時刻は早朝。
切り立った大きな岩山や、上に森がある高い山が連なる山岳地帯。
トリステインから遠く離れているこの地では、その細く長い山々の所為か大型の鳥や風力の強い魚類、特殊な獣類等以外は住んではいない土地だった。
『きゅー……きゅーい!』
その土地に、ある生き物の鳴き声が響き渡る。
細く高い、しかし何処か力のこもったその鳴き声は、早朝の静かな山頂の森林にもピッタリ合う絶妙な響き方で、広がっていった。
『きゅーい……!』
その鳴き声を放つ生物の名は“風竜”。竜種に属する動物で、誰もが想像するドラゴンの体躯に青い鱗を持った竜である。ブレス自体にあまり火力はないが、それを補えるほどのスピードを誇る。
サイズから言ってまだ子供の風竜だろうか。しかし竜とはかなり長生きなので、実際の所は何十、何百と歳を取っているだろう。
その子供風竜は山岳地帯の空を一通り旋回すると、少し標高の低い山の上にある森へと降下していった。
・
・
・
・
・
子供風竜はあまり静かとはいえない降り方をした後、近くの川に向かって歩き始める。と、脈絡なく子供風竜が口を開く。欠伸でも出ると思いきや―――
『お腹空いたのね……お魚とって食べるのね!』
出たのは何と、“人間の言葉”だった。
皆さんも知っているだろうが、人間そのが言葉を発せられるのは喉仏の位置や頭蓋骨の形、そして声帯のおかげであり、普通の動物……ましてやブレスを吐く竜が、傷つけてしまうかもしれないのに声帯を持っている筈は無い。
しかし、世の中には例外がある。
それは“韻竜”と呼ばれる、古代の幻種に属する竜である。
彼らは通常の竜以上の威力を誇るブレスに、姿を変えたり天候をもある程度変えられる“先住魔法”と呼ばれる魔法が使え、通常のドラゴン以上の知能を持っているのだ。しかし、絶対数が少ない為か、今では絶滅したと考えられていたのだが……
子供風竜……いや、子供風韻竜は川面を見つめ、魚が通りかかるのを待つ―――なんてことはせず、
『やあっ!』
いきなり飛びこんで魚を取った。
その口には大きな魚が二匹くわえられている、狩りは成功したようだ。
子供風韻竜はその魚を瞬く間に平らげ、満足した顔できゅーいきゅーいと鼻唄のように鳴き続ける。
ふと、近くの茂みから、カサカサ、という音が聞こえる。偶然迷い込んできた小動物でも要るのだろうか?
普通の獣ならば威嚇をするか、さっさとその場を去るかするのだが、子供風韻竜はニヤッと笑い、その茂みにそーっと近づいて行く。どうやら脅かしてやろうという魂胆らしい。
確かに幾ら子供だろうと風韻竜は風韻竜、そこらへんの動物でさえ逃げだすのだから、小動物など一声上げればひっくり返ってしまうかもしれない。
それを想像しているのか、子供風韻竜はますます笑みを強めた。
(そ~っと……そ~っとなのね……)
そしてその茂みに辿り着いた子供風韻竜は、大きく息を吸い、咆哮を上げた。
『クケェーッ!』
………咆哮というにはいまいち迫力が足りなかったが、それでも逃げ出すことは必須―――かと思いきや、その動物は逃げだすことすらせず、再びカサカサと茂みを揺すった。
その度胸にムッとしたのか、子供風韻竜は鳴きg――咆哮を連続で上げる。
『クケェ! クケェッ! クケェーッ!!』
しかし、動物は逃げださず、先ほどよりも大きく茂みを揺すった。
(な、生意気なのね~……本気を見せてやるのね!)
決意した子供風韻竜は、思いっきり息を吸い、そして今までで一番大きな鳴き声を―――
『クケ―――』
《『ゴアアオオオオオオォォォォォォォ!!!』》
更に大きく、自分とは天と地の差がある、まさに本物の“咆哮”で打ち消される。しかも、その咆哮は茂みから聞こえた。そして茂みから現れた咆哮の主、それは―――
『五月蠅いんだよ……! 鶏がぁ……!!』
『はわ……はわわわわわ……』
自分よりも大きく、人に似た体躯、二本の角、鎧のような右手を持ち、黒い焔と憤怒をまき散らしている、黒き竜だった。