IS 普通じゃない男子高校生   作:中二ばっか

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実際 いきなりの学園行事、試合変更っていいのだろうか?


第21話

 学年別トーナメントの変更がホームルームにて報告されたので織斑は他の生徒たちに言い寄られて、てんやわんやになっている。他のクラスが多く見知らぬ生徒たちの取り合いになっていた。

 対して俺の方は言い寄ってくる人物などいない。織斑が撒いた噂のおかげで俺は賤夫の印象を持たれたらしい。

 何を言ったのかは知らないが、きっと俺がデュノアに悪いことをしたと言っていたのだろう。

「なぁ、章登、俺と一緒に組もうぜ」

「ふざけるな」

 授業が終わっての俺に向けての第一声がこれである。誤解を広めた謝罪はなしだ。

 どすのきいた声で即答した俺は何も悪くないだろう。というよりも散々裏付けのないことを言いふらしておいて、笑顔でこちらに来る神経を疑う。

「なんでだよ。男同士仲良くしようぜ。お前友達少ないだろう?」

「………」

 力いっぱい奥歯を噛みしめ、握り拳を震わせる俺の顔はものすごい形相になっていることだろう。そんな俺がこいつには何を言っても無駄だ。早々にどこかに行こうと理性で行動する。

 後ろから俺を呼び止める声が聞こえるが無視。反応したらどういった行動をとるか自分でもわからない。

 本能で殴りつけなかったのを自画自賛したい。

 あそこで殴っていれば今流れている噂が、真偽を確かめずして本当だったと生徒たちに伝播するだろう。

 この怒りを次にあいつと模擬戦をするまでとっておける自信がある。なので、いっそ学年別トーナメントでぼこぼこにして恥をかかしてやろうと思った。

 全校生徒どころか企業、政府のお偉いさんも来るらしいし、公開処刑にはもってこいじゃないか。

 

 だか、練習もなしに連携するなど不可能なので早々に相方を決めなければならない。

「というわけで組んでください谷本癒子様」

「様づけするくらいに困ってるの……?」

「今の学園の風潮で俺と組んでくれる奴なんていると思ってるのか?」

 相方になってもらうために夕食後に癒子と布仏の部屋を訪ねた。

「オルコットさんとか仲がいいでしょ? そっちの方が私より勝ち進めると思うけど」

「オルコットと組んだらそちらの方に関心がいくだろ? それにアリーナが使えないから連携訓練で出遅れるからな。同じ理由で専用機持ちとは組まない方がいい」

 出来るだけ同期で俺との実力差がない奴と組んだ方がいい。専用機持ちと組むと頼っている腰ぎんちゃく的扱いを受けると思う。

「………本音は?」

「………本人には悪いが戦い抜ける気がしない」

「ひどーいおー」

 別に優勝したいわけではないが、あいつだけはぶっ飛ばしてやりたい。それに結果を出しておいた方がいろいろと企業、政府から好印象を持たれる。故に就職、要請にも有利でもある。

 こちらには後ろ盾がないことが嫌というほど思い知らされる。

 どこかの企業と契約を結べばこんなことをしなくてもいいと思うのだが、ほとんどの企業は織斑の方に関心がある傾向だ。

 ほとんどの企業は『崎森章登? ああ、いたなそんな奴』ぐらいに思われているのだろう。なのでここで結果を出して見返してやりたい。

「もう、俺にはお前しかいないんだ! 頼む!」

「わ、わかったから! ……そんなに顔を近づけないで」

 この時、顔を赤らめている谷本癒子を見ていると布仏本音は『事情を知らずに見たらプロポーズではないだろうか?』とか思ったらしい。

 

 次の日、お互いの息合わせや戦術行動に支障をきたさないようにアリーナで練習をしにピットに来た。

 アリーナのピットの所で実機に乗ろうと順番待ちをしていたところ、俺たちの前にアリーナを借りていた生徒が入ってくる。

 雪原と布仏だ。

 かなり戦闘に向かない性格をしている二人で、本人たちも整備課、開発部希望だったはずだ。

「お疲れ」

「……あ、うん」

 元気満々な性格ではない雪原で恥ずかしがり屋だが、顔を見たとき影が差しており声にも沈んでいる感じがする。泣きたいような、嗚咽を今にも洩らしそうなのを必死に我慢しているようにひくついた声。

「大丈夫~? かなりん?」

「大丈夫。ただ……怖い」

「え?」

 俺は雪原が何を言っているのかわからなかった。一瞬戸惑った後、相手からの攻撃が怖いのだろうかと思った。雪原の性格なら納得である。

「私が……友達に向けて撃つのが怖いの」

「そうだね~。さっきも私と撃ち合うはずなのにどっちも攻撃してなくて時間切れ~」

 雪原を励まそうとしているのか、雪原の声とは対照的に普段通りの間の抜けた声を出す布仏。

 だが、俺は雪原の発言に動揺してしまう。

 人に向けて銃を撃つ。

「……」

 その言葉、意味が分かっているつもりであった。

 急所は外れているから、シールドエネルギーがあるから、絶対防御があるからと言って当然のように発砲できるのは間違っているのではないのだろうか?

 授業で的に撃つのは何人もの生徒やっていた。

 撃った時の俺は心の中で歓喜していた。

 撃った時の手の中で爆発したような反動、その後も手にジンジンと伝わる余韻の痺れ。一直線に飛ぶ弾丸。自分が撃ったという事実が俺の心の中を浸透し満たしていく感覚すらあった。

 癒子が連れ去られたとき、俺は銃で人を撃ったが相手を傷つけたことに罪悪感はなかった。

それで生きている人間を撃つのに、憎い相手でもないのに相手を殺してしまうかもという危機感は感じなかった。

撃つしかない状況でもあった。

だが、戦いの中でどう敵を倒そうかと考えて楽しんでいる心が一欠けらもないとは言い切れない。現に今は織斑をどう倒そうか必死に戦略を考えているのだから。

例え仮想とはいえ、模擬戦とはいえ、俺は勝ちたい、倒したいと意気込んでいた。

それは相手を傷つけるということだ。

そんなことに意気込んでいた自分がおかしな存在に思えてくる。

むしろ、人を傷つけたくないと相手に銃口を向けられない雪原の方がおかしな自分よりも、ISをうまく操縦できることよりもすごいと感じた。

「……すごいな」

 ぽつりと言葉が出てしまった。

「え?」

「あ、いや、そういうことを思えるなんてすごいなって」

「そ、そんなこと……私が怖がっているだけで。……これじゃあのほほんに迷惑かけちゃうし」

「私迷惑だなんて思ってないよ~。それに、かなりんはすごいよ~。私の攻撃全部避けてたし~」

「…………あれはのほほんの射撃が下手なだけだと思う」

「おうっふ! これは痛いとこつかれっちまったぜ~」

 雪原の純粋な一言に大リアクションで胸に手を当てもう片方の手を上に挙げ誰か助けてくださいと、まるで昔の戦争映画での胸を撃たれ助けをこうモブ兵士みたいだ。

「大丈夫よ。のほほん。傷は浅いわ!」

ノリに乗って癒子が挙げられた手をつかみ、布仏に呼びかける。

「最後にパエリヤ食べたかった」

「なんでパエリヤ!?」

 そんな漫才を繰り返す彼女たちは楽しそうだ。だが彼女たちを他所に、雪原は神妙な顔持ちで告げてくる。

「……その、いろいろ言っている人がいるけど私たち知ってるから」

「え?」

「あの時、……クラス対抗戦の時、崎森君がみんなを助けてくれたこと。見えないところで頑張る努力家だってこと。誰かを貶めるような人じゃないってこと」

 照れくさい。他の人に褒められることがこんなにもむずがゆい物とは知らなかった。

「だから、織斑君の言っていることクラスのみんなはあんまり信じていないから。…………私もその一人」

「あ、ありがとう」

 最後の言葉が伏せがちに呟いたためよく聞き取れない。それでも俺の方を信じてくれていることに感謝する。

「……あれ? じゃあなんで俺の方には組んでくれとオファーが無いんだ?」

「……私は足手まといになりたくないからだけど」

「さっきーは自覚ないだろうけど、1年じゃ結構な実力持ってるんだよー。だからみんな遠慮しちゃってるんじゃないかなー?」

 え。2か月前まで素人同然だった俺が実力を持っている?

 いくら最初の織斑先生が教えた鍛え方と更識先輩との訓練を継続してやっていると言っても、かなり成長が速いのではないのだろうか? 何かが、自分の何かがおかしい。

「……あ、もうそろ行かないと次の人困っちゃうから」

「えへへ。さっきーもゆっこもがんばってねぇー」

 そう告げ2人は使っていたISを戻しに行く。

「……なぁ、癒子。銃って撃っているときどう思ってる?」

「え。そりゃ、……必死かな? ……加奈子みたいに相手を思いやることなんて出来ないよ。自分が痛い目合うのは嫌だし。章登は?」

「……俺は」

 思わず口を濁らせてしまう。どう言えばいいのだろう? 倒そうと意気込んでいる? 相手を傷つけるのに躊躇は無い?

 俺が言いよどんでいるのを察してか癒子が切り出す。

「……私ね。感謝している。攫われたとき章登が助けてくれなきゃどうなっていたかわからないし、嬉しかった。だから……その時、何かを感じたのかわからないけど私を助けるために、誰かを助けるために人に銃を向けるのは間違っていないと思う」

「……ありがとう」

 俺はおかしいのかもしれないけど、ボーデヴィッヒのように間違ってはいないはずだ。

 

 

 アリーナで練習した後、癒子は戦術の見直しと他の生徒の練習を見て参考にするのにアリーナに残った。

 俺の方は実戦での基礎向上をはかるためにシミュレータで練習し、ランニングで体力を作っていこうと思っている。

 研究室に入った時には栗木先輩が机で寝るようにして項垂れていた。まるで容易なテストをやって点数が50もないことが答え合わせをしていて分かりましたと言っている様なものである。

 俺が入ってきたことに気づいてはいるが反応はしたくないらしい。まぁ、愚痴くらいは聞いてもいいけど。

「どうかしました?」

「あ゛~。なに崎森? 学年別トーナメントの試合変更聞いたでしょ? もうどこのアリーナの予約も混雑してるわ。いきなりだから調整の時間とか、相方探しとか。私たちの進路がそこで決まるのかもしれないのに」

「ですよね」

 何処も彼処も迷惑しているらしい。3年は自身のアピールが出来る場なので必死だろう。何もこの時期にそんなことする必要はない。ましてや理由が『より実践的な模擬戦を行うため』ときた。前回のリーグマッチとデュノア社の襲撃からだろうか?

 もう、警備がどうなっているのか知りたい。学生にまで任せるなんて正気の沙汰ではないだろうに。

「こんな理由で試合変更するより警備強化した方がいいですね」

「それはないと思うわ。無人のISが学園を襲ってきたということは誰かがISで学園を狙っているってことよ。戦車や戦闘機で戦ったところでISじゃ敵わないのだから、ISを強化する方針になるでしょう?」

「で、乗っている人間を強化しようってことですよね」

「まぁ、そうだけど仕方ないわ。私、3年だからもうスカウトされることもあるから半端な結果は出せないわ。だから、最高の相方をみつけないとね」

「桜城先輩は?」

「……かなり有望だから人気殺到中。頼んでみたけど受けてくれるかは別問題だわ。今は返答を待っているの」

 栗木先輩だってかなり強いと思うのだが。学年の基準がなければ普段から模擬戦していたり、癖を知っている人の方がやりやすいので頼みたいくらいだ。

「栗木先輩は?」

「確かに何人か希望が来てるけどやっぱ私後衛に徹した方がいいのよ。これでも学年の射撃成績は上位なんだから、だから出来るなら前衛と組みたいわ」

 自分の能力を最高に発揮して優勝したいらしい。それに生半可な腕では栗木先輩に負担をかけてしまうだけだろう。それに練度は限界まで高めたいだろう。

「あなたはどうするの? やっぱり癒子ちゃん?」

「動きもある程度分かってるし、代表候補生じゃ腰ぎんちゃくに見えてしまいそうだし、何より織斑が流してくれた噂で組んでくれる人が限定されるんですけど」

「………まぁ、頑張って。当日の観客、各国の政府関係者、研究者、企業のエージェントの注目が多くなるから失敗して笑われることのないようにした方がいいわ」

「分かってます。だから、へまをしねぇ為にシミュレーターでも練習しておきますよ」

「さっき面白いデータ入れたから私も付き合ってあげるわ」

 そうして俺は研究室にあるシミュレーターの箱に入っていく。栗木先輩が入れたデータも少し気になり、電子化されたアリーナで栗木先輩の姿を見る。

 改修されたラファールに鎌と巨大レールガン。鎌『ブレーデッド・バイケン』が、『メテオール・プレート』に備えられたアタッチメント付け加えられ、大鎌として機能しているらしい。

 

 そして試合開始。

 

 先手は巨大レールガンの豪弾とアサルトライフル『FA-MAS-TA』の弾幕での張り合いだった。

 こちらはレールガンのチャージと発射のタイミングを図り回避し、あちらは動き回りながら弾幕を回避する。速度で振り切るような避け方ではなく踊るようにして当たらない。

 両者は相手の回避先を読み合い。撃っては逃げ、逃げては撃ち返しの応酬が繰り返されていた。

 無軌道に飛び回る両者が動いたのは、崎森章登の弾幕が相手を捉えた時である。一気に距離を詰め、弾幕を相手に浴びせようと瞬時加速する。空いている手に散弾銃『ケル・テック』を呼び出し、一気に相手のシールドエネルギーを削ろうと企んだ。

 しかし、章登が瞬時加速したときに相手は『ブレーデッド・バイケン』を投げつける。突然飛来する刃を臆することなく盾を前にすることで弾き、問題なく前進する。

 だが、『ブレーデッド・バイケン』は鎖鎌なのだ。栗木真奈美は鎖鎌を操ることで全力疾走してくる相手の後ろを弾かれた刃で強襲する。

 そして、突然の後ろから来た襲撃を防ぐことが出来ず胴回りに巻き付く鎖。最終的に膝の装甲に突き刺さる。そこから、牽引されバランスを崩し、瞬時加速を停止させられる。

 瞬時加速で接近し相手を近距離で撃ち続けることが出来る距離ではなく、相手にとっても絶好の距離まで近づけさせられた。

 そこからのレールガンの豪弾に盾を構える。こちらの体勢を崩そうと巻き付いた鎖が引っ張られバランスを崩さないように踏みとどまるが、いきなり引力が無くなり体勢が崩れる。

 綱引きで拮抗している状態で一方が力を抜くともう片方が後ろに倒れてしまうようにして盾をこじ開ける。

 そこに撃ち込まれる豪弾を転がり回ることで掠る程度にとどめ、最低限の損傷で離脱しようとする。アサルトライフルを戻し巻き付いた鎖を単分子カッターで削り切ろうとする。だが、かなり強固な設定らしく火花が虚しく散るだけで終わってしまう。

 そこに何度も叩き込まれる電磁加速された弾丸。スモーク弾を呼び出し煙幕を張ることで身を隠す。今の時間に装甲に刺さった鎌を取り外さないと負ける。

「このっ」

 力ずくで引き抜こうとするが凶悪な刃にはギザギザと尖っている部分が、簡単に抜けないようになっている。装甲を削り取りながら抜いていくが時間がかかってしまう。

 一瞬にして濃霧に包まれるアリーナで、栗木先輩は改修されたラファールで飛び回ることで乱気流を引き起こして濃霧を散らす。

 栗木先輩が動いたことで抜くのにまた時間がかかってしまう。

 そして、何とか杭を抜いたときにアリーナの濃霧は千切れ雲で、姿を隠す機能は失われていた。

 栗木先輩は『ブレーデッド・バイケン』の楔が外れているのに気付いたのか、柄を『メテオール・プレート』から外す。そして、アタッチメントを外し棒状から十字に展開し、投げつける。

 4つの先端から鋭い刃が出てきて、芝刈り機みたいに高速回転しこちらに向かってくる『メテオール・プレート』。回避しようと半身を逸らせ回避。しかし、軌道制御装置を組み込んでいるのだろう。ブーメランのように戻るのではなく、こちらの後ろを取るような形で戻ってくる。

 後ろの『メテオール・プレート』に意識がいって栗木先輩がレールガンの照準がこちらを向いて砲撃される。

 電磁加速された弾丸が連射され、『メテオール・プレート』との挟み撃ち。ガツンとハンマーに殴られた衝撃が後ろから来て、シールドエネルギーはみるみるなくなる。

 『メテオール・プレート』が戻っていくのと同時に岩盤破砕ナイフを片手に鋭角軌道で詰め寄っていく。

 ジグザグ走行を3次元的に軌道し、相手に詰め寄っていくがこれまでの損傷でうまく速度を出せない。

 それに相手は速度を重視にして改修したラファール。

 引き撃ちでどうにかなってしまう。

 なので、手にした岩盤破砕ナイフを後ろに投げ、信管を起爆。猛烈な爆風を追い風に乗せ無理やり加速し、そこから瞬時加速。アンバランスな状態での瞬時加速で現実世界なら骨折するかもしれないが、ここは電脳世界だ。

 そんなことを気にせず実行し、栗木先輩に迫る。

 そして、単分子カッターを展開、起動。

 無数に配列された刃が高速回転し金属音を響かせ装甲を削る。

 カーボン製の軽量化された装甲は抵抗もなく、腹の装甲を切る。ここで距離を離されたら負けてしまう。このまま張り付き続け攻撃を続けようと単分子カッターを振るう。

 だが、栗木先輩もやられ続けるわけがなく。十字に展開した『メテオール・プレート』で単分子カッターを受け止めた隙に、蹴り飛ばして距離を稼ぐ。

 そこから、最大出力のレールガンで撃つ。

「ああ、くそ、また負けた」

 

 

「織斑先生、お話があります」

「……榊原先生」

 放課後の職員室を出ようとしたところで榊原先生に呼び止められる。もう日は落ちかけ、辺りは薄暗い。

「ボーデヴィッヒさんに会いにいかないのですか?」

「彼女は謹慎処分です。会いに行く必要がありません」

 謹慎は一定期間外出禁止である。会いに行ってどうしろというのか? 自分が伝えることなど何もない。アリーナの出来事での責任追及はボーデヴィッヒの監督不足のため謹慎という拘束と監視をしている。

「馬鹿ですか? 謹慎は外から一歩も出るなという処罰ではありません。自分で反省したことを示すことを言うのです。誰が彼女が反省したと判断するのですか? あなたの生徒です。最後まで逃げずに向かい合ってください」

「…………」

「前に言いましたよね。あなたは暴力を振るいたいだけだって。今も振るっていていいんですか?」

「私は振るってなどいない!」

「相手の言葉を聞かず、命令だけ出す。導くことも、何が悪いか指摘しない。殴るだけが相手を傷つけると思っているんですか? 何もしないのと見守ることは違うんです」

「だったら、あなたが言えばいいだろう! 私より優れているのだから!」

 そうだ。彼女の方がよっぽど人を育てるのに向いている。出来る人がすればいいだけの話ではないか。

「あなたは優れているから誰かを育てているのですか?」

「…………」

 まるで「あなたはなんでここにいるんです?」と言われているように思った。

「あなたがどういう基準で優劣を決めているのか知りませんが、自分が優秀でこの子は育てられるから育てると依怙贔屓でもしているのですか! 生徒に優劣があっても必死に努力して上を目指しているのを、あなたは自分の都合で切り捨てるんですか! ………あなたの生徒をどうして叱って、反省させて、認めてあげないんですか」

 何も言い返せない。

 ボーデヴィッヒから逃げた。自分が育てた人物がこんな問題を起こすような人物だったことに目を逸らした。

 私は守ると言いながら生徒たちのことなど気にも留めていなかった。

 崎森がボーデヴィッヒと会うことに面倒が起こるという理由で止めていた。

 いや、もうそれ以前に。

 一夏と、たった一人の家族にすら殆ど接していない。

 ただ助けただけ。いや、ただ力を振るっただけ。助けたのなら誘拐された後、なぜ私はここで働き家にほとんど帰らず一夏から離れていた? 守るべき対象なのに?

 分かり合おうなどとは思っていなかった。そんなことをせずとも問題が無いのだから。

 織斑一夏は弟。鈍感。料理がうまい。家事のスキルが高い。マッサージが得意。これらを知ったところで家族と言えるのか? ただ表面上知っているだけだ。それしか知ってない私は何なんだ? 家族と言えるのか?

 そんな疑問は結局のところ、誰とも向き合わず自分勝手に生きて来たから出てくるのだろう。 

 

 わたしは、いままで、なにをしていた?

 

「私は……私は、どう叱ればいいんだ。どう認めればいいんだ。……どうすればよかったんだ」

「私だってわかりません。生徒一人一人違うのですから。でも、向き合わない限りその人を知ることなんてできません。あなたは向き合って話すところから始めてください」

 まるで立場が無かった。

 世界最強。ブリュンヒルデ。そんなものはここには存在しない。

 ただ、どうすればいいか迷う子供と助言を促す先生がいる。

 きっと当たり前のことなのだろう。だが、人として当たり前のことをしていなかったのだから、それを最初にしなければならない。

「……すいません。醜態を晒して」 

 ずっと逃げて来たのだ。人と向き合うのが怖くて、心に壁を作って、頭から決めつけて。

 だが、もう向き合わなければならない。

 私は子供を止めなければならないのだから。




ダメ人間製造機の織斑一家ですが、基本問答無用で惚れるたのでは思考が鈍くなって当然かと。
それに自分自身そうしているのに気付かないからたちが悪い。

んで、やっとこさ千冬さんに自分の過去を見つめてもらうことが出来ました。
両親がおらず必死だったから何も見ていなかった彼女はやっと、誰かと向き合って話すことを覚えることが出来ました。
今回は自分自身と向き合えたかな?

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