ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

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活動報告もたまにしてるから暇があったら読んでほしい。


交渉の始まり

氷の月(06月)26日

コンコルディア王国の仲介によるミリテス皇国の朱雀領ルブルムとの停戦会談。

あまりに唐突且つ予想外な自国の姿勢に貴賎を問わず皇国の民達は様々な憶測を立てた。

 

「停戦だなんて元帥閣下はなにをお考えか?」

 

「玄武クリスタルは手に入れたのだ。Cエネルギー不足は解決できたはず」

 

「だが旧ロリカ同盟領の殆どは不毛の地。食料不足は解決できん」

 

「なに、そこは交渉でメロエ地区を完全に皇国領とすることで解決できる」

 

「それに玄武クリスタルを完全に制御下の置けていないという噂もある」

 

「他にも新兵器の量産体制が整うまでの時間稼ぎという話も聞いた」

 

「となると仮に休戦条約が締結されたとしても数年後には意味のないものになるか」

 

「しかしだからと言ってエイボンや北トゴレスはまだ我が軍の占領下!それを易々と放棄するなど!!」

 

「だがこのままの状態が続けばコンコルディアが黙っているとも思えない。それも考えれば……」

 

「ハッ!あの臆病な蒼龍ルシの女王に他国の手伝い戦をする勇気があるものか」

 

「しかしコンコルディアがロリカ・ルブルム両国を吸収した我らがミリテスと互角に戦いあえると考えると思うかの?ワシが思うに弱体化したルブルムを支援し、弾除けとして利用する心積もりだと思うぞ」

 

「なるほど要は朱雀を傀儡にしたがってるのか、あの女王は」

 

「この3ヶ国の会談とて上手くいったならルブルムは暫くコンコルディアに頭の上がらない外交をせねばならんことになるだろう。なにせコンコルディアの仲介という形でこの停戦が成ったのだから」

 

「な!ならばどちらにしろ同じ事。ここで停戦してはコンコルディアの思う壺ではないか!!」

 

「だからこその交渉だろう。殆ど死に体となったルブルムをコンコルディアの操り人形と化して魔法を竜が支配するとなれば、如何(いか)に知を抱きし鋼の(かいな)とて苦戦を強いられるだろうからな」

 

「……なるほど。だからこその電撃作戦。失敗した以上はこちらの傷が広くならないうちにコンコルディアを牽制して停戦ってことか」

 

意外なことに、前線で朱雀軍と戦っていた皇国兵達は軍上層部や総督府に対する不満は見せてもおとなしくその一時停戦の命令に従う者が殆どであった。

命令に逆らえば軍法会議しか待っていないという現実的な理由もあるが、彼らは自分たちのトップであるシド元帥を信頼していたのだ。

彼が成し遂げてきた数々の偉業。

軍事改革・内政改革・技術革命といった事柄全てをシド元帥の指示の下行われたという事実。

そんなルシなどというクリスタルの守護者という特別な存在でもなくただ人でありながら超人ともいうべき働きをしている男。

そんな男がなんの思惑もなくこんな停戦に乗るはずがない。

そう、信じていたのである。

 

 

 

5車線異常ある大きな車道を堂々と歩いて移動している人物。

先ほど帝都に到着したばかりのカリヤ院長率いる交渉団数十名とその護衛である朱雀兵二千である。

彼らは帝室直属騎銃兵連隊に先導されながら帝都で一番大きい建物である皇宮へと向かっていた。

車道の両脇からは朱雀の交渉団を怖いもの見たさで集まった皇国人達。

たまに朱雀の人間に大声で罵倒したりしている皇国人も見受けられたが、すぐさま警備の皇国兵に取り押さえられていた。

 

「この様子では、この交渉も上手くいきますかな?」

 

渉外局局長であるフヨウ・トモシビは小声で院長に話しかけた。

 

「全ては向こうの態度次第でしょう。

仲介に立ったコンコルディアの面目を潰す覚悟が彼らにあるのならば気をつけねばなりません」

「流石にそれは考えにくい。

幾ら皇国とはいえ蒼龍軍が本格参戦すれば彼らの得意な物量戦でさえ我らが勝利できるようになる」

「だが、スズヒサ。あらゆる意味で常識を破り続けてきた今の皇国に勝てるか?

それに君が言っていたように国内でさえ得体の知れぬ女が八席に席に座っている状況で」

 

フヨウの指摘にスズヒサは一気に不機嫌な顔になった。

スズヒサは今回の交渉時における護衛の指揮を取る立場にあった。

本来、たかが護衛の指揮を朱雀軍の最高責任者でもある軍令部長が取ることなどないのだが、護衛対象にカリヤ院長と渉外局局長という権力者達が含まれていて尚且(なおか)つ敵国の首都にいくとなると他人任せにはできないとスズヒサが自らこの護衛の指揮をとることになったのである。

 

「彼女に問題などありませんよ」

「しかし院長。あの女はろくに実戦経験すらない兵を承知の上で危険な最前線へ送り込んだのですよ」

「魔法局の行動は全て私が納得いくだけの説明をしてもらっています。

私を信じてはくれませんか?」

「…………いえ、院長が信じられないわけではないのです」

 

フヨウがそう言って顔を伏せる。

その様子をスズヒサは不機嫌そうな顔をしながら見ていた。

こうして彼らは上空に数十の竜が舞うミリテスの皇宮へと入っていった。

 

 

 

皇宮の謁見室。

敷かれている血のように真っ赤な縦長の絨毯を挟んで左右に立ち並ぶ警備の皇国軍人たち。

その警備の列から外には皇国の文官や広報部の人間などがこれから起きることを見逃すまいとしている。

入り口から伸びている縦長の絨毯の先の壇上の上には誰も座っていない玉座があり、その前にミリテス皇国第一位帝位継承権者ルシス・パラディスが直立している。

本来、こういう他国から貴賓を迎える際はミリテスの国家元首である皇帝が玉座に座り迎えるべきなのだが、その皇帝が十年前から行方不明――ということが公式見解になっている――ためにそれに次ぐ立場である第一皇子が皇帝のいるべき場所を空けたまま迎えている。

ルシスの両脇には彼の側近であるウラジミールとユリウスが神妙な顔で控えている。

そして壇上から少し離れた場所には数日前に既に到着していた蒼龍女王のアンドリアが蒼龍製の動く王座に座り、その周りを数名の武人が護衛している。

そして絨毯の上をカリヤ院長を筆頭に十名程の朱雀人がゆっくりと歩いていく。

カリヤ院長達は壇上の前まで歩くとそこで止まり、ルシスを見上げた。

ルシスはそれを見ると一つ頷き、壇上から降りる。

 

「ようこそ我が父の宮廷へ。朱雀の方々を我々は歓迎致します」

「歓迎に感謝します。オリエンスの平和の為、此度の交渉が成功することを祈っております」

「それは私も同じです。

叶うならば我が国と貴国の間の問題だけでなく、コンコルディアも交えて新たなオリエンスの秩序を築き上げたいものです」

 

何の実権もないお飾りの皇子がよく言うと朱雀側や蒼龍側は言うに及ばず、皇国側の殆どの人間が思った。

 

「それでは早速交渉を始めましょう。幸い3ヶ国の代表方もおられるようですし」

 

フヨウがやや皮肉げな口調で口を挟む。

するとルシスは子供を嗜めるような顔でフヨウを見た。

 

「少々性急ですね。渉外局のフヨウ殿」

「私如きの名を知っておられるのですか。光栄です」

「なに、貴方だけに限らず朱雀の八席議会に席を持つ方とその候補の名前と顔ぐらいは頭に入っていますよ」

 

その切り返しにフヨウはお飾りではあってもそこそこ頭は回るようだなとルシスの評価を改めた。

するとルシスは悪戯っぽい表情をしてとんでもない爆弾を投下する。

 

「それに非常に恥ずかしながら私はこの戦乱の世の中で国を治めきれるほどの力があるとは思えず……

それゆえにその力があると信じるシド・オールスタイン元帥に政務を任せきりでしてね。

この戦におけることも全て元帥が取り仕切っているので交渉なら総督府で彼として頂きたい」

 

この言葉に朱雀側は大きな衝撃を受けた。

目の前の皇子は恥も外聞もなく自ら進んでお飾りであると宣言しているに等しいのだ。

ルシスの左隣に控えていたユリウスが苦々しい表情をしている。

 

「なるほど。できないのであればできる人物に任せるというわけですか」

「まったくその通りです。朱雀の院長殿」

 

そう言うと微笑みながらルシスはカリヤ院長に向かって手を差し出す。

カリヤ院長がその手を握り返し、周りから拍手が巻き起こった。

 

 

 

氷の月(06月)27日

ホテル・アルマダの一室でソユーズは書類の整理をしていた。

そこで扉からノックする音が聞こえた

 

「入れ」

「失礼します」

「ベルファー、なにかあったか」

「ええ、0組の指揮隊長を名乗る朱雀の士官が0組の身柄の引渡しを要求してきました」

「あいつらを引き渡すかどうかを決める権限は私にはないぞ」

「それが、朱雀の士官がこれを」

 

そう言ってベルファーから手渡された書類を見てソユーズは驚いた。

そこには皇国が0組の身柄を朱雀に引き渡す旨が書かれた書類であり、旅団長のクラーキン少将に加えて、シド元帥を筆頭に軍の中枢にいる高級将校らの署名があった。

 

「つまり……【朱の魔人】の引渡しは正式な手続きを経て行われたのだな?」

「? そうだと思いますが」

 

ベルファーの返答にソユーズは少し頭を抱える。

今0組の身柄を朱雀側に引き渡してしまったのでは【東の嵐】作戦に支障がでかねないのだ。

 

(いや、どこからどう見てもこの書類は本物。

ということはこの件は少将や元帥閣下もご存知の筈。

ならば、急な変更でもあったのか……あとで秘匿回線で連絡を取ろう。

それはそうとして今の対応だ。あまり引渡しに時間をかければ怪しまれるかもしれん)

 

そこまで考えるとソユーズは頭を抱えるのをやめ、ベルファーに視線を向ける。

 

「そうか、ならその士官をここに連れてきてくれ」

「ハッ。あ、それと……」

「なんだ?まだなにかあるのか?」

「いえ、その指揮隊長の名前ですが……」

「ああ、0組の指揮隊長だ。さぞ有名な奴だろう」

「ええ、クラサメ・スサヤという名前でして」

「………は?」

 

クラサメ・スサヤ。

軍人なら新人でも聞いたことがない奴は少ないと名だ。

なにしろ【朱雀四天王】唯一の生き残りであり、【氷剣の死神】と呼ばれた皇国軍の悪夢である。

 

「死神が魔人の指揮隊長……?クッ、それは強いに決まってる」

 

あまりの理不尽さに笑い出したくなってくる。

【朱の魔人】は魔法局の私兵と見ていたが、本当は死神によって鍛え上げられた化物共なのではとさえソユーズは思えてきた。

 

「少佐」

「あ、ああ、先に指揮隊長の名前を聞いておいてよかったよ。彼をここに連れてきてくれ」

 

そう力なくシューズが言うとベルファーは敬礼して部屋から出て行く。

ベルファーが死神を連れて戻ってくる前に冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。

落ち着いてからしばらくして再び扉からノックが聞こえた。

死神が来てしまったと悲壮な覚悟をしてソユーズは扉の方を見た。

 

「入れ」

「ハッ。0組指揮隊長のクラサメ士官をお連れしました」

 

ベルファーと一緒に入ってきた死神をベルファーを見た。

年の頃は20代後半で顔の下半分をマスクで覆っているが一目で美形だと分かってしまう青年だった。

 

「貴方が0組の指揮官であり、元朱雀四天王のクラサメ士官ですか」

「私の名を未だ知っている人がいるとは驚きました」

「昔、今の0組に勝るとも劣らぬ活躍をしていた四天王の名を知らないベテラン軍人はいないでしょう」

 

ソユーズが少し呆れた口調でクラサメに言った。

 

「用件は先にそこの副官から聞いております。この書類にサインを頂きたい」

 

ソユーズが書類を渡すとクラサメがサインをした。

その書類をを確認して、ソユーズは口を開いた。

 

「これで0組は正式に貴方の預かりとなったわけですが……

貴方は0組を連れてすぐに帰国なさるので?」

「私は護衛の一人でもあるのでこのまま帝都に留まります」

「では0組も帝都に残るわけですか」

「いえ、0組は明日の飛空挺が到着し次第、帰国させるつもりです」

「は? 今日帰国させるつもりはないのですか?」

「上の決定であるから私には逆らえないです」

 

クラサメの言葉を聞いてソユーズは内心首を傾げる。

 

(ただ単に交渉を少しでも有利にしようという我が国への圧力か?

いや、それなら明日に帰国させる予定になっているのはおかしい。

朱雀側にも0組を利用した陰謀を考えている……?ならどうすれば……

いや、そう言う時の為の護衛任務であり、監視任務だったか……)

 

ソユーズは自分の中の混乱を悟られぬよう冷静に対応しようとした。

 

「分かりました。

それではホテルの従業員に明日客が少なくなる旨を伝えておかねばなりません。

0組の部屋まではベルファーが案内してくれます。ベルファー!」

「ハッ!」

「頼んだぞ」

「分かりました」

 

こうしてベルファーに連れられてクラサメが退室したのを見届けるとソユーズは再び頭を抱えて唸った。

が、クラサメなんぞ序の口レベルであったことをベルファーは数十分後に0組との面会を所望してやって来た蒼龍女王と面会して思い知ることとなるのである。

 




+フヨウ・トモシビ
漫画版で出てきた人物。
クラサメの現役時代に副局長だったから出世しててもおかしくないなと。
因みに一時期彼の娘がクラサメと恋仲だった。

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