少女は呆然とする。
それもその筈だ、今まで見てきたのどかな村が一変し、今はまさに地獄絵図世とも言える状態になって閉まっている。
人は殺され、物は焼かれ、盗賊は嗤い、村人は歎く。子供は蹴られ、老人は殴られ、男は殺され、女は犯される。
何時の間にか物影に隠れていた少女は、この地獄が早く終わる事をただただ祈るばかりである。
(お願いします、助けてください! 始祖ブリミル様、どうかご加護を! ……どうか、お願いしますブリミル様っ!)
最初は始祖ブリミルという、この世界の神のようなものに一心不乱に祈っていた彼女だったが、その祈りを続けるうちに、段々と現実的な物に変わってきた。
(早く……早く来て、貴族様! お願い――――早く来てっ!)
神に祈るか支配者に祈るか、どちらも心の持ちようの問題だが、見た事の無い形の無い物に祈るよりは、脅威や力をよく知っている物に祈る方がいいと少女は思ったのだろう。
少女は祈るばかりで、他に何もしようとしない。いや、出来ない。
恐怖に振るえ、木の枝一本も持たないこの状態では、まともに行っても返り討ちにされるのが落ちだろう。そして――――
「いやっ!」
思わず想像してしまった彼女は、先ほどよりも青ざめた顔で否定するように首を振る。だが、不幸かな……思わず“声”を出してしまったのだ。しかもその時“偶然”、盗賊が彼女の隠れている場所の傍を通りかかってしまったのだ。
「ん? 何か声がするぞ?」
(!? しまっ……)
今更後悔しても後の祭り、とにかく違う方向に行ってくれと、彼女はめちゃくちゃに祈り始める。もうそれしかできない。
「ここ……じゃねぇ。ここでもねぇ」
(―――!!)
すぐ傍の物影を除きこまれ、少女の緊張と恐怖がピークに達する。
(あっちへ行ってっ……お願い……!)
すると、やがて少女の願いが通じたのか男の声や漁る音は聞こえなくなっていた。
ホッと息をつき、安堵して瞼を開ける。
「へぇ~…なかなかの上玉だなぁ。こんなのがこんな村に居たなんてよぉ」
「ぁ――っ――ぅ!?」
そこには、待ってましたと言わんばかりの下品な笑顔を浮かべた、盗賊の姿があった。
「驚きかぁ? 俺はなぁ、こうやって気付いていない振りして安堵させる、そして思いっきり脅かす……コレが大好きなんだよなぁ!」
盗賊の男の言葉は、少女の耳に震えを、心に恐怖をもたらした。下品な顔を盛大に歪ませ、少女をなめ回すかのように見つめる。それだけで、彼が何を考えているかなど、考えるのは愚問だった。
「久しぶりの上玉なうえに、若い女の子だもんなぁ……胸もある、尻もある、顔も良し……俺ってついてるなぁ」
「ひ―――ぃ」
もう言葉すら出ない。少女は物陰から力尽くで引きずり出され、服を無理やり剥ぎ取られる。全裸ではないが、殆ど衣服をまとっていない姿にさせられてしまい、彼女の恐怖はピークに達する。
「ひひっ、それじゃあ―――」
「ぁ(誰かっ……)……」
「お楽しみタイムだ」
(誰か……助けて……)
少女は目を閉じた。これから来るであろう受け入れたくない物を、しかし避けられないそれを絶望するかのように………
「はらぼ?」
「……へ?」
しかし、ソレはこなかった。かわりに男が突然奇妙な声を上げたのだ。
恐る恐る目を開ける――――そこに居たのは、
「いぎゃああぁぁっ!? 熱い、熱いー!?」
謎の黒い焔に包まれる盗賊と、
「ど……」
巨大な身体、白い籠手、二本の角、左手に燃え盛る黒き焔、そして更に黒い鎧の体を持った――――
「ドラ……ゴン」
翼の無い、まるで人の様な体躯を持った………“竜”の姿があった。
『オオオオォォォォ!!』
そしてドラゴンが一声吠えると同時に、盗賊を包んでいた焔はより一層燃え盛り、彼を消しズミへと変えた。
吠えた余韻に浸るかの如く上を向いていた黒い竜が、ゆっくりと少女の方を向く。その白目の無い眼に少女は怯えるが、やがて竜は興味など無いと言わんばかりに少女に背を向ける。
「まって……まって!」
少女はこの時思った。
知能もあり寿命も長く、何より人間より力も優れていて殆ど相手などしない、それに放っておけば見逃して貰えた筈なのに、そんな竜種に“まって”と何故かけたのだろうと。
その思いとは裏腹に、彼女の口からは言葉が止まらなかった。
「助けて…助けて欲しいんです! この村を、この村の人たちを、私のっ……私達のこの村を!」
『……』
「後で私をどのようにしても構いません! お気に召すまま好きなようにしてもらっても構いません! ……だから、だからっ―――」
涙を流し、顔をゆがめ、少女は今ある思いを全て込めてぶつけた。
「この村を助けて……ドラゴンさん……!」
『……』
黒い竜は一旦足を止めるものの、すぐにまた行動を再開する。
駄目だった、無理だった、なによ、分かっていた事じゃない、竜種が人間のお願いなんて聞く筈ないって……
彼女は絶望し、その場に呆然と座り込む。そして、せめて村の最期を看取るべく顔を上げ、眼に映す。
そして……彼女は知った……
「な、なんだこいつは!?」
「ドラゴンじゃねぇか、何でこんな所に!?」
「な……息を吸って―――」
「やばい!? 逃げろおおぉぉぉ!」
“希望”は失われてはいない事を。