朱雀軍に襲われたことはなかったのだが、そんな言い訳は現実の前には何の意味も持たない。

幼い彼女は必死で村から走って逃げた。

それこそどこをどう逃げたのかもわからないほど必死に。

そして、村の近くに展開していた皇国軍の部隊に保護された。

保護されて自分は助かったのだと安心すると村の皆は逃げられたのだろうかと心配する余裕が生まれると……

知っている名前がなにひとつ思い浮かばなくてしばらく泣きじゃくった。

軍に保護されたイネスは故郷の仇を討とうと復讐の為にあらゆる知識を身に着け、技官となった。

やがて、シド元帥に才を見出され、まだ人間の研究者だった頃のクンミ直属の部下になった。

……正直、最初は付き合いの悪い人だと思っていた。

なにかあるごとに「最悪」などとつぶやくのだから部下としてはたまったものではない。

だが、ある時同僚にクンミの過去を聞かされた。

なんでもクンミの両親は朱雀との国境紛争で亡くなったのだそうだ。

そして自分と同じく復讐のために軍に属することを決めたのだと。

要はイネスと同じような身の上だったのだクンミは。

それから違う目でクンミを見るようになり、いつしか姉のように慕うようになった。

そしてクンミの下、イネスは様々な兵器を開発した。

今の皇国の新型兵器の殆どにクンミは関わっていたと言ってよいだろう。

しかしシド元帥の考案したクリスタルジャマーの開発は暗礁に乗り上げ、中々成果を出せていなかった。

そして去年の空の月(12月)にクリスタルジャマーはおろか多くの兵器開発状況を一変させる事態がおきた。

過日、使命を果たした白虎ルシ・テオに変わってクンミがルシとして選ばれたのだ。

それによって皇国の兵器の開発は飛躍的進歩を遂げたが、イネスにはクンミが少しずつ人ではなくなっていくのを感じていた。

普段はそれほど感じさせないのだが、時折非人間的な言動をする時があったのだ。

だから、本当にクンミがクンミでなくなってしまうまでイネスは傍に居続けようと思っていた。

それがクンミの支えになると信じて。

 

「なのに……」

 

イネスはギュッと拳を握り、コクピットの壁に叩きつける。

開戦からわずか数時間後にクンミは【朱の魔人】に敗れ、傷を癒す暇さえなく【北の夜明け】作戦に参加して行方不明になった。

その時のイネスの悲しみの深さと言えば筆舌に尽くしがたいものだ。

悲しみのあまり、職務放棄して寝込んでしまい、上司のソユーズを困らせたりもした。

しかし、徐々に有名になってくる【朱の魔人】の噂をよく聞くようになるとイネスの感情は唐突に変化した。

 

「クンミ様が戻ってこないのは【朱の魔人】のせいだ。奴らを皆殺しにしてやる」

 

そんなふうに【朱の魔人】を憎悪することによって職場復帰を果たしたのである。

そうしてクンミの復讐を誓って早2ヶ月、ようやく復讐の機会が回ってきた。

だというのに【朱の魔人】と何度か交戦したが、全てうまく逃げられてイネスに苛立ちが募る。

 

『イネス大尉、3361地区に【朱の魔人】を誘導させる。そこで奴らを全力で足止めせよ。

そして3361地区に周辺の部隊と蒼龍軍の一隊によって包囲網を敷く。先回りしておけ』

「了解しました」

 

旅団司令部からの命令を受け、イネスは乗機のヴァジュラで林立する建物を飛び回り、3361地区へと到着する。

するとエネルギー不足と画面に出て、給電ポイントのあるビルに張り付いて充電を開始する。

 

「この高燃費なんとかならないかしら?」

 

新型のヴァジュラは他の鋼機を圧倒する機動力と戦闘力を誇っているが、いかんせん凄まじいコスト・超高燃費・非常に複雑な操縦という三重苦があり、量産には向かない代物なのだ。

特に超高燃費なのは問題でカトル准将のガブリエルのようにワンマンアーミー的な運用にも耐えられない。

なにせエネルギー満タンでも、全出力で戦うとわずか10分程度でエネルギー不足に陥るのだ。

 

「司令部。【朱の魔人】は?」

『あと数分でその地区に入ると思われる』

「では【朱の魔人】との戦闘に入り次第、この地区の隔壁を閉じるようお願いします」

『了解』

 

そうしてエネルギーのゲージが満タンになるのと【朱の魔人】が現れたのはほぼ同時だった。

 

「今度こそ逃がさないよっ!!」

 

コクピットでイネスはそう叫び、ヴァジュラは地面に飛び降りた。

 

 

 

戦闘離脱したセブンをサイスが背負いながら皇国軍の追撃を退けてきた0組は、開けた広間のような場所に出た。

そして0組はイネスの叫び声を聞くとすぐさま陣を取り、ヴァジュラの襲撃に備えた。

 

「またあのサソリかよ。しつけぇなぁオイ」

「しかしあれと戦うのは骨が折れそうですね。隙を見て逃げるべきです」

 

トレイの提案に0組の全員が頷く。

そんあことに構わず、ヴァジュラの両腕に備えられているマシンキャノンの弾幕が0組を襲う。

0組は散開して回避行動をとり、広間の中心の方へと向かう。

ヴァジュラは六本足の脚部に電撃を纏わせて0組が来た方の道に陣取る。

 

『ハッ、かかったな!』

 

0組が来たところの道の隔壁が上がる。

 

「し、しまった」

 

カードを持った0組の候補生エースが素早くあたりを見回す。

やはり、この地区に自分たちは閉じ込められたのだ。

隔壁をぶち抜くだけなら魔法でいくらでもできるが、ヴァジュラの猛攻にも対処しなければならないなら容易に隔壁をぶち抜くほどの魔法の詠唱時間を得るのは困難だ。

 

『さぁ、魔人ども!ここでクンミ様の仇をとってやるッ!!』

 

ヴァジュラのバルカン砲が火を噴き、0組の全員を襲う。

 

「くっ!」

 

トレイは隙を見て弓矢でヴァジュラのコクピットを狙い撃つ。

 

『甘い!』

 

イネスにそのことを見切られ、ヴァジュラはその機動力でもって飛び上がって壁に張り付き、マシンキャノンをトレイに向けて連射する。

だが、トレイを庇ってクイーンが即座にウォールの魔法を唱え、弾幕を凌ぐ。

イネスはそれを見て尻尾の部分から強力な電撃玉を喰らわせてやろうと尻尾を向ける。

だが、反対方向から電撃の束がヴァジュラを襲った。

 

「こっちを無視すんなっての!」

 

ケイトが自信満々に腕を組む。

が、ヴァジュラは傷一つつかずにケイトに向かって突進してきた。

思わずケイトは防御が間に合わず、そのままもろに突進を喰らって弾き飛ばされた。

 

「ケイトッ!」

 

それを見たエイトが全速力で落下地点に走って、ケイトを受け止める。

 

「はは、悪いねエイト」

「別にいいさ。それより立てるか?」

「うん。なんとかね」

 

ケイトはフラフラになりながらもなんとか立ち上がった。

 

「先程のを見る限り、あの魔導アーマーは魔法障壁が備えてあるみたいですね」

「ってことは、あれを倒すには直接攻撃するしかないのか」

 

トレイの分析にエイトは同意する。

 

『その通り!こいつを倒そうと思えば直接攻撃しかないッ!できるかな!?』

「確かにあの攻撃力と機動力は侮れません」

「クイーン、あれだけ色々動かすのにはかなりのエネルギーがいるはずです。

おそらくですが、それほど長くあれは動けないでしょう」

 

トレイはクリスタリウムで見た白虎兵器の考察書物や第四鋼室で見た資料を思い出しながら推察した。

するとイネスの哄笑がヴァジュラから響き渡る。

 

『なるほど。流石は魔人。どいつもこいつも鋭いわね。

でもそれがなに?このヴァジュラのエネルギーが切れる前に軍がここを包囲するわ』

 

イネスは余裕を気取ってそう言ったが、実際のところかなり怪しかった。

司令部からの指示では足止めだが、イネスは【朱の魔人】憎しの一心であわよくばこの手で魔人を殺してやろうと常に出力全開でヴァジュラを動かしている。

なので軍が包囲するより、ヴァジュラのエネルギー切れが起こる方が早い可能性が高かった。

しかしそんなことを知らないトレイは皆を落ちつけようと言ったことを敵の正論に打ち砕かれたようにしか感じず、思わず苦い顔をする。

 

「んじゃ、やることはきまってるじゃねぇか」

 

ナインは槍を構えて、ヴァジュラに特攻する。

 

「ま、待てナイン!!」

 

あまりの無謀さにサイスは呼び止めたが、ナインは止まらず突っ込むので渋々サイスはナインのフォローに回った。

 

『まさか、このヴァジュラに突っ込んでくるなんて!

いいだろう。そんなに死にたいなら私が殺してやるッ!!!』

 

ヴァジュラはバルカン砲を乱射しながらナインへと突進をかける。

ナインは飛んでくる銃弾を避けたり、槍で打ち落としたり、サイスの防壁魔法でガードされたりしながらヴァジュラへと近づく。

そして両者の距離が10m程になった時にナインは全力で槍をヴァジュラ目掛けて投擲した。

この距離ならたとえヴァジュラでも避けるのが間に合わないと考えての行動だった。

しかし、ヴァジュラはナインが投擲する直前に飛び上がり、ナインの頭上へと移動した。

イネスはナインが踏みつぶしてやろうとしていたのが、幸運にも槍の投擲の回避に繋がった形だ。

 

「うぉおおお!」

 

ヴァジュラが自分の頭上に移動したのを見て、一か八か全力疾走で逃げようとしたが、当然のごとくとっても重いヴァジュラが降ってくるほうが早く、ナインは地面とヴァジュラに体の半分ほどを潰された。

 

「ナ、ナイン!よくも……!!」

「クイーン、落ち着いて……」

 

クイーンがなにかヤバイモードに突入しかけたのを近くにいたケイトが必死で止める。

その光景を見たイネスはクイーンの周辺に魔人が集まっていることに気づき、笑みを浮かべる。

そしてクイーン目掛けてバルカン砲とマシンキャノンを連射する。

即座にクイーンは近くにいた0組の皆と共にウォールの防壁でそれを防ぐ。

だが、イネスは連射を止める気配がない。

まさか自分たちの魔力切れを狙ってるのかとクイーンは訝しんだ。

 

「今なら!」

 

エースは持っていたカードを投げつけた。

カードといっても特殊な処理がされたふざけた代物で投擲すればコロッサスの装甲を貫けるだけの威力を持つ。

 

『この程度で!』

 

イネスは弾幕をはるのを全くやめずにヴァジュラを縦横無尽に動かして攻撃をかわし続けるという離れ業をやってのける。

これはヴァジュラの開発初期に携わり、そのスペックを完全に理解していたイネスだからこそできることである。

ヴァジュラの尻尾にエネルギーをためて、エネルギー弾をクイーンたちの近くにあったビルに向けて放つ。

 

「まっ、まずい!」

 

エースが落ちてくるビルで0組の皆を押しつぶすつもりだと魔法で仲間を助けようとした。

 

『よそ見している暇があるのか!!!!』

 

しかし、ヴァジュラの猛攻がエースの方へと切り替わり、魔法の詠唱をさせる暇をあたえない。

そうしているうちにクイーンたちはビルの瓦礫に埋もれてしまった。

これで残っている0組はエース・デュース・サイス・ジャック・マキナ・レムの六人だけだ。

この状況を把握してデュースは呆然と呟いた。

 

「そ、そんな。8人も戦闘離脱なんて、こんなの初めてですよ……」

『……なに?』

 

だが、その呟きにはイネスが決して聞き逃せない重要なことが含まれていた。

 

『おまえ、今なんと言った……?【戦闘離脱】だって?』

 

衝撃を隠しきれていない、いや、隠すことすら忘れたイネスの問いにデュースは戸惑った。

0組はマキナとレムを除いて、死んでもある魔法で何度でも蘇れる。

だからデュースは戦闘離脱と言ったのだが、そんなことを知らないイネスとしてはとんでもない情報だった。

 

『いま気づいたが、そこに倒れている槍使いは確実に死んでいる。

なのになぜ、私はそのやかましい槍使いのことを鮮明に覚えている!!?』

 

その言葉に残っている0組は表情を引きつらせた。

 

『まさか……まさかお前らは死んでも蘇生できるのか!?

だから仲間の死を【戦闘離脱】なんて表現してるんじゃ!?』

 

凄まじいまでのイネスの洞察力はデュースがつい漏らしてしまった一言でイネスは0組が軍令部にも魔法局の機密だから秘密にしていた事実に辿りついた。

この情報は確実に今後の戦況に影響が出るとエースも苦い顔をする。

そして何度でも蘇生できると推察したイネスはというとコクピット内で狂ったように笑い続ける。

 

『ふざけるなよ……私らが命がけで戦ってる最中でお前らだけ……クッハハハハハ!!!』

 

こんな化物のような奴らにクンミ様は倒されたのか!

ああ、なるほどこんな化物でもない限り、不可能に決まってる!!

イネスはあまりの0組の理不尽ぶりに笑うしかなかった。

0組はというとあまりの異様な現状にどう動けばいいのか戸惑っていた。

そしてピタリとイネスの笑いが止まると怒りと憎悪を混ぜ込んだような感情を感じさせる悲痛な声で叫ぶ。

 

『お前らに比べれば甲型ルシの方が遥かに人間味がある!

すくなくとも死んだら忘れられて二度と戻ってこないところは一緒だからな。

だが、お前らは異常だ!!絶対に人として認めない!!この魔人どもが!!!!

さっき、仲間の死体を背負ってたのを見る限り、蘇生は死体がなくちゃ駄目みたいだな?

ならお前らを殺して、死体を八つ裂きにして、纏めて焼却炉(しょうきゃくろ)に放り込んでやる!!!!!!』

 

感情に任せてイネスはデュースに向けて弾幕をはる。

咄嗟にサイスとレムがデュースの前に出てウォールの魔法で防ぐ。

 

「なんだよ。あいつの言うこと気にでもしてるのか?」

「え?」

 

サイスに問われて、デュースは思わず素っ頓狂な声をあげる。

実際、異常と言われて大きなショックを受けていた。

 

「言いたい奴には言わせとけばいいのさ」

「そうだよ。0組の皆が人間だってことなんて私やマキナがよく知ってるもん」

 

サイスだけではなく、元は0組じゃないレムにまで言われてデュースは自分を取り戻した。

 

「ええ、そうですね!」

『この魔人どもがあああああああああ!!!!!!』

 

再び巨大なエネルギー弾を撃とうと尻尾の先を向ける。

だが、直後にエラー音がコクピットに鳴り響いた。

エネルギー不足と赤い文字が画面に表示されている。

【朱の魔人】を憎むあまり、派手にエネルギーを使いすぎたようだ。

 

『チッ!!』

 

イネスは舌打ちすると画面に表示されている給電ポイントへ向かおうとする。

そうして戦場から一瞬意識をそらしたのが敗因となった。

 

「隙ありッ!!」

 

素早くヴァジュラの足元に忍び込んだジャックの斬撃が、動力部を切り裂いた。

そして残っていたエネルギーが暴走を始める。

 

『あ……』

 

ヴァジュラの画面に映る情報から瞬時にイネスは自分が負けたことを悟った。

 

『クンミ様……』

 

ヴァジュラのスピーカーからそれが聞こえるとヴァジュラは爆発して停止した。

 

「やったな、マキナ」

 

エースが肩で息をしながらマキナに声をかける。

だが、マキナは呆然とした状態でヴァジュラの残骸を見つめていた。

 

「大丈夫か?」

「! あ、ああ。大丈夫……だ」

「いくら強敵に勝ったからって気を抜きすぎだぞ。まだ帝都なんだから」

 

エースはそう言うとビルの残骸に埋もれた仲間の死体を探しに行った。

マキナはビルの残骸に一度だけ見ると再びヴァジュラの残骸へと目を向ける。

 

『お前らは異常だ!!絶対に人として認めない!!この魔人どもが!!!!』

 

誰が言ったのかはわからない。

だが、ヴァジュラの残骸を見ていると無性に思い出すのだから、この魔導アーマーに乗っていた奴が言ったのかも知れない。

そして、その誰のものかもわからぬ叫びは、マキナが抱く0組への不信に直結するものだった。

 

「オレは……」

 

マキナはレムが自分を呼びに来るまでヴァジュラの残骸をずっと見つめていた。




ヴァジュラの武装がよくわからん……

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