IS 普通じゃない男子高校生   作:中二ばっか

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第32話

 バスが旅館の駐車場に到着し、生徒が自分の荷物を持って降りていく。

 日差しは照りついてアスファルトに陽炎が出るまでに熱く、海に近いため潮風の匂いが鼻を突いてくる。

「ではみなさん、バスの中に忘れ物は無いですね? それでは私に付いてきてください」

 山田先生の誘導に従い旅館の玄関に向かう。

 昔ながらの瓦と木造で出来た旅館。花月荘と書かれた木製の看板があり、日本の和製の風味を出している。手入れを毎日しているのか老朽化は感じられない。

 列を作って入口まで来た生徒たちは、従業員の出迎えを迎える。

「ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。ご迷惑になると思いますがよろしくお願い致します」

「「「よろしくお願いします」」」

 織斑先生の後に全員で挨拶をする。仲居の並んでいる列より少し前に出ている和服の女将と思われる女性が、透き通った声で「ようこそいらっしゃいました」と返事をする。

「それではみなさん、お部屋の方にどうぞ」

 と女将に促され旅館に入っていく生徒たち。

「あら?」

 何か気付いたように崎森を見る女将。

「あなたが噂の……?」

「ええと、今年入学した男子なら自分と織斑の二人になります。ご迷惑になるかもしれませんがよろしくお願いします」

「いえいえ、ご寛ぎください。ではお部屋に案内させていただきます」

 そう言って出迎えは終わったのか、班ごとに分かれた生徒たちはそれぞれの仲居に案内された部屋へと向かっていく。

 学校で渡されたしおりには崎森と織斑は個室ということになっていた。なので女将に案内されて崎森は廊下を歩いて部屋まで行く。

 旅館の中は目を楽しませる為か中庭があり、池や岩、松などが置かれており清涼感を与える。内装も凝っているのか和紙で作られた照明や、障子の中にも稲穂の模様や雲形の模様が書いてあったりと凝っている。

 そんな職人芸の賜物の中を歩いていく中、教員室の隣を通って着いた部屋は大人数で泊まる部屋ではなく、少人数で止まる部屋で泊まる部屋らしい。IS学園には男子は2人しかいないため少人数の部屋を当てるのは当然として、二人は別々の部屋になった。

 理由としては一人専用の部屋であったため。別に2人用の部屋はあるにはあるのだが先生方が使用することになる。正直な話、崎森は織斑と一緒はやめてくれと懇願しに行くほどであったから、山田先生と織斑先生の部屋を交換してもらったのが真実だが。 

「それでは何か分からないことがあったら仲居にお申しください」

「ありがとうございます」

 そう言って女将は通常の業務へと戻っていった。

 部屋の内装は畳と障子、後は和紙の照明ぐらいしかなかったが人ひとり寝る分には問題ない大きさであった。

 そこに荷物を置いた後、扉からノックされる。

 誰だろうと扉を開けると、織斑先生がいた。

「崎森、本当にこっちの方がよかったか? 今からなら部屋の変更も間に合うぞ」

「いえ、むしろ3日間一緒にいる方が精神が削れそうで嫌です。部屋を交換してくれたこと感謝しています」

「……そうか、不甲斐ない弟で済まない」

 かなり目を落としていつもでは考えられないような気落ちをしている織斑先生。

「別に織斑先生が……悪い……わけ……じゃ……」

「なんだその歯切れの悪さは」

「いえ、まさか家でもことあるごとに頭殴ってたんじゃないですよね?」

「………………いや?」

 かなりの間が空いた返事だった。

 たっぷりと考えて思い出した時間だと信じたい崎森であった。

 

 

 

 海辺では水着を着た様々な女子高生が戯れている。

 砂浜では一人パラソルの日陰で寝そべっている男子高校生、崎森章登がいた。

 確かに周りは女子だけで水着という局部を隠しているだけに等しい。そんな男の願望が具現化された、ハーレム的南国パラダイスに行きついた身としては喜ぶところなのだろう。

 だが、だが少し考えてほしい。

 水着を着た女子率9割以上の中、ぽつんと放り出される男子の姿を。

 さぁ、何をしろというのか。

 女子の水着の観察? 明日から崎森のあだ名はスケベ野郎で決定になってしまう。

 女子に交じって遊ぶ? なぜ明日から装備の試験で疲れることをしなければならないのか。そして彼女たちの姦しさに付いていけそうにない。

 というよりも彼女たちの水着は大抵がビキニである。学国の留学生も交じっているとはいえ高い。しかも大和撫子系の四十院がビキニ姿でクラスメイトと戯れている。

 奥ゆかしい日本産大和撫子は絶滅したらしい。

 そんな中に突っ込む? 必然的に視線は胸元に行ってしまう。男のサガはそのようなものだ。そんな分かり切った結果を示すために四方八方女子で囲まれた所に突っ込むのはいささか尻込みしていた。

 なので、海で泳ぐこともせずこうして日陰で寝転がっていた。

 そもそも考えてみればなぜこんな所に居るのだろうと、哲学的な思考をするまでに至るほど参っていた。

 ガン見にで女子高生水着を脳内のフォルダーに保存することもなく、水着イベントそっちのけで寝ることにしようと決めた。

 なのに、ドバッ! といきなり海岸の砂を頭にかけられ慌てふためく崎森。

「ばばぶ、なんだ!?」

 いきなりの謎の強襲によって強制的現実(客観的にパラダイス、個人的に退屈な場)に戻される崎森。

「折角海に来たのになんで寝ているのよ」

 崎森に砂をかけた張本人の凰鈴音が立っていた。オレンジの模様があるタンキニタイプの水着を着ており、健康的な肌を恥ずかしがることもなく見せつける。

「何で砂なんてかけたし」

「あんたねぇ。少しは遊ぶって気持ちないの? なんなら砂風呂でも作って上げよっか?」

 そう言った凰は砂遊びでもするらしくスコップと、砂が入ったバケツを手に持っていた。

「もう高校生なのに海でどう遊べと? なんだスイカ割りでもすればいいのか? ってか織斑の方に行けよ」

「あいつはあそこ」

 そう指を指された先には浮き輪に乗ってぷかぷかと浮かんでいる織斑の姿があった。

「あそこまで泳ぐの私は嫌よ」

「……だからってなんで俺に砂をかける」

「物凄く気にくわないから」

「なに!? 俺お前になんかした!?」

 途轍もなく理不尽な答えに章登は叫びだす。

「こんな情欲的な場所で遊べっていうのがもう不可能なんだよ! なに!? ここは大人向けDVDのロケ地か!? 俺はそんな中で遊べるほど図太い精神なんて持ち合わせていねぇ!」

「へぇ。ってことは私にも好色してるのよね?」

「いや全然」

 そんなことを言ってしまったが最後。砂遊びで使うために水を含んで固くした砂が入ったバケツを頭にぶつけられた。

 

 頭、顔にかかった砂を落とすために海に入る崎森。だがそこは死地であった。

「あ、……崎森君! ……私の水着どう思う?」

 雪原が水着の感想を聞いてくる。彼女は薄いピンクのホルタービキニを着ており、身体の一部が寄せ集められ盛り上がるようにして谷間が出来ている。

 思わずごくりと息を飲んでしまう。普段の彼女は引っ込み思案なはずなのに、身体は前へ前へとかなりの自己主張をしている。それなのにもじもじと動く彼女のせいで、本来動くはずがない物が、窮屈そうにしている風に見えてしまう。

「あ、ああ。似合っている」

「崎森さんは基本的な性癖をしているようでよかったです」

 突如、後ろから声を掛けられ振り向くと四十院が居た。いや、四十院だけではなく崎森と係わりがある女子、1年1組の大半の生徒がこちらを見ている。

 さながらチームを組んで獲物を狩るライオンの雌の狩場のように。

「み、皆様いかがしたでしょうか?」

「嫌です。そんな他人行儀なこと。私たちは別に取って食う気はありません。ただ学友と一緒に遊びたいだけです」

 四十院は黒一色のビキニを着ており、大人のいけない色気と長い清潔な黒髪の包み深さが混ざっている。先ほどまで水で遊んでいたから滴る水滴が、新鮮な果実のように誘惑してくる。おいしそうと誰もが思うことだろう。

 だからこそ崎森はどうしようもなかった。

 その果実を食べたいという本能。駄目だと堪える理性。その二つが争いを脳内で繰り広げている。

 ましてや、果実が2個どころか、10、20とあるのだ。果実だけではない。すらりとして触れると気持ちよさそうな陶器、鮮やかな赤味の刺身、たっぷりと実りがありそうなモモ肉。

 そんなのを健全な男子に見せてお腹が空かない男子などいない。

 欲望という名の獣と戦のに必死な崎森であった。

 そして、仮に欲望に負けてしまったら明日からどのような顔で向き合えというのだろう。崎森に襲い掛かってくる本能をその過程の未来という鎖で押さえつける。

「あー。いや、少し気分が悪くて……」

「確かに今にも火を噴きそうなほど顔が赤いです。しかし、視線がさっきから顔より低いところにあるのは何故なのでしょう?」

 確信犯であった四十院や他のクラスメイトはニヤニヤしながらこちらに近寄ってくる。

「そんなに体の調子が悪いなら私たちが看病して上げよっか」

 相川が俺を支えるようにして腕を組んでくる。そして密着する腕には柔らかく暖かい毛布のような物で包まれてしまい、勝手に手がもっと触れたいと手の平を返して触れようとする。

 沈まれ! 俺の右腕!

 圧倒的な欲望に耐え続ける崎森。

「い、や、大丈夫、だ……。あ、あっちで横になっているから、み、んなはそのまま楽しんでいてくれ」

 まるで壊れたラジカセのようにぎこちなく再生される声。

 こんな欲情、痴情のたまり場を一刻も早く逃げたい一心であるが、そんな獲物をみすみす逃す狩人はいない。

「しかし、歩くのも、視線もこちらを向いているばかりです。やはり私たちが付き添った方がよろしいでしょ?」

「あ、あれ?」

 まったく視線が動かせない崎森。金縛りにあったかのように視線は一点から動かせない。そう直接彼女たちを見ているわけではない。ただ視界に移りそうなところでチラチラと目を動かして間隔的に彼女たちを見ている。

 崎森は別に凝視しているわけではないと必死に誤魔化しているが、そのようなこと当事者だけで彼女たちにはすべて理解していた。

「うふふ。かわいいですよ」

「男にかわいいて言われても困るわ! という確信犯だな!」

「うん! でも、満更でもないでしょ?」

「…………」

 何も反論が出来ない崎森。健全な思春期真っ盛り男子にこの状況は汗顔無地である。

 卑怯すぎる。なぜこうもルックスが高い女性ばかりなのだIS学園。

 いろいろと持たない。

 そんな状態だったからか、のぼせてしまう崎森であった。

 

 

 パラソルの日陰で最初のように復活する崎森。

 日射病を起こしたと勘違いされ運ばれたらしく頭には冷やしタオルが置かれていた。気を失う前の女の魔窟を思い出し、頭を抱えた。

(いつだ? いつフラグを立てたんだ!? 俺は!?)

 クラスメイトからあんなにもアプローチを喰らったことなどない。理由もない。少なくとも崎森には分からない。

 なので彼女たちがただ恥ずかしがる崎森を可愛がっていただけに気づいていない。

「よし、もう考えても仕方のないことだと諦めよう」

 シャイボーイは思考を放棄して、問題を先延ばしにする。恋愛などしたことのない少年にとっていきなりの急展開などどう対処すればいいなどと言った知識はない。精々ドラマや漫画の出来事である。ましてや、ハーレム状態からしておかしいく自分に理解が出来ないのは当然とした。

 そして、崎森はまた寝そべって時間を潰そうとしたが、隣に立っていた包帯ではなくバスタオルでぐるぐる巻き拘束でもされたミイラを見てしまった。

「…………」

「…………」

 見つめ合うバスタオルミイラと崎森。

 本当に日射病で幻覚が見えて来たのではないかと心配になった崎森は、一度瞼を閉じてもう一度見てみる。

 結果は変わらずそこにはバスタオルミイラが居た。

「……ど、どうだ?」

 突然声を発するバスタオルミイラの声音は聞いたことのある声である。

「え、ボーデヴィッヒか?」

「ああ」

 なぜミイラになっているのかいまいちよく分からない。きっとどこかの隊員が日焼け防止の方法を教えたのだろうか。そこまで間違った知識を吹き込んでいるとなると、その部隊を解体するべきだと思う。

「……それでどうだ?」

「……自虐ネタ?」

「そうではなく! ああ、分かってくれ!」

「……いや、何を?」

 本当に意味が分からない。ボーデヴィッヒは多少変わっているのは認める。生まれや育ちが特殊だったのも認める。どこかしらズレタ行動をする人物である。だが、このような奇行を振舞うほど独特的センスを発揮などしてこなかったはずだ。

「くっ。まだ夫婦の絆は浅いということか!」

 そう。こう言った結婚や婚約といったことをしていないのに、崎森のことを配偶者として認識していることとかで少し変わった少女である。

「ええい。章登の分からず屋め! 脱げばいいのだろう! 脱げば!」

 そう逆切れ気味に叫んだあと、遂にバスタオルの拘束を解くようにしてボーデヴィッヒが姿を現す。

 

 天使が舞い降りた。

 

 そう、表現することしか崎森には出来なかった。翼のない天使がこの地に舞い降りたと錯覚してしまうくらい神秘的な場面であった。

 拘束していたバスタオルは落ちる羽根。その羽根が落ちた中心にいるのはその持ち主の天使。

 肌は輝くばかりに白く、銀の腰まで伸ばした髪は新しく生えて来た小鳥の羽毛のように美しい。羞恥に染まった頬が雪原のような白を赤く染めていく。

 その身に纏っている黒のフリフリが付いた水着は輝かしい肌をより一層輝かせて、大人のような色気が無いのに息を飲むほど美しい。

「綺麗だ」

「ふぁ!?」

 思わず言葉を発してしまうほどに見惚れてしまった。そんな放心状態の崎森を他所に、ボーデヴィッヒはその場に恥ずかしくて居ておれず脱兎のように逃げ出した。

 

「……結局何だったんだ?」

 放心状態から立ち直った崎森は、どうしたものかと困ってしまった。

「あ、さっきー。大丈夫~?」

 そんなところに布仏から声を掛けられ振り返る。

 さっきのボーデヴィッヒのバスタオルミイラより奇妙なぬいぐるみが居た。

 黄色の鼠をイメージでもしているのか、ぶかぶかなパジャマの素材で出来たかのようなあやふやなぬいぐるみの胴体部分を着ている布仏。

 水着などというものではない。

 というよりも崎森が見たことがある布仏のパジャマ姿であった。

「これはない」

 布仏は女性特有の膨らみがあるのだ。

 それを見れない。

 崎森は見たいわけではないのに、なぜか布仏の水着姿に脱力した。

 

 

 巨大な露天風呂を独り占めにし(織斑は食事後に風呂に入るらしくいっしょにはならなかった)豪華な食事を食べ、部屋に戻ってふかふかの布団に入る。

 このような生活を崎森は一度たりとも経験したことが無く、まさしく至高のひと時であった。

 明日に備えて早く寝てしまおうと消灯する。

 一瞬にして暗くなった部屋のように崎森も眠りにつく。

 寝顔は健やかにあどけなかった。




この後に待っている困難も知らずに。

と、嫌な予告をしておきます。

さてどうなるであろうか次回。

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