接物語   作:貝木

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愚物語「つきひアンドゥ」の創作続編です。
「つきひアンドゥ」終了直後から始まります。
先に「つきひアンドゥ」をお読みでない場合は、
完全に意味不明となりますので、ぜひ原作(もしくはアニメを視聴)を読まれることを、お勧めいたします。



【8】愚物語 つきひアンドゥトロォワ(「つきひアンドゥ」創作続編)

阿良々木月火こと、しでの鳥についての観察報告。

その2762――――文責・斧乃木 余接。

また僕。僕だよーん。いえーい、ぴーすぴーす。

 

 

 

垂直ジャンプによる高高度から落下の最終盤、僕が対象を見定めながら軌道修正していると、着地予定地点に見慣れた車が接近し、止まった。

僕が、倒れ伏す月火の真横に着地すると、車から転げ出て、慌てふためく鬼いちゃんが喚いた。

「つっ月火!どうした?なぜ壁から?けがは?家が消えたぞ!」などと……色々……

まあ、それはそうだろう。

なにしろ車で自宅の近くまで来たら、2階の壁を突き破って、月火らしき物体が道路に落下。

彼女の数メートル手前で、急停車してドアを開けると、まるで彼女を吐きだしたかのような自宅は、急激に視野から失せ、車を降り数歩の内に、家があった場所が更地になったのだから……

 

「やあ。鬼いちゃん!お早いお帰りだね。」と、声をかけてみるが返事は無く、意識を失い仰向けに倒れている、月火のあちこちを触っている最中だった。

暫くして鬼いちゃんは、一度自宅跡に視線を向け、次に僕を見て、「何?影縫さんの襲撃-?」と、怒っているのか、泣いているのか、区別がつかない顔、でも、驚いている事だけは確かな声で言った。

 

「違うよ。鬼いちゃん。」プロフェッショナルである僕は静かに告げ、しでの鳥を観察する。

壁を破ったのと、道路に激突したときの傷は既に完治して、気絶だけのようなので、僕はお姫様だっこで月火を抱えると、「危険は無いよ。急いで鬼いちゃん、結界を張るから付いてきて。」と言って、彼の自宅へと足を向けた。

そして、ついさっきまで塀のあったあたりをまっすぐ進み、更地へと這入り込みながら、お札10枚ほどを空中に投げた。(お札は敷地の、外周を取り囲むように落下し、結界を形成した。)

 

 

 

――――かつて、それは「家」だった。

 

今、直径2メートルほどの黒い球体となって更地の中心にめり込みつつあった。

 

更地を少し進んで、比較的平坦な場所に月火を横たえると、黒い球体にゆっくり近づいてみる。

鬼いちゃんも、おっかなびっくり3歩ほど後を付いてきた。

やはり熱気や異臭も感じない、音すら発していない。

 

鬼いちゃんが、後ろから聞いてくる。「何これ。落ちて来たの。家はどこ行っちゃたんだ?」

 

「鬼いちゃん。この黒くて丸いのが元は家だったものだよ。」と言い終ったころ、さらに収縮し続けていた球体は、直径1メートルほどになっており、僕の言葉を聞いても、訳が分からず凝視している、鬼いちゃんの目の前で、さらに収縮を続け、地面にめり込みつつ、80㎝、60㎝と縮み続け、ハンドボールぐらいと思っている間に、野球の球ほどになり、自重で地面にもぐり込み、見えなくなった。

上から覗き込んだ瞬間、逆円錐形の窪みの底に、黒い小さなものがチラッと見えたが気がしたが、何も無かった。月火が壁を突き破ってから、僅か3分ほどだった。

恐らく針の先よりも小さくなり、地球の中心めがけて、落下して行ったのだと思う。

 

あれだけ収縮しながら、まったく発熱しないなんて、物理法則を完全に無視している。

マイクロブラックホールなんてものにも、なりはしないだろう。

木造2階建てだったから数10t、いや、あの風呂の大きさを考えると100t近かったかもしれない。

その「家」が完全に消滅してしまった…………そう。あの一瞬の後にだ…………。

 

 

 

――――また、部屋に戻ってきた阿良々木月火が、昨日と同じ叫び声をあげ、僕が、『正義の魔法少女、パート2。次は死んでも失敗しない。』と決心した瞬間。――――阿良々木月火の髪が縮んだのだ。ズズッと10㎝ほど……。

いや、一瞬、縮んだように見えたが、実際はそうではない。髪が伸びるのと逆に、毛根方向へ髪が戻ったのだ。(髪を戻すなんて、怪異でもしねーよ、そんなこと。)

阿良々木月火の顔、体は、叫び声をあげ終えた時点から、フリーズしたように動かない。髪だけが、頭に吸収されるように戻り、

約0.5秒……『猛烈に嫌な予感』に襲われた僕が、『アンリミテッド・ルールブック・離脱版』の『アン』を言ったあたりで、

何の予備動作も無く、阿良々木月火は、数歩部屋に這入った状態から空母のカタパルトで打ち出されるように、高速で真後ろにぶっ飛んだ。

同時に僕は能力名を急遽、短縮版に切り替え、真上に最大スピードで脱出した……。

 

 

……まさに間一髪。 (後から気付いたがブーツの先2ミリほど持って行かれた) 阿良々木家は黒い球体になっていた。

 

ここで『猛烈に嫌な予感』の理由に気づく。

違和感。

こんなはずは無い感だ。

阿良々木月火が体を修復し、トラウマとその原因の記憶も、自動削除して復活した後、数日間に再び彼女が、『あっと驚くシーン』に出くわした場合、そのままパート2に進めると、考える方がどうかしている。

『ループ回避機能』を『しでの鳥』が有していないわけは無いのだ。

 

しでの鳥は世にも珍しくはあるが、悠久の時を超え、延々と生き続けている。

全滅を量で防ぐタイプではなく、質で防ぐタイプ。

少数精鋭なのだ。やすやすとループに陥るはずは無い。

 

考えてみれば簡単なことだった。

仮に、しでの鳥を抹殺しようと、考えた人物なり専門家がいた場合。殺されて、トラウマと、その原因となる記憶すべてを消去し、せっかく元気に復活したのに、パート2に進まれてしまったら、パート3・4・5・6と、しでの鳥を本当に抹殺する方法を、探索・研究されてしまう。研究され尽くしてしまう。ループを繰り返していたらパート1000だってありえる。

専門家はあきらめない。あらゆる方法を試され、結局、しでの鳥は本当に、抹殺されてしまったはずである。

 

ところが、しでの鳥がループを繰り返して、殺された記録はない。ループをすることさえ、知られていないということは、これまで、それを一度も観察されていないということで、観察者が存在しなかったということは――――、ループ時は観察者も消去されていたということに他ならない…………。復活して間もない月火を、あっと驚かせてはいけなかったのだ。

 

 

 

黒い球体が完全に見えなくなったのを確認。家一軒、急に消え去ったら騒ぎになるのだろうが、結界を張るまでの僅かな間の出来事だったので、鬼いちゃんしか目撃者はいないようだった。

 

鬼いちゃんの元に戻って、昨日からの説明を始めようとしたところで、観察対象が起きだして、「あ。正義の魔法少女☆斧乃木ちゃん!なめくじ、どこ行っちゃったの?」などと言っている。

やはり、記憶は戻ったようだ。時点指定記憶回復。

ちょうど最大トラウマ、己が死亡する直前の記憶あたりまで戻ったのだろう。

全てを無かったことにして、記憶を死亡直前まで戻したのだから、逆に今日起きてから、さっき僕に会うまでの記憶は無いはずだ。

 

話がややこしくなるので、「やあ!月火ちゃん。たった今、お兄ちゃんに自己紹介を終えたところだ。きみを突き飛ばして、モンスターの落下地点から避難してもらってから、モンスターは片付けたよ。きみは軽く頭打ったみたいで、気を失っちゃったから、見れなくて残念かも知れないね……でも、きみの大活躍をお兄ちゃんに、お話してあげたら?これから僕は、本部に連絡しなきゃ」と言って、鬼いちゃんに月火を押し付け、

「お兄さん、ちょっと携帯を貸してもらえるかな?」と鬼いちゃんに言い。鳩が豆鉄砲食らったような顔をしながら、ポケットから携帯を出した鬼いちゃんから、携帯を奪い取ると、ふたりから少し離れたところまで歩いて、携帯を使う振りをしながら考えをまとめた。

 

 

しでの鳥は『ループ回避行動』を発動したのだ。引き金は『驚きと既視感』に違いない。

復活からしばらくの間に『きゃ、きゃあ!』などという驚きを感じ、その驚きに既視感が引っかかった場合のみ、まず発動するのだ。あの髪の巻き戻しが…………。しでの鳥の髪は、間違いなく外部記憶装置でもあるのだ。

既視感-デジャヴは体験したことがないのに、すでにどこかで体験したように感じる現象で、『体験のインデックス』はあるように感じるが、リンクするはずの『記憶本体』に繋がらない状態といえる。

『体験のインデックス』は脳の中で『記憶本体』とは少し違う場所に保管されてるので、トラウマの『記憶本体』は消去されている「しでの鳥」にも、『体験のインデックス』だけは残っており、このような場合、既視感と認識すると思われ、それを利用している。(既視感を利用するのは、復活からしばらくの間の驚きだけで、髪の巻き戻しなどという非常行動はとれないので、安全策として、復活からしばらく期間・驚き・既視感・の3セットとしているだろう。高確率で同シチュエーションとなる)

 

月火の髪の何センチに、どれだけの情報量が書き込めるかは決まっていて、普通の人間の髪の伸びるスピードでは、書き込む情報量から見て不足なのだろう。だからあんなに早く髪を伸ばし、髪に記憶を織り込んでいるのだ。月火の髪の伸びるスピードは、オーディオコメンタリーとかいうのを参考にすると、約100日で135㎝だから10㎝は約1週間だ。10㎝、1週間の外部記憶を読み込んで、己の脳の記憶と自動的に照合し、検討するのだろう。

危険なトラウマになりそうな記憶本体は、万が一にも思い出しはいけないので、脳から消去してしまうが、髪の記憶はそのまま残っている。

2つを比較すると何が起こったか、明らかになるので、回避行動専門の月火人格が検討して、回避すべきループ状態に陥っていると判断すると『ループ回避行動第2段目』を発動する。

 

己の周囲を、空間ごと閉じ込め消去し、己は空間が閉じる直前に高速で、その空間から脱出するというものだ。

プロフェッショナルである僕だから、辛くも閉じ込められなかったが、大抵のボンクラは消去されてしまうだろう。閉じ込められ、圧迫・圧縮され点となり空間から消え去る…………

 

そして、今、トラウマの根幹である、死以前までの記憶は、戻されている。

『ループ回避行動第3段目』に移行していると見るべきだろう。

死亡直前まで記憶を戻した上で活動して、意識の裏側でループ回避システムは、自分が死なないかチェックしているのだ。

この段階に移行した、しでの鳥がノーマルモードに戻る前に死亡した場合。

考えるのも恐ろしいが『ループ回避行動第2段目』とは比較にならない規模で、空間の消去か焼却が発生し、しでの鳥自体も寿命が尽きたと判断して、『転生』してしまうのだろう。

 

観察者としては、『ループ回避行動第3段目の結末』も観察してみたい衝動に駆られるが、そこまでは命令されてないし、さっきチラッと見た鬼いちゃんの車のシートには、アイスクリームの袋が載っていた。

今は、あの中身を月火に奪取されることなく、ロリコンから巻き上げることに、身骨を砕くべきだろう。

なにしろ、しでの鳥が『ループ回避行動』をとることが初めて観測されたのだ。

もう十分ともいえる。

 

電話をする振りから、本当に通話に切り替えようとした瞬間、メールが着信した。臥煙さんからだった…………。

――――『余接へ すべて手配した 臥煙』―――― の一文だけのメール…………。全部ばれてたらしい…………。

 

まあこれで、ロリコンの両親はどういう訳か、今晩家に帰れない仕事が発生し、家もこれから派遣されてくるプロの手腕で、結界の張られた内側で、一晩で再建されてしまうのだろう。再生が面倒な昔のアルバムが、原因不明の行方不明になったりすることは、あるかもしれないが…………

 

月火には、『お家、なぜか壊れちゃったけど、これから魔法で直すから!』とでも言うことにしよう。全部終わったら『イノセンス』のガイノイド素子魂抜け並みの演技で決めて、元の次元へ魂が召還されたことにしよう。

などと考えつつ、兄妹の方に歩いていくと、阿良々木月火がこちらを見て叫んだ。

「斧乃木ちゃ~ん!お兄ちゃんが『正義の魔法少女って何だ!ふざけるな!』って全然話聞いてくれないんだよぉ!斧乃木ちゃんがお話してよぉ~ それに、ここ、モンスターがいた公園じゃないよねぇ。どこー。夜で暗かったのに、あっかるーい!」

 

 

 

後日談。阿良々木月火が壁を突き破って落ちたあの日。

鬼いちゃんが、何でいつもより早く帰ってきたかというと、臥煙さんから『今日はアイスでも買って、早く家に帰るように』という内容のメールが、届いたかららしい。

 

八九寺さんも『話した記憶は無いのですが、あの方は私のリュックの中のお札のこと、知ってるみたいなんですよね~』って言ってたし、

プロフェッショナルである僕は、この観察報告の作成を続ける必要があるか否か、ベットの上でアイスを食べながら、真剣に考えていた。

 

 

 

 

 

 




「つきひアンドゥ」発表後、Wikiの『しでの鳥』の欄にも――――生きていくのに問題になるようなトラウマが生じた場合、その原因となる記憶も含めて消去される(原因まで忘れるため、同様の行動を繰り返す場合もある)と記述され、
「それ、珍しい怪異として問題すぎる。解決策持ってるはず!」と思っていたので、『撫物語』刊行記念に書いてみました。
こう考えると専門家以外、たとえばサイコ・キラーに囚われての、無限ループの可能性も消えましたので、ほっとしてます。
(Wikiからもしばらくして削除されました)

「つきひアンドゥトロォワ」は偉大な日本人SF作家の作品へのオマージュでもあります。







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