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第40話
夏の照りつける日差しが、アリーナの地面に陽炎を上げているように思える。だが、陽炎の歪みはアリーナの中央に佇んでいる1機のISの周りから発せられていた。
「95、96、97」
4本の角が頭から放射状に広がっており、篭手や踵の部分はライトグレー色のクリスタルが輝きを放っている灰色のIS。全身装甲であり他のISのように露出部はなく、手足に機械を足して伸びたのではなく、甲冑のように着ている。
しかし、鎧のような中の搭乗者を守るより、人を意識して動きやすさを求めたような機体である。
その灰色のISの識別名はストレイド・ストライダー。
ハイパーセンサーに表示されている『SYSTEM 《愚者》0/100』のメモリを声に出して読み上げていく崎森。
同時に篭手と踵の部分のライトグレー色のクリスタルから、同じ色の発光現象をしている。その光は空中に散布された後、固まり結晶化をしていく。
崎森が搭乗したストレイド・ストライダーの周りにはライトグレー色のクリスタル破片が散乱していた。
「98、99、100」
メモリが最高値に達した時、今度はハイパーセンサーに『過熱限界/SYSTEM停止』と表示され発光現象が無くなる。それと同時にストレイド・ストライダーの周りの陽炎も消える。
「栗木先輩。そっちの計測器で何かわかりました?」
「全然だめ。精々、高熱がそのISから発せられているってだけだわ。光検出器も電磁気は検出されていないし、結晶体は分光光度計では成果なし。現在では確認されていない物質ぐらいって事しかわからないわ」
崎森が臨海学校から学園に戻って来るのと同時に始めたのは、自身の身体検査と形態変化した自身のIS、ストレイド・ストライダーの機体能力の解明であった。
調査中に1学期を終え、夏休みへと突入している。
その間に分かったことは、結晶体はまだ発見されていない元素、もしくは化合物であること。光を発すると同時に熱が発生し、『SYSTEM 《愚者》0/100』のメモリは熱量の数値、もしくはリミッターやフェイルセーフの類と思われる。光の形は崎森章登のイメージや、機体の挙動に影響が出る。更にイメージに追従して性質の変化がみられる。
高速移動をイメージし、光が結晶化したのは素手でも割ることが出来た。しかし、防御を意識した時は、向かって来たアサルトライフルの弾丸を弾く程の硬度をした。
こうしたことから、IS学園の研究部員たちは単一使用能力を簡略化したシステムのような物なのではないか、と推測している。
だが、崎森はどうしてもその推測に納得が出来なかった。だからこうして自主的に調べているわけだが。
「これ以上は他の研究機関とかに協力を依頼しないとだめだわ」
「……ですよね」
これ以上はどうしようもないことは崎森も理解していた。
ただ、どこに協力をするべきかと問われるとどうすればいいのか。
信用できる企業、国家……。崎森はどうしても信用が出来なかった。
入学当初はあまり関心が無かったはずなのに、どこから情報が漏れたのか、各国が崎森をスカウトしてくる。無論、ストレイド・ストライダーとセットである。
機体に興味を持つのは分からなくはないが、自身がモルモット状態になりそうでスカウトの話は断るようにしていた。
「……私には使えないって時点でかなり希少になっているし、正直私も出来ることなら貴方と立場を変わりたいわ」
「モルモット状態だったとしても?」
「勘弁と思う反面、今のところ早々悪環境に入れられることはないと思うわ」
実は、調査の最中に搭乗者を崎森ではなく、栗木先輩に変わってもらいSYSTEMを運用してもらおうとした。だが、結果はSYSTEMはうんともすんとも言わない。当然、発光現象などなく、精々普通のISと同じように動くような物であった。
そんなことがあってか、少し意気消沈ぎみであり羨望しているような雰囲気を栗木先輩から感じる。崎森が言っても逆効果になってしまいそうで、なんと言っていいのか分からずに頭を掻く。
「それにしても、不思議だわ。この機体、外見はもうラファールとは別物になっているのに中身の部品はそのまま。追加された機能の部品は無くて装甲だけで、第三世代兵器を使っているようなものだわ」
「熱量で中がオーバーヒート状態だから部品が欠損していたり、SYSTEM終了後は性能低下とかありますけどね」
栗木先輩が篭手の部分のクリスタルに興味を示している。まじまじと見る目は、研究者が試験管の薬物の成分を調べるように、目を凝らしているようにも見える。
対して崎森は、中の部品の消耗が早いことにぼやいてしまう。最適化され自動修復が働いてはいるのだが、整備の回数が減ったとは到底思えなかった。なにせSYSTEMを限界時間まで発動させてしまえばどうしても内部に籠った熱が部品を損害している。そのため気休め程度の塗り薬ぐらいにしかならないような感じがしていた。
どちらにしても、一癖ある機体であることには変わりなかった。
そんなことを思いながら後片付けを始める。
崎森はアリーナに散らばった水晶をトンボ(整地用具)を使って集め始めた。
「そう言えば、開発部から他の武装を使ってみないかってオーダーがあったけど何か決めた?」
「えっと、何がありましたっけ?」
「折り畳み式大型ブレイド兼威力変更可能ビーム機関搭載のガンブレード。ランスが二股に割れて、それが砲身となっりプラズマ弾を放つ電撃槍。盾が変形、伸縮しハサミや打突兵器となる物理シールド」
途端に何かが加速された気がして崎森は悪寒を感じた。
暑いところで作業をしていたので、汗だくになった崎森はアリーナの観客席でスポーツドリンクを飲んでいる。
隣には1つに結んだポニーテールがしな垂れており、力尽きたボクサーのように座っている篠ノ之箒が居た。活動的な彼女が『考える人』よりも重い雰囲気を発している。
「……どうした?」
「……打鉄の射撃兵装なし、近接ブレードのみのレギュレーションで桜城先輩と鏡とやってみたんだ」
全員が近接戦闘が得意な生徒ではなかったか。と崎森が思ったら案の定の結果を篠ノ之が言う。
「…………フルボコでした」
篠ノ之の話では斬撃が早い、手数が多い、そしてこちらの太刀筋は見切ったように防がれ、躱され、反撃される。そういう一方的な試合だったらしい。それに近接戦闘が得意と思っていたら、木端微塵に打ちひしがれてしまったらしい篠ノ之。
崎森も何度か手合せしたのでよく分かる。
「まぁ、傲りを自覚できたのならそれでいいんじゃねぇか?」
「それはそうだが……やることがたくさんあってな」
「分厚い教科書の読み直しにIS起動の規則書だったか。寝る前に読んでればいつの間にか寝てるだろうよ」
「……幾らなんでも分厚すぎるだろう。なんで目次だけで10ページもあるんだ」
「それだけ慎重に運用しろって事だろ。昔の運転教本は殆ど自動車整備の教本と変わらなかったらしい。ISなんて10年ぐらいしか歴史がねぇし、解明できていない部分もある。事故を起こさないように徹底するのは当然だろ」
「……姉さんはなんでこんなものを作ったのだ」
「それを強請った奴はどこの誰だ? いや、睨むな」
独り言を呟いた篠ノ之に皮肉を言ったら、むっとした顔で見られる崎森。
「睨んでなどいない。ただ、真面目に答えてほしい」
「真面目に答えるなら分からない。宇宙開発用スーツなら現在の宇宙服を軽量化、酸素量を増やすだけでも画期的だ。けどそうしなかった。むしろ絶対防御、PICなんかはどう考えても次世代の装甲、推力だし、量子変換なんてそれこそSF映画だ」
「あの人が自慢したかっただけじゃないか?」
「否定できねぇよ。でも、自慢がしたいのならそれこそTV局をクラッキングして、宇宙空間でISに乗った自分自身を人工衛星の映像に移させて全世界に発信する。っていうのがシンプルじゃないか? 白騎士事件がISを全世界に知られる要因となったが、それじゃ兵器としての印象の方が強い」
「……元々そういうふうにして広めるつもりだった……?」
それこそあり得ると崎森は思った。臨海学校での騒動を見る限りその印象の方が強い。何を考えているか分からないが、妹の誕生日に喜んで超兵器をプレゼントするような奴だ。まともな神経はしていないだろうと崎森は確信した。
「ただ、なんでそう言う風にして広めたのかが分からねぇんだよ。兵器なら軍事産業になるから国の……」
「どうした?」
「いや、就職活動でのプレゼンでISを発表して逆上したあいつが日本に向かってミサイル発射して、それをISで迎撃させるっていう一連の流れが……」
「…………」
取りあえず何も言えなくなってしまった崎森と、やりかねないと思う篠ノ之であった。
沈黙の空気の中、崎森たちに声を掛けて来る人物が居た。
「そろそろ休憩は終わりだよ? 箒ちゃん? 苦手な整備もやらなきゃね?」
語尾の全てに疑問符が付くように声が上がった喋り方をする人物。桜城先輩。おかっぱの頭は、童顔で雛祭りの段に置かれている人形を思い浮かべてしまう。
「は、はい」
整備と言うちまちました作業は篠ノ之は苦手らしく、四苦八苦しながら部品いじりをしているのだろう。顔が石化したように強張った。なんとなくだが、足の動きが悪いのは疲労ばかりではないのだろうと崎森は感じた。
「……しごかれてるなぁ」
ISの整備で先輩が確認した時に間違っていたりすると、怒声が飛んでくるのだ。職人気質の親方にも負けない、腰が引けそうな叱咤。崎森はそれほど間違いはなかったが、周りの生徒が叱られているのを聞いてしまって、運んでいた部品を落としそうになった。
今回は桜城先輩が疑問符つきの笑顔で叱咤しているのだろう。
「なんでこんなところ間違えちゃうのかな? ね? なんで?」と、鼻と鼻が触れそうな所まで近づいていうものだ。怒鳴るのではなく、疑問符で攻める桜城先輩。怒鳴ると相手に不満が溜まることがある。だが、桜城先輩は「なんで? なんで?」と激しさはないが、相手は心苦しい気持ちになってしまう。
「すいません」と謝っても、それで許さず「謝ってほしいわけじゃないの? なんで間違えたのか聞いているの?」と理由を聞きに来る。理由を言ったら「じゃ、次から気をつけてね? 今返事したから出来るよね?」とプレッシャーを与えてくる。
激情で怒鳴るのでは無い為、理論的に突きつけ反省させるのが桜城先輩のやり方であった。
そして、遠くから「なんで接続部間違えて付けちゃうかな?」と耳にした崎森は、耳を塞ぎながら観客席の外に出た。
ボーデヴィッヒとアキラの部屋の扉をノックする。
「む? 嫁か」
「……もういいや。アキラいるか?」
すっかり間違った定着している呼び名に崎森はツッコまずに話を進める。
「ふむ? ストレイド・ストライダーの解析結果か?」
崎森の左手に持った記憶媒体を見ながら聞くボーデヴィッヒ。
「いや、これはこっちで調べるつもりだから。まぁ、意見を聞けるならありがたいけど、今日は気分転換の世話話」
「そうか、上がってくれ」
言われて部屋に入ってみると、6面モニターを食い入るように見て高速でタッピングするアキラが居た。
「………これも違う……、どこだ……くそ………」
「……?」
何か真剣な表情でモニターを食い入るように見ているので、声を掛けずらかった。そして、表示が『ACCESS』となった時、「抜けた!」と小さな声でアキラが言った後、モニターに色々な資料が表示される。
その一覧の一つに英語表記で『銀の福音、暴走事件』と映っていた。
「これ、アメリカ軍のレポート!?」
「わわ!?!?」
「章登、声が大きいぞ。生徒会長から頼まれた依頼らしいが」
「えぇ?」
更識会長が依頼したことも、アキラが了承したことも理解できない崎森は怪訝な顔色をする。
「何でも先日の暴走事件に妙な所があったようでな」
「妙?」
「あの後、アメリカ軍内部で銀の福音のコアの凍結を渋る動きがあったらしい。それを調べてくれと」
「別に貴重なISコアを使わないのが嫌なだけなんじゃね?」
「……ち、違う。コアが、も、もう1つ、へ、減っているから、い、嫌なんだ」
アキラがモニター画面に出したレポートの中に、『IS、アラクネ強奪』とある。
その内容は銀の福音の暴走時に注意が逸れている最中に、自国の第二世代機を強奪されたという内容。
これが事実なら、アメリカは実質的にに2つものISコアを稼働できない状態にあるということだ。そして、奪った者は『亡国機業』の者の可能性が高いと書いてあった。
「亡国機業?」
「何でも各国のISを強奪しているテロリスト……いや、盗賊団らしい」
「窃盗ってISのか?」
「それ以外にも各国の機密情報を削除したり、政府や政治家の汚職情報を報道機関に提供もしているらしいしているが、近年はISの強奪が主になっているようだ」
崎森には『亡国機業』などと言われてもピンと来なかったが、提供元が分からないニュースでの番組、例えば政治家が裏金を作っている、怪しげな薬品製造をしていたなど、どこが調査していたのだろうかと不思議に思ったことがある。
だが、ボーデヴィッヒの話では裏で働く諜報機関のような感じがした。
「どこかのスパイとか、表には出せないCIAみたいなものじゃねぇか? もしくは悪事は逃さない慈善事業団体」
「章登。彼らはどこの国にも肩入れせず行動しているから亡国なのだ。故にその行動理念が分からない。汚職の情報提供も、その国の政治への関心を薄れさせる目的があっての行動かもしれん。更に保有している戦力にISがあるのだ。そこいらのテロリストよりも厄介な奴らだぞ」
まるで注意するようにして言うボーデヴィッヒ。崎森も「慈善事業団体」は冗談のつもりだったのだが、ボーデヴィッヒの気に障ったらしい。
そしてこのような話をしに来たのではないと、崎森はアキラの方に向く。
「まぁ、なんだ。やっていることは紛れもない犯罪行為なのによく承諾したな」
「ご、ごめんなさい」
「……いや、そうじゃなくてなんでする気になったんだろうって思ってさ。前なら頼んでもやる気にはならなかっただろ?」
崎森が知っているアキラの特徴に対人恐怖症と拒絶反応の印象がある。彼女は人と距離を持ち、自身の能力が利用されないように他人を拒絶している。特にこのようなあからさまな彼女の能力の利用には断固としてやりたくないはず。崎森もそのようなことをしたくないから、アキラにストレイド・ストライダーの検証をしてもらおうとは考えなかった。
なのに、モニターに食い入るように集中してやっていたのが少々疑問に思った崎森。
「そ、その……き、気になった。……から」
なぜかアキラは顔を赤くして俯いてしまう。
「章登。アキラを苛めるな」
「苛めてねぇよ!?」
なぜかボーデヴィッヒの目にはアキラに苛めをしているように見えるようで、そのことに理不尽な気持ちになってしまう崎森。
「もうとっとと要件済ます。アキラ。社会見学にでも行かないか?」
「え?」
「今度、四十院の会社に行くことになったんだが、その時に一緒に付いてこないかって話だ。無論、そこに協力しろとか就職しろとかじゃない。人を信用できないなら、直接会って話て、実体を見るのが手っ取り早いと思ったから誘ったんだが行きたくは……ねぇよな」
言っている途中に不安がってしまって、来ているパーカーのフードを被り視線を合わせなくなるアキラ。
「なぜ私には言わない」
「え? いや、ISには関わらねぇんじゃなかったけ?」
「何を言っている。ISよりも学びたいと言うだけで、疎かにするとは言っていない。それに2人きりで行くのならデートになるではないか? それは私も誘われる権利がある」
「いやデートと言うよりは社会見学なんだが……。それに四十院だって来るぞ?」
「浮気か?」
「だからなんで彼氏彼女の関係に!? ってか浮気ですらねぇよ! 仕事の話だ!」
いつも通りの漫才と言うか、ボーデヴィッヒの勘違いに振り回せられる崎森であった。
「……デート」
この時、アキラはその単語を思わず呟いてしまう。そしてデートと言う単語から崎森の隣を歩くボーデヴィッヒを思い浮かべる。お花畑を歩く二人は手を繋ぎ、目的地はなぜか教会。そして瞬時にウェディングドレスを着たボーデヴィッヒと白いタキシード姿の崎森を想像。
聞くところによると、ボーデヴィッヒは以前所属していた職場の給料を丸々貯金しているらしい。本人曰く「食事も衣服も出るのに何に使うことがある? と思っていたからな。事情から無給無休と思われがちだが、自分の事情を誰にも話さないようにと言う口止めに出ていたらしい」とのこと。
更にボーデヴィッヒは少佐であったため月額給料は30万以上と思われる。少女であっても美少女。将来どうなるか分からないが、成長するにしても横が成長するとは思えない。しかも崎森のことを一途に思い、少々中二病が混じっているが根は素直。これは逆腰玉ではないかとアキラは思うのも無理はない。
さらにボーデヴィッヒは崎森に「私の嫁」と言い続けていては、頭を捻ってしまうが彼女彼氏と思えなくもない。
即座にこのままでは先ほどのイメージ通りになってしまうではないか、と危機感を募るアキラ。
(いや? ……なんで私そんなこと思うの?)
自分に優しくしてくれる二人が結ばれるのだ。祝福すべき場面でなぜ焦るのか自分に問うアキラ。しかし、今眼前に居るボーデヴィッヒが自分だったらいいのにと思ってしまう。
手を繋ぎ、教会に行き、ウェディングドレスを着た自分。隣は勿論―――。
(っ!? 何考えてるんだ私!?)
ぶんぶん頭を振ってその想像を振り払う。だが、崎森とボーデヴィッヒの会話は続いていた。
「あーはい、分かった。四十院に聞いてみるから。それで許可がでたらな」
「うむ。頼んだぞ」
と、話は済んだようでボーデヴィッヒが付いて行くことを了承した崎森。
「わ、私も行く!!」
このままではいけない、と思わず大声をあげてしまったアキラだった。
……アキラが妄想癖を持ってしまった。
いや、どうなんでしょう? ありでしょうか?