IS 普通じゃない男子高校生   作:中二ばっか

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第4話

教員室で訓練用ISとアリーナの申請書を10枚ほど書き終えた時にはもう2時間が経過しており精神的な疲労が俺を包んでいた。しかし、運がいいことに第四アリーナが空いているらしくそこでの練習になったのだが。

 

「歩行と飛行はできたわね? じゃあ回避訓練を始めるわ」

「はい。って、なんだ!? そのでっかい砲台!?」

「ええ、私開発部に入って機械開発の方向に進んでいるんだけど研究成果が芳しくないからそのついで」

「ついでで俺が的?」

「ええ、私の研究のために星になるといいわ!」

 

そう言って引き金が引かれる。弾速がかなり早く、普通の弾丸の軌跡ではない。避けようとする暇も、盾を呼び出し防ぐ暇もなく腹に当たりくの字に体が曲がり吹っ飛ばされる。

今日食べたものが口から出てきそうになるが、そんなことはなくISの生体機能補助装置が働いたのかリバースはしなかった。そうして俺はリバウンドしながら転がりアリーナの壁に激突する。

 

「実戦で敵は止まってはくれないわ」

そう言って何やらエネルギーチャージを始めだした砲台。2本のレールがあることからSF映画、漫画などで現在かなり知られているレールガンなのだろう。銃のストックに当たるところには発電気なのかバッテリーなのかわからないが、かなり大型され全長がISの身長とほぼ同じくらいになっており、チャージが速いらいらしく次弾が発射される。今度は肩に当たってしまい訓練機の肩アーマーが破壊された。

 

「がっ」

「とっとと動いて避けなさい! でなきゃ風穴開けてやるわ!」

 

それから始まる一方的な展開。何とか避けようとするものの、かなりチャージが速く、1発目で機体の動きを止められ、2発目で直撃。例え当たらずとも超高速で飛ぶ弾丸が起こす振動波によって足を止められる。

それに、俺自身が未熟なせいで簡単に軌道が読まれ、速度も遅い。だから、まるであちらには動く的ぐらいにしか思ってないことだろう。どんどんシールドエネルギーが消費され動かなくなってしまった。

最初のISによる戦闘訓練は10分も満たなかった。

 

「これじゃ、性能テストにもならないわ」

「はい。すいません」

「もっと体鍛えておきなさい! じゃあね次は2日後の4時からだから遅れずに来ることね」

かなり、不愉快で大きな瞳がかなり細められ落胆と険悪が込められた視線と次にアリーナが借りられる日と時間を怒鳴るように言ってから怒っているように早足で去っていく。

 

訓練中周りに観察がてら見ていた生徒たちには嘲笑いながら「ダッサ~い」だの「よわっち~」だの言われ続けかなり惨めな気持を味わった。それから訓練用のISを戻して、ロッカーの前に座っている。今はだれもいない。恐らくだが

「はぁ……」

「どうしたのよ。なんかすっごく暗いオーラを出して」

「いや、まぁ、俺は動かせただけなんだなぁーと」

いつ居たのか。谷本が後ろから声をかけてくる。忍者かお前は

 

「当たり前じゃない。平和ボケしている普通の学生の崎森にいきなり戦争ごっこしろって言って順応できたらあんた、そのうちアマチュア漫画家が描く戦争ヒーローものの主人公にされるわよ。きっと最後には大事な恋人のために祖国に費やして西暦何年かに死亡した。って説明文が出されること間違いなしよ」

「仕方ないって慰められているのか、弱いって貶されているのか、どっちなん?」

「どっちもよ。ばーか」

そう言って笑う谷本には嘲笑い(あざけわらい)や見下したかのような笑いではなく、仕方ないなぁーっていう世話焼きが向けるような笑いだった。

実際、谷本は世話焼きだ。ISの事について教えてくれと頼んだとき自分の勉強もあるだろうに俺に教えてくれるといった。それにおれは何も答えられていない。谷本やのほほんの協力を無駄にしたくない。

 

「ありがとう谷本」

「ふぇ!? いきなり何!?」

「いや、いつも世話と迷惑ばかりかけていて勉強していることとか全く活かせてなくて、うん。ごめんなさいの方がいいのなら謝るけどな」

「別に、まぁ、どういたしまして。……でも、ちょっとうれしく思ったていうか」

若干顔を赤く染めながら後半から声が小さくなっていった。なんで照れてるんだ? ありがとうって何回も言っているような気がするのだが……

 

「今までにもお礼は言っていると思うんだけど、なんで照れてるんだよ」

「い、いや、全然照れてないよ! うん! あんたの勘違いだから! 私先に帰るね!」

そう言ってかなりの速度で走り去っていく谷本。うん、確実に照れてる。

 

「ふへへ、この女たらしめー」

「なんでそうなるんだよ、のほほん」

さっきのやり取りを横から見ていたのだろうか? 

「わかっていてそれを指摘しちゃうと乙女のハートは変化をもたらすの~」

「ごめんよく意味が分からねぇ」

「うーん。おりむーみたいに鈍感なのかなーさっきーって?」

「ええ?」

なんで俺と織斑が鈍感扱いされているんだ?

 

「でさでさ~、私にはお礼ないの~?」

「ああ、えっと、ありがとうのほほん」

「うーん、他人行儀みたいだけどまっいか~。そのうちもっと仲良くなるからね~」

いや、ホント助かっているんですよ。メカに詳しくて、親しみやすく、子動物みたいでかわいい。

 

「じゃあー寮にもどろっか?」

「その前にグラウンドで何周か走って帰る」

「こけたり、倒れたりしないようにね~」

「あいよ~」

さて、まずは砂袋があるところまで走って行こう。

 

 

 

「ちっ」

足先に砲弾が掠れる。それに伴う衝撃で大きくバランスを崩されもう一撃と弾丸が発射される前に空中で前転しながら次弾の直撃をまのがれた。そして、チャージが完了するまでに一気に懐に飛び込もうとするが、まだ速度が出し切れておらず向かっている途中でチャージが完了してしまい、しかも近づいたこともあってか避けられず砲弾を叩き込まれて吹っ飛んでしまった。

「げっふ」

「まぁ、ほんのちょっとはましになってきたかな。レールガンのチャージサイクルがだけど」

先輩は一度水色の投影パネルを呼び出し、設定やデータを見ているらしく俺には人目もくれない。まぁ、あれからISを3回起動し練習しているが一向に俺の腕はよくなっていないらしい。それでも初回の10分足らずで機能停止が30分に伸びただけましだと思うんだが。その辺を先輩に言ってみると、代表候補生相手には通じない、ただ私が手加減しているだけとのこと。どんだけ強いんだ代表候補生。どんだけ弱いんだ俺。

 

先輩は投影パネルから目を逸らさずにいるので邪魔しないように飛行の訓練を開始する。

バイクのドリフトターンように急速な方向転換と移動を同時に行ったり、途中地面に足が引っ掛かりこけたが。

戦闘機のバレルロールように加減しながら回りながら進んでみたり、途中体が逆になったとき太陽光が目に入って目とつむってしまい壁に突っ込んだが。

一度距離を取り最接近するように上から見たらV字型に見えるような軌道をとってみたり、途中先輩から横から砲撃されたが。

 

「いつまでバッタみたいに飛んでるの?」

「バッタですか……」

「そっちじゃなくてそろそろ再開しましょう」

「だったら通信で教えてくれればいいのに、なんで砲撃で知らせるんですか?」

「……データはたくさんあった方がいいの」

なんか実験台になっている。まぁ、100%善意で教えてくれるとは思ってなかったがここまで自分の研究が優先で大丈夫なのだろうか? 俺ちゃんと強くなっているのだろうか?

 

 

 

「ごめんなさい」

今日の訓練が終わり、訓練用ISをかたづけていた時にいきなり先輩が謝ってきた。え? この人は自分優先の研究者ではなかったのだろうか?

「あ、いきなりどうしました? 腹でも壊しました?」

「あなた、遠慮がなくなってきたんじゃない?」

「だったら敬語なんて使いません。で、なんでいきなり謝るんです?」

「別にイライラしていたっていうか、それをあなたにぶつけるのは筋違いっていうか。最初、織斑君って子に教えて自分の製品をアピールしようと思ったんだけど、ほら、織斑先生の弟さんじゃない。下手くそなんて思わないでしょ? でも篠ノ之博士の妹さんが教えることになって、あんたみたいな出来の悪い、下手くそで、覚えの悪い、不細工な、能無し、に教えることになっちゃったから思い道理にいかないことにイライラしてレールガンぶっ放していたってだけ、ちゃんとさけ方とか教えておけばよかった。そうすればあなただってせいぜい3発くらいは避けれると思ったから。100分の1ぐらいでだけど」

「OK、あんたが俺をどういう風に思っているのかすげぇわかった」

「まぁ、御詫びじゃないけど明日研究室の方に来なさい。そこでいいもの見せてあげるわ」

「先輩は研究部でしたっけ」

「そうよ。部屋番号は3038。あと……いい加減先輩で一括りするのはやめなさい。私は栗木真奈美よ」

「えーと、栗木先輩?」

「まぁ、いいわ……」

何がいいのだろうか? 不機嫌そうに顔を歪め、そっぽを向く栗木先輩。

「じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様、栗木先輩」

別に私何でもありませんと言う風に不愉快感を認めたくないように歩いて行く栗木先輩。まだ、イライラしているのだろうか?

 

 

 

「だーれだっ?」

ロッカーにおいてあるタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを一口飲んでキャップに蓋をしたところで突然視界をふさがれた後そんな声が後ろからした。恋人同士でいちゃつき、手を目に当て誰かを当てるゲーム。ただし人に気付かれず、また人違いせずする、となると話が変わってくる。男子は2人しかいないこの学園では人間違いはあまりないだろう。そして足音で気づかないほど俺の耳は悪いわけではない。谷本の時は考え事をしていたから気づかなかっただけだ。

 

「恋人でもない奴にこんなふざけたことをするほど羞恥心がない人」

とりあえず、返答もないのも癪なので戸惑っている頭で返答を考え声に出す。しかしつい勢いで言って困った。お前は恥知らずだと言っているようなものだ。

「じゃあ、恋人になってみる?」

「嫌です」

即答

「こんないい女を振るなんて、おねーさんかなしーなー。せっかく土日に訓練機とアリーナ借りられるように手配しようと思ったのに」

土曜は午前中が授業で、午後は空いているためそのまま継続して訓練機・アリーナを大抵2年生が借りれる。理由としては1年はまず基礎知識から始めければならないため、3年は卒業間近で整備科、研究科の実験成果のまとめ、各国へのIS操縦者試験の勉強で忙しい。IS操縦技術以外にも、その国の言語以外に、基礎体力、最低限の整備能力などが必要になってくる。

いくらISコアのエネルギーを貯めることができる金属ができても、量産性も稼働時間も少ない。なので電池交換のようにして一人一個の電池という風にとっているが、それでも約30機、電池が約100個しかない。日本政府で量産され送られてきているらしいがそれでも全校生徒分足りない。

一クラス30人×5クラス×3= 450人÷100個=4.5人だ。

つまり、IS電池を一個約4、5人で使う感じになる。しかもIS電池を使い切ったら3,4人は動かせない計算になる。だから予約制をとっていたりする。

 

俺が一週間のうち三日も借りられたのも栗木先輩によるところが大きい。実射試験なら的が必要になってくる。それでデータを取り、企業に提出できるように編集しアピールする。的は速いほど、回避能力があるほどいい。まぁ、俺はかなり遅く、回避できない的なのだが、何回当たれば機能停止できるか、弾速、次弾までの発射による影響。チャージサイクルなどのデータをとれてよかったらしい。

そんなわけでその実験にあと合わせするように参加し、訓練機で練習できたのだ。本来は他の2年生の生徒と協力する様だった。

 

俺のような新入生なら1週間のうち1回でも乗れれば運のいいほうだろう。だって入学式前に先輩たちが4月中の訓練機とアリーナの使用予約とちゃったもん。

 

だから、いま後ろにいる人も栗木先輩みたいに4月中の予約を取った先輩で相手方を交換するか、居ないかなのだろう。

今の俺には時間が足りない。代表候補生は300時間、俺は4時間行くかどうかだ。やる以上強くなって差を埋めておきたい。が

「明日は予定があるので無理」

「まぁ、デートの予定があるんじゃ仕方ないよね。お姉さん声かけるのが遅かったなー。あーあ残念」

まったく残念そうではない声がする。そしてデートではないと言おうとするも手に力が加わり目が痛い。相手の腕を掴み強引に離そうとしても、きしゃな腕をしているのになぜか離せられない。それどころかその腕をすり抜け、どういう風に投げられたのかまるで分らず地面に伏せられる。

何が起きた? と頭の中は混乱状態で、もしかしたら頭を打ったのかもしれない。

 

「ま、日曜は空いているらしいし、君は今のようにかなり弱いから強くなってもらわないといけないの。デート終了後に会いに行くから覚悟しててね」

「まぁ、教えてくれるのはありがたいんですけどデートじゃないんです……が」

そう言っている途中で後ろを振り向いてもそこにはまるで最初から俺一人だったように誰もいなかった。足音さえも聞こえない。なんだったんだ?

さっきのことを思い出しているときに印象的に残ったのは、まるで風のように気ままな人とか、動物だったら自由気ままな猫が当てはまるとかではなく

 

弱い

 

という事実だった。おそらく同じIS初心者の織斑よりも弱い。前に昼食を一緒に取った時に話をした。昔剣道と剣術を習っていたらしく、実戦の感を取り戻すと言っていた。同席した篠ノ之の話ではあれだけ打ち込んだのになぜ捨てたと憤っていたが、裏を返せばそれだけ過去に打ち込んだことがあるということだ。

技術的衰退をしていても一度やったことなので取り戻すのには時間がかからないだろう。また、ISとは関係ないと思われるかもしれないが間合いのはかり方、何より人と戦ったことがあるというのが大きなアドバンテージになる。

最初の実験の時、躱すことができなかったこと、動きが遅いことはそういう経験がなかったからだ。つまり心の打たれ強さがない。

鍛えればそれだけの辛さに対する心の頑丈さと体を動かし方を知り、経験によって自信がつき相手の動き方を見切りやすくなっていく。

 

どうすれば相手の攻撃から身を守れるか、ここで殴れば当たるのではないかと考えられるだけマシである。俺のはただ我武者羅に動いて照準をずらしているだけだ。そんな初心者の苦し紛れなどエリートには通じないだろう。

実際に栗木先輩は1度外しても、2発目は外したことがない。

 

実力差に追い詰められそうになる。

 

 

「落ち込んでいる暇があったら練習しなきゃいけねぇよな」

悩んでいたって始まらない。昔の人も言ってたじゃないか『何も考えず走れ!』って。またこれからグラウンドを砂袋背負って10週走ってみますか。

 

 

 

研究室は部屋ごとにチームで持っているらしく、それぞれがIS電池の稼働時間延長だったり、エネルギー効率化なり研究しているらしい。時々研究室から怪しげな煙が出るとか、緑色のゼリー状の人型が出てきたとか噂になっているが、悪の研究所という感じではなく、病院の清潔さを保った研究所といったほうが正しい。……が。

「やはりドリルよ! ロマンと威力を兼ね備えた破砕兵器! これに勝るものがある!?」

「もうドリルがかっこいいなんて時代遅れ! 時代は新しいパイルバンカー! 振動によって装甲をチーズのように刺し貫きシールドどころか絶対防御すら貫通する最強兵器! 更に刺さった杭は爆散し内部に致命傷を与え相手はもはや動けはしない!」

「一般普及したパイルなんぞインパクトがないわ! ハンマーにロケットブースター付けて最大の速度で振り下ろすハンマー。推進力で機体ごと振り回され相手は空の彼方まで吹っ飛ばされること間違いなしよ!」

「あなたたち馬鹿なの? ただ威力を重視してどうするのよ? 鎖付きブースター内蔵ハンマーが最高じゃない! 超スピードで発射される鉄塊に打たれた敵は衝撃で胃液どころか内臓までリバースよ! 更に遠心力で前面に振り回せば防御にも使えるわ!」

なにやら兵装について口論しているらしくかなりの激論になっている。しかし出てくる兵器名がいわいるゲテモノ兵器に分類され、説明が相手を殺しにかかってるのはなぜなのだろうか?

「なかなかの激論だねー」

「……俺はここの作った兵器は使いたくねぇな」

「私も……」

のほほんと谷本が一緒についてくることになったのだが大丈夫なのだろうか? 栗木先輩の迷惑にならないといいのだが。

昨日、栗木先輩の研究室を見に行くから午後から居なくなると部屋で話したら見学したいと二人が興味を示し自分も行くと主張。携帯で連絡を取っておきたかったのだがメールアドレスの交換なんてしていない。というか登録件数が10件もない。昨日その話をした所のほほんのアドレスを入れても届かない。俺こんなに友達少なかったんだよなぁ。

 

「ええー。かっちょいいじゃん。ドリルー!」

「はぁ? パイルバンカーだろ。まぁ使う気はねぇし大博打だけどドリルやハンマーよりはかっこいいだろうが」

「何言ってんのよ。かっこよさならハンマーだってかっこいいのよ。レイダーとかアストレアFとか!」

カオスな狂気の空気に触れたせいか俺らの考えも狂気がしみ込もうとしていた。

別の意味で危ない! この研究所!

 

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい。お茶もお菓子も出ないけどまぁ、壊したり荒したりしない程度に見て行ってくれればいいわ」

そして、到着した栗木先輩が担当する研究室。だが、他のメンバーがおらず栗木先輩が一人でモニターと睨めっこしているだけだった。どうやら、レールガンのデータ調整をしているらしくレールガンからたくさんのコードが検査機のようなものにつながれている。

 

研究室を見渡してみるとかなりの広さがあり、多彩アームや、工具、作られてある武器、栗木先輩の横に鎮座している俺の相手をしてくれたレールガン。かなりきれいに書類がまとめてあり、戸棚に写真立てがあり栗木先輩が写っている。が、少しさみしそうだ。そのほかの生徒たちは全員が青のリボンをしている。今年の一年が青色のリボンをしているため卒業生だとわかる。

しかし、今は栗木先輩一人だけ。これでは機材の移動や作業に不備が出てくるのではないだろうか?

「部員は入れねぇの?」

「使えそうな人材がまだ見つかってないのよ。それに、二年生の優秀な子たちはもう他の所にスカウト済み。優秀な先輩たちが卒業していっちゃたから予算が下りないのも厳しいわ。あなた入りたい?」

「あー、どうしよう……今は実力付けたいんで時間ないと思うなぁ」

「ま、考えておきますって言って結局考えておかなかったよりはましかもね。しかし、あなたも隅に置けないわね。女子二人と来たなんて両手に花じゃない。なに? 見せつけてるの?」

「昨日、研究室を見に行くって言ったら見学したいって言い出して、迷惑?」

「別に、作業の邪魔にならなければよかったわ」

 

多彩アームを見ている谷本の目は今までに見てないほどに輝いており、その眼には触れてみたい、動かしてみたいと願望があるように見える。時々のほほんに質問をし一言も逃すまいかと目は多彩アームに目を向けているが聞き耳をしっかりと立てている。

一方のほほんは相変わらずの口調で谷本に多彩アームの使い方や、操作法を教えている。のほほんの説明に栗木先輩も気づいたのかかなりの知識を内包しているとわかる。

「このアームは溶接用かな? 多分追加装甲をつけたりするときに使うんだと思うよ」

「あの2つの針のようなものがついている奴は?」

「細かい部品を掴む時に使う専用ピンだね~。ISの部品にはミリ単位の部品とかあってかなり細かい作業になるから」

 

「でね、この溝が入った刀みたいなブレードは日本製の菊一文字かな~。それに峰の方の鍔の所についている振動装置で切断能力を追加しようとしたんだと思うよ~」

「このギザギザした歯がついているナイフは?」

「単分子カッターだと思うよ~。刃の部分が回転してチェーンソーみたいな切断、削り切るっていう武器だね~。超硬合金(硬質の金属炭化物を燃焼して作られる合金)かな~? でもバッテリーがついてなさそうだね。刀の持ち手みたいに内蔵じゃないみたい」

「小型化されて刃を回すのに十分な電力が回らなかったのよ。だからISの手の接続部分からエネルギー回してもらうの。ほら、今は収納されているけど持ち手にコネクトがあるでしょ?」

栗木先輩も聞いていたらしく立ち上がって武装が展示されているところまで行って、口の字のような金具で固定されている単分子カッターの金具を開くようにあけ、持ち手の部分からコンセントのようにリード線がついた接続器を抜き出す。

 

「それって持つときにコードが邪魔にならないんですか~?」

「この辺は持つ前に調整して使いやすい長さを決めておくの。学校で使っている訓練機には違和感なく使えると思うわ。余ったケーブルは巻き取り機で収納されるから」

なるほどーとのほほん、谷本が感心している。しかし今までレールガンの調節をしていたはずなのだが初心者のQ&Aに応えていていいのだろうか?

 

「えっと先輩私たちは崎森に付いて来た見学者なんで先輩の手を煩わせるわけには……」

「いいのよ。私は先輩なんだから後輩に教えるのは当然。それにちょっと行き詰っていたから息抜きがてらだわ」

なんて親切な先輩なんだ。まるで最初八つ当たりで俺に砲撃かました人のセリフとは思えない。

「なんて変な顔しているのあなた」

「ああいう口をへの字に曲げて目を細めている顔は疑っている顔なんですよ先輩」

どうやらそんな顔を今俺はしているらしい。まぁ実際疑っているわけですが。

「今手に持っている武器で刺してあげましょうか?」

「いいえ、のこぎり状じゃ刺さらないと思いますんで、こっちの普通のナイフ使いましょうよ」

「ああ、それ岩盤破壊ナイフだから中に爆薬が入っているの。ほらTVなんかで鉱石掘り出すときに使うダイナマイトを壁に穴開けてその中入れて爆破させるっていう案を採用して、穴を開けるのと爆薬入れるのを同時にするらしいわ。そうね、そっちの方が刺さりそうね」

そんな怖いことを言いながらカッターをもとの金具に戻し、爆砕ナイフを手に持つ。

「先輩落ち着きましょう。それはまずい」

「大丈夫よ。痛みは一瞬だから……爆散するまで続くけど」

それって一瞬じゃないじゃないですかー! いやぁー!

じりじりと詰め寄ってくる先輩。その眼は光を失いうすら寒い空気を生み出しており、口は薄く笑いを浮かべているのだが、あまり可愛くない。

壁際に追い込まれているためダッシュで出口に向かおうとするが進行方向上に谷本とのほほんがおり、通せんぼしている。では窓からと思ったがここは3階だ。下手な着地すれば死ぬ!

 

いよいよ死の瞬間が来たらしく俺は泣きそうになってしまう。

本当に何でこんなことに……。

大きく手を振り上げ死の刃が俺に振られ……なかった。

 

「いや、なにマジで怖がってるの? 冗談に決まってるわ」

「目が怖かったんだけど」

「さすがに生身じゃしないわよ。簡易パイルバンカーみたいな物だし……IS乗ってたら別だけど」

「乗ってたらするのかよ……」

爆薬仕込んだ簡易パイルバンカーなんて喰らいたくない。ISのシールドがあろうが、絶対防御があろが絶対に。

と、少し気になることがあった。

 

「これって全部ISの兵器?」

「中には発掘用だったり、探索用の発信機だったりするのもあるわ。元々ISは宇宙開拓用に作られたものだし。だけど今じゃ兵器の方がアピールしやすいのよ。国の防衛力としてお偉いさんたちはISの利点をそこにしか当ててないようにも思えるのだけどね」

「……試合でも使えたりする?」

「まぁ、それ前提に作っているものあるわ。今作っているレールガンだってそういう風に作られているもの。まさかここにあるものを使おうとしているんじゃないでしょうね?」

 

「ダメ?」

なんとなく、ここにある武器……特にこれ《・・》については使いたいと思う。まぁ、使えなかったら他で補うしかないのだが。

 

「過去の作品ならデータをもうとってあるから使ってもいいけど、所詮は学生が作ったものよ? それに実戦で耐えれるかとか、扱いやすさから訓練機に付属する兵器使った方がいいと思うわ」

「まぁ、そうなんでしょうけどねぇ」

扱いやすさなら問題ない。と思う。そう思いその武器に視線を向ける。問題は威力だ。決め手がこれになる。

 

「使いたいなら手配くらいはするわ。まぁ、壊したら弁償してもらうから覚悟してね」

「……ちなみにお幾ら?」

「ゼロ6個は確実ね」

なんか急に気持ちが沈んでいく。払える気がしない……。

 

「実は今月厳しくて……。まけてもらえません?」

「ダーメっ」

かなりいい笑顔で言ってくる。所詮この世界は金でできていると再確認。それに使い捨てること前提で使うため破壊するのは確定なのだが。

 

「まぁ、政府が基本負担するからあなたに請求書は来ないんだけどね」

落ち込んで、他の方法で解決しようと考え出したところで先輩がそんなことを言った。そういえばIS学園の整備費、研究資金は日本政府が負うことになっているんだっけ? あれ? おかしいぞ?

「研究部の資金問題は?」

「生徒会経営で予算を決めているのよ。基本人数が多くなったり、いい研究成果を残した人がいたりするほど資金が下りるんだけど今は私一人だから何とかやりくりしている状態。」

 

だったら壊したものは弁償しなければならないのでは? と思うが違うらしい。

「確かに量産される前の奴は資金から出さなきゃいけないわ。でも、もうこれらは大抵量産されているから破壊しても問題ないのでしたー。まぁ、そこにある武器がすべて生産されている機械でもないのだけど」

「じゃあなんで弁償してもらうって言ったし」

「あなたの困った顔が見たかったから。実際に楽しめたし」

なんて嫌な性格しているのだろう。人の不幸は蜜の味ってか?

谷本ものほほんも何やらいい笑顔でこちらを向いているし。そんなに俺の顔は面白いのかよ!

俺はこれ以上弄られないために研究室をダッシュで逃げた。なにやら視界がゆがんでいるがもうどうでもよかった。

 

「弄り過ぎたかしら?」

「きっと明日には忘れていると思いますよ」

「さっきー怒るの苦手そうだしね~。前に部屋の冷蔵庫にあったパックで買ったオルナミンS飲んだけどあんまり怒らなかったし」

「あの買ってきて1本くらいは飲んでいいて言った? あれ? 2日で無くなった様な……」

「うん、6本くらい飲んじゃった」

「半分以上じゃん!」

「でもね~、ため息だけついて寝ちゃったよ~?」

「それ、怒る間もなく呆れて疲れていただけじゃないの?」

 

 

 

 

訓練機を借りるときに武器の貸し出しもできるらしい。取あえず作戦に使う武器の種類も決まり、大体のイメージが掴むことができたのだが、俺は回避はしたことはあっても攻撃をしたことがないのでその辺がまだ不安だった。

 

「やぁ、浮かない顔をしているねぇ。若いうちからそんな顔してると幸せが逃げちゃうぞ?」

「男でIS動かせた時点で不幸な気がするんですが?」

「むしろ、ISを動かせたことはうれしく思わないの?」

「そのせいで各国から狙われ、ハニートラップ警戒しているわけですが。今おれの前にいるやつみたいに」

話しかけて来た女性は水色のショートカットの髪をしていた。かなり髪が外側に跳ねているが雑多さはなく、むしろそういう髪型ではないのかと思う。目や口、鼻、耳も整っており平坦ではなく、黄金比のバランスを崩れないようにいろいろ変え整えた感じで、神がかったような印象を与える。が、しかし

 

(なんで髪が青いんだー!)

かなりのインパクトであった。

 

「おねぇさんを疑うとは失敬な。ドヒューン!」

廊下を歩いているときに声をかけられ更になぜかこちらに拳を振るってくる女生徒。確実にDQNじゃねぇか。

そんなDQN女の拳を弾こうとする暇もなく懐に入り込まれ顔に拳が迫る。一瞬頭がパニックを起こし、痛みに耐えるように備えることもできなかった。それでも目をつむる。

しかし顔に来たのは拳の痛みではなく、小さな柔らかい弾力で突っつかれるような衝撃だった。

……?

恐る恐る目を開けるとDQN女が人差し指で鼻に、頬に鳥が突っつくように動いている。

 

……何がしたいんだこの人

かなり不審に思って警戒していたのだが、途中で訳が分からない行動に物言いたげな視線をしていると言うのはなかなか経験できないのではないのだろうか?

「えっと……なんなんですか? あんた」

「うふふ、失礼な子へのお仕置き」

そう言って突っ突いていた手でデコピンを額に当てられのぞけって後ろに下がってしまう。

 

「最初のレッスンその一、どんなに恐怖を感じても目は開けておくこと」

そう言って袖の下から扇子を取出し口元で広げる。その扇には修練開始! と達筆で書かれていた。

というか、急展開過ぎて俺の頭が追い付いていけない。

「とりあえず自己紹介しましょう。俺は崎森章登。ISを動かしてしまった悪い意味で普通ではなくなった高校生です。後初対面でいろいろ戸惑っています」

「私は更識楯無。この学園の生徒会長にしてその普通ではなくなった子の練習を手伝ってあげる頼りになるお姉さんよ。後初対面じゃないわ、昨日会ったでしょ?」

 

心当たりがあるのはロッカー室でのあれだ。そんな感じはしていたが現実だったのか。

「IS学園の生徒会長って暇なんですか?」

「そんなわけないわよ。でも、あなたは弱い。それじゃいろいろとダメでしょ? あなたが不安に思っているように、どこかの企業が人質を取ってあなたに実験体になるように要求してくるとか。または街中で何十人もの敵に襲われるとか」

 

それは入学当初から……いや、ISを動かした時点で思っていたことだ。

あの採血をしに来た白衣の男は目を疑っていたが、動かせることを知ると好奇心で目が輝いていた。

現在、国連が俺、織斑をどうするかと会議しているらしいが、もっと暴力的な手段で誘拐してくる奴らもいるかもしれない。

「……織斑の方が重要では?」

「あっちは最強の御姉さんがいるし、篠ノ之博士とも、その妹とも親しい。つまり悪い言い方するとコネがあるのよ。最強と天才のしっぺ返しなんて怖いでしょ? あなたは普通ではなくなったかもしれないけど特別でも、恵まれているわけでもないのよ。だから弱い初心者の救済訓練ってわけ」

「……わかりました。いろいろと不服だったり疑問だったりはしますが強くなれるんだったらします」

「うん。お姉さん強さを求める男の子って好きよ」

どうでもいい。ってかあんたに好かれたいわけじゃない。

 

「で、なんで柔道の畳部屋に?」

「ISの操縦訓練の前にちょっと生身での戦い方も身に着けておきましょう。自衛能力の必要だし、なによりISは体の延長なのだから無駄にはならないわ」

もっともである。まぁIS以外にも学ぶことが多そうだ。銃の訓練とか格闘術とか学校の勉強とか。

あーあー。学園生活楽しむ暇あるのかな……

 

「こら、考え事していないで集中しなさい」

「はい」

そう言って構える。

 

更識先輩はただ悠然と何事もないかのように立っているだけだ。目は微笑を浮かべこちらを見ている。ただ立っているだけなのに、俺は何もできなかった。隙がないとか相手の気迫に飲まれているとかではない。そもそも俺には隙を見つける、気迫を感じる技術、経験がない。

 

ただどうしたらいいかわからない。例えばいきなり殴れと言われて殴れる人はどのくらいいるだろう? 喧嘩慣れしている人、軍人なら日常的に人と殴りあっているから出来るかもしれない。俺は相手にああしたら痛いのではないのだろうか、こうした方が相手の顔を殴れるのではないのだろうか。と考えるだけで実行せず消えていく。

 

もう一つ上げるのなら、平和に普通に暮らしていた暴力に慣れていない人が、いきなり殴りに来たから相手を殴り返せるだろうか?

答えは無理だ。慣れていないことをいきなりしろと、それがただ自分が損する、傷つくだけだったとしても、突然の事で固まって何にもできなくなる。

 

今の俺がそういう状態だった。

 

「来ないならこっちから行くよ」

そう言って接近してくると思った時にはもう目の前にいて、なんとか手を前にクロスさせ後ろに下がろうとする。が、その腕をつかまれ何の違和感も感じずガードを広げられ、がら空きになったところに掌打を撃ち込まれ受け身を受けることすらできず後ろに倒れる。

 

「がっ」

「はい、立って立って。次々行くよ」

肺の中の空気が全部強制的に朽ちたら出ていく感じがし、内臓をすべてシェイクされた感覚が気持ち悪い。

それでも立ち上がって相手を見据えるがまだ微笑を浮かべているだけで余裕な顔が憎たらしい。

そうした所で俺はまだ動けずに相手の出たかを見ることしかできなかった。

 

「積極的すぎる男の子は確かに嫌われるけど、なさすぎる子もモテないわよ?」

「……」

軽口にこたえる余裕は俺にはない。そんなことをしている暇があったら相手の挙動を見逃さずにしっかりと目を開くぐらいしか俺にはできない。次の攻撃を全力で見てある事をするのに集中する。

 

「……行くよ」

来ない俺にしびれを切らしたのか。それともこれでは修練にならないと踏んだのか楯無先輩が先ほどと同じように目も止まらぬスピードで向かってくる。

動いたとかよりも先に動くと宣言したのでその動きがわかりそれに合わせて俺も前に出る。そうして肩を前にだしタックルのような形で迎え撃つ。なんてことはない。相手がまた俺には見えない避けられない攻撃が来ると踏んだだけだ。実際相手がどういう風に動いたかなんて俺には分からない。声で判断しただけだ。

そうして二人が前に出てぶつかると思った瞬間、楯無先輩は俺の横に抜け足を引っ掛け盛大に転ばされた。

 

「足元ご注意」

そんなこと言う方向に向けて素人丸出しの蹴りを放つがあっけなく取られてしまい投げられた。

力任せに投げられた等感じではなく、足をつかんだ後素早くそのつかんだ足の下にもぐり腰を掴んで背負い投げのように投げられたのだ。

その瞬間俺の体は扇状に回され床にたたきつけられ口から全部の内臓が出るのではないかと思ったほどだ。実際胃液が口の中に広がり気持ち悪いしょっぱさが広がる。

 

「あーやり過ぎちゃったかな……。少し休憩しないといけないわね」

やり過ぎ? 手加減していることなんて分かり切っていたがここまで強いとは思わなかった。だが、いくら相手が強かろうと休憩している時間はない。だって試合までもう2日もないのだから強くなるために休んでいられない。

振るえる足をどうにか立たせ相手をまた見据える。

 

「まだやる気? 今立っているのも辛いでしょ?」

「……辛くなくて強くなれるんですか?」

震えて掠れている声でそう言う。

甘えていられない。休んでいられない。休むとしてもぶっ倒れてからだ!

その気持ちを取ってくれたのか、先輩の迫ってくる見えない攻撃に少し力が加わっているような気がした。

今度はガードの空いているところに胸、腹に拳を叩き込まれ、足の指を踏みつけられ、更には腕をつかみ投げようとしてくる。痛い痛いと脳がパニックを起こしてまともに考えられそうにない。それでも倒れそうになる足を何とか立たせ前のめりな状態になる。

掴み投げようとする腕が来る前に痛みに耐え何とか前に出て握り拳を作り腹に当てようとするが肘を当てられ止められる。むしろ拳の方が痛いくらいだ。そしてまた投げられ内臓がシェイクされる。

そしてまた痛みに耐えながら、震える足に手を添えながら立ってまた投げられる。

肘打ち、蹴り、正拳突き、背負い投げ、押し倒し、背後に回っての回転肘打ち、掌打、膝蹴り、もうあとは何だかわからない。そんな攻撃を何度も受け肌は痣だられ。どんどん足の震えが大きく鳴っていきよく立っていられると思う。

 

途中痛みで涙目になっていたのが泣いているように流涕していた。ただ痛みで涙を溜めておく事ができないなど初めての経験だ。

もう、痛みに耐えて立つことしか頭になかった。

 

そしてついに限界が来たのか、または相手が気絶させるような攻撃をしたのかわからないが、気を失う瞬間ふと頭の思考がまだあったのか思った。

(俺ってこんなに弱かったんだ)

 

 

 

一面深海の中に沈んでいるような感じだ。上下左右どっちがどっちだかわからない。光すらなくって、夜の海で流れるままに俺は沈んでいた。

ゆらゆらとまるで水面に映った様な姿をしているようにあやふやな自分。だが、それでも俺はここにいると実感できた。そこには痛みがある、苦しみがある。ここから逃げたい、楽な道に走りたい。俺はどんどん逃げるようにして深海の中に沈んでいく。しかしどこからか歌が聞こえ始める。楽しく優しげでそれでいて何処か労わるような歌。その歌のする方に沈んでいく。 いや、登っているのだろうか?

 

 

 

「チャンラララン、チャチャチャンラララン、チャンチャン」

そんな、歌声が聞こえる。まだ意識がまどろんでいるのに酷くふざけた様な歌詞であると認識できる。優しげで労わるような歌はどこに行った?

しかし、かなりいい枕らしく頭を乗せている分には心地いい。歌声さえなければまた二度寝したいと思ってしまう。しかし残念、まだ歌は続いている。頭を起こそうとするが体中に痛みが走り、起こしている途中で体が固まる。

 

「あら、お目覚め」

「ええ」

そう言って俺の顔を覗き込んでくる。その眼は紅玉のようにきれいだと思った。だが何故か肩に手を置かれそのまま寝かされてしまう。そうなって初めて気づいた。枕特有の柔らかさで沈まない。弾力があり過ぎる。そして、天井に目が向いているのにすぐ隣に更識先輩が目に映っている。ベットの隣に座っているのではなく、俺の体の隣に座っている。

 

導き出される結論は、今頭の下に張るのは枕ではなく更識先輩の膝ということだった。

慌てて起き上がろうとするがなぜかまだ肩に手を当てて俺が起き上がれないように押している。

「ちょっと何するんですか!?」

「ひざまくら、嬉しいでしょ?」

「恥ずかしいだけだっての!」

「ええー。さっきまで気持ちよさそうに寝てたのにそれはないなー」

実際気持ちよかったが、こんな奴にされていたと思うとなんだか虚しくなってくる。

 

「とりあえず動けるんで腕をどかしてください」

「いや」

「なんでだよ!?」

「だってかわいいんだもの。それにもう少しだけ休んでなさい。次からもっとハードになるんだから」

まだ体は痛む。それに確かに体を休ませることも重要だとわかる。取りあえず言われたとおりに体を休ませるが、まだひざまくらは解除されない。

だがかわいいと言うのがよく分からない。自分は目が大きく背が低い訳でも、ましてや癒し系要素や可愛らしい系要素なんてない。せいぜいみんなに笑われる役のピエロ系要素だ。

「とりあえず休むんでひざまくらやめてください」

「いやって言っているでしょ?」

取りあえず体を横にずらそうとするが、それぐらいでは逃れられず俺は言いなりになるしかなかった。自分でも顔が苦虫を噛んだようにふてぶてしい顔に変化するのがわかる。

 

「もうそんな顔しないの。お姉さんのひざまくらは高いんだぞ」

「何円? 後請求書は来るの?」

「頑張り過ぎて気絶しちゃうくらいには。あと代金は君の頑張り代金で」

「なんじゃそりゃ」

本当になんだそれは、と苦笑してしまう。

更識先輩もまた笑ったが、俺のように弱弱しくなく満面な笑顔で輝かしく思った。

 

 

 

保健室で更識先輩のなすがままにされ休憩を終えた時には空はもう赤に染まりかけていた。そんな時にアリーナに来て特訓というのはいささか遅いのではないのだろうか。確かにアリーナは夜まで開かせることができるが寮の食事であったり、大浴場の使用時間であったりとあるので人は基本的にいない。大浴場は俺は使わないが、食事くらいは摂りたい。

 

「じゃあ、まずは反復横飛びみたいに早く動いて相手の照準をずらす練習からしてみましょうか。往復1000回」

「はい」

そうして訓練機のスラスターを右へ左へと加速、別方向に加速して時々空中制御を誤って地面に落ちそうになるが何とか堪え、再開する。

全く逆の方向に軌道変化するのでかなりのGが加わっているはずなのだが意識を失うことはない。操縦者保護機能という生体機能を補助する装置がISには組み込まれているらしい。それでもGが掛かることには変わりない。

恐怖心からか、気持ち悪さからか速度を下げてしまいそうになる。それでも止まれない、止まったら今この場にいて練習に付き合ってくれている更識先輩に申し訳が立たない。何より止まりたくない。これぐらいの恐怖を飲み込まないと多分銃撃戦の試合ではもっと怖くなる。

 

「はい、そこで直進して相手に接近する!」

反復横飛びに集中しているときに突然そんなことを言われ戸惑ったがすぐに実行に移す。

何とかスラスターを吹かし前に出るが慣性で斜め前に出てしまい、しかもスラスターの方向が間違ったのか地面に足を引っ掛け転んでしまう。

 

「はい、もう一回!」

そう言って再開される。素早く立ち上がりスラスターの方向を間違えないようにしながら、もっと速く機敏になるように動かしていく。そこでまた直進する時に慣性に乗ってしまいて斜め前に出てしまう。直角に曲がることが理想らしい。カーブを描きながら相手に接近できれば合格だがどうせなら完璧にこなしてやろうと集中していく。

 

「ぐっ」

あれから1000回をもうワンセットしたがどうしても直進することができなかった。何とかカーブを描きながら相手の右前に近づくことまでは出来たが途中転んだ回数はもう数えたくない。

 

「もしかして崎森君、マニュアルで操作している?」

「え? マニュアルを初めから習うんじゃないんですか?」

「え?」

「いや、だって車もMT車から習いませんか?」

「あー、うん。マニュアルの方がいいんだよ」

なぜか更識先輩の歯切れが悪い。マニュアルでは何か不味かったのだろうか?

 

「オートにした方がいいですか?」

「いえ、マニュアルの方が細かく動かせることができるの。さっきスラスターの向きを変えて方向調節しようとしたでしょ? あれはオートだと行動を先行入力されている分微調整が効かないの。で、オートみたいに早く行動できて微調整できるようになると……」

そこで、更識先輩は自分の専用機を呼び出した。かなり装甲がなく、その代わりに透明な液体で装甲の周りや足りないところを補っているように纏っている。その周りに浮遊するようにクリスタルのような菱形にも水が纏ってある。それがマントのようにも見えて湖の騎士のような感覚がある。ランスロットではないのであしからず。

 

そして、その機体でさっき俺がやったように反復横飛びから直進移動しその途中で軌道を変化させ相手の横に回ったところで回転し切り付ける動作をした。その速さや無駄のなさは達人と呼んでも差し支えないだろう。それほどまでに綺麗に決まった。

 

「と、こんな感じでオートだとこんな軌道は描けないのよ」

「うヴぉぉぁあ」

「え!? なんて声出してるの!?」

 

落ち込んだ。代表候補生ってみんなこんな技術持っているの……? やばい 勝てる見込みがなくなってきた。勝割が0:10になった気がする。

 

「代表候補生ってそれだけの技術持っているのなら明後日の試合どうすれば勝てるかと絶望していたところです」

「練習あるのみよ」

そう言ってISの腕にいつの間にか扇子が持たせてあり、それを開いた時に出てきた言葉が

『最強追求』

とあった

 

「どうせなら『求めるは最強の称号』とかのほうが、かっこいいんだけど」

「じゃあ、求めてみましょうか」

そう言って更識先輩のISの腕に呼び出される、水色の剣。刃の部分が何枚もつながっているように所々にコネクト部分がありそれで武器の耐久を上げているのだろうか? そんな事をする理由としてはかなり摩耗が激しいとかが挙げられそうだが……。

 

こちらも訓練機の武器コールで単分子カッター、『ブレイドランナー』を呼び出し展開する。

「じゃあ、接近戦でもしてみようか。そのあとで射撃戦闘のレクチャーね」

「はい」

「この子は『霧纏の淑女《ミステリアス・レイディ》』。あなたの相手をしてくれるんだから感謝してね」

「……よろしくお願いします? 不思議な彼女さん?」直訳したらこんなのだと思う。

「よろしくね」

 

そう言って始まるナイフと剣による格闘戦。

やはり、更識先輩が最初に火蓋を切ってくる。

かなり速い動きで、ハイパーセンサーの恩恵や警告音がなければおそらく、振り下ろしてくる初撃は食らっていた。

だが、それに合わせるようにナイフをかち合わせ刃が回るので弾くのにも一役買ってくれ、剣を外側に逸らす。そのあいた空間に足を踏み入れ、ナイフを横に一閃しようとするが、片腕で手首を止められていた。そして、弾いた剣が再び襲いに来る。脇腹に一撃もらいそうになるがあいている手を添えボディーの直撃をやめさせる。そしてできればつかみ取ろうと思っていた。だが、いきなり剣が分裂してつかみ損ねる。そして、剣先が肩に当たり体制が崩される。

 

なにが、と思っているうちにタックルのように突き飛ばされ壁に激突した。

 

そして、起き上がって『霧纏の淑女』の手にさっきの剣が分裂し一本の糸で繋がっているのが分かる。

俗にいう蛇腹剣と言われる武器だ。

そして、次々繰り出される鞭のような攻撃に変化する。屈んで避けたと思ったらどうやらある程度操れるらしく腕に絡まり動かせなくなった。ナイフで紐を切断しようとしたときに、接近され殴られてまた壁に激突する。

 

「もう終わりかな?」

そう言ってほほ笑んでくる更識先輩。夜空に照る月のスポットライトでこんな状況でなければ美しいと表現できるのだろうが、生憎今はその顔が憎たらしく、反抗したい。

「んなわけねぇだろうが!」

起き上がると同時に足と腰のバネを使い殴りかかるがあっさりと躱され蹴りを入れられる。

 

「そう来なくっちゃ」

そうして始まる、一方的なダンスを月夜が輝く夜に俺は踊っていた。

 

 

「さて、今度は射撃訓練にしようか」

「……はい」

せめて触れられるくらいはしようとしたのだが、掠れさえしなかった。そのため俺のテンションはかなり急降下し続けている。がしかし、それでもまだ体力があるのはここ一週間で始めた砂袋背負ってのランニングのせいだろうか? 

時刻はもう9時を過ぎようかという所。谷本に連絡を入れようとしたら、更識先輩がもう伝えてあるから気にしなくていいとのこと。手回しがいいのか、逃げ道を塞いでおきたいのかよく分からない。

 

射撃の的のスクリーンが空中に投影され、アサルトライフル 『FA‐MAS‐TA』(ファマステー)を呼び出し銃口を向ける。どこかの会社がIS用に現存していたFA‐MAS(ファマス)を参考にして作り上げた武器らしい。そのためFA‐MASに似て砲身が短く、ブルパップ方式(引き金より弾倉や機関部を後ろの方に配置する方式)をしているが2倍くらいにはでかい。

訓練機の拡張領域(武器を収納しておくための容量)は最大で5つくらい武器を収納できるが待機状態というIS自体の保管は出来ない。そのため訓練機の武器は携帯性が高いものが採用されやすい。 

この『FA‐MAS‐TA』もさっきの『ブレイドランナー』も携帯性を考慮しての武装である。

 

そのアサルトライフルで移動せず的に向かって打ち続けているが、最初反動制御やターゲットサイトを切って撃ってはみたものの、かなりの反動が全身を襲い銃口はずれ、ど真ん中に当たることはなく、掠れたり、見当違いの方向に銃弾が飛んで行っていた。さすがにこれは自動反動制御装置を使っての訓練にした。動いている相手に初心者が銃を撃って当たることなんてめったにない。

1時間ほどしたところでようやくど真ん中に近づいてきたという所だ。それでもかなり低い命中精度である。

 

「じゃ、今日はここまでにして明日もこのアリーナで夜まで特訓するからそのつもりでいてね」

「はい」

そうして今日の訓練は夜中まで続き、走りこむ時間もなかったため一目散に寮に向かう。

さすがに疲れて同居人の谷本とのほほんが何やら声をかけてきたと思うが寝袋に入ったとたん俺の意識は沈んでいった。

 

 

 


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