帝都防衛旅団第四大隊の中核が座っている指揮管制用中型艦載挺で。
「第二中隊、戦闘能力なし!」
「標的は0722地区に!」
矢継ぎ早に報告される通信士官からの報告を受けてソユーズは声を張り上げる。
「既に標的はホテルから去っていると見ていい。
ホテル裏口を包囲していた第一中隊に標的を追撃させろ。
それと第二中隊には早急に治療が必要な者以外はホテルを調べさせろ。
考えにくいが魔人どもがなにか残していっているかもしれん」
ソユーズはそう命令すると戦況表示板を睨みつける。
するとひとりの通信士官が悲鳴のような声を上げた。
「狙撃部隊より敵の弓矢による攻撃を受けていると報告が!!」
あまりのばかばかしい報告にベルファーは怒りを露わに切り捨てる。
「弓矢だと?冗談はよせ。玄武でもあるまいし、そんなことができるものか!」
「しかし、弓矢による狙撃を受け、狙撃部隊の副官が死んだと……」
怒気を露わにした上官に怯えながらも報告を続ける通信士官。
それを聞いたソユーズは戦況表示板から目を離して通信士官の方を見た。
「狙撃?玄武の奴らみたいな爆撃のようなものではなくて?」
怪訝なソユーズの疑問に通信士官はそれを確認する為に再度通信士官と連絡をとった。
すると呆然とした顔で狙撃部隊から聞いた内容をそのまま報告する。
「ええ、脳天を矢で貫かれたと……」
自信なさげな声を聞く限り、彼自身荒唐無稽なことだと思っているのだろう。
事実、この指揮管制用中型艦載挺にいる全員がそう感じていた。
しかし、唯一ソユーズだけは顎に手をやって考えはじめた。
「少佐?」
「お前はフロスティ基地の一件を聞いているか?」
「ええ、確か第四鋼室襲撃と同時刻に【朱の魔人】の別動隊に襲撃された基地ですよね」
なぜこんな質問をしてくるのかベルファーはわからなかったがとりあえず自分が知っていることを答えた。
「そうか。ではあの戦いで【四一試長距離狙撃砲】が実験運用されていたのは知っているか?」
「【四一試長距離狙撃砲】というとあれですか?
4000m離れたところから敵を狙撃できる狙撃銃と軍部で少し話題になっている」
「そうだ。実験最中に朱の襲撃を受け、その狙撃銃で応戦。
当初は一方的に朱を追い詰めることができたものの最終的には
「そ、それは流石にありえないでしょう!!?」
あまりのことにベルファーが驚く。
一体どの世界に4000m離れた標的をピンポイントで狙い撃ちできる弓兵がいるというのだ。
「私自身、最初に聞いたときは眉唾物だと思ったが……
こうして現実におきている以上、それを真実と受け入れるべきだ。
狙撃部隊には一度狙撃したら狙撃場所を変えるように指示を追加する。
あとこの情報を旅団司令部の少将閣下にも回せ。いいな」
「「「ハッ」」」
そう命令すると戦況掲示板を再び見直す。
そして魔人達が何処へ逃げるのかと再び思考を巡らせた。
ホテル・アルマダのロビー。
「あー、くっそ……」
アトラス中尉は治療の必要がないと判断された者たちをまとめ上げてホテルの探索を開始していた。
しかし、アトラスのやる気はあんまりかった。
今も自分の鋼機を破壊した【朱の魔人】がこの帝都を逃亡しているのかと思うと突撃銃を引っ提げて彼らを殺したい気持ちに駆られるのだ。
そんな思いを押し殺してホテルの捜査などという軍人がすることかと思えることをせねばならないのだからやる気がでないのもある意味当然といえる。
そしてアトラスが【朱の魔人】が利用していた貴賓室――という名の軟禁室に入ると血まみれの少女が目に入った。
よく見るとわずかに胸が上下しており、その少女がまだ生きていることがわかる。
「おい、まだこの娘。息があるぞ」
「いや、違う。それは標的じゃない。おそらく同行で来た従卒でしょう」
部下の報告に眉を顰め、アトラスは部屋中を見渡す。
この従卒と思しき少女以外の倒れている人間は見当たらない。
どうやら【朱の魔人】全員に逃げられてしまったようだ。
「チッ!どうする?全員に逃げられるなど、我々の面子が!」
第二中隊はほぼ壊滅に等しい損害を受けたというのに標的の内の一人も確保できていないとは……!
アトラスの胸中にどす黒い感情が湧きあがってくる。
「失態どころではないだろうな」
皇国民なら必ず一度は聞いたことのある男の声にアトラスは振り返った。
そこには皇国軍最強のエースパイロットのカトル准将がいた。
思わぬ人物の登場に頭の中が真っ白になったアトラスだが、すぐさま我を取り戻して部下と一緒に敬礼する。
カトルは倒れている従卒の少女に目を向けた。
「この娘は?」
「あ、標的ではありません。
恐らく戦闘に巻き込まれたのでしょう」
カトルの質問に部下が素早く答える。
するとカトルはアトラスにとって予想外な命令を下した。
「まだ生きているなら、治療をしろ」
「え、ですが、標的でないなら生かしておく必要は……」
【朱の魔人】といった超戦力なら生かして拘束し、あらゆる手段を使って寝返りを促すといった手法も有効だが、一般的な従卒風情をそれほど手間暇をかけて寝返らす価値はない。
ならばこの場で殺した方が効率がいいのではとアトラスは思いそう口にした。
すると准将の隻眼がアトラスを睨みつけ、彼をすくみあがらせた。
「それは貴様が判断することなのか?」
「い、いえ」
「わかったのならすぐに医療施設へ運べ。ここの指揮は私がとろう」
「「はっ!!」」
カトル准将にそこまで言われれば下級士官にすぎないアトラスやその部下に抗弁をする権利などない。
すぐさまタンカに
「中尉」
「ん?どうした」
「カトル准将ってこういう性癖でもあるんですか……?」
「あるわけないだろう!不敬にも程があるぞ馬鹿野郎!!」
あまりに不敬なことを言った部下を表面上叱咤したアトラスであったが、心中ではカトル准将がそんな性癖――要するにロリコンではないかと疑い始めていたアトラスであった。
この疑惑がやがて第四大隊全域に広まることとなり、後日ソユーズとカトルの間でとんでもない出来事がおこることになるとはアトラスは知らなかった。
午前十時二十三分。
帝都防衛旅団司令部。
「反応ロスト!ゼッサール少尉と連絡が取れません!」
「なに!?再度連絡を取り返せ!」
「無理です!おそらく機体が破壊されたのでは……」
通信士官からの報告にハーシェル中佐は軽くめまいを覚えた。
「馬鹿な。ゼッサール少尉の鋼機は朱雀の召喚獣にも対応しうるヴァジュラだぞ」
司令部内にいる参謀たちも驚き議論を交わす。
だが、クラーキン少将の一喝で黙らせる。
「記憶があるからには少尉は生きているとは思うが、鋼機を失ったのでは彼らが飛空艇に乗り込む方が速かろう。我らによる院長捕縛は諦めるほかあるまい。空での対応は第七ミリテス艦隊に任せるとしよう。
それでコンコルディアの動きはどうなっている?」
「コンコルディアも女王暗殺に関与したと思われる朱雀の要人捕縛に協力的です。
やはり、『朱のマントをした候補生と思しき者達』に女王を殺されたところを見ている者が多いので【朱の魔人】が女王暗殺の最有力容疑者というのを蒼龍の文官も信じているそうです」
「なるほど。それでソウリュウは?」
「……ソウリュウは依然帝都上空で不気味な沈黙を保っています」
「手伝わないなら手伝わないでとっと蒼龍に戻ってくれたらありがたいのだがなぁ。
なのになにをするでもなく帝都上空に立ち往生されたのでは戦力をさけんではではないか」
そこか呆れたような声でクラーキンはこれみよがしにため息を吐いた。
蒼龍女王と共にこの帝都へ竜の大群を引き連れてきた蒼龍の甲型ルシである巨大な竜。
オリエンスの歴史で見ても人以外がルシという珍しい存在だ。
蒼龍領に数多いる竜種の中でも強力なクイーンドラゴンと呼ばれる存在。
人間の甲型ルシでも街ひとつを容易く灰燼に帰すだけの力を持っているのにクイーンドラゴンがそのルシになっているというだけでどれだけの力を持っているか押して知るべしである。
「ソウリュウを警戒する為に帝都に集めておいた部隊の殆どを動かせぬ状況。
できれば我が皇国軍で標的の排除ないしは捕縛したかったのだが、蒼龍軍の助けもやむを得ないか……」
「ええ、幸い蒼龍女王暗殺を受けて、既にコンコルディアでは蒼龍臨時政府が発足。
臨時代表として王家の血を継ぐ蒼龍王が即位したので蒼龍軍が標的を捕縛したとしても如何様にもできるとは思いますが……」
「なに!?あの男、もう即位しおったのか?
馬鹿め。それではまるで蒼龍女王が暗殺されることを既に知っておったと言わんばかりではないか」
ハーシェルから伝えられた情報にクラーキンが呆れかえる。
既に帝都の蒼龍軍にも蒼龍王が即位したということが伝わってることを考えると相当早くに蒼龍王は即位したということだ。
つまりは蒼龍女王暗殺の公式発表から蒼龍王即位まで僅か数時間である。
このスピード即位には蒼龍王が蒼龍女王が死んで有頂天になっていたこと以外にもコンコルディア側の事情もあるのだがそれは割愛する。
「帝都鉄道に車両を奪い、逃走していた【朱の魔人】を3348地区にて降車したのを確認!!」
「3348地区だと? あそこはまだ……」
通信士官からの報告にハーシェルは思わずつぶやく。
この作戦を開始前からホテル・アルマダ周辺の民間人の避難はすませておいたが、3348地区周辺の民間人に避難命令を出してはいなかった。
「すぐさま憲兵司令部に周辺区域の民間人の避難誘導を要請。
3348地区周辺に展開している部隊はあるか?」
「迎賓館警備の任を解かれてソウリュウ警戒に合流しようとしていた第三大隊。
それと第四大隊の技術部隊のイネス大尉がヴァジュラに乗って近くにいます」
「すぐさま第三大隊のルーキンと連絡を取れ!
それと第四大隊のソユーズにイネスの指揮権をこちらが持つことを伝えよ」
「ハッ」
旅団長の落ち着いた声の命令に通信士官達は指示通りのことを各部隊へ通達する。
その様子を見て仮面の参謀はまだまだ自分は未熟だと思うのであった。
+ゼッサール少尉の戦い
ヴァジュラに乗って院長たちへと迫ったが軍令部長の的確な指揮によって翻弄され、最終的にクラサメ士官のブリザガで機体が凍り付いてしまいました。
この話でイネス戦までいきたかった……