「気に入らん……気に入らんな……!」
とある領地のど真ん中にある、周りの森林とは不釣り合いなほどに飾り付けられた屋敷で、髭を生やした小太りの男が顔をしかめて同じ場所を行ったり来たりしていた。
彼の名は、アリバーダ・ド・モーロット。このモーロット領を納める貴族で、地位は伯爵、使う魔法の系統は水系統が中心である、ラインクラスのメイジである。
「実に……実にっ! 気に入らん!」
何故彼がこれほどまでに“気に入らない”を連呼しているか。
それは彼の領内で起きたある事件と、それによって出来たある対象が、彼に“気に入らない”を連呼させているのである。
その事件と対象とは――――
「我が領内に薄汚いコソドロが入ったという事だけでも十分腹立たしいというのに……あんな低能な竜如きを信仰の対象とするとはっ……!」
数週間前に起きた“盗賊襲撃事件”と、襲撃を受けた村を中心に広がっている“黒竜神の信仰”である。
彼は自己愛が強く、自分を尊敬出来ない物は領地から追い出したり最悪殺したりもしてきた。税管理を真面目に行っているのは実は彼の召使い達であり、彼にやらせれば折角の税を自分の銅像を建てる事などに使ってしまいかねなかったから、彼に税の話は一切振らない。
幸いな事に、モーロットは“自分が輝いていればそれでいい”としか考えておらず、税の話や領地管理の話も頭から抜けてしまっているようだったので、彼の方から話を振る事は無い。
彼は領地を自分自身と同等以上に大切にしてきている、そのため盗賊に領地を踏み荒らされるのは、自身の顔を踏み荒らされるのと同じだと考え、腹を立てているのである。
“黒竜神の信仰”は言わずもがな、自分ではなく“竜種”―――ドラゴンを信仰している事に腹を立てている。
何故自分ではなく、ドラゴン如きを信仰するのか、あんな食う事と寝る事しか考えていない様な野蛮な物を、コソドロを追っ払ったぐらいで“神”と信仰するな……モーロットはその言葉を、頭の中で繰り返し繰り返し響かせた。
しかもその竜に“神”と付いている事、翼が無く人に似た体躯を持つ不可思議な竜である事も、彼の苛立ちに拍車をかけていた。
しばらくうろうろしていたモーロットだったが、ふと何かを思いついたように立ち止り、にやりと笑みを浮かべた。
「そうだ……そうじゃないか、こういう方法があるじゃあないか!」
彼は喜びを含んだの声を上げると、すぐに召使い達を呼んだ。
「お前達! 今すぐ腕利きのメイジや傭兵を集めてこい! 集め終えたら三時間後にコソドロが入った村へ行くぞ! いいな!?」
「「「はっ」」」
彼が思いついたのは、元となった黒い竜を追い出すか殺す……つまり“竜退治”である。
信仰の対象である翼の無い黒い竜は、襲撃を受けた村近くの森林に住み着いているらしい。しかも、聞く所によるとその竜は見た目に反して草食なのだという。食われる心配などは無いので、モーロットは気分は大いに高まっていた。
(黒竜神などと持て囃されおって……大方コソドロ共が、臆病だったか少数だったのだろう。メイジの力を見れば、草食竜など怯えて逃げだすのは目に見えておるわ……)
モーロットは、愛用の杖をまるで指揮をするかのように振り、高笑う。
「三時間後が楽しみだ……ワーッハッハッハ!」
この後“竜退治”へと向かったモーロット一行は、その攻撃力、黒い焔の火力、桁はずれなスピードと頑丈さを持つ黒竜に、返り討ちにあったのは言うまでも無い事であり、その日を境にモーロット邸から、……黒竜怖い黒竜怖い…… と言う言葉が毎晩聞こえていたのは、また別の話。