IS 普通じゃない男子高校生   作:中二ばっか

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第26話

 力とは? 強さとは?

 私には分からない。あの人はもう私の中に強さがあると言ってくれたが、あの時の私は今よりも弱かったはずなのだ。

 くだらなくないと言った彼は私を倒した。慢心や激昂したことによる隙もあっただろう。だが、私を倒した。

 彼は強いのだろう。

 だから教えてほしい。

 力とは何だ。強さとは何だ。

『俺なりの答えは力は比べられるもの、強さは見えないもの』

 ……そうなのか?

『財力、権力、暴力、怪力とかはそれなりに比べられるだろ。誰が上とか下とか。でも、勇気、優しさ、慈しみ、忍耐はどうやって比べる? 人を100人助けるのと人を1人助けるとでは違うと思うか?』

 当たり前だ。たった1人助けるのと100人助けるのでは重さが違う。たった1人が100人ほど重要人物なら手を差し伸べる理由にはなるだろう。

 だが、そうでないのなら100人を助けるのが普通だ。

『でも、誰かに手を差し伸べたというのには変わりない。どっちが重いかなんかじゃない。どっちも大切なんだ』

 それはどっちにも手を差し伸べるということか。全てを救うということなのか?

 だとしたら滑稽だ。そんなことお前ひとりにできるはずがない。

『ああ、俺にだって手は二本しかない。1人助けるのに精一杯で、他の100人に手は差し伸べられない』

 それ見たことか。お前の言葉は詭弁に過ぎない。

『そうだ。だけどお前は100人に手を差し伸べるんだろ? 数が多い方が重要だと考えているお前は正しい。だからいいんだ。俺はお前の手から零れ落ちた1人を助けに行くから』

 なんで私が助けること前提なのだ?

 私が100人を見捨てたら?

『さっき言っただろ。お前は100人と1人なら100人を助けるのが普通だって。だから、お前がいるなら俺と合わせて101人に手を差し伸べたことになる』

 ………お前ひとりだけだったらどうするつもりだったのだ?

『100人の中から先に1人2人助けて俺が助けられない1人を助けに行ってもらう』

 ………それでも100人全員が助けにいけなかったら、お前もその一人を見捨てたことになるぞ。

『そうだな。……考えて、行動して、それでもたった1人を助けることが出来ないなら、そんな残酷な神様の方程式ごと変えてやる。そのためにどんな代償を払うことになるかは知ったことじゃねぇ。俺が見捨てられる1人になるかもしれない。だけど、納得が出来ない。誰かを捨ててその憂いを抱えるくらいなら、どんなに傷ついてもみんなと笑い合えれば俺の勝ちだ』

 だからお前は強いのか?

『言っただろ。強さは比べられない。誰かを助けたことには変わりない。それを比べて何になる? 誰かのために行動して、誰かを思って、誰かに涙して、誰かのために努力する。そこに誰が上か下かなんて言えるのか? だいたい俺が出した答えであってお前の答えじゃない』

 だったら、何が強さなのだ?

『人によって答えはバラバラなんだろうだから、自分で探してみるのもいいんじゃないのか? だってここは学校なんだから、学ぶことは出来るだろ』

 言われてやっと気付いた。ここは私がいた軍隊ではない。ここでは力が重要なのではない。 

 学び、大人になっていくところなのだ。

 だが、私にも学べる資格はあるのだろうか?

 きっと、100人の中に私はいない。だって、あれだけ迷惑をかけ、あれだけ酷いことを言って、あれだけ傷つけてしまった。

 私は一人だ。100人と私を比べればどちらを助けるかなど迷うことはない。

『だったら、俺が手を差し伸べる』

 そう言われて嬉しいと心の中が叫ぶ。

 頭ではなぜと不審に思う。

『お前は自分のしたことが悪いことだと思ったんだろ。だったら謝らせるために、学ばせるために助けに行ってやる』

 なんて厳しく、なんて自分勝手で、なんて―――。

 なんて私を思っていてくれるのだろうと感謝した。

 

 

 

「……うぁ……?」

「気が付いたか?」

「……教官?」

「無理に起きようとするな。全身に負荷が掛かったことで筋肉疲労と打撲がある。今日はもう休め」

「何が……起きたのですか?」

 織斑千冬にに忠告されながらも無理に上半身を起こし、痺れる様な痛みに顔を歪める。それでも目は織斑先生に向け真直ぐな瞳を向け問いかける。

「機密事項なのだが……当事者だからな、知る必要もあるだろう」

 言いにくそうに口ごもるが、それでも言わなければならないことだと思ったのだろう。これ以上知らないことが多くて、織斑千冬に異常な敬愛をさせないために。

「VTSは知っているな?」

「はい。データの動きと公開された能力を模倣するシステムで試合の公平性が失われるから禁止されたはずでは?」

もっとも、機体の性能を引き上げようと金や技術を掛けれるか掛けれないで勝敗に大きく影響を与えてしまうのなら公平性もあった物では無いが。

「そう、IS条約で現在では研究、使用、開発すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

「……」

「巧妙に隠されていたが、いつ、何処、何をするつもりで搭載したのやら。それに操縦者の精神、機体ダメージ、操縦者の意思、願望が揃って発動したらしい。ドイツ政府や軍に問い合わせてはいるが開発者が消えたらしくてな。匿っているのかもしれんが」

「……」

 織斑先生の言葉を聞きながら思う。恐らく自分は使い捨ての駒だろう。

 そして、失敗したから軍を辞めさせ尻尾切りをした。

 しかし、そんな事はどうでもいい。

「私は……貴方に……なりたいと思いました」

「……いいぞ。力も権威も名前も、織斑千冬なんてただの人間でしかない。私はお前が、世間が思っているほど完璧ではない。それでもいいなら私の力、技術、名声、名前。全て与える」

「……確かにあのシステムで貴方になれて最初嬉しいと思いました。けどそこに私の意思が無かった。それが後になっていくほどに物凄く怖くなっていくのです。自分が消えていくようで。織斑千冬に塗り潰されていく様で。……都合のいい話というのは分かっているのですが、もう要りません」

 他の誰かになるというのはそういう事だったのだ。

 何せ誰かになった後は自分ではなく他人。その他人に元の意志や自由はない。

 そんなことを思ったら急に怖くなった。これは私に都合のいいものではなく、ただ私を取り込もうとしているだけなのではないかと。

「そうか」

「それと、……今まで迷惑ばかり掛け、すいませんでした」

そう言って頭を下げる。

無視して、見下し、暴れて、傷つけて、迷惑をかけてしまったのだ。彼も言っていた悪いと思っているのなら助けに行く。そして謝らせると。

だが、そこまでお膳立てしてもらうと彼に甘えてしまいそうだ。

「いや、謝るのは私なんだ」

「え?」

 驚いて頭を上げマジマジと見てしまう。いつの凛とした表情ではなく目が伏せがちで覇気がない表情はボーデヴィッヒの見たことがない表情だった。

「教官をしていた時、私は戦い方を、力だけを鍛えてしまった。教官として正しい事をしたつもりだったが力の使い方を教えていなかった。……結局の所私は誰も見ていなかった。都合のいい上辺だけ見て全てを理解したつもりでいた、ただの馬鹿なんだ」

 今にも泣きそうな顔でそう告げてくる織斑先生は痛々しい。だが、どこか清々しさもある。

「だからすまなかった。お前が荒れ狂った時にどう叱って、どう指導して、どうすべきなのか分からなかった。結局罰則を与えただけだしな。人として未熟すぎる私が悪かったんだ」

「……少なくとも部隊で落ちぶれていた私に指導してくださった教官に私は感謝しています。その強さに私は憧れ救われました。けど、もう憧れるのはやめにします」

 これからは自分の足で立って行こうと決意する。今までは織斑千冬の背中を追いかけていた。だが、もう私は織斑千冬になりたくない。

 そうすればやっと強さと言う物に手が届きそうな気がする。

「だから、学ばせてください。力以外の何かを」

「……いいのか? 私は教師としては半人前だぞ」

「はい。織斑先生。あなたが半人前なのなら他の人とも合わせて一人前分に指導させてもらうので」

 これからいろんな事を学んでいけばいい。前まで織斑千冬しか見ていなかったがここには他の生徒が教師が大勢いるのだから。

「とはいえ、責任がないわけではない。お前がVTSを知らなかろうが、アレに関わったことは事実なんだ。場所が場所だっただけに黙認は出来ないISのコアは没収、軍からは除籍させられた。」

「構いません。私は力以外の物を見つけたいのです」

 多少名残惜しいが、それでもいい。

 私は力以外の強さを見つけたいのだから。

 

「感動的場面すぎて私に入る余地がない」

「………何をやっているのだ更識」

 部屋を出たところで目の端に指を置いてふき取るようなしぐさをする更識楯無を見つける。彼女が来たということは、ボーデヴィッヒに事情聴取に取り掛かろうとするのだろう。

 もしくは―――。

「今はそってしてやってくれないか。その、自分の整理をするのに手間取っているだろうから」

「織斑先生。私が彼女に自国への強制送還を言い渡しに来たと思っていますか?」

「……違うのか?」

 あれだけのことをしたのだ。ここにいることが生徒への恐怖心を煽ることになりかねない。ここから立ち退いてもらおうというのは考えられなくはない。

「確かにそれも考えました。ですが、なぜシュバルツェア・レーゲンにVTSを積んだのかハッキリしないことには彼女を自国に返していいものかどうか」

「囮というわけか」

「いえ、シャルル・デュノアの時は彼女自身が実行犯、裏で糸を回したのはデュノア社。自国に帰すことで表沙汰にせず、フランス政府からの損害賠償、デュノア社の人員削減、入れ替えで弱体化させることが出来ました」

 フランスは欧州連合の『イグニッション・プラン』から外され、フランスでIS技術開発が盛んだったデュノア社は衰退。今後はIS関連で注目されることはないだろう。

「しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒはVTSを乗せられていることは知らなかった様子。ドイツ政府は開発者を取り逃したようです。そして責任を取るという形で彼女の軍の除籍を行いました」

 切り捨てられたと思われても仕方ない。元々そのために送り込まれた可能性があるのだから。

 でも、何をしようとしていたのか。VTSなどというものを仕込んだ開発者はこのトーナメント中にことを起こそうとは思っていなかったはずだ。ならば、失敗したボーデヴィッヒは用済みと受けられるだろう。

「だから?」

「VTSは搭乗者の動き、戦闘能力、武装の再現をするものです。そして彼女もアレで得た情報をすべてドイツに持ち帰ってしまうことになります」

 それは情報窃盗になる。

 基本今のISの開発の根本は唯一使用の特殊能力の発現である。

 ISには自己進化やコアネットワークによる能力の継承が出来るが、そこまで行くのは稀である。故に開示されるはずのないIS学園内にある各国の機体の特徴を調べ、統合し、唯一使用の特殊能力まで行こうとしたのだろう。

 無論、他の機体の戦闘能力や技術のノウハウを得るというのもあるだろうが。唯一使用の特殊能力は絶対にコピーは出来ない。それを少しでも早く得るための学習装置にの代わりにVTSを搭載した可能性が高い。

 推測だが織斑千冬の現在を知り訓練を受けることで公開されていないデータを多く取り、過去と現在を融合しその動き、思考、能力を完全に模倣する事が出来ればかなりの戦力になる。それで織斑千冬と接点があるボーデヴィッヒが選ばれた。

 後は卒業後にそのデータを本国に持ち帰り量産すると言った所だろうか。

「なので、公平性を保つためにシュヴァルツェア・レーゲンのISコアではなく学園のISコアをドイツに返還、彼女にも3年間ここで過ごしてもらうことになるでしょう」

 ボーデヴィッヒには『越界の瞳』というIS適性向上のために強化されている。疑似ハイパーセンサーと呼ばれるそれは脳への視覚信号の高速化、及び動体反射の強化になっている。

 脳への信号がVTSの情報も一緒になって送られているとしたら、ボーデヴィッヒの頭の中には自分の意志とは関係なく情報窃盗をした可能背が高い。

「監視のためか」

「無論、可能性としては低い気もしますが警戒して損はないでしょう」

「……苦労を掛ける」

「いえ、それよりも問題なのは―――」

 

 

 

「雪片に制限を掛けるってどういうことですか!?」

 事情聴取のために部屋に入っていろいろ質問された後に、山田先生が白式の雪片弐型に制限を掛け零落白夜が発動できないようにすると告げられた。

 織斑はなぜそのようなことになる理解に苦しむ。

「むしろ、自身が一番よく知っているのではありませんか? 織斑君がしたことは身勝手かつ人の命を危険にさらす行為だったのです。白式が没収にならないだけありがたい方です」

「けど! アレは俺がやらなくちゃいけないことで―――」

「いい加減にしなさい!」

 ぴしゃりと織斑の弁明を遮り、普段の山田先生とは打って変って荒々しい声を上げる。

「あなたの身勝手な行動で、アリーナのシールドを破った際に生じた壁の破片で傷ついた人も、場を混乱させて他の教員や生徒が死ぬかも知れない状況にしたあなたに、アレに関わる理由など一つもありません!」

 そう断言する。

 怒りを今まで抑えていたのだろう。身勝手かつ無責任、放置していた結果が生徒を危険に晒したのだ。ならばどうにかしなければいけない。という思いに気づかず織斑は疑問符を頭に思い浮かべる。

 実際IS学園の上層部も今回の出来事に内心焦っているだろう。政府関係者が近くにいなかったことや死傷者がいなかったことが不幸中の幸いだが、多くの人間がVTSのことや織斑一夏の暴走を危険視した。

 そんなものを学園内に入れたたのか、と。

 無論、ボーデヴィッヒのISコアは没収。予備パーツも念入りに検査し危険がないか調べる。

 ドイツ政府からはボーデヴィッヒの暴走、開発者不在により責任追及が困難と言い訳を並べているが多額の賠償金とボーデヴィッヒの軍の除籍。そして、最新技術が結集したシュヴァルツェア・レーゲンの技術提供で手を打った。

 だが、問題となるのは織斑一夏。彼は数少ない男性でISを動かせる人物だ。

 彼はISに乗せないことによるメリットがない。

 崎森章登という例外がいるが、織斑一夏は篠ノ之束と接点がある。

 つまり、あの天才が織斑一夏に何かをしたからISを動かせるのではないかと疑問視している。彼女が彼にいかなる処置をしたか、それが分かれば男でもISを動かすことが出来ると思ったからの優遇。

 崎森章登が天然の宝石なら、織斑一夏は人工の宝石。

 天然ものより劣るとしても、量産できることに価値がある。

 だが、それが脆く、壊れた破片で自分を傷つけてしまうのなら?

 大事に宝石箱に閉まっておこうというのが、委員会の方針になった。

「話は以上です。自分の何が悪かった部分を反省してください。そして、このようなことはもう二度としないように」

 そう言い告げ、山田先生は他の事後処理のために仕事場に戻っていく。

 だが織斑は自分の何が悪かったと言われても分からない。

 アレを止めるためには、織斑千冬を真似て、穢してくる奴を俺が、一番近くで見て来た俺が止めてはいけない理由はないはずだ。

 あそこで駆け付けなかったら俺は俺じゃなくなる。

 ラウラの機体が千冬姉に似せられて作られたのは一目でわかった。何せ同じ雪片が出て来たのだから。

 あの時、刀を振るう責任と強さを教えられ、それがアレに台無しにされた気がした。

 だから、アレに立ち向かうのは可笑しなことじゃない。間違ってもいない。

 誰かがやらなきゃいけないからやるんじゃない。

 あそこで引いて、誰かに解決してもらったら俺じゃなくなる。

 他の誰かがどうとか知ったことじゃない。

 俺がやりたいからやるんだ。

 守る。尊厳も命も、それが出来れば十分だ。

 零落白夜やバリアー無効化攻撃は制限されるだろうが、白式自体が無くなるわけではない。

 他の機会に名誉回復してどうにかなるだろう、と思った。

 

 

「トーナメントが中止って……酷いわ」

 栗木先輩からぼやくと言うよりは苛立ちを含む呟きが思わず漏れる。

ついさっき教師人達からの事情聴取でいつ間も質問と応答を繰り返していたらいつの間にか食堂の終了時間を過ぎていて、TVでの学内放送ではトーナメントは中止の方向で進んでいるらしい。

 今俺たちがいるのは食堂。第一アリーナにいた全員が聴取され終わって疲れた人たち、順番を待っている人たちが自動販売機のジュースを買って一息ついている。

 あんなことがあって殆どの生徒は不安や恐怖から解放されたようで安堵しているが、先輩たちは落ち込んでいる。

無理もない。ここで決まるかもしれなかった就職先や進路が軒並み潰れたのだ。まぁ、アリーナが使用不可、学園の信用問題に係わると言うのも分かるのだが気持ち的に納得がいっていないのだろう。

「あの、こんな事俺が言うのもおこがましいですけど……トーナメントに出なくても、結果を残せなくても、先輩は評価されると思います」

「……根拠は?」

「避難誘導したじゃないですか」

「それは私が年上で後輩の面倒を見なきゃいけないからで、誰でもできることだわ」

「それで、助かった人だっていたんです。混乱した状況の中で適切な判断をした。非常時に混乱しないほど訓練を積んでいるって評価されるかもしれません」

「そんなことないと思うけど……ありがとう。少し気分が軽くなったわ」

 少し微笑むが、その笑顔には無理して作ったといった感じの笑みだった。

 そんな憂いに満ちた空気の中でもあちらの方で騒ぎがあった。

「そういえば箒、先月の約束だけど付き合ってもいいぞ」

 織斑であった。篠ノ之と話しているようだが、これ以上面倒事を起こさないでくれと念じるがそうもいかないらしい。

「……なに?」

「だから付き合ってもいいて言ってるんだ」

 コホン、と咳払いをして顔を赤くしながら聞いてくる。

「なぜだ。理由を聞こうではないか」

「そりゃ、幼馴染だからな付き合うさ。買い物くらい」

 ベギィとガラスにヒビでも入ったように雰囲気が壊れる。周りからは織斑に対する軽蔑と篠ノ之に対する同情の視線、篠ノ之は憤怒の表情。

「……だろうと……」

 心の底から、いや地獄の底から聞こえてくるような怨念の声が篠ノ之の口から発生し、拳を固く握り戦闘態勢へと移る。さっきまでの赤面は照れではなく、怒りによってどす黒く変貌する。

「そんなことだろうと思っとったわ!!」

 放たれる拳は織斑の腹を深々と突き刺し、一気に体の中の空気を外に出させる。ああ、これが食後なら面前で這い出して恥をかいただろうになぁ、と惜しく思った。

 だが、篠ノ之の怒りはまだ収まらないらしく呻いて腹を抱えて前屈みの織斑を蹴り上げ追撃する。男性の体重を持ち上げるほどの蹴りが織斑に炸裂。そのまま地面に叩き落されノックダウン。

「ふん!」

 だが、気が済まない篠ノ之はまだ怒りの収まらない様子で食堂を退場していく。しかし彼女は気付いていない。彼女の行動を見ていた周りの生徒たちは賞賛の眼差しを送っていたことを。

 そして、俺の隣にいる栗木先輩はよっしゃと小さくガッツポーズをした。そりゃもう俺が声を掛けたときよりもうれしいそうな表情で。

 織斑は誰にも声など掛けられず、地面にのたうち回っている。

 そんな織斑を無視して食堂を出ていく人、事情聴取に呼ばれる人、他の人と談話する人などそれぞれの時間が過ぎていき今日は終わりをつげ、明日に備えるために俺は自分の部屋に戻る。

 

 

 

 ベッドの上で寝転がりながら、これからどうするべきか考える。軍を除籍させられ、最低でもここを卒業、もしくは監視が付くまでは帰ることが出来ないことは、織斑先生の隣にいた青髪をしている生徒会長から聞いた。

 取りあえず連絡はするべきと、支給された通信機で自分が所属していた部隊シュヴァルツェア・ハーゼに電話を掛ける。

『こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 本来は名前の後に階級を付けなければならないのだが、自分は軍を辞めさせられた身だが秘匿回線で繋いでいるわけではない。仕事場に家族の緊急の連絡が入るように、軍部にも通常の回線はある。

『元隊長、どうなさいましたか? あなたはもう命令権もここに通信する必要もないはずですが?』

 私の名前を聞いた瞬間、クラリッサの声が低くなった。無理もない。部下を見下した態度を取っていれば私への不満が溜まるはずだ。それが少し悲しく、痛いが自分のしてきたことなのだ。受け入れるしかない。

「すまなかった。その、今までお前たちを馬鹿にしてきて」

『……ん?……んんっ!?』

 夢にも思わない言葉が発せられたと、驚いている雰囲気が通信機の向こうから伝わってくる。

『一体どうなさったのですか!?』

 私が謝るというのはそこまで驚くことなのかと問い詰めたいが我慢することにする。

「いや、彼に謝らされる前に自分から謝っておこうと思ってな」

『彼?』

「ああ、トーナメントで私が負けた彼だ。正確には彼らになるのだろうが」

『何があったのですか!?』

 声を荒上げるクラリッサは理解しがたいのだろう。少なくとも力では隊員の中で勝てる者はおらず、学生や素人相手に負けるとは思ってもみなかったはずだ。

 取りあえず今日起きた出来事を伝えていく。

 第二試合で彼と戦ったこと。

 試合に負けた時、シュヴァルツェア・レーゲンにVTSが積まれていたのが作動したこと。

 その後で救出に来たとき相互意識干渉が起きて教えられたこと、叱られたこと。

 それらを口を挟まず聞いていたクラリッサはこう結論付けた。

『愛ですね』

「…………なに?」

 一瞬、自分の元副官が何を言っているのかよく理解できなかった。

 アイ、藍、i。

『ところでラウラ・ボーデヴィッヒは彼、崎森章登に好意があるので?』

「ん? まぁ、好きではあるな」

 というのも、彼女に異性としての好意なのかと言われても答えることはできないだろう。何せ生まれてから男女の付き合いなど皆無だ。訓練漬けの日々で関心をする暇ないと結論し無縁に生きていたのだ。精々人間は性欲的欲求があるぐらいしか思い浮かばないだろう。

『では、日本に気に入った相手を自分の嫁にするという風習があるのはご存じで?』

「初耳だな」

 そんな風習にも興味がない。こっちに来てから考えたことと言えばここが織斑教官の生まれ故郷かといった淡白な感想でしかない。

『では、崎森章登をラウラ・ボーデヴィッヒの嫁にするのがこの場合の適切な対処法かと』

「そうなのか?」

『ええ、あなたは崎森章登に好意があり、共に居たいと思う』

「当然だ」

 彼からもいろいろなことを学びたい。それに学ばせると言ってくれたのだ。こんな私でも分け隔てなく接してくれる彼に嬉しく思った。

『ならば! それはもう俺の嫁と言って過言でもないでしょう!』

 クラリッサは何やらいつもよりテンションが高い。

 実際は嫌な上司がいきなり恋の話題を持ちかけて来たのだ。アニメや漫画での恋愛が初見は嫌な奴なのに徐々に好意を持っていくというのは王道にも近い。

 それに反応しないクラリッサ(オタク)ではないのだ。

 しかも、中身はともかく見た目は愛でたくなってしまうような容姿をしている。それに好意を持たせ、中身さえ変えてしまった人物にも興味は尽きない。

「だが、その嫁にするといった行動は具体的にどうすればいいのだ?」

 無論そんなことを知らないボーデヴィッヒは、クラリッサの言葉を信じてしまう。何せその方面には疎く、少しでも参考になればと手がかりを掴もうとしてくる。

『そうですね、相手に印象付けるようなことを多数の目撃者がいるところですれば、もう印象付けとして最適でしょう』

「印象……?」

『つまりキスです。相手が初めてならさらに好印象を与えることが出来るでしょう』

「なるほど! 感謝する」

 得心がいったと納得するが、これが第三者から見たら絶対に違うとツッコミが入るだろう。

『いえ、この程度は。それに今後とも分からないことが出てきたら私に相談を。優先的に通信します』

「すまない。これからも苦労を掛ける」

 そうして通信を切り、クラリッサの言ったことをイメージしてみる。

 人工呼吸で唇を合わせたことなど何度もある。だが、なぜキスだと頬が熱くなるのはどうしてなのだろうと疑問に思った。

 

 

 

 翌日。昨日のアリーナでのことがクラス中で噂になり、トーナメントが中止になったことや今日の放課後何をしようかなどと談笑している。

 俺はというと隣ののほほんと話していた。

「今回の件の補償ってどうなるんだろうな」

「ドイツから賠償金とシュヴァルツェア・レーゲンに関するデータらしいよ~」

「そっちじゃなくて、先輩たちのスカウトとか、評価とか」

「新たな機会にあるかもね~。試合をして注目を浴びるだけがスカウトの対象でもないから~」

 確かに。試験や面接などもあるだろうし、トーナメントだけで評価が決まるわけではない。これから先にもチャンスはあるだろう。

 トーナメントの結果で評価がされないように、トーナメント以外でやらかした織斑は生徒たちに避けられ遠巻きに見られていた。アリーナのバリヤーの破壊に巻き込まれた人たちは特に距離を置いているらしい。

 無論、本人は分かっておらず一時間目の授業の教本を取り出していた。

 そんなとき、教室の入り口からボーデヴィッヒが入ってくる。

 昨日の出来事でみんなが遠目に警戒する中、その視線など知らずに俺の席の前にまでくる。

「すまなかった」

 ボーデヴィッヒからの第一声がそれだった。

「無礼な振る舞いやあのような暴走に突き合わせてしまって悪かった」

「あ、いや、まぁ、アレは仕方のなかったことじゃないか?」

「そう言ってくれると助かる。後は―――」

 まだ何か言い足りないようで、顔を赤くしながら俺の方に顔を一気に近づけ―――唇を奪われる。

 いきなりだ。

 そんなことしてくるなど誰が予想できようか。

 柔らかい、少し暖かいボーデヴィッヒの小さな唇が俺の多くな唇に触れる。

 ただ、それだけなのに意識した瞬間一気に鼓動が跳ね上がる。

 時が止まったような、1分もないだろう時間が10分になった錯覚を受けやっと唇を離してくれる。

 誰も突然の出来事で反応が出来ない。隣にいたのほほんはわぉーと口を大きく開けたまま固まり、遠くから見ていた癒子はあんぐりと口を開けたまま固まり、遠巻きに見ていた生徒たちも目を見開いて固まっている。

 唯一動いているのは真後ろから死角になている、こちらを見ていた織斑だけだが何がどうなっているのか分からないらしい。

「お前を私の嫁にする!」

 もうわけが分からないよ。 

 そんな、理解のできない始まりでも時間は過ぎて今日が始まる。




ラウラは軍の除籍、及びISの没収。
一夏は零落白夜の封印。

罰が軽いのでしょうか?
デュノアを退学処分になったからラウラも退学処分とするとデータがドイツに渡ってしまうのを防ぐために在籍させるといった形です。
まぁ、デュノアも猶予執行付きなのでISとは関わらない人生が2か月後くらいには訪れるとは思いますが。

まぁ、ともあれなんとか2巻終了

一夏? 罰が下ろうとも自分で言い訳作って反省なんてしていません。

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