……この話蛇足だったかなと思っている私がいる。
氷の月(6月)16日
SIDE ウラジミール
パラディス家の住まう煌びやかな皇宮。
自分を含むミリテスの貴族達が両脇に控える謁見室で2人の男が向き合っている。
一人は我が主君にして第一位帝位継承権者、ルシス・パラディス殿下。
彼はまだ帝位に就いてはいないので玉座には座らず、前に立って相対している跪いている男を見下ろしている。
跪いている男はこの皇国の実権を握っている皇国軍元帥シド・オールスタインである。
両者の間に漂う異様な緊張感に額に汗が流れるのを感じる。
「殿下。昨日の式典での自分への過度の評価。ありがたく思います」
シド元帥が表情を一切変えずにそう言った。
殿下は一切表情を変えなかったものの周りの貴族達の何人かが露骨に顔を顰めた。
「なに、あくまで私の主観での貴官の評価を言ったにすぎん。それにこの国の民の大多数は私と同じ考えだろう」
「有難きお言葉」
殿下の言葉にシド元帥は礼法に則って頭を下げた。
しかし、まったく有難がっているようには見えない。
「……ところで」
殿下は明後日の方向を見ながら口を開いた。
「我がパラディス家の分家の……バシュタール家の当主は役に立っておるか?」
殿下の声にはやや不機嫌さが感じられた。
おそらく遠い親戚であるカトル様によい感情を抱いていないのだろう。
「ええ。相変わらず前線から離れようとはしませんが」
この言葉で初めて殿下の顔が歪んだ。
「ほう。帝位に就くより前線の指揮官の方がよいとそう言っておるのか?」
「その通りです」
「かの【白い死神】と私の生まれが逆ならば……我らもここまで落ちぶれておらなかったかもしれぬな」
私はその言葉に驚いて、殿下を見た。
背中に感じる気配から察するに他の貴族達も同じように殿下に視線を注いでいるようだ。
「お戯れを」
「戯れではないわ。よもや我が父の所業を知らぬわけではあるまい?」
怒気の含まれた言葉に私は背中に寒気を感じた。
それに殿下の父――皇帝陛下の話題を殿下から振ったことは皇帝を幽閉した時以来したことがない。
「それはあくまで皇帝とそれを支持した貴族達の責任。それを止めようとしていた殿下や他の貴族に責はありますまい」
「ああ。だが、我々が如何に努力していたとしても、父を止められなかったのに変わりはあるまい」
「ですが、貴方方の協力がなければ我々が皇帝を幽閉するのは困難を極めたはずです」
「そうだ。我々が解決せねばならぬことを平民出身の貴官がな」
一部の貴族が皮肉気な笑みを浮かべているのが見えた。
「自分は平民なりにこの国の民に尽くしているつもりです」
「ああ、貴官はこの国に尽くしているのはよく知っている。
むしろ貴官以上にこの国に尽くし、功績を立てている者が他におるか?」
「自分の功績はあくまで象徴としてのもの。付き従う者がおらねばこれほどの功績は立てられませぬ」
変わらぬシド元帥の謙虚な姿勢に殿下は疲れたように首を振った。
「これ以上この話は無駄だな。
さて、ここに貴官を呼んだ本来の要件を話そう」
そう言って殿下が私に手を伸ばした。
私は持っていた書類を殿下に差し出した。
殿下は軽く書類を見て確認するとその書類をシド元帥に差し出した。
「ヴァランス大公が又従弟の息子のキャスタールを担ぎ上げて反乱を企んでいるそうだ。
キャスタールも第十六位とはいえ、帝位継承権の保持者だから一応の正当性はあるからな」
シド元帥はその書類を読み終わると真顔で殿下に向き直った。
「朱雀の者が関与している可能性がありとは?」
「何人か手の者が殺された。
生きて戻ってきた者によると仲間は飛んできた火の玉で一瞬で焼死体になったとのことだ。
それで物陰に隠れていると他国の力を借りたかいがあったと言っていたそうだ」
殿下の説明を聞いたシド元帥は目を閉じた。
「……四課か」
シドが小さい声で呟いた。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。この件は責任をもって処理致しましょう」
「頼む。それと弟のクロディウスによろしく言っておいてくれ」
「御意」
そう言ってシド元帥は謁見室から退室していった。
シド元帥の足音が聞こえなくなった貴族の一人が叫ぶ。
「平民出が何様のつもりだ!!」
「ユリウス。少し落ち着いてください」
「なんだとウラジミール。貴様には貴族としての誇りがないのか!!?」
ユリウスが私を怒りを込めた目で睨みつけてきた。
周りを見るとユリウスに同調して頷く貴族が数名いる。
「誇りはある。だが、シド元帥の祖国に対する数々の貢献を鑑みれば、多少寛大になるべきでしょう」
「どうだか。奴に祖国に対する忠誠心があるとはどうしても思えん」
「もしシド元帥の忠誠に疑いがあるなら民衆がこれほど支持すしない」
「口先三寸で国民をだましているだけではないのか?」
「1年程度ならばともかく、10年以上も国民をだまし続けられるわけがない」
ユリウスはもう言うだけ無駄とばかりに腰の凝った意匠の剣に手をかけた。
私もそれを見て咄嗟に腰の剣に手伸ばした。
「やめよ!!」
殿下の怒声で我に返った私たちは殿下に向き直った。
「ユリウス。貴公の誇りの高さは私も知っておる。
だが、いくら頭に血が昇ったとはいえ貴公はいまなにをしようとした?」
「も、申し訳ありません」
「疲れているのだなユリウス。今日はもう下がれ」
「そ、その……いや、なんでもありません。自分が思う以上に疲れているのでしょうな。
では、お言葉に甘えて今日のところは休ませていただきます」
一瞬反論しそうになったのをやめてユリウスは殿下に一礼して謁見室から出て行った。
それを私は複雑な思いで見ていた。
殿下の方を見ると一瞬気難しそうな顔をした後、ため息を吐いた。
「少し個人的な話をしたいので、ウラジミール以外部屋を出よ」
殿下の言葉に謁見室にいた貴族達はゾロゾロと外に出て行った。
出て行ったことを確認すると殿下はわざとらしくため息を吐いた。
「ウラジミール。高貴な血を受け継ぐ我らも随分と落ちぶれたものだな」
「殿下。そのようなことは軽々しく言うものでは……」
「ああ、だが現実はどうだ?国民の多くは我らがおらずともシド元帥の下、纏まっている。
それに対し、我らは未だに纏まらぬ。建国の父イエルクの血も時間とともに腐りきったのかもしれぬ」
「……それは皇帝の責任でございましょう」
「その皇帝の子が私だ。腐っているのも当然か」
殿下はそう言って自嘲した。
「なぁ、ウラジミール。お前とユリウスとともにこの国をよくしたいと誓い合ったよな?
しかし……何年たっても成果は上がらず、我が父の暴政をとめられなかった。
実際、奴を排除したのはどこの馬の骨ともしれぬ平民出の元帥とその部下達だった」
殿下は口惜しそうにそう語った。
そもそも殿下は数十年前に父である皇帝に疎まれて、ユリウスの家に預けられていた。
そしてユリウスと仲の良かった私も自然と殿下と縁ができた。
子どもの頃から生真面目だったユリウスと違い、悪戯っ子だった私は殿下を連れてよく帝都を散策していた。
繰り返すうちに何度も見た自分たちの祖国の民の疲弊と貴族達の腐敗。
その2つが疑いようがないと知った私たちはこの国をよくしようと互いに誓い合った。
そうして成人した私たちは理想を共にする同志たちを集め、宮廷闘争を繰り広げた。
しかし皇帝と腐敗貴族達によって形成された派閥は強固であり、これといった成果を上げられずにいた。
そして十数年前、あの男が私たちの前に現れた。
入隊以来めきめきと頭角を現し、当時既に将官であったシド・オールスタイン。
彼はあの皇帝に流れる無駄な税金を完全に遮断する為に私たちに協力を要請……いや、言葉を飾らずに言うならばあの男の指揮下に入れと言ってきたのだ。
それは大いに貴族達の反感を買ったが、殿下は誇りより臣民に圧政を強いる皇帝の排除を優先させ10年前に皇帝を皇宮の奥深くに幽閉させることに成功した。
そしてそのままシド・オールスタインがミリテス皇国の全権を握り、私たちは貴族に不穏な動きがないか調べるようにシドに要請された。
その要請を受諾して私たちはこんな目立たない仕事をしているわけだが、そのことに私たちが不満を感じないわけではない。
10年前にシドが国政を担うことを承認したのはあくまで一時的なものでいずれは殿下が帝位に就き、このミリテス皇国を名実共に統べるのだと考えていたのだ。
しかし、シドが国政を担うようになってからあげた数々の改革の成果を出していくにつれ、殿下や私を含む殿下を支持する半数以上がシドから実権を奪い返す気力がなくなった。
理由は単純明快。
自分たちが国政を担ったところでシドほどの成果を出せるとは思えなかったのである。
ならば祖国のため、あえて恥を甘んじて受けようと殿下や私を筆頭にした同じ考えを持つ貴族は決めた。
しかし……自分たちが国政を担った方がよいと考えるユリウスを筆頭とする貴族達もいる。
それでもユリウスが殿下を支持しているのは殿下に絶対の忠誠心を持っているからだ。
だが、ユリウスの子飼いの貴族はそうではない。
現にヴェランス大公が反乱を企図するまでにユリウスは子飼いの貴族達を抑えられなくなっていた。
「ウラジミール。私は間違っているのだろうか?
ユリウスの言うとおり、シドを買いかぶりすぎなのだろうか?
それともこんなことを悩んでいる時点で私は無能なのだろうか?」
「……殿下。何が間違っていて、何が正しいかなど私にはわかりませぬ。
神ならぬ人の身では物事が終わって初めて正しいかどうかがわかります。
ならば自分が正しいと信じる道を往くほかにないでしょう」
殿下は暫く髭のない顎を弄って、考え込むと
「そうだな。所詮私は……そうだな」
無力感を纏った脱力した声でそう言うと力なく頷いた。
氷の月(6月)18日
SIDE ソユーズ
なんでこんな面倒なことを私がせねばならんのだ。
旧型の空中戦艦【ヒルダガルデ級】の艦橋の機械を見ながら私はそんなことを思っていた。
本作戦に参加している人間は機密性の高さから帝都防衛旅団所属の軍人か秘密警察の人間である。
私やルーキンにイシス。それに連日連夜勤務地獄を乗り切ったシュトロトハイム少佐やベルーマン少佐の2人はクラーキン少将の指揮の下、帝都で留守番をしている。
そしてこの作戦の総指揮をとるのはいつも通り真白の仮面を被っているハーシェル中佐だ。
今回の作戦目的は2つ。
反逆者達を秘密裏に排除することともうすぐ量産体制が整う予定の新型鋼機のテストである。
「少佐」
「なんだ?」
「我が隊からはイネス大尉の他に、アトラス中尉、エクトル中尉がヘルダイバーで出撃しました。
残りの我が隊の中尉は直属の強化兵を引き連れ、コロッサスで反逆者の退路を塞いでおります」
ベルファーの報告を聞き、私は望遠鏡でセトメ郊外のヴェランス大公の屋敷を眺めた。
今までの常識からは考えられない飛行型の鋼機がヴェランス大公の私兵を混乱させている。
【コ-四六二航空鋼機】通称ヘルダイバー。
オリエンス全体が戦場になる事を想定し、軍部の要請のもと作られた飛行型の機体。
構想当初は夢物語であったが、シド元帥の支援の下、この10年で軍事技術が飛躍的進歩を遂げ、この夢の機体を現実にすることに成功したのだ。
そんなことを思いながら機械をコントロールしていると通信が入ってきた。
「繋げ」
「ハッ」
通信兵が私の命令を聞いて機会を弄ると、音声が聞こえてきた。
『少佐。アトラス中尉、反逆者の大公を発見しました。ですが、例の帝位継承権保持者の子を人質にしており、どうすればよいでしょうか?』
『そうか。なら仕方ない。人質には尊い犠牲となってもらいヴェランス大公ごと消えてもらう』
『了解!』
通信機越しに銃声が鳴り響いた後、再びアトラスの声が聞こえてくる。
『排除しました。』
『よし。あとは……』
そこでいったん言葉を区切る。
「ベルファー。反逆者の貴族の名前なんだった?」
「えっと……ヴェランスっていう大公位を持つ貴族ですね。第十六位帝位継承権者……キャスタール?とかいう子を神輿に反乱を企図してたって書いてますね」
ベルファーが手元の書類を見ながら聞き覚えのない2つの名前を告げられ、対象の2人が死んでいること確信し、通信機に向き直る。
『残っている私兵と朱雀人共を一人残らず殲滅しろ』
『わかりました。あともうひとついいでしょうか』
『なんだ?なにかトラブルでもおきたか?』
『いえ、イネス大尉に事前に注意されていたのですが……飛びすぎたみたいでコックピットがサウナ室並の熱さです。どうにかなりませんか?』
アトラスの言葉に私とベルファーは思わず噴き出した。
ヘルダイバーは飛行型鋼機だが、長時間の飛行に耐えられるものではないため定期的に地上に降りなければオーバーヒートを起こしてしまうのだ。
『了解した。作戦終了時に本艦のシャワー室に中尉が真っ先に入れるように取り計らおう』
『感謝します!』
アトラス中尉のその言葉を最後に通信は切れた。
ヴェランス大公の屋敷を我々が壊滅させた後の処理は秘密警察の手に任せられた。
そして大公の反乱は秘密警察によって多分に脚色され、翌日に発表された。
【朱雀は帝位継承権を持っているキャスタール様並びにその保護者であるヴェランス大公の身柄を確保し、その身柄を材料に皇国に譲歩を強いようというテロ行為を企図し、セトメ郊外の大公の屋敷を襲撃した。
襲撃を察知したヴェランス大公は皇国軍司令部に救援要請を出すと同時に、自らは自分の私兵を率いて朱雀のテロリスト相手に善戦したが、敗れ戦死した。
しかし、その戦いの結果として軍の現場到着まで朱雀のテロリスト相手に時間稼ぎには成功しており、軍の活躍によって朱雀のテロリストを殲滅を開始したが、統制を失った朱雀のテロリストの一人がキャスタール様を殺害した。
皇国外交部はこの卑劣な朱雀の蛮行を批難したが、朱雀側はこれを否定している】
この発表を聞いた時、私は大公の反乱をよくテロ事件に捏造したなとルーキンと酒を飲みながら笑いあった。
旧型の空中戦艦【ヒルダガルデ級】:オリ設定。名前はFF9の飛空艇より。