我、黒き“無慈悲な王”となりて [凍結]   作:阿久間嬉嬉

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走レ

闇のような黒毛と立派な体躯を持つ狼となったハンニバルを見て、イルククゥは首をかしげる。

 

『お、お兄様? ソレは狼なのね、人じゃあないのね。……失敗したのね?』

『いや、自分で臨んでやった』

『自分で狼になろうとしてたのね!?』

 

驚愕するイルククゥだが、ハンニバルはどこか悲しそうな顔で夜空を見やり、呟いた。

 

『臨んだ物を……わざわざ捨てる気は無いからな』

 

その言葉の意味はイルククゥには分からず、顔をしかめる。

 

『お兄様……ひょっとして人間嫌いなのね?』

『そうでもあり、そうでないって所だな』

『分かんないのね~!!』

 

地団太を踏むようにジタバタしたイルククゥは、不意にハッとし、ニンマリと笑った後呪文を唱え、人間の女性に変身した。

 

『何でいきなり変身した? イルククゥ?』

『……お兄様、もっと大きくなれるのね?』

『まぁ、出来るが…』

 

そう言ったハンニバルは再び呪文を唱え、姿そのままに元から大きめだった体躯を、一回り大きくした。

 

と、同時にイルククゥがハンニバルの背中に飛び乗る。

 

『ムフフ~……行くのね、お兄様!』

『……ったく』

 

どうやらコレがやりたかったらしい。

確かに、彼女は自分の翼で飛ぶ事はあっても何かに乗って移動すると言う事は無い。そもそも竜なんだから、乗れる物が船ぐらいしか無いのだ。

 

渋々といった様子でハンニバルは走り出す。その速度は、並みの狼など軽く凌駕している速度だった。

 

『風を切って走ってるのねー! 気持ちいいのね!』

『……そうだな』

 

本気で楽しそうにしているイルククゥに答えるハンニバルは呆れていたものの、彼も何処か楽しそうではあった。

 

イルククゥ(人)を背に乗せたハンニバル(大狼)は山々を跳躍し、走り続ける。その姿は黒き疾風の如くといっても過言では無かった。

 

 

余談になるが、偶然通りかかった商人がそれを見ており、その後しばらくはこの山々に“青い髪の美少女と彼女を背に乗せた漆黒の大狼”が居ると噂になったという。

 

 

結局、イルククゥとハンニバルの疾走は、朝方まで続いた。

 

少し寝た後イルククゥとハンニバルは元の姿に戻り、彼女は魚を、彼は木を頬張っていた。

 

『楽しかったのね!』

『そうか』

 

アレだけ走り回った筈なのに、ハンニバルに疲れはあまり見られなかった。寧ろまだまだ余裕がある様にも見える。寝ただけで此処まで体力が回復するとは思えない。

 

一足先に食べ終わったハンニバルが己の手を見やり、思い出したように呟いた。

 

『イルククゥ、もう少しだけ過ごしたら、俺は此処とは別の場所に行こうと思っている』

『私も付いて行くのねお兄様! ……というか、何でそんな事言ったのね?』

『勝手にしろといった手前、撤回する訳にはいかないからな、お前にも伝えておこうと思ったんだ』

『そうなのね』

 

イルククゥは最後の魚を咀嚼して飲み込むと、目をキラキラさせて話し始める。

 

『イルククゥ、此処以外の場所いっぱい見てきたのね! でも、見たこと無い場所もまだたくさんあるのね、お兄様もいるから、これからもっと楽しみになるのね!』

『……全く』

 

昼夜問わずにはしゃぐイルククゥを、ハンニバルは苦笑して見つめる。

 

『次の場所は街の近くがいいのね。人間共はあまり好きじゃないけど、人間が作った物は一度食べたら癖になっちゃう位美味しかったのね!』

『お前……それ、まさか』

『お店って言うのの前に並んでたから、コッソリ取ってったのね』

『……』

 

さらりと窃盗経験を暴露したイルククゥの顔には、罪悪感の欠片も無かった。

 

そんなイルククゥへ、ハンニバルは何か言いたそうにし、結局辞めた。

代わりに先程と同じ苦笑を浮かべ、言葉を発する。

 

『俺も興味があるし、次の場所は街の傍に――――』

 

言いかけたハンニバルは、イルククゥの背後に突如現れた“鏡のような何か”が目に入る。その“鏡のような何か”にハンニバルは、寒気が走る程嫌な予感を覚え、イルククゥに怒鳴る。

 

『イルククゥ! そこから離れろ!』

『キュ!?』

 

驚いたものの、言葉通りイルククゥはそこから離れる。しばらく“鏡のような何か”はあったが、やがてスゥーッと消えた。しかし―――

 

『キュイ! キュイ! た、助けてなのねお兄様!』

『なっ……!?』

 

再び“ソレ”は現れた。その唐突に表れた“鏡のような何か”を避ける事が出来ず、イルククゥは吸い込まれそうになっている。

 

ハンニバルは彼女を引っ張りだそうとするが、まるでくっ付いているかの如く引っ張る方に進展は見られず、逆にどんどん引きずり込まれていく。

 

『お兄様! 助けて! 怖いのね!?』

『くそっ……何なんだ!』

 

もう既にイルククゥは、ハンニバルが掴んでいる右前脚と首から上しか見えていない。そして―――

 

『お兄さ―――』

 

イルククゥは吸い込まれ、同時に“鏡のような何か”も跡形も無く消えてしまった。後に残ったのはキラキラとした粒子と、むなしく虚空を掻くハンニバルのみ。

 

『イル……ククゥ』

 

彼は震える手を見つめ、

 

『イルククゥーーーーッ!!!』

 

憎いほど晴れ渡る空へ向け、絶叫した。


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