謹慎処分中のボーデヴィッヒに会うために、部屋をノックして入っていく。
「教官。どうかなさいましたか?」
「……なんであんな事をしたのか聞いていなかったからな」
暗い部屋だった。カーテンが閉められているとか、照明がついていないとかではない。
何もないのだ。趣味や趣向が無い。
日用品だって無個性な支給品なのだろう。それ以外は人の匂いというものがしない。
そんな無人の部屋のような寂しい感覚を受けた。
「最初は相手がどれほどのものか試そうとしましたが、弱いのに私を侮辱してきたからです」
「……それでお前はオルコットたちを倒そうと?」
これが自分が育ててしまった結果なのだろう。戦闘技術しか教えてこなかったことに自責の念を抱く。
「はい」
淡々と返答するボーデヴィッヒは、まるで何がそんなに憤っているのか理解できていない風に感じる。
「……それほど大事なことなのか?」
「何を言っているのですか教官。私を育ててくれたのはあなたではありませんか。敵を倒すための力を、誰にも見くびられない強さをくれたのはあなたです。この強さを侮辱されていいはずがありません」
違う。たしかに私はドイツで教練をした。したと思っていたが違うのだ。力を付けた。それだけなのだ。強さが何かなど教えていない。
『弟を見ていると分かるときがある』など嘘っぱちなのだ。弟を見ていない人間にそんなこと言える資格なんてない。私自身が強さなど知らないのだ。
「お前の力を育てたのはお前自身の努力に過ぎない。だから、私のしたことなど微々なのだ。だから、私のような『力』だけの存在にならないでくれ」
今からでもいい。力以外のことに目を向けさせたい。このままでは私と同じ道を歩むだけだ。それだけはやってほしくない。
「私はあなたの『強さ』に救われたのです」
「それは違う。私は『強さ』など持っていない。あるのは『力』だけだ」
「……『強さ』と『力』は同じでは?」
「違う、……違うんだ。私も『強さ』が何か知らない」
世界最強など称号であって、名目に過ぎない。
何が強さなのか。人によって答えは違うだろう。
『弟を見ていると分かるときがある』とは、守り、育てていきたいという願望であったのだろう。それをしていない私は、何も成し遂げていない。
「私は自分のことに必死で、見下げられたくなくて、虚勢を張っていただけなんだ。だから、私を目指さないでくれ」
「嫌です」
はっきりとそう断言する私の生徒。
「あなたに憧れ、あなたを目指し、あなたになることの何が悪いのですか!」
そう腹の底から吐露する。
自分がしてきたことが嫌になる。これでは悪質な洗脳に近い。
まるで子供がヒーローに憧れるような動機なのだろう。だが、私はヒーローではないと否定したい。だが、彼女にとって私以外のヒーロー像を知らないのだ。
思わず目を逸らしたくなるが堪える。
きっとここで逃げたら同じことの繰り返しなのだ。それだけは、駄目なのだと自分に叱咤する。
「ドイツで私が『力』を教える前は落ち込んでいただろう。だがそこから持ち返したではないか。挫折から立ち上がった。きっとそれがお前の『強さ』なんだ」
一度も失敗しなかった。いや、失敗に気づかなかった私に比べてきっと彼女の方が『強さ』を持っているのだ。
「だから、その『強さ』を捨てないでくれ」
「その頃の私は弱かったはずです。あの時の私の方が『強さ』な訳ありません」
きっと、彼女の中では私になることで強さを手に入れようとしているが、伝えられなかった。
彼女は『力』と『強さ』を同一視しているのだから。
どうすればいいのだろう?
彼女に自分の失敗を、醜さを知ってもらうにはどうすればいい?
彼女を変えるために、間違った道を進ませないためにはどうすればいい?
そんな自問を繰り返すうちに時間は過ぎていく。
「ちょっと一夏、待ちなさいよ」
「ああ、鈴ちょうどいいぜ。学年別トーナメント知り合いがいなくて断ってたんだけど、俺と組んでくれないか?」
どこかずれた疑問を声に出す一夏。政府、国家の上幹部に覚えていてほしいから、織斑一夏と一緒に戦い抜いたという印象は得られるのだ。
ならば人気が殺到するのは当然だろう。自分が仲がいいと思われればそこから織斑一夏のデータや織斑千冬と接点が出来るのかもしれないのだから。
「別にいいけど、でも、なんであんた章登のこと悪く言いふらしたわけ?」
「真実を知ってもらうためには必要だろ? それに、シャルルは無事だったから問題ない」
「章登のことを悪く言ったことを気にしないのか、って聞いてるんだけど」
「え? だって、何もなかったから別によかっただろ。誰も不幸になってなかったんだからいいじゃないか」
彼の中には崎森章登に対する自分のしたことに対する後悔や罪悪感は無いらしい。
まるで、小学校の頃の織斑一夏とは別人である。
少なくとも自分を助けてくれた織斑一夏とは違和感を感じた。
小学校の時、クラスメイトが自分の名前をパンダみたいと馬鹿にする中、織斑一夏は『いい名前だと思うぞ』と言ってくれた気がするのだ。それこそ引っ越して不安だった鈴音に助け舟をくれたように。
信じられなかった。少なくとも前は他者の気持ちに鈍感であったとしても、他人を陥れるようなことはしなかたと思う。
「……あんたに何があったのよ?」
ぽつりとそんな言葉を呟く。それに対して織斑一夏は聞き逃したように、凰の表情に気づかずにただ一言、無神経に聞く。
「ん? なんだって?」
「何でもないわよ」
「だから、こういう十字砲火は駄目なんだって。せっかく飛べるんだから3次元的に前、右上から攻撃した方が相手の防御も、意識も持っていかれるって」
「いや、突撃してくる奴に対しては飽和射撃の方が手っ取り早い」
「それだってあなたの予想じゃない」
「じゃあ、賭けるか?」
「いいよ。でも、あなたは開幕直後に上に飛んで上下からの両撃にしよう。そっちの方が続く十字砲火にも繋がるんだから」
「じゃあ開幕はそれで、後は個人通信で大まかな指示はA=アタック、B=防御、C=回避。次の数字で決めていた戦術に切り替えるか」
「そうね、下手に高度な暗号使わない方が安定するから」
そう言った段取りを決めていくが、実践で何が起こるかわからない。頭に血が上がったり、相手の手数が多くて実行に移せなかったり。
少しでもそれを無くすために、イメージしてみる。
「じゃあ、相手が前衛後衛に分かれての場合」
「まず、前衛を倒すか後衛を倒すかだけど、私たちの場合は前衛を先に倒す。後衛がちょっかいしてくるけど相手に付いて支援砲撃はし辛くして、常に相手の射線上に味方を置き続ける」
そのようなイメージを脳内で繰り返す。
仮想の敵に張り付き常に、後ろの相手の射線を防ぎ続ける。
「そこで私が味方ごと前衛を吹っ飛ばす」
「……おい」
仮想の敵に張り付いていた俺諸共、派手な爆発で吹っ飛ばされ地に野垂れているのを想像してしまった。
いや、想定内の装備をしているのならば使っている武器からして爆発はありえない。なら、相手ごと貫通されているのだろうか。
考えると『絶対防御』と言う言葉が無くなりつつあるような気がする。
「いや冗談だから。出来るだけ近くまで行って誤射しないように当てるから」
「俺ごと撃つなよ。絶対だからな!」
「何だろう。どこかで聞いた事あるような気がする」
「フリじゃねぇ!」
そのような事をしながら着々と力をつけていく。
それと同時に時間も過ぎて行く。
6月の最終週。月曜から学年別トーナメント一色と変わり先週のアリーナは少しでも戦うことになるかもしれない相手の分析をしようと人が血眼になって観客席から観察していた。
俺や癒子もその中に加わり、観察をしていた。他にも連携の練習、訓練、指南を先輩から受けたりと忙しかった。
アリーナを観察している時に織斑と凰が一緒にいた。恐らく織斑は凰と組んだのだろうが、凰が一方的な指示をするだけで終わっており、凰の感覚で教えているようで、織斑は苦戦しておりあまり理解に及んでいないらしい。
オルコットはクラスメイトの鏡ナギと組んだらしく、十文字槍を振っている姿を見た。オルコット、凰はアリーナを使えないため連携訓練はさほどやっている様子はなかったが、理論的なオルコットのアドバイスは解っていたらしい。主に機体制御系になるのだろう。
そんな中で、ボーデヴィッヒは寮で謹慎を受けており、解けたのは昨日だったがアリーナには来なかった。恐らく、相方は抽選になるのであろう。
教職員は当日の雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っており今からいよいよ対戦票が決まりだす。茶々とISスーツに着替えた俺は更衣室のベンチに座って発表されるのを待っていた。
映し出されているモニターには報道関係に提出するためでもあるのだろう録画されている映像が、観客席、VIP席、などが映し出されている。そこには各国の政府関係者。研究員、企業エージェント。俺の知っている巻上さんもいたが、悠々に話している暇はなさそうであった。
「我が社の製品での健闘を期待します」
それだけ言って席に戻って行った。
三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ている。一年には今のところあまり関係ないみたいだが、それでも実力を判断するためにこの場に居合わせたのだろう。
それに初の男性IS操縦者。目を付けに行かない方がおかしい。失敗や無様な事は出来ないので気が重い。
「しかし、すごいなこりゃ……。章登もそう思うだろ?」
何より嫌なのはこいつがいると言う事だが。
ここは更衣室なのだが、俺と織斑以外はいない。当然だ。男は俺達しかないないのだから。無視しているとこっちに近づいてくる。
「なぁ、この前からなんか俺を遠ざけてないか?」
「当たり前だろ。謝罪の一つもしろよ」
そう言うと織斑は少し考え込み、何も思いつかなかったようで聞いてくる。
「……何か俺悪いことしたか?」
こいつは自分の発言の影響力と自分がしたことの自覚がないらしい。
「……俺がデュノアを退学させたとか、俺は他人を陥れる奴だとかって話だ」
「ああ、でも、シャルルとは関係なかったんだろ? シャルルは無事で、章登もそんな奴じゃなかった。だったら問題ないだろう」
こいつは自分がしたことに生じる結果と周りに及ぼす影響を知らないようである。
織斑にとっては俺の悪評を言う過程は結果を得るための手段で、俺が裏切らなかったと言う結果を見て安心したのだろう。
俺の悪評を言ったのは手段で正しい事を言っていたと思っているのだろう。だから、章登は裏切っていないの結果でいいのだ。
自分の手段による影響などないと思っている。織斑の中ではデュノアを追い出したことを証明するための正しい手段だと思っていたのだから。
だから謝罪なんでしない。自分の中では悪い事なんてしていないのだから。
「だから、お前の言っていたことは間違いだったって言う気はないのかって話なんだよ」
故に自分が間違っていたという自覚はあるのか問いただす。
「え? 仕方ないじゃないか。そうしないと分からなかったんだから」
つまり、あの時は正しかったのだから、別に後で間違っていても仕方がない、と言う事なのだろう。
「間違えていたのに謝る気はないってか」
「お前だってシャルルに酷いこと言っただろう。お互い様だ」
……もういい。そんな子供じみた思考に付き合う気にもなれない。
そんな言う気力が失せた頃。対戦表が張り出される。
第一試合 織斑一夏・凰鈴音 対 崎森章登・谷本癒子
恐らく、世にも珍しい男性IS操縦者を誰もが早く見させるように上層部が仕組んだか、国から圧力がかかったのかは知らない。
だが、最初から俺のストレスを発散しても問題ないらしい。
ちょっと疑問なんですけどなんで鈴音は一夏に惚れたんでしたっけ? 転校してきて苛められたところを解消したからで取りあえず済ましました。でもどこで書いてあっただろうか?
IS 二次まとめ ウィキに一夏は「絶対に表に出ないやり方で報復した」ってありましたけど、それどの場面でしたっけ?
その方法で考えると、放課後の帰り道に路地裏で襲う、そのいじめっ子の家のポストに脅迫状じみた非難を書いた手紙を置き続けノイローゼにする。
うん。主人公じゃない。
原作三巻では「温厚なやり方で撃退した」なので豪快にぶん殴るのではなく、足のつま先をわざと踏みつける、机の上に花瓶を置く(はないかなぁ?)、思入っきり机を叩いてビビらせる。
うん、主人公がやることじゃないな。
すいません。一夏はどうやって苛め子供をどう撃退したのでしょう?
まともな方法だと、
証拠を揃える。ボイスレコーダーで録音、学校の全校集会で流す(これだとばれるか?)
紛失した場合は、警察に紛失届を出す(大ごとになるなぁ)
『絶対に表に出ないやり方』ってなんなんだよ!?
これだったらいっそのこと織斑千冬の名前がデカすぎて親たちは何も言えないし、子供たちもそれ以上のことをしなかったでいいんじゃないかな。
とりあえずこの二次小説では『千冬が有名すぎて誰も何も言えなかった』にしようと思います。そっちの方がこの二次小説の『織斑一夏』に合っていると思いますので。