第三アリーナにおいて2人の少女が学年別トーナメントに向けいち早く練習しようと足を運び、アリーナ内で顔を合わせる。
「奇遇ね。あたしはこれから学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど?」
「奇遇もなにも、あなたがアリーナを予約してわたくし達が合同で練習をするのではありませんでしたの?」
「そ、そうだったわね」
実は凰は現在噂されているトーナメントの優勝賞品を狙っており、戦法の見直しや向上しようと張り切っていたのだが、そこに見知った顔の人間が現れたのでなぜいるのか疑問に思った。まさか張り切りすぎて前の約束事を忘れていたとか言えない。それに代表候補生ともあろう者が優勝ではなく優勝賞品に張り切っているのがばれたら邪な気がして気恥ずかしい。
その優勝賞品とは『織斑一夏と交際できる』というものである。人権無視とか、強制的にではなくあくまで女子の取決めらしいが、凰が他の生徒たちに差を見せるいい機会である。
「まぁ、わたくしは自身の責任を果たすために優勝するだけですが」
そう言われて凰の目に火がつく。そうであった。優勝を狙うとなればこやつは敵に過ぎない。ここで手の内をさらす必要はないが、それは自分の戦い方ではない。
オルコットの方は優勝賞品などどうでもよく、ただ代表候補生として当然の結果をたたき出すだけである。故に失態など犯すわけにはいかない。
「前の実習のことを含めてどっちが上かいい加減はっきりさせとかないとね」
「それもいいかもしれませんわ。やるだけ無駄でしょうけど」
「ええ。あたしが勝つに決まってるもの」
「その自信がいつまでも続けばいいですわね」
オルコットが扇動したが、凰の切返しの挑発的な声に釣られたのかオルコットの目が少し吊り上り眉が動く。
そしてISを展開する前に、横から音速を超えた砲弾が二人の間を分かつかのように直進し壁に着弾。爆音をあげ二人の意識を発砲者に向けさせる。
そこに居たのは漆黒の機体『シュヴァルツェア・レーゲン』を身に包んだ小柄な女性。
先日と同じ乱入者ラウラ・ボーデヴィッヒ。
「あんたどういうつもり? 規則違反、乱入、いきなりの砲撃。この学園にも規則があるってわかっていてやってることなの?」
いきなりの砲撃に危機感を抱き一瞬にして両者はISを展開しボーデヴィッヒに対峙する。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見たときの方がまだ強そうではあったな」
凰の言葉に答えず反応もしない。意思疎通ができていないが相手を見下していることはわかり、そのことに不愉快になりながらうっとうしげに言う。
「構ってほしいのなら他に行きなさいよ。保育所はここじゃないから」
「あらあら鈴さん、悪餓鬼でももう少し可愛げがあるというものですわ。構ってほしくて銃を発砲するなんてただの狂人ですもの」
悪態には反応するらしく二人の言葉に反応しボーデヴィッヒも言い返す。
「ハッ。二人ががりで量産機のカスタムに負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。人口と古臭いだけが取り柄の国はよっぽど人材不足なのだろうな」
「常識分けまえない子供がIS乗っている時点でドイツもかなり切迫してると思うけど?」
「むしろ未成年を正式に軍人にしている時点でかなり悲惨な国なのでしょうね」
まさしくブーメラン現象である。相手の国をくだらないと言って、2か国の代表候補生はそれぞれ反抗しそれが自信を貶める言葉として帰ってきた。
だが、立場ではなく力がここを支配するものだと思っているボーデヴィッヒは、このような弱い奴らに馬鹿にされるなんて自身の力(織斑千冬が育ててくれたもの)に誇りのあるボーデヴィッヒには許せないらしく怒る。
「貴様ら、下らん種馬を取り合うような奴らが粋がるな」
相手を脅すかのように睨みつけるがそんなの二人からすれば子供が言葉喧嘩に負けて睨みつけている程度のことにしか見えなかった。
「自分が強いって吹き散らしているあんたに言われたくないわよ」
「この場にいない人間を侮辱するのは陰口しか叩けない臆病者なのでしょうか?」
そのような睨みなどに臆する二人ではく、更に言われたら言い返す性格の二人はさらに言葉を重ねる。
「殺してやる」
勝手に乱入し、挑発されたとはいえ我慢できず襲い掛かってくる軍人。
この時二人は本当にドイツ軍に呆れた。
目の前の光景は壮絶であった。
光線が放射し、衝撃が地面を抉り、豪弾が衝撃を伝達する。
2対1の凰、オルコット、ボーデヴィッヒの戦いは流石と言うべきなのだろうか、ボーデヴィッヒが押していると思えた。当然ボーデヴィッヒも無傷ではない。
だが、龍砲が止められるのが判ってから衝撃波で機体を足止めすることに専念し、そこをオルコットの狙撃で狙い撃ちにする構図ができてやっと互角に見える。
しかし、そこから抜け出すために糸の先に刃物があるワイヤーブレードが発射され、凰の足に絡まりそのまま引き寄せ振り子の要領で狙撃体制でいたオルコットに当てようとするがそう簡単にいくはずがなく軽々と避けられレーザーが放射される。が身を逸らし避けて、肩部、腰部にある他のワーヤーブレードを計5つを放出。自在に操れるようで縦横無尽に駆け巡り、後ろに引くオルコットを牽制する。
振り子のように投げ出された凰はアリーナの壁に叩き付けられるがすぐに復帰し、ボーデヴィッヒに向かっていく。
そして、双天月牙を振り下ろしたが何かしらの力に阻まれ動きを封じられる。
理解できない攻撃に驚愕する。凰は何が起きているのか分からず身動きができない。
透明な防御壁のようなものを生み出し、接近戦をしてきた凰の動きを停止させとどめを刺そうと、腕から青白いプラズマを発生させ焼きに来る。
アーク溶接で使われるような器具なんてレベルではない。1メートル長さの腕と同化した電熱が青白い光と電気音を辺りに響かせる。
その高熱な腕を邪魔する光線。ビットによる多角攻撃が腕、頭、腹部に殺到。攻撃方向を遮る形で一線が降り注ぐ。
ボーデヴィッヒは凰を拘束するのを一旦中断し、即座に射線上から退避。
一度距離を取ったところに右肩に装備されている大砲。大口径リボルバーカノンをオルコットに向け発砲。
轟音と衝撃を辺りに撒き散らし標的へと迫るが、オルコットは豪弾をその場から飛び退いて避ける。
豪弾の軌跡は衝撃波と電流で熱せられた弾丸で赤みを帯びていた。
ギリギリで回避出来たはずなのに機体が衝撃波で揺さぶられ、すれ違いざまに熱を伝発させたのか装甲の一部が熱を持つ。
レールガンはレールに電気を流したことで起こる電磁力によって放たれる武器だが、発射時に生じたプラズマの熱が問題で再使用し続けると砲身が焼け溶けてしまう。ならば、プラズマも推進力に変えてしまおうとした武器がある。
サーマルガン。
電磁力ではなく、電流のジュール熱で弾薬をプラズマへ変換。これに伴う急激な体積増加を利用し発射する。
それら2つを併合したのがこのリボルバーカノン。従来のレールガンより弾速が上がっている。
とはいえ、どちらも熱がネックになるのはどうにも出来ず、故に発砲した後リボルバーカノンの後方から熱を排出し冷却材を注入しているらしく蒸気を吐き出している。
その隙を庇うようにしてワイヤーブレイドが発射され再接近した凰を牽制。
凰は複雑な軌道で殺到する刃の中を臆せずバレルロールしながら進み、一定距離近づいたところで龍砲の衝撃砲を発砲。
しかし、衝撃は相手に届かずボーデヴィッヒが腕を突き出し無力化する。
AIC。
慣性停止能力。ISという機械が飛行機のような主翼が無くとも浮く力を武装として発展させ、銃弾や格闘技の動きを止めるといった防御兵器となった。一定の空間の慣性が無くなるため、壁を作り出して弾いたり止めるたりする盾というよりも、物体に働く運動量を無くし動けなくする防御壁である。
自分の攻撃が相手に聞かないことを理解し退避しようとする。だか、先ほど飛んできた刃についている糸が左右、頭上を遮り後ろにしか進めない。
逃げ場を失ったところで冷却が済んだのかリボルバーカノンの砲口がこちらを向く。
そして発砲……されない。
オルコットがレーザーを放ち、ボーデヴィッヒがそれを回避したため凰を攻撃することが出来なかった。
だが、ワイヤーブレイドがボーデヴィッヒの手のように凰の足首や手首を掴む。それに引っ張られバランスを崩したところに腕から生やしたプラズマブレイドで切りかかる。
これで、オルコットの援護射撃を防げると思た。近接戦では相手と味方の動きが入り組んで複雑になりやすく、誤射の可能性が高い。
ボーデヴィッヒはプラズマブレイドで突きを放つ。もはやそれは撃つという速度に近い。そのまま直進すれば『甲龍』の装甲を焼くことが出来るだろう。だが、単純な力技では凰の方が軍配が上がる。
突きを放たれ、プラズマに焼かれつつも双天牙月を真横に振るう。
突きが斬撃によって軌道を変化し、凰の体から逸れていく。そして、両手の双天牙月を手放しボーデヴィッヒの懐に入り込み体を殴る。腹部に抉りこむようにして殴る。アッパーカットに殴る! 殴り続ける! ボディーブローを最小限の動きで、ボーデヴィッヒに張り付くようにして何度も続ける。
プラズマブレイドは腕から生えるようにしてできるため、逆手持ちにして相手の背中を刺すといった攻撃は出来ない。AICを起動したところでここまで接近していては使えない。何せ密着状態で自分まで止めてしまう。
懐に入り込まれるとこちらはワイヤーブレイドでの攻撃ぐらいしか手がない。
「このっ!」
拳を止め膠着状態になるが、それをオルコットが見逃すはずがなく側面からビットで襲わせる。4つの砲口が光速の熱線を掃き出し、装甲を散る。
シュヴァイツァーレーゲンは対レーザー装甲を採用しており、熱に強い。だが限度がある。
腰にあるワイヤーブレイドを使い、相手に突き刺そうとしたとき、凰は殴るのをやめる。
そして、突き出されるよりも早く相手より下にしゃがみ込みこむ。それでボーデヴィッヒの視界から一瞬にして消え奇襲する。
足のばねを使うようにして跳ね上がるようにして相手の顎を殴りつける。
カエルパンチ。
なんともあれな名前だが、跳ね上がったときの加速にパワーアシストが追加されるのだ。そんなの軽量であろうと相手が重量級でも相手を後ろに飛ばせる。では凰の使用機『甲竜』のようなパワー型ならどうなるだろうか?
ボーデヴィッヒは10メートル近く吹っ飛ばされた。
そのまま頭からアリーナの壁にぶつかる。
「き、さまらぁあっ!」
「まだ遊んでほしいの? 懲りないわね!」
凰は地面に落ちた双天牙月を拾い連結し投擲。AICを展開し止めるがボーデヴィッヒに向かって光線が殺到する。
この量は装甲の許容限度を超えていると判断しAICを解除し回避に移る。回避して即座にリボルバーカノンで反撃しようとするが―――。
『あんたらなにやってんのっ!!』
スピーカーでアリーナの内部を震わせるかのような大声が響く。今日のアリーナの顧問がこの事態に気づき、放送室に急いで来たのだろう。まさかこんなに派手に予定にない戦闘行為をしているとは思わなかったのだろう。対戦を知らない人がアリーナに入ってきたら間違いなく怪我を負いかねない状況なのだ。
もっとも戦闘音でこの状況を知るだろう。故に顧問の先生も気づいたのだが。
『あなたたち! これ以上やるなら各国に政府に責任問題をし付けるわよ! いい!?
今すぐあなた達のクラスの担任、副担任読んでいるから待っていることね!』
まずい。アリーナにいる3人の代表候補生はそう思う。代表候補生を下されることはないと思うが、ISを没収、謹慎くらいはありうる。
そんなことは分かっているのだが2人はこの狂犬じみた敵対者からは目を離さない。あちらが何らかのアクションをしてきた場合は、即座に対応するつもりだ。
だが、なぜかボーデヴィッヒに戦闘の意志はないように思える。さっきまで相手を殺しかねない勢いで攻めてきておきながらだ。
「ふん。邪魔が入ったな」
ISを量子化させ収納しアーリナの出口に行くボーデヴィッヒは、先程の顧問の警告を無視して帰ろうとする。
「ちょっと! 逃げるつもり!?」
「貴様らのような有象無象どもにかまっている時間など私にはない」
そう言い残し、アリーナから去って行った。
「あー! もう! 何なのよあれ!?」
ボーデヴィッヒの傍若無人な振る舞いに怒りをあらわにし、その場でシャドウボクシングで仮想の敵を殴り続ける凰。無論、仮想の敵はボーデヴィッヒである。
「まったくですわ! よくあんなのをドイツ政府は代表候補生にしましたわね!」
オルコットもまた腹を立てており、目は吊り上がり、肩は震えて、相手が消えた方向に向かって怒鳴っている。
アリーナを外から観察していた章登は大事に至らず良かったと思ったのだが、凰、オルコットの2人で対等だったボーデヴィッヒ。
ランチェスターの法則通りなら彼女は代表候補生とは4倍の力を持っていることになる。戦闘は計算式ではないことは分かっているが、それほどの戦闘力を保持した彼女と強力なIS。彼女が暴れ回ることになったらどれだけ被害が拡大するか分かったものではない。
どうにかしたくても、どうすればいいのかわからない。
彼女がなぜここに来て凰とオルコットに戦闘を仕掛けたのかすら分らないのだ。
とりあえず2人に事情を聴きに行くことにする。
「2人とも何をやっているんですか! 怪我が出なくて良かったものの一歩間違えば大けがしたのですから今後こういうことはしないでください! 分かっていますね?」
「でも、あのボーデヴィッヒってやつが」
「彼女にも織斑先生が問い詰めます。それに彼女に原因があったとしても、緊急事態を知らせなかったあなた達にも責任はあります! いいですか? あなた達は代表候補生で専用機持ちなのですから一層の責任感と危機感を抱かなければならないのに、そんなことすら気づかないなんてあなた達の目は節穴ですか!?」
アリーナの顧問の先生が呼んできた山田先生は事情を聞き激怒した。生徒が模擬戦を行い、自身を含む生徒達がもしかしたら大怪我を負いかねない事態になっていたのだ。
喧嘩両成敗とは言うが、凰やオルコットにしてみれば相手が戦闘行為をしてきたことに対し対応しただけなのだ。ここまで言われることはないだろうと、不愉快な雰囲気を作り出す。
「事の発端がボーデヴィッヒさんであることは知っています。ですが二人ともあなた達は自分の立場、責任、なにより同級生と傷つけ合おうとしていたことが先生は嫌なのです。あなた達が傷つけあって永遠と遺恨し合う学生生活を送ってほしくはありません」
結局のところは生徒たちに楽しい学園生活を送ってほしいのだ。それが個人の癇癪やすれ違いで殺し合うなどあって欲しくないし、させてはいけない。
「ですので、あなた達にはアリーナの使用を一時的に禁止させていただきます。期間は今週末まで。分かりましたね?」
「……はい」
「……分かりましたわ」
まだ納得が出来ていないのであろうがしぶしぶと頷く。それで別件があるのか山田先生はアリーナのピッドから去っていく。
それを見はらかって凰とオルコットになんで戦闘をすることになったか聞いてみる。
「なんでボーデヴィッヒはお前たちと戦いに来たんだ?」
「知らないわよ!」
「彼女何の警告もなしに撃ってきたのですよ!? 信じられますか!?」
どうやらここに来た理由は知らないらしい。
「まぁ、大事に至らずでよかった」
本心からそう思う。いきなりの戦闘行為で怪我をしなかっただけでいい。この前の戦闘でアキラが怪我を負ってIS学園内にある医療施設で寝ている。そうならず、こうして怒り付けるぐらいに平気でよかったと思う。
「……こっちのプライドはズタズタなんだけど」
「……こちも他の関係者に迷惑をかけましたから、素直に喜べませんわ」
よかったと思っているのは自分だけらしく、二人は俺を怒鳴った後落ち込んでしまう。なんでそんなに感情の起伏が激しいのか。彼女たちにも今回の一軒に思うともろがあるらしい。
「どうした?」
「別に、二人がかりで互角だったことをどう言い訳すればいいわけ?」
「山田先生の周りが見えていないという言葉を痛感しただけですわ」
「まぁ、ボーデヴィッヒも反省してくれればありがたいんだけどなぁ」
確か織斑先生が行くと言っていたが、もしかしたら謹慎処分だけ、なんて展開になりそうだ。他の先生に説教してもらっても「私の知ったことではない」と本心では思いそうだし、織斑先生しか適任者がいないのも事実なのだが。
「もうアリーナは使えないよな」
「それは……」
「申し訳ないですわ」
「いや、謝ってほしかったわけじゃねぇんだけど。俺はもう行くよ。2人ともご愁傷様」
そこで、凰とオルコットの『私たちは悪いことをしました』というプラカードを首から吊るし、正座している二人に背を向ける。
それで2時間くらい恥さらしの刑をくらうことになった凰とオルコット。もうオルコットは足が痺れて来たのかプルプルと震えだし涙目であった。
「貴様には謹慎処分が下されることになった理由は分かっているな?」
「はい」
織斑千冬の質問に対し坦々と返答するボーデヴィッヒ。しかし、織斑千冬はそれに激怒するわけでも、失望するわけでもなく、どう言えばいいのか詰まった。
戦闘行為したことを叱ればいいのか。規則違反したことを叱ればいいのか。
どう叱ればいいのかわからない。教師としては致命的だと織斑千冬が自身に呆れた。
「……今後このようなことはしないように」
「はい」
それだけしか言えない。もっと他にも言うべきことがあるはずなのにそれが分からない。逃げ出すようにして言い残し、ボーデヴィッヒの部屋を出る。
織斑千冬が部屋から出ていった後、一人で黙想するボーデヴィッヒは呟くようにして呪詛を言う。
「織斑一夏。教官に汚名を塗りつけたもの」
ボーデヴィッヒにとって織斑千冬は絶対であり、一種の信仰である。
部隊で出来損ないの烙印を押され、自暴自棄だった自分に道を示してもらい再び力をとり戻した。そして、出来損ないと見下される中でたった一人自分を見てくれる家族のように接してくれた人だ。
私は試験管の中で生まれたため家族はいないので家族は厳しく、育ててくれるもの。そのようなものだと思った。
あの人の強さに心が震えた。今最新鋭のISに乗ってもその足元にも及ばないような力に。
私はあの人のように強く、凛々しく、完全な姿になりたい。そうすれば、あの不出来な弟よりも自分に意識を向けてくれるはずだと思う。
故にあの様なものには負けない。この学園のだれにも負けるわけにはいかない。
国家代表であろうと、代表候補生であろうと、教員であろうと、織斑千冬を除いて負けるわけにはいかない。
それであれば彼女は自分に振り向いてくれるはずだ。自分だけを見てくれるはずだ。
そんなときにふと思い出した。強ければ向き合ってくれるのかと問う奴。
「崎森章登か。とるに下らん奴だ」
ネットでたたかれているように弱い奴というのが印象だ。
何より今日のあの行動や前に口論の時の反応は、まるで他人を庇っているようにも感じた。そんなことをする奴などただの甘ちゃん。要は友達ごっこであると思った。
それに、私を恐れず向かってくる姿は力の差が分からない愚か者としか言いようがない。
「そのような奴に負けることなどない。私は……誰にも負けない」
闘志に火を燃やし、しかし冷静な頭は寝るべきだと忠告する。休息は必要だ。
そう決意し眠る。明日から謹慎だがトレーニングをやめろと言われたわけではない。
強く、強く、強く、そして、彼女に…………。
IS学園の医療施設にある1部屋。
そこには少女が目を覚ましていたのだが、深くニット帽子をかぶりあまり人との視線を合わせたくないと意思表示している。やることがないので超薄型パソコンで学園の防犯カメラを一部ハッキングしていた。
とは言え、何かしら情報を会得したいわけでも、覗き見したいわけでもない。
自分の能力に変化がないか確かめていただけである。無論、IS学園のネットワークの防御壁を気づかれずに突破し、今リアルタイムに学園の様子を見ることが出来ている。
その映像から分かったのは、倉庫で襲ってきた人物はもういないこと、アリーナで突拍子もない戦闘行為をした馬鹿がいること。後はいつも通りの学園であった。
変わらない。
自分がこんな目に合っていても学園は普通に活動している。誰も気づいてくれない。
こんな力を持っているのがばれて、訳の分からない戦闘に巻き込まれて、もう嫌だ。
そんな自暴自棄になっているときにノックが2回。
「ひっ」
ノックした相手は自分の返答を待たず扉を開けて入ってくる。そして、少し驚いたような顔でこちらを見てくる。
「あ、………起きてたのか。返事がないからまだ寝てるものと思ってたんだが」
そのままこちらに近づいてきてベットのそばに置いてある椅子に座る。
「その、記憶とか大丈夫か? 俺が誰だか分かってる?」
「さ、崎森、」
「……あれ? 自己紹介とかしたっけ?」
彼の頭の中にある記憶を探っている姿はとぼけているわけではなく、本当に私の能力は知らなかったらしい。私がその気なら彼のプライベートや個人情報など丸裸にできるのに、無警戒で私に近づいてくる。
「わ、私が、こ、怖くないの?」
「え? なんで?」
もう分かっていなさそうなので超薄型PCで彼の携帯のアドレスを会社から盗み見て彼にメールを送信する。10分も掛からない。
アニソンをアレンジしたような電子音が病室に鳴り、慌ててカバンから携帯を取り出し操作してマナーモードに移行する姿は少し可笑しく思えた。なんでカバンの中にとか、そのアニソンのアレンジは少し良いとか、他愛無いことなのだが。
彼の携帯に送った内容はこうだ。
『沢山の人を殺す手助けをして、知られたくないことを簡単に知られることに怖くはないの?』
「悪意を持ってそういうことをするわけじゃねぇだろ。まぁ褒められた行為じゃねぇけど」
さも、当然という風に言うこいつは私を憐れんでいるのではないのだろうか?
憐れんで、心地いい言葉を言って、私で遊んで、愉悦感に浸って、いざとなったら切り捨てる。
『嘘だ』
『本当に苦しいときに無償で手を差し伸べてくれる人なんていない』
『善意とか悪意なんてどうでもいい』
『人の弱みに付け込んで苛める、利用しようとする』
『私は悪くなんてない。誰も傷つける気なんてない』
『でも、それを知らない人たちは私が悪いって決める』
『だって数が多いから』
『自分だって傷つきたくないから』
『弱い奴は見捨てる』
「…………」
彼は送られてくる文面に彼は目を走らせ読んでいるだけで何も言ってこない。言っても無駄だとあきらめたのなら帰ってほしい。
『そんな奴らとつるむ気なんてない』
『私は一人でいい』
『私を苛める奴も、利用しようとする奴も、
憐れんでお節介焼いて自分が上だって愉悦に浸りたい奴も』
『いなくなればいい』
彼は何も言わない。憐れんでお節介焼いている奴というのが自分だと理解していないのか。
『お節介焼いて楽しい? 自分より弱い奴を見て安心する?』
『私を苛めたい? 私を利用したい?』
『お前は私に何をしたいの?』
『お前のために何かなんてしないし、お前なんて会いたくもない』
『どっか行って』
『どっかいってよ!』
「どっかいけっ!」
いつの間にか文面ではなく声に出していた。そのくらい感情が爆発した。
「お前なんて嫌いだ! 私を憐れんで利用しようとする奴らと同じだ! 罪科を背負って歩いていく? 綺麗事なんだ! 私が関与したことは覆らないし、みんな私を苛める! 私は一人がいいんだ! どっかいってよ! 私に付きまとはないで!」
ここまで言ってもじっとこちらを見てくる彼が怖くて、超薄型PCを投げつける。軽さが売りとは言え、硬い物を投げつけられたのだ。
彼の頭から鈍い音がして、地面に乾いた音が病室に響く。
「……あ……」
こんなことしたら怒るに決まっている。殴られると思い毛布を頭から被って痛みから逃げようとする。隙間から彼の様子を伺うが何かしてくるつもりはないようだ。
「……どうにかしたいって思うんだけど、どうすればいいんだろうな?」
「…………知らない」
「うーん、お節介焼いていることなんだけど。俺さ、両親がいないんだ。今は従妹のところで世話になってるんだけど、そこもひどいんだぜ? 俺をこき使ってくるわ、嫌味ごとは言うわ、挙句、別居した義父親の6畳の所で暮らせとか」
「………」
「でも事故の時が一番きつかった。あんま覚えてないし、子供だったけど、何も出来なかった。もっと何か話したかったし、遊んでほしかった。でも、もういないからどうしようもねぇ。だったら、これからは、せめて次から何かをしたいって思ったんだと思う」
「だ、だから私に。お、お節介、焼いて、い、いるの?」
「どうなんだろうな。その辺曖昧なんだよ。俺が強く思っているわけじゃねぇし、誰かのために何かしてもお節介なだけらしいし。俺はそんなに難しく考えていなかった。たぶん財布が落ちていたから交番に届けようって感じなんだと思う」
「そんな軽い気持ちで関わらないでほしい」
「ごめん。でも、それじゃいけない理由があるのか?」
「え」
「自分に関わりがないから届けなくていいのか? 財布をそのままにして持ち主が困っててもいいから届けないのか? だったら届けたほうがいいと思うのはおかしなことなのか?」
そう言った彼はまっすぐこちらを見てくる。
「余計なお世話かもしれないけど、嫌なのかも知れないけど手を差し伸べたら何か助けになるんじゃねぇか? そう思っちゃいけないのか?」
今まで誰も助けてくれなかった。家族は顔を逸らした。同級生は陰口を言って、苛めだした。生徒会長は私を一人にしてくれたけど、妹を手伝ってくれと懇願された。
私に対して普通に接してくれる人はいるのだろうか?
彼は私のことをどう思っているのだろう?
「……私は別に変わりたくない。」
「そっか、でも、苦しいなら言ってくれ。どうにかこうにか出来るだけするから」
「………うん」
信じられない訳ではない。彼は一度助けてくれたのだから。けど、信じるのが怖い。
信じて、利用されるのが怖い。
「私は……私のせいで……誰かが傷つくのは嫌だ」
「……」
「だから、………だからっ……」
「ああ、俺はお前を利用しない。約束する」
その一言は少し心地よく私に響いた。
「くそっ」
さっきから数時間シャルルや章登について聞きに回っているのだが、何一つ証拠を掴めない。シャルルを救いたいのに糸口が掴めないことに苛立ちが募る。
寮に戻りあいつのコンテナハウスを調べようとするが、鍵が掛かっている。ドアを蹴り破ろうとしたところに誰かが来た。
「おりむー。それはさすがに言い訳できないと思うよー」
来たのはクラスメイトの誰かだが、本名は知らない。勝手にのほほんさんと名付けた。ここに何の用出来たのかは知らないが、言い訳も何もこちらが正しいのだから別にいいと思った。
「関係ねぇよ。あいつが悪いって証明しなくちゃいけねぇんだ」
「悪いことって?」
「朝も言ったけどあいつがシャルルを追放したんだ。俺が助けられるはずだったのに!」
「でも、でゅのっち元気に会社で働いているけどー?」
「そんな訳あるか!」
デュノア社の社長、実の父親にいいように使われているのだ。元気でいるはずがない。
「じゃあーこれはー?」
そう言ってのほほんさんが携帯を出す。その画面にどこかと通信しているらしい。そこから声が出て来た。
『一夏』
「シャルル!?」
のほほんさんには悪いが携帯を貸してもらう。もはや奪い取るという行為に近かったが。
「大丈夫なのか!?」
『こうして電話しているんだから大丈夫に決まってるでしょ?』
「政府とかに呼び出されたって話だが、章登が何かしたんじゃ?」
『章登は何もしてないよ。会社の問題が発覚されて新しく人員移動されたでしょ? 新しい社長が男性IS操縦者って無理があるから呼び戻して、他の事務に回されることになったんだ』
「その、何か酷いことされていたり、牢獄に入れられたりしてないか?」
『大丈夫だって、布仏さんに一夏が僕のことで心配して章登に迷惑かけているって言ってたから、頼まれているんだ』
「そっか。よかった」
『じゃあ、布仏さんと変わって』
そういう事だったらしく安心した。のほほんさんに携帯を返し、自分の部屋に帰る。
シャルルは無事だった。
なら、俺は無駄なことをしたわけではないのだ。
『これでよかったの?』
「おーいぇえいー。ばっちりだよ」
シャルル・デュノアは今、刑務所から電話で話していた。政府機関の人に自分の状況を話さないようにして織斑一夏を説得しろと言われ、台本通りに演技しこれ以上の情報流失を防ぐためである。
『まさか、布仏さんが政府機関の一人とは思わなかったよ』
「おどろいたー? でもね、会社の言いなりになってみんなに迷惑をかけたこと少し怒ってる」
布仏本音はこんなことになるなら、さっさと生徒会長にどうにかしてもらった方がよかった。少なくとも織斑一夏がこんな出鱈目な情報で生徒たちを混乱させるよりかはるかにいい。
『ごめん。僕は、自分の弱さに負けた。だから、みんな、章登やあの子にも迷惑かけちゃった。それだけは謝らせてほしい』
「それは出てきた時にして。さよならだけど、第二の人生はがんばってねー」
『うん。そうする。さよなら』
そう言った後に電話は切れた。
彼女の裁判は上からの圧力という理由もあり刑期は短いものになるだろう。
彼女の行動で学園の友人たちの未来が良からぬ方向に行きつつあったのだ。だが、彼女の環境のせいもあった。その環境を知らされたときはどうにかしたいと思っても、もうことは起こってしまった。
だから、彼女に未来を創った崎森章登の意志に従いたいと思う。
「さっきーにありがとうって言いたいけど、私が言う言葉じゃないかなー」
きっとそれはシャルル・デュノアが面と向き合て言う言葉なのだから。
鈴とセシリアが倒されていない!?
まぁ、3人とも代表候補生ですしいくら強いって言っても2対1じゃね? あれ原作で冷静さ失ってたし、失ったのはラウラの方だし。なら何とかなると思った!
問題はどうやって戦闘をどう止めるかを迷いました。シールドは破壊してないし、鈴、セシリアは命の危機にさらされていないですし。
さらなる問題は一夏の暴走をのほほんさんに止めてしまった件。不自然に見えたらどうしよう。
感想についてなのですが皆さんの『一夏はガキ』や『主人公のピエロ』について説明しようとすると設定をネタバレをしそうなのでやめることにしました。
身勝手でごめんなさい。
これらはいずれ本文で説明することとなるので待っていてください。(そこまで続けられるか疑問ですが)
シュバルツァレーゲンのリボルバーカノンの新装刊の表記に「液体火薬をリボルバーシリンダー内でプラズマ臨界寸前まで加熱させ」なんて表記があったためそれサーマルガンじゃんと思て変更しました。
ちなみに原理は普通の銃と同じ、筒の中にある弾を火薬を発火させガスで弾を押し出す射出と同じです。その為砲身内は密閉で熱の逃げ場なんて無いわけですが、比較的電力が低くても打てます。
大口径ならプラズマ膨張速度を得るのにかなりの電力を消費、更にそれをレールで加速、熱量はかなり高く砲身は熱く、発射された弾も熱で溶けながら飛んでいくものとなりました。なんだこの電気喰らい。
更にプラズマブレイドの二刀流。ドイツ製のジェネレーターとラジエーターどうなってるの?