翌朝。畳から体を起こそうとすると、畳の跡が付いており崎森の頬が凸凹して赤くなっていた。
何とも間抜けな顔である。
しかし、そんなことを知らない崎森は旅館の食堂に向かう。
そして、食堂で朝食を取っていた生徒たちは崎森の顔を見た。
「ぶぶっ!? なんじゃそりゃーーー!」
崎森章登の顔を見て、飲んでいた味噌汁を吹き出した相川清香の第一声であった。
寝起きで頭が回っておらず、失態を晒したことに気づいていない崎森は首を傾げるだけである。
「顔! 盛大に頬に筋が入ってるから!」
言われて頬に手を当ててみる。でこぼこしているのを指が感じ取り、眠気が羞恥で吹っ飛んだ。
「……昔付けられた傷でござる」
崎森の答えが受けたらしく、また笑いだす女生徒たち。
「そんな、傷の、くふっ、つき方は、あり得ない!」
笑いすぎて腹が捩れるのを防ぐために腹筋に手を当てる相川。幾らなんでも笑いすぎだろうと羞恥心が薄れる代わりに気落ちした崎森。
居たたまれない気持ちになった崎森は、トレイ取った朝食のパンとジャム、サラダを食べて食堂を去ろうとする。
そんな時、織斑一夏も食堂に入ってきた。
それと同時に、空気が軽い物から重たい物に変わり、みんな黙々と食事をするようになった。というか早くこの場から離れようとしている。
「よっ、章登。一緒に食おうぜ」
「……好きにしてくれ」
織斑一夏は男子と一緒に食うことに何が楽しいのか、と疑問を感じるほどににこやかな顔で崎森の向かい側に座る。
「しっかし、白式没収ってキツイよなぁ」
「当然だろ」
「いや、でも二次移行したんだぜ? それって成長したって事じゃないか。なのに……」
「なのになんだ? 没収されるのが不満ってか? 子供に刃物持たせて、扱いきれると思ってるのか? 精々振り回して自分にかえって斬り付けるだけだ」
「そうだけど、なんでそんな話が出て来るんだ?」
目の前の人物は、頭に欠陥でもあるんじゃないかと思った崎森。
「お前がその子供って言ってんだよ」
「何言ってるんだ。俺はもう高校生だ」
「精神的な意味でだ。我慢とか自制が出来るのが当たり前だ。出来ねぇお前がISで人を傷つけない、なんて保証はどこにもねぇだろうが」
「何だよそれ。人にISなんて向けたことなんてない」
「は? 別にISを向けるなんて言ってねぇよ。お前の勝手な行動で周りの人間が巻き込まれるって言ってんだ!」
「俺は巻き込んでなんていない! 俺は守ったんだ!」
トーネメントでVTSの暴走の時は周りを考えずのバリアー破壊、今回は乱入して状況を悪化させた。それなのに自分は正しいと言う。
「何を?」
「ここに居るみんな、日本の人達だ!」
「…………本気で言ってんのか? 勝手に乱入して、指示も仰がず向かって、挙句の果てには自分の力を見せつけるようにして戦うような奴が、何を守ったのかもう一回言ってみろ! ここに居るみんなはお前に守られたんじゃねぇ! 皆を誘導した先生が守ったんだ! 被害を最小限にとどめたのは海上や道路を封鎖した自衛隊の人たちだ!」
あんまりな言い草に腹を立てる崎森。
「それがあって守ることが出来たんだ。俺たちはただ、脅威を止めただけに過ぎねぇよ。だけど損害が酷くなかったのは他の人たちのおかげだ。お前のおかげじゃ決してない!」
あくまで自分たちは脅威を排除しただけに過ぎない。
守るという行為をしていたのは他の人たちだという崎森に対し。
「何言ってんだよ。俺たちが止めたから被害が出なかったんだろう! 俺は守ったんだ!」
あくまで自身が守ったと言う織斑一夏。
「貴様ら食事くらい静かに食わんか!」
そんな騒動を聞きつけたのか織斑千冬から制止が入る。
「他に迷惑をかける体力でも余っているのなら、撤収作業でも先にしてこい」
口は閉じたが章登は不快感を丸出しにし、織斑は納得がいかない顔をしていた。
不機嫌な顔で撤収作業をする崎森。
大座敷に入れた機材を抱えトラックへと積み込む。
「って、体大丈夫なの!? あんなに怪我したのに!」
「……あれ?」
余りにも自然に動いていたから驚いたクラスメイトの指摘を受け、崎森の不機嫌な顔が一転。
怪我をしたところを確認してみる。治っている。
「いや、体は大丈夫だ。気にするな」
「え? ええ!?」
崎森の返答に驚く同じ作業をしていた相川。
戦闘のアドレナリンの分泌で、戦闘の途中から痛みが消えていたのかと思われていたが違う。あの形態変化をしたときに治ったのだと思うが。
(そうそう都合よくいくものなのか?)
あの時の『
一次移行ではない現象。SYSTEM《愚者》という任意発動できる単一特殊能力。そして光が結晶化するという事象。
そもそもあの時、自分は何を思い出した?
自分の知らないものを思い出させられ、なのに思い出したことだけ覚えている。
肝心の思い出した情報は何もない。まるで記憶を無くした人が、日常通りの行動を思わずとってしまうような癖みたいに、染みついている。
今、手首の待機状態となっているストレイド・ストライダーは、形態変化とともに待機状態もリストバンドに鈴が1つ付いている状態に変わった。
「どっちにしても調べなきゃいけねぇことには変わりないか」
「身体検査は受けたほうがいいよ。治るのに医療ナノマシンを入れても1ヶ月は最低掛かるはずだから」
そんな指摘を相川から受ける。
「……そんなに大怪我だったの?」
「……理解してなかったの?」
自分の重傷具合に今更驚いた崎森だった。
午前10時には撤収が完了し、皆が旅館から出て『ありがとうございました』とお別れを言いバスに乗り始める。
「すいません。崎森章登くんは、いますか?」
「はい?」
バスに乗ろうとしたときに、いきなり名前を呼ばれ後ろを振り返る崎森。
そこには包帯が身体中がぐるぐる巻きになって車いすに座っている女性が居た。どこかで見かけた顔だが、頭に包帯が巻かれ頬にはガーゼが貼り付けられ、医療用の眼帯もして顔が隠れていくことから思い出すことが出来なかった。
なまりのある日本語から20歳くらいの外国人くらいしか崎森には分からない。
「私はナターシャ・ファイルス」
疑問符を浮かべていた崎森に自己紹介した女性。ナターシャ・ファイルス。そして名前を聞いて思い出した。銀の福音の搭乗者である。
「彼とお話ししたいのだけど時間よろしいでしょうか? ブリュンヒルデ」
「出発までには切り上げるのなら。それとその名前で呼ばないでくれ」
IS世界大会『モンド・グロッソ』の時に総合優勝を授けられた称号で織斑千冬を呼ぶ。しかし、その名前は不快感をもたらすようで呼ぶなと要求した。
それをおかしく思ったのファイルスはクスクスと笑う。
「……なんですか?」
「伝えたいことがあるの」
と、崎森以外の生徒がバスに乗ったのを見計らって言う。
「まずは、あの子と私を助けてくれてありがとう。灰色のナイトさん」
「どうも、でもそれなら他の人にも言うべきことだと思いますけど?」
「いいえ。これからが本題。私はあの子の中に居て意識を失わされていたけど、深層意識……とでも言うべきなのかしら。そこに避難させられて私は無事だったんだけど、そこで色々なことが分かった」
崎森がVTSの時、ボーデヴィッヒと会話した空間みたいなものだろうと推測した。
「この暴走事件は意図されて起こされた。目的は戦いの経験から織斑一夏を領域に至らせること」
領域という言葉が出て、ハッとした崎森。アレを織斑一夏に発現させるためにここまでのことをした、というのに無意味さを感じる。現に至ったのは織斑一夏ではない。
「もっとも、貴方が至った領域は異質みたい。想定していなかっただけではなく、なにか……何かわからないけど、あの子もただの力とは思えなかったみたい」
「……あの子
「……私見だけど本来の使われ方をしていないんじゃないかしら。
崎森は白式の
対して崎森が得た力は、様々に応用が利く。これは確かにおかしい。
「いずれにしても気をつけて。意図した人物にとって重要なことであるようだから」
「……どうも」
最後の言葉にどうしても気分が沈んでしまった崎森。
疑念は深まるばかりで、これからも何かが起こるかもしれないと忠告されれば爽快な気分にはなれそうになかった。
「どんな話してたのー?」
「子供の成長の世間話」
バスに乗って学園への移動中に、隣に座っている布仏が話しかけて来る。
あの後、ファイルスさんは黒いスーツ姿でサングラス着用のボディーガードか、特殊警察かに連れられて行った。査問され、今後の責任追及をするらしいが恐らくはアメリカに賠償請求することになるだろう。
本当の犯人は雲隠れしているだろうし、捕まえられるかどうかわからないが。
「ふーん。さっきーは子供がいるの~?」
「いる訳ねぇだろ!」
思わず大声になる崎森。
乗ったバスが通過する風景はなぎ倒された木々、陥没した地面、ひび割れたコンクリート道路。それらを過ぎ去っていく。
問題は山積み、解決したこともあまりない。
それでも、こんな他愛無い時間が過ぎることに崎森章登は安堵した。
始めの畳の跡のギャグは笑えましたかね?
ところで、崎森は守ったのでしょうかというとちょっと違うんじゃないのかなと。
この話だとナターシャを救って脅威を止めたので守ったとは違うと思います。
まぁ、一夏が守ったかと言うと話は違うのですけどね。
ただ、崎森も一夏は外見での年齢。自身と同い年で会話しているようなので内心なんで分からないんだ!? と思っているでしょう。
さて、夏休みか。
4巻分はかなり原作とは違います。
鈴音とセシリアの水着回? ない(断言)
ラウラとシャルロットの買い物? シャルロットは不在
一夏の家に集合? これじゃ行きませんよね?
夏休みはかなり改変しそうです。