――とうとう、この時が来てしまった。
一つ目の授業が終わり、次なる科目のために教室の皆が立ち上がる。誰もが平然とした様子であるなか、私だけは内心で焦燥を抱いていた。
じっと虚空を睨んでいると、ふと隣から声がかけられる。
「――移動」
「なに?」
「移動しないと、遅刻する」
淡々と述べたミセリアは、すでに立ち上がって鞄を手にしていた。どこか不思議そうな目で、私を見下ろしている。
私はため息をつくと、晴れない気持ちのまま頷いた。
「……そうね」
なぜ移動するのか、というと理由は簡単だ。次に私たちが受けるのは座学でなく、魔法の実習を含めた授業だからである。
まだまだ本格的ではないものの――学生たちは、授業の中で魔法を使う時が来たのだ。
それは私にとっては大きな壁だった。
もはや試練であるとも言えるかもしれない。
普通の魔法が使えないのに、その授業を受けさせられる。これほど苦痛なことがあるだろうか。運動音痴な子が体育の授業に出る時の気持ちを、今にして私は初めて理解してしまった。
「……よし」
――だが、この私に逃走はないのだ。
けっして退かず、迫りくる苦難は切り伏せて進むのみ。
ようやく決心をした私は、立ち上がった。次なる授業を乗り越えるために。
「……どんな内容だったかしら? 次の授業」
「“風”の顕現とコントロール。魔法の基礎、かつ初歩」
「そう……途轍もない難敵ね……」
「魔法の基礎」
「これほど怯えさせられるのは、久しぶりだわ……」
「初歩」
「デーモンよりも恐ろしい相手ね……」
ミセリアは何か言いたげな表情をしていたが、諦めたように首を振った。
そんな会話をしながら、廊下を歩いていると――あまり聞きたくない声を耳に拾ってしまった。私にとっては性格的に付き合いを深くしたくない人物。言わずもがな――
「ううぅ……ま、魔法の実習、いやだなぁ……」
暗い雰囲気を漂わせながら、顔を下に向けている黒髪の少女――それはアニス・フェンネルにほかならなかった。
いつも明るいはずの彼女が、どうして今は落ち込んでいるのか。私はすでに“知識”として知っている。そう、彼女は普通の魔法に関してはてんで駄目なのである。
希少な回復などの魔法に適性があるいっぽう、風や火を操るような基本的な技能はアニスに欠けていた。たぶん、私が魔力を肉体強化に特化させているのと同じように、彼女も魔力の本質がそっち方面に傾いているのだろう。まあ、完全に魔法を使えない私よりはマシだろうけど。
「…………」
いろいろとアニスに関して思うところはあるが、いきなり彼女の才能を本人にバラすのは尚早な気もする。それに教えるにしても、不自然ではない形でそれとなく気づかせるべきだろう。
そんなわけで、とりあえず今は彼女を無視しようと、横を通り過ぎたところで――
「あっ、オルゲリックさん!」
……なんで私に声をかけるのよ?
この娘、さんざん私が嫌っている素振りを見せているのに、どういうわけか向こうから積極的に話しかけてくるのだ。もしや私をツンデレか何かと勘違いしているのではなかろうか。私にそんな属性なんてないぞ。
「…………」
「つ、次の授業……オルゲリックさんは自信ありますか?」
「…………」
「わたし魔法が得意じゃないから、人前で見せるの恥ずかしいなぁ……」
私と並んで歩きながら、まるで友達のように語りかけてくるアニス。相変わらずの平常運転である。私が無言を貫いているにもかかわらず、延々と言葉を投げかけてくる。
一方的な会話は終わりそうもなく――あまりにうざったくなった私は、ぴたりと足を止めた。
「――だ、か、ら!」
ビシッ、とアニスの顔へ指を突きつけながら、私は怒りの表情を浮かべる。もちろん演技であるが。
「わたくしに話しかけるの、やめてくださらないかしら!? あなたのような格下の貴族とは、付き合う気はありませんのよ! おわかりッ?」
「えぇ……。おんなじ学生なんだから仲良くしましょうよぉ……」
「わたくしと対等の関係になりたいなど、驕り高ぶりッ! 言語道断ですわッ! 傲慢にもほどがありますわよッ!」
そう言った直後、後ろから「自己紹介?」とミセリアの呟きが聞こえた。ええい、ツッコミを入れるな。私もこの高慢キャラはどうかと思うけど、今さら変えるのもアレなのだ。演じすぎて骨の髄まで染みついてしまった。
「わたくしとの
と、指先の方向をぐいと動かす。
その先には、赤茶けた髪の地味そうな少女が立っていた。アニスの親友ポジションの女の子(名前……なんだっけ……)は、私に指差されて標的にされた瞬間、「ひぃっ!?」と悲鳴を漏らす。その怖がりようは、まるでこの世の悪意すべてに曝されたかのようである。私は魔王か何かか?
「そういうわけで、ごめんあそばせッ!」
などと捨て台詞を吐いて、私はすたすたと先を進む。相変わらず、めちゃくちゃ疲れるやり取りであった。
歩きながらため息をついていると、隣に追いついたミセリアがぽつりと言葉を漏らした。
「演技派」
「うるさいわね」
私の素の状態を知っているミセリアにとっては、ああいう態度がただの演技であることが明白だった。もっとも、なぜそんなキャラ作りをしているかの理由まではわからないだろうけど。
私としても、もはや仮面をかぶる意味などない気がするのだが――それでも、やらずにはいられなかった。自分がヴィオレ・オルゲリックであることを、完全に失わないために。理屈ではなく、なんとなく、少しでも面影を残しておきたかったのだ。変な話だが。
そんなこんなで、私たちは目的地に到着する。そこは普段の教室の前方に、広めの道場を付け足したような場所だった。大規模な魔法を扱う場合は外のグラウンドを使うが、初歩的な魔法の場合はこの教室を利用するらしい。
広間の部分には等間隔でテーブルが置かれ、その上にはそれぞれ燭台がセットされていた。学ぶ魔法が“風”なことから、どんな授業内容かは簡単に察せられよう。
「――魔法において、基礎が重要なのは言うまでもありません。今回は、風を吹かすという単純な行為を皆さんにおこなってもらいます」
年配で恰幅のよろしいマダムな教師が、そう言いながら燭台のロウソクに火を点ける。三本を横に並んで立てる、三叉型の燭台である。
「あなたたちの多くは、おそらく既に魔法を習っているでしょう。ですから、風を出すくらいは簡単にできるとは思いますが――」
三メートルほどの距離を取ってから、教師はシュッと流れるような動作で指揮棒型の杖を振るった。魔力が伝達され、その先端から小さい風が生成される。
飛ばされた空気の塊は、燭台に立てられたロウソクの上部へ目掛けて襲いかかった。風に煽られた炎は、いともたやすく消し飛ばされる。――三本並んだロウソクのうち、真ん中の灯火だけが消失していた。
「このように強度と方向をコントロールすることは、そう簡単ではありません。あなたたちには最終的に、これくらいの制御力を習得してもらいたいと思っています」
平然な口調でそんなことを言うが、たぶんここにいる学生の中で同じことができるのは、ミセリアとフォルティスくらいではなかろうか。かなり高等な技術である。
一点に集中した風の刺突――今のはそれほど強くない風力だったが、あの先生が本気を出したら強烈な凶器となるのだろう。遠距離から弾丸のような風を連射されたら、いったいどう対応するべきなのだろうか。ううむ……。
「――それでは、皆さんにも実際にやってもらいましょうか」
頭の中でイメージしているうちに、いつの間にか話は本題に突入したようだ。
教師は学生たちを見渡すと、その言葉を口にした。
「燭台のセットの数にも限りがありますので――三人で一グループになってもらいましょう」
…………。
いま、なんて言った?
わが耳を疑ったが、周りを見るともうクラスメイトたちは動きだしている。いつも一緒にいる仲良しグループや、交流の広いタイプの子たちは、滞りなくグループを組んでいた。
こ、これは……!
ま、まさか前世では経験することのなかった、この屈辱的なシチュエーションを味わう日が来ようとは……!?
「三人」
ぽつりとミセリアが呟く。その表情は無機質で、普段と変わりない顔色だった。
そう、三人である。私と彼女では、まだ二人。あと一人が足りない。
「ミセリア・ブレウィス……」
「なに?」
「今にして初めて、あなたが友達でよかったと思ったわ」
「…………?」
言っている意味がわからない、というように首をかしげるミセリア。この状況の恐ろしさを理解できていない彼女は、やはり人間の感情にまだ疎いのだろう。
とりあえず彼女のおかげで、独りぼっちという最悪の展開は免れたが――私はどうするべきだろうか。
ミセリアはもちろん、私も交友関係のあるクラスメイトなどまともに存在しない。しいて言えばフォルティスとは縁があるが――あの好青年はもうグループを作っているようだった。くっ、なんだか負けた気分だ……。
でも、よく考えたら最後に余った誰かと組めばいいのではなかろうか。クラスメイトは三の倍数なので、誰かしらが残るはずである。余り者同士で、一時の共闘と行こうじゃないか。
なんて思っていたら――
「よろしくお願いしますっ!」
と、元気にお辞儀をするアニス・フェンネル。
いやいやいやいや。
「どどど、どうしてあなたが来るのかしら……ッ!?」
「えへへ。こういう時なら、仲良くなれるチャンスなんじゃないかなって」
「くっ、授業を盾に取って近寄ってくるとは、なんと卑劣な……ッ!?」
というか、いつもの親友がいるだろうに。そこまでして私やミセリアに接近してくるとは、お友達教の執念は恐ろしすぎる。
あーだこーだ文句を垂らしてみるが、どうやらアニスの意志は鋼のようだった。罵倒しても挫けず迫ってくるこの少女、さすがはゲームの主人公らしいガッツの持ち主である。要らぬところで逞しい精神性を発揮するんじゃない。
……まあ、何はともあれ。
私、ミセリア、アニスの三人組で魔法の実習が始まったわけだが――
「うぅ、むずかしい……」
最初に杖を振ったアニスの結果は、無残なものだった。ロウソクの炎が揺らめきもしなかったのだ。そこで彼女は、一メートルほどの距離まで近づいて再チャレンジすると――今度はかすかに炎が揺れた。
……それだけである。微弱なそよ風を出すのが、彼女の技能の限界だった。
周りのクラスメイトに目を向けてみると、教師のように狙ったロウソクだけ消すような芸当はできなくとも、火を消すこと自体はみんなできているようだ。学園に入る前から家庭で訓練している子が多いだろうし、それくらいはできて当然なのだろう。
何度か試すものの上手くいかないアニスは、どうやら諦めたようだ。どんより暗い面持ちで、私のほうへ顔を向けた。
「オルゲリックさん……」
「……何かしら?」
「そのぉ、お手本を見せてくれませんか?」
「…………」
なるほど。どうやら彼女は、私がこの程度なら簡単にこなせると思っているようだ。
まあ高名なる侯爵家の令嬢なのだから、木っ端の貴族よりも魔法に精通していて然るべきである。……普通は。
――どれほど昔だろうか。私が火や風を操ることに初めて成功したのは。
じつのところ、小さい時から超常の力に興味を持っていた私は、すでに齢一桁にして基礎的な魔法を発現できていた。その部分だけ取り上げれば天才的なのだが、現実はなんとも無情なものである。いくら練習を重ねても、そこから先は能力が伸びなかったのだ。神童を期待していた両親は、さぞや肩透かしを食らったに違いない。
あいにく私は、知識の中のヴィオレが凡才レベルだったのも知っていたので、「駄目だこりゃ」と見切りをつけ――“気”の力に活路を見出した、というわけであった。
今にして思えば、アニスが特殊な性質の魔力を持っているのと同じように、私も魔力の本質が肉体に巡らす運用に適していたのかもしれない。人間には何事も向き不向きがある、ということだろうか。
「あ、あの……聞いていますか?」
思考に沈んでいた私は、アニスの困惑したような声に引き上げられる。
なんだっけ? ……ああ、私の手本が見たい、って話だっけ。
「……ふっ、わたくしの華麗なる手並みを見たいと」
「はい! 参考にできたらなって……!」
「――よろしい。あなたのような浅学非才の凡人に、わたくしの力を特別に披露してさしあげましょう」
巻き髪を掻き上げながら言い放った私は、ずいと燭台の前に出て、杖を高く構えた。「うぅ、才能がないのは確かだけど……」とか横で嘆いているアニスを無視し、意識を集中させる。幼少の頃に行使していた、普通の魔法の感覚を思い起こすのだ。
――樹齢の重ねた木というものは、魔力をよく伝導するらしい。
大気から呼吸により肺へ、そして体内に取り込んだ魔力を、自身のイメージを付加しつつ腕の末端、そして老樹製の杖へと瞬間的に伝達し、具体的な形として顕現させる。その基本工程を、私はしっかり熟知していた。杖も上質な古木で作られた高級品なので、知識と道具は完璧だった。
……知識と道具は。
「――ふんッ」
魔力を込めて、風をイメージし、杖を振り下ろす。その切っ先は、寸分の狂いもなくロウソクへと向けられていた。
――が、何も起こらなかった
「…………」
「…………」
後方から痛々しい沈黙と視線を感じる。くっ、無言はやめなさいよ! 私が哀れなヤツみたいじゃないの。
もう一度、試してみるが……やはり何も起こらない。
いや、うん。ぶっちゃけ問題点は、もう理解していた。
そもそも、杖に魔力が伝わっていないのだ。指の先までは十全に魔力が浸透しているのだが、そこから杖――つまり、外に出ていこうとしない。自分の肉体のみに、つまり内側に魔力を巡らす使い方をずーっと続けていたので、外側に開放することができなくなっているのだろう。
予想していたとおり、私は魔法に関してはアニス以下の出来であった。
「――今日はちょっと調子が悪かったみたいですわ」
しかし己の不出来を認めるのは、ヴィオレ・オルゲリックの信条に反する行為である。
私が平然とうそぶくと、アニスは「そ、そっか。そういう時もあるよね」と、どこか安堵したような笑顔で相槌を打つ。同レベルの仲間がいたことが嬉しいのかもしれない。
大言壮語のあとに失敗をかました姿を見ても馬鹿にしないのは、やっぱり根が途轍もなく良い子ちゃんだからなのだろう。
――そんな、わかりきっていた茶番を終えて。
次はミセリアが燭台の前に立つ。
距離は三メートルの位置。とくに普段と変わらぬ無表情のまま、何気ない様子で彼女は杖を振るう。
――ひょう、と風が吹いた。
それは研ぎ澄まされた刃のように、ロウソクの火を刈り取る。もちろん――三本のうち、真ん中の灯火だけ。正確無比のコントロールであった。
さすがは最年少で入学しただけのことはある。この歳でこの技量は、まごうことなき天才。常人とは比べ物にならない才能だった。
「す、すごーいっ!」
と、アニスは素直に驚いて賞賛する。その瞳には尊敬の念さえ感じられた。魔法が苦手な彼女にとっては、心からの敬服に値するのだろう。
ミセリアは相変わらず感慨を浮かべないまま、ぽつりと一言。
「簡単」
……皮肉かしら?
いやまあ、まじめにそう思って言っているんだろうけど。
「先生とおんなじことができるなんて、本当にすごい――ですよね、オルゲリックさんっ」
こちらに同意を求めながら振り向くアニス。なんで私にいちいち絡んでくるのよ。
……たしかに、ミセリアは凄いんだけど。だけど、ここで素直に褒めるのは私の矜持が許さないので、それはできない。
だいたい――“この程度”のことで、あれこれ騒ぐのはレベルが低い。
そう、ミセリアが口にした言葉は間違ってはいないのだ。
「――簡単なことでしょう?」
「え……?」
アニスに同意せず、ミセリアに同意した私の反応は、おそらく予想だにしていなかったのだろう。ぽかん、と彼女は目を丸くしていた。
やがてアニスは、表情を困惑に変えて言う。
「で、でも……。わたしたちは、ちゃんと風を出すこともできなかったし……」
「あら、あなたと一緒にしないでくださる? ――本気を出せば、わたくしだって同じことをできますわよ」
傲岸不遜をたっぷり漂わせながら、はっきりと私は言いきった。
ミセリアに及ばないことを認めるのは、われながら少し癪だった。そもそも、私は彼女をすでに打ち負かしているのだ。勝者であるこの私が、敗者に後れを取ることはプライドが許さない。
「――火をつけなさい」
私がミセリアにそう言うと、彼女は一瞬だけ眉をひそめるように動かしたが、すぐに杖を振ってロウソクに灯火を戻す。
そして私は、さっきのミセリアと同じ位置に立ち――ふたたび燭台と対峙した。
「その眼で、しかとご覧なさい」
私は杖を左手に持つと、足を開いて腰をわずかに落として、やや前傾姿勢を取る。
アニスは不思議そうな顔をしていたが、ミセリアは私の意図を察したのだろう。彼女は冷静な口調で声を上げた。
「魔法じゃない」
私は笑って答えた。
「魔法よ」
魔力を利用した技法なのだ。それは魔法にほかならない。
息を吸い込み、体に力を巡らす。運用するのは、全身の関節と筋肉。それが私にとっての“杖”だった。
右手の甲を下向きにして、後ろへ引く。指の先まで気を充填した拳は、その解放に備えて熱気を帯びていた。
――体勢に抜かりはない。あとは一連の動作を瞬間的に行うのみ。
すぅ、とわずかに息を吸った私は――標的を見定めながら、肉体を操作した。
「――せぃッ」
気合一閃ッ!
引き手をしっかり取り、腰に回転を加える。正拳とは、打つ手に力を入れるだけでは成らない。ボールを投球する時と同じように、足腰や反対側の腕を連動させて、初めて威力が生まれるのだ。
足の指先から脚へ、そして腰へ、そこから肩へと力を伝え、そして腕へと伸ばしてゆく。流れるように体重を乗せ、回転力を加え、練り上げられたパワーを右拳に集約させる。
それは――理想的な、正拳中段突きだった。
一点に集中した、弾丸のような打撃。捻りながら宙に繰り出したそれは――何かを打ったような感触が返ってくる。目の前には虚無しかないというのに――
いや、違う。虚無などありはしない。ただ瞳に映らぬだけで、この世にはモノが満ちている。たとえば、魔力。あるいは――空気。
目に見えぬ大気が、私の前に立っている。形のない気体は、しかし確かにそこにある。
私は笑った。打つべき空気の塊を――捉えたのだ。
――インパクト。
手応えのない一撃は、されど殴打の感覚を得ていた。伸ばした右腕、その拳頭の先の空気が、打ち込まれた衝撃のまま吹き飛んでゆく。それは――まるで飛翔する拳のようだった。
しゅっ、と風音が鳴ると同時に、ロウソクの炎は刈り取られていた。
――真ん中の灯火だけ、ミセリアと同じように消えていたのだ。
「――こんなところ、ですわね」
満足げに呟いた横で、「魔法じゃない」とミセリアがふたたび口にする。その目には、不気味なものを目の当たりにしたかのような色が浮かんでいた。
一方で、アニスは――
「す、すごーいっ!」
と、感動したような面持ちで叫んだ。
「つ、杖も使わないで風を起こすなんて……! わたしには、とても真似できません……!」
「おーっほっほっほ! わたくしの手にかかれば、この程度は造作もありませんわよ!」
「魔法じゃない」
アニスは尊敬の眼差しで私を見つめている。なんだか、ちょっと気分がいい。うーん、意外とこういうのも悪くないわねぇ!
「オルゲリックさん、こんなに凄かったんですね! わたしとは、格が違うっていうか……」
「おほほほほっ! そうでしょうねぇ! あなたも、このわたくしが格上の存在であることを少しはわかってきたのではないかしら?」
「か、格好よかったです! 憧れちゃうな~」
「魔法じゃない」
人間は強大なものを畏敬するのが常である。ヴィオレとして尊大でありつづけるならば、私はもっと力をつけなければならないだろう。
立ちはだかる敵をねじ伏せ、あらゆるものを平伏させる、圧倒的で崇高な力と技――それらを得るために。私はこれから、もっと強くならねばなるまい。
「わたしも……あんなふうに格好よく火を消せたらなぁ」
「ふっ……わたくしの才能と努力があってこその芸当ですわよ。あなたのような貧弱な体では、とうてい真似できないでしょうねぇ」
「ううぅ……も、もうちょっと体力をつけたほうがいいのかなぁ、わたしも……」
「魔法じゃない」
アニスの賞賛に気分を良くしながらも。
こんな児戯で満足することなく、さらなる高みに到達するために――私は鍛錬の道をいっそう邁進することを誓うのだった。
「魔法じゃない……」
ミセリアの声は、ただ虚無に薄れ消えるばかりであった。