「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「え? そうかなぁ? デザインだけって感じがして機能性がなくて不安なんだけど」
「そのデザインがいいんじゃない!」
「私は機能性重視のミューレイのがいいなぁ。特にスムーズモデル」
「あれ高いじゃない。高校生の私には手が届かないわ」
月曜の朝。まだ授業が始まる前なのでワイワイと机に雑誌を広げガールズトークをしている女生徒がクラス中にいる。この辺は普通の学校と同じような感覚を受けるが騙されてはいけない。
他のところではこうだ。
「ねぇ、明日の爆弾解体の授業どうしよう?」
「ああ、映画みたいにニッパーとかできるのかなぁ? ヤヴァイ。私不器用だから絶対爆発する」
「大丈夫ですよ。あれはそういう緊縛感を演出しているだけで実際は雷管を抜くだけでたいてい無力化できますし、液体窒素で凍らせるというのもありますから」
爆弾解体の話をする学校なんて恐らく警察学校か軍学校、そして今俺がいるIS学園だろう。
こんな会話を聞くことなんてあまりないと思う。
平穏という言葉からは随分と離れた場所に来たなぁと実感させられる。
「そういえば織斑君と崎森君のISスーツってどこのやつなの? 見たことがないタイプだけど」
「男性用のISスーツなんて作ってなかったから急遽にイングリット社が作ったらしいが、まぁ使えりゃあんまり関係ない」
「なんで?」
「どこもかしこも似たようなタントップとスパッツじゃねぇか」
「かぁーわかってないわねぇ。形は似ているけど色や彩模様は違うのよ。それに女の子は見えないところに気を遣ったりするの」
そんな指摘を受けるが俺は学校指定はほとんど紺色じゃねぇのかよ。と思ってしまう。
まぁ、機能性が優れているらしくシャツ代わりとして着ている女性もいるとか。
「ISスーツは肌表面からの微妙な動き、電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。ただし衝撃はきえないのでご注意ください」
俺の後ろで解説を行う山田先生。誰も頼んでいないような気がするのだが。
あともう一つ説明するとISは個人を理解しその個人に合わせた変化を促す。十人十色で速いうちから自分のスタイルを確立させるということもあるらしい。
ただ、全員が全員専用機を持てるわけがない。
まぁ、普段着として使っている女性もいるらしくそういったメーカーが花柄のISスーツや水玉模様のISスーツを作り売りに出している。
そっちのほうは機能的に劣ってしまうがそれでも人気は人気だ。
「山ちゃん詳しい!」
「先生ですからね。知ってて当然です……って、山ちゃんですか?」
「山ピー見直した!」
「山ピー……?」
山田先生にはもう8つ以上の愛称がついている。俺のズッコケよりも健全だろう。しかし、山田先生は背中かゆいらしく頬を少し赤らしめ恥ずかしがっている。
「あの、先生なんですからあだ名で呼ぶのはちょっと……」
「いいじゃねぇですか。山田やま先生。慕われている証拠で」
「崎森君、山田真耶です」
「すいません。山田まやま先生」
「今度は多いです。あとそれはやめてください」
「山田やっあま先生! 失礼噛みました」
少し噛んだ。なんか難しいぞこの人のフルネーム。
「とっ、とにかくですね。先生の名前はちゃんと言ってください。わかりましたか?」
「「「はーい」
しかしその返事には承諾したというよりは相槌を打ったように適当であった。きっと授業中も言われることだろう。
そうした間に予鈴がなり、生徒が次々と席についていく。俺も自分の席に戻った時に織斑先生が教室に入ってくる。
「諸君、おはよう」
「「「おはようございます」
それまでの教室の空気が紐を張ったように真直ぐ正された。
「今日からは本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用するため各人、気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使う。まぁ、個人のを使っても構わんが授業中はできるだけ統一するため学校指定のものを使うようにしてくれ。忘れた者は代わりに学校指定の水着で代用してもらう」
なぜか、このIS学園絶滅危惧種のスクール水着である。中学時代のプール授業はみんな学校指定の物ではなく市販の花柄が入っていたり、フルリがあったりの水着が一般的であった。少なくとも俺の学校では。
「では、山田先生。ホームルームを」
「はい」
もう何も告げることはないという風に切り上げる。最後の方に「それもない奴は下着でやってもらう」と言っていたような気がするが今年は男子も入っていることを考慮してほしい。昨年までは女子限定だったのだろうから仕方ないのだろうが。
「今日はなんと転校生を紹介します。 なんと二人もです!」
そういうのって人数合わせるために別々のクラスに振り分けなくていいのか?
「さぁ、入ってきてください」
そして、教室の扉があき二人のクラスメイトが入ってくる。今日からクラスメイトになる人物なのだがどっちも奇奇であった。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
笑顔を浮かべてしこ紹介をするデュノア。視線が集まっている中、緊張もせずいえるのはすごいことなのだろう。
俺の様に滑ることもなく、織斑の様にテンパルこともなかった。
金髪の長い髪を丁寧に後ろでくくってある髪型。中性的な顔で黄金比の様に整っている美形だがどこか場違いな印象を受ける。おそらくそれが俺や織斑と同じ男子制服だからなのだろう。IS学園は基本女子だけなので3人目の男性IS操縦者となるが、背は俺より少し低いくらいか同じくらいで男性としては小柄な方だ。
可愛らしく、子犬のプードルを思い浮かべさせるが何か背景が何時もと違うのか、金髪のせいなのかは知らないが後光でもあるかのように輝いている。
笑顔が輝かしいとか歯が光るという領域を超えているみたいだ。
「お、男?」
疑問が誰からの口からかぽつりと呟かられる。
「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいらっしゃると聞いて本国より転入を―――」
「き、」
「はい?」
デュノアが説明している途中で誰かがしゃべり途切れさせる。
「きゃぁあああああーーー!」
「きたぁあああああーーー!」
巻き起こる女子の歓声。あんたらそんなに美形がいいか。これで次の男性IS操縦者が不細工だったらブーイングでも起こるのか?
あ、俺という前例がいるか。……いや、俺はそんなに不細工じゃねぇからな!? あくまで中の中の下であって―――。俺の頭の中で誰に弁解を求めているのか不思議に思った。俺結構疲れているのかな?
「新しい男子!」
「しかも美形! かわいい系で守ってあげたくなるような!」
「織斑君との妄想で飯3杯はいけるわ!」
「織斑×崎森よりも売れそうな予感! 今すぐネーム書かなきゃ!」
女子の妄想、歓喜に歯止めが効かなくなってきていた。そして俺と織斑で謎の掛け算した奴後でその薄い本燃やしておけよ?
まぁ、写真撮って売れそうではあるんだがな。美形だし……ええ、俺はどうせ三枚目ですよ。
「あー、騒ぐな。 自己紹介すら聞く気はないのか貴様ら」
そう言われて少し音量が下がるがそれでもまだ気になる生徒がいるらしくひそひそと声があちらこちらからする。
「……」
沈黙を続けているもう一人の転校生。
隣にいるデュノアと比べて低く、女子の中でも低い背丈で少女という表現がいい。が、少女という幼く、か弱い幻想をぶち壊すかのように赤い目はナイフを研いだかのように鋭く、冷たい。左目にどこぞの海賊がつけるような眼帯をつけそれが冷酷さを増しているように思える。
腰まで届く長い銀髪をしているが髪を束ねたり、飾ったりする遊びの様子はなくただ伸ばしているだけ。邪魔だと思ったら躊躇なく切るだろう。
未だに発言すらしないが、視線はまるで見下すように高圧的な態度で腕を組んでいる。
「挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
見かねた織斑先生が声を掛ける時だけ何か別の物でも見つけたような目になった。そして、尊敬の念を込めた敬礼をする。しかし、織斑先生はその敬礼を向けられて嬉しくはなさそうに顔を歪める。
「ここではそう呼ぶな。私はもうお前の教官でなく教師だ、ここではお前も生徒でしかない。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」
どうやら二人の会話からして面識があるらしい。しかし、織斑先生から顔を離してこちらを見たときにはもうさっきの高圧的な態度になっていた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
教室では次に続く言葉を待っていたのだが反応はなく、沈黙しかなかった。ボーデヴィッヒはもうこれ以上話すことはないという風に口を閉ざしている。
「あの、……以上ですか?」
「以上だ」
場の雰囲気を何とかしようと山田先生が問を掛けるが全く相手にされず、それ以上山田先生の口を詰んでしまう。山田先生頑張ったから涙目になんてならないで。
「っ! 貴様が―――!」
その時、誰かと目線があったらしく一層険しい目になり、嫌悪感を隠そうともせずに織斑の席へと移動した。
そして、織斑に向かって素早く手を振り下ろす。パッシっと乾いた音が教室中に鳴り渡った。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなどと、認めるものか」
全員がボーデヴィッヒと織斑のやり取りに目が行く。俺もいきなりの展開に目を丸くする。きっと過去に織斑に傷つけられた女の子なのだろう。もしくはその関係者とか。
流石にそれはないか。
「いきなり何しやがる!」
あまりに突然の出来事で混乱から復帰した織斑が怒鳴りつけるが、何でもないという風に鼻を鳴らして一蹴にする。
そして、何の説明すらせずに自分の席と思われる所に着席する。何が何だかわからないというのが全員の感想だろう。
「あー。ではHRを終わる。各人は着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でISの模擬戦闘を行う。解散」
そう告げると事を見るとボーデヴィッヒの行動を咎める様子はないらしい。校内暴力があったのだから注意くらいはしても良さそうなのだが。
といつまでも考えてはおれず席を立ちあがりグラウンドに向かおうとする。女子は更衣室で着替えるのではなく教室で着替えるため何時までもいたら痴漢扱いでは済まされない。が、織斑先生に呼び止められる。
「織斑、崎森。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ」
めんどくさいと言えるはずもなく、とりあえず頷いておく。と、立ち止めっていたら俺の方にデュノアがこちらに来て握手を求めてきた。
「君が織斑君に崎森君? 初めまして、僕は―――」
「自己紹介はまたあとでだ。女子が着替えるからとっとと教室から出るぞ」
そう言って急かす様に言い教室の出口まで行くが解っていないらしくその場から動こうとしない。
「置いていくぞ? それとも女子と一緒に着替えたいなんて言うんじゃねぇよな?」
「え? ああ、うん急がないとね」
からかう様に言ってみたのだが、何か引っかかる。当たり前だよね? と今にでも言ってきそうな困惑した表情を浮かべていた気がする。それから何かに気付いた様に焦ったように声を上げる。
フランスでは更衣室がなく男女一緒になって着替えをは始めるのだろうか?
自分が男子ということを理解していないのだろうか? まぁ、いきなり女子高に入って戸惑っているのかもしない。
「ほら、急ぐぞ」
そう言い織斑が手を繋ぎ教室を出させる。なんで手何て繋ぐ必要があるのか。
廊下を小走りで走っている俺、デュノア、織斑。
「男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」
「う、うん」
織斑の説明を若干顔を赤らしめながら頷くデュノア。なぜ赤くなるのか俺には分からない。
「トイレか?」
そんな場違いな事を言う織斑。デリカシーのかけらもありはしない。いや、女の子じゃないからいいのか?
「トイ……っ違うよ!」
「そうか、それは何より」
また顔を赤くして反論するデュノア。ものすごい違和感を覚えるのだが気のせいだろうか? ってか、なんでトイレという言葉に反応したのだろう。
階段を下って行ったその時、なぜか他の生徒がデュノアを探していたらしく指を俺らの方に向ける。
「ああ! 転校生発見!」
「しかも織斑君と一緒!」
速いって、転校生が男だってわかったのってHRの数分前だぞ?
そうしているうちにぞろぞろと集まり人だかりができてきた。このまま遅れてしまえば織斑先生の折檻コース間違いなしだ。
そうならないために足を速めるがあまり効果はないらしく来るは来るは女子の群れ。
「いたっ! こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」
そんな時代劇で言いそうなセリフを言いながら追いかけ、先回りしてくる生徒達。
「織斑君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわねぇ。こう輝かしくて!」
「しかも瞳はエメラルド! 憧れるなぁ」
「きゃぁあ! 見て見て二人が手を繋いでる! これはもう撮影するしか!」
「くそう、崎森邪魔よ!」
なんで俺だけ罵倒されてんの。
女子達が騒ぎ立てる中を俺たちは進んでいく。かなり時間を食いつつありちょっとまずい。マジで折檻コースがお待ちかねている。
「な、何? 何でみんな騒いでるの?」
ここの女子達の歓迎に目を白黒させながら聞いてくる。
「そりゃ男子が俺達だけだからだろ」
「美形が二人もいれば注目を集めるだろうが」
「?」
何「意味わかりません」みたいな顔をしているのかこっちが分からない。
「いや、IS動かせる男子は珍しいだろうが? しかも美形。なんだ外国にはIS動かせる男性がごろごろいるのか?」
「そ、そんなことないよ」
「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないからウーパールーパー状態なんだよ」
もっと他に例えがあるだろ。なんでウーパールーパーなんて言うキモかわいい動物チョイスしてるんだよ。ほら、デュノアが知らないらしく困ってるぞ。
「単に仲良くなるために早くから接点作っておきたいだけだろうが。なんでウーパールーパーが出てくるんだよ」
「二十世紀には人気だったんだぜ?」
「人気が出る、物珍しい、親しくなりたいは意味が違いすぎるだろうが」
そんなどうでもいいことを言いながら廊下を切り抜けていく。そして更衣室前まで来た。時間が迫ってくる。
「しかしまぁ助かったよ」
「何が?」
「いや、やっぱ学園に男が少ないと辛いからな。何かと気を遣うし。男が増えてくれるっていうのは心強いもんだ」
「そうなの?」
「これから女子の着替えが終わっているか確認するのに時間がかかって次の授業に遅れるなんてこともあるからな。結構気遣わないとあっという間に犯罪者だ」
そんな忠告を言うが何やら納得したような納得しないような微妙な表情になった。
「ま、なんにしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「俺は崎森章登。変なあだ名でなければ何でもいい」
「うん。よろしくね。一夏に章登。僕の事はシャルルでいいよ」
そして更衣室に入り急いで着替えようとする。
「うわ! 時間ヤバいな。すぐ着替えちまおうぜ」
確かに時間が迫っている。しかし早く終わらせる裏技というほどでもないがあるのだ。
「ハイ終わり」
下着としてISスーツを着るというという技が。
「早! 何でそんなに早いんだよ」
「下に着ていただけだっての」
急いで織斑も一気に制服のボタンを外す。別に待って一緒に遅れることはしたくなかったのでデュノアに第二グラウンドに出る道を教えようとしたところで、デュノアが悲鳴を出す。
「わぁ!?」
「?」
虫でも出たのだろうか? しかし視線は織斑の背中に向いておりそちらに目を向けても何もない。
「何だよ? 何もねぇぞ?」
「忘れ物でもしたのか? って、なんで着替えてないんだ? 早く着替え何と遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃ時間にうるさい人で―――」
「う、うん? 着替えるよ? でも、 その、あっち向いてて……ね?」
何が「ね?」なのか全然分かりませぬが
「別に着替えをじろじろ見る趣味ねぇけど、第二グラウンドに行く道解るか? 教えてたらすぐに行くけど」
「あ、大丈夫。見取り図はちゃんと頭の中に入ってるからちゃんと行けるよ」
「なら大丈夫か。じゃお先に」
そう言って急いで第二グラウンドに急ぐ。正直ダッシュで間に合うか分からない。
後ろから「薄情者~」と織斑の声が聞こえるが、喋っていて着替えていないお前が悪い。
「崎森、織斑とデュノアはどうした?」
グラウンドに着いたとき織斑先生が聞いてくる。まだあいつらは時間がかかっているらしく、時間になっても来ない。
「着替えに手間取っていたようですけど場所は知っていたので遅れないように先に来ました」
「そうか」
納得したらしくホッとする。この人よく分かんないんだよな。答えを間違えたら出席簿が振り下ろされそうで。
授業が始まる時間になって1分過ぎた頃だろうか、鏡ナギが織斑先生に聞こえない様に耳打ちして聞いてくる。
「ねぇ、デュノア君と織斑君手で何かしてたりする?」
「単に織斑が何か言ってデュノアが困惑している可能性があるな」
「ふーん。どうすればデュノア君と親しくなれると思う」
「いっそ歓迎会でもしたら? こっちに来ていきなり女子の花園にぶち込まれて混乱してるだろうし」
「じゃあ今度皆で食堂を借りられるように申請しようかな」
そんな事を言っているうちに織斑とデュノアが走ってくるのが見えた。
「遅い!」
と織斑先生が叱り飛ばす。そして、あの人は頭の中が分かるのか(と言っても織斑がなぜかうんうんと何に納得したのか頷いていたからなのだが)出席簿で叩き付ける。
「下らんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ」
それからデュノアの後に織斑が列の端の方に並ぶ。
「では、本日から格闘及び射撃を含むISの起動訓練を開始する」
「「「はい!」
ISに触れるのは今日が初めての人なんていないと思うがそれでも憧れの物であることには違いがなく、声に歓喜と気合が含まれているらしく大きい。
「今日は戦闘を実演してもらおう。凰! オルコット! 前に出てこい」
やる気がなさそうにボヤキながら前に出ていく凰とオルコット。
「なんであたしが」
「なんだか見世物のような気がしてあまり気乗りしませんわね」
「お前ら少しはやる気を出せ。特に凰はアイツにいいところを見せるチャンスだぞ」
二人が前まで来たとき、織斑先生が耳を打つように顔を近づけ言う。それを聞いた途端、凰がやたらと自己主張を開始する。
「まっ、実力を見せるいい機会よね! 私の!」
「鈴さんは思い人が居てよろしいですわね……」
さっきまでの意気消沈が嘘のように元気になる凰を見てオルコットはますますやる気をいう言葉が削がれていく様で対極的であった。
「ま、この際どちらが上かいい加減決めましょうか」
「いいわね、それ。むろんどっちが勝つかなんてやる前から決まっているようなもんだけど」
「誰がお前らで模擬戦をしろなんて言った。対戦相手はもうすぐ来る―――」
その時、何か高速ですり合わせるような音が聞こえ何人かの生徒が上を見上げる。そこに見えるのはこちらに向かってくる人影。しかも高速で突き進んでいるらしく見る見る間に大きくなっていく。
生徒たちが気付いて悲鳴を上げながら四方八方に逃げ出す。こちらに向かってきている人物も何やら制御を失っているらしく悲鳴を上げながらこちらに突っ込んでくる。
「うわぁあああー! ど、どいてくださいー!」
「うおぉ!?」
ほとんどの生徒は落下地点と思われる場所から逃げていたのに、あまりの出来事で呆然としていたのか織斑がまだ逃げておらず、その場でISを展開し落下人物を受け止める。しかし、受け止め方が悪かったらしく衝撃で人物と揉みくちゃに転がる。
親方! 空から女の子が!? という展開だがどこの落下系ヒロインですか?
「ふぅ、死ぬかと思ったけどなんとか白式の展開が間に合ったな。」
「ひゃっ――」
妙に艶めかしい声が織斑の下から聞こえる。
転がった時に立ち位置が変わったのか山田先生を押し倒すような形で手を胸に当てて揉んでいる織斑。お巡りさん早く来てー。
「ん?」
まだそれが何か気になるらしく完全に山田先生の胸を揉んでいる。ISを装備していて触感なんて伝わらないだろうがもう一度言おう。
む ね を も ん で い や が る!
羨ましい、怪しからんを通り越して怒りと殺気を覚えるね。
なんで俺は逃げてしまったのか!?
くそう、ラッキーサマーが! やはりイケメンだからか!? イケメンだから許されるのか!?
「いっ!?」
掌を摘まれたらしく、その痛みによって俺の嫉妬が急に冷えていく。手を見ると抓っているのは癒子で、何やら目が座っている。
こちらに気付いたとき離してくれたが、いまだに怒っているのか顔が無表情だ。
「なんでございましょうか癒子様」
「すっごい鼻の下伸びていたから直してやったのよ」
そうでしょうね。しかしあの衝撃的な印象を目に焼き付けなければ男の子としておかしいと思うんです。
「そ、そのですね。困ります。こんな場所で……いえ! 場所だけじゃなくて時間も。あ、でもこのまま行けば織斑先生が義理の姉ということになって、それは魅力的で―――って、ダメです。仮にも先生と生徒なんですから」
という風に独り芝居を始めてしまった先生。
織斑も如何していいのか分からないのかまだ、山田先生の上に乗って手を胸に当てている。
俺は急いで立ち上がるか、地獄に落ちればいいといいと思うよ。
いつまでも離れない織斑に苛立っているのか凰がISを展開し『双天月牙』を手に持つ。そして連結部分を繋ぎ合わせた時、独特の金属音を出してしまい織斑が振り返ってしまった。
振り返らなきゃ確実にあたったんだけどなぁ。
「二人とも死ねぇえ!」
胸の小さいことを気にした裁判長が、更に他の女性にセクハラ行為を行った織斑に断罪が下る!
投げられ芝刈り機のように逝きよいよく回る刃物は織斑の首へと向かっていって、それを織斑が身を躱し避けてしまう。しかし、そうは問屋が卸さない。『双天月牙』には起動変化装置があり、ブーメランの要領で元に戻すことも、軌道を変化させ相手を追尾することもできる。
そして、戻って来た断罪の刃は織斑の首へと到達するかと思われたが銃声によって防がれる。短い銃声を2発で軌道を逸らされた『双天月牙』はそのまま凰の手に収まる。
その銃声がしたほうを見てみると、そこにはうつ伏せになるようにしてアサルトライフル≪レッドバレット≫の照準器を覗いている山田先生だった。
そして、山田先生が乗っている機体を見てみると深緑色の改修強化型のラファールであった。腰にはグレネードカノン。回転式銃のように弾奏が回転するのだがその大きさはまるで小型のドラム缶に砲身を足したようなものだ。
6連グレネードランチャー。連射ができ高威力の武器である。
前の「HW-01 ストロングライフル」反動性の観点から打鉄の方に移植した方がいいという結果になったためそれに代わる武器として取りつけられたのだろう。
この改修型、配備が決まったらしく打鉄を合わせ何機か学園に配備するらしい。というのも前の襲撃、世界に未だ3人のISを動かせる男子を守る、のが主な建前。
本当は実践データをいろいろ取りたいからとかがあるらしい。後は自国の技術力のアピールや国の主導権を執りたいらしい。
栗木先輩はその辺については疎いらしく「貰える物はもらうわ」と現金主義のような事を言っていた。
その武器の無骨さも相まってか何時もの穏やかな表情ではなく、目が真剣になっており誰だ、あんたと突込みたい。実際に何時もの雰囲気ではないことに生徒が唖然としている。
「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃能力はほんの一部でしかない」
「昔のことですよ。それに乗るのが久しぶりなので鈍ってるかもしれませんし」
つまり、全盛期はもっとすごかったってことなのだろうか?
「さてお前ら何時まで惚けている。さっさと始めるぞ」
「え? 2対1で、でしょうか?」
「いや、さすがにそれは……」
「ん? 流石に自分の実力はわきまえているようだな。ならもう一人追加するか?」
そんな挑発するような声音で聞く織斑先生。その言葉に、自分たちのプライドが逆撫でされたようで目に力が入り、眉が吊り上る。
「いえ、わたくし一人でも十分です」
「そうです! 一人でも勝てます」
「そうか。なら二人でも勝てるな? では始めろ。」
「足手まといにはならないでね!」
「張り切りすぎて突っかかってこないようお願い申し上げますわ」
そんな口げんかをしながら空に上がっていく二人。一方、もうコツを掴んだのか急上昇して先に上がった二人に追いつく山田先生。
一定距離まで上がった時、模擬戦闘が開始される。
「さて、崎森。今山田先生が使っているISの解説をしてみろ」
めんどくささを感じたがそんなこと言えば出席簿チョップの餌食なので素直に頷く。
「山田先生が使っているISはラファール・リヴァイブの改修強化型で機動性に優れた機体に更に急加速を強化して位置取りや回避運動に優れています。
元々ラファールはペイロードが余っておりそこに日本お手製の魔改造が加えられました。
ただ全身の至る所にブースター、スラスターを増設したことで本体の防御力は低下。それに伴い装甲は防御力よりも軽いカーボン系のものを採用して速度を底上げています」
実際に一発でも当たると結構シールドエネルギーが削れるのだが、そこはパイロットの腕で避けるしかない。つまり玄人向けの機体なのだが山田先生はもう最初の軌道制御に失敗する事はなく、凰とオルコットが繰り出す攻撃にはかすりもしない。
放たれた高速で進む一直線のレーザーを難なく躱し続け、そこに接近してきた凰の二刀流の斬撃をサイドブースターと背後のマルチスラスターで右回りに加速し強引に斬撃を躱し、背後に移動していた。
あれではオルコットの射線に入ってしまい撃てない。オルコットは移動して射線を変わらせようとする。
山田先生は腕に内蔵されている単分子カッターを展開起動し凰へ切り付ける。
甲龍の左手で逸らそうと裏拳を放つがそれに合わせて手首に向かって寸分違わず単分子カッターを当て血が噴き出すような火花と金属の悲鳴を上げる。
「では、デュノア。元となったラファールの説明をしてみろ」
「あ、えっと。デュノア社製ラファール・リヴァイブは第二世代型後期に作られた機体です。しかし、スペックは第三世代にも劣らず安定した性能と高い汎用性、そして豊富な後付武装が可能な機体です。さらに特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばない事と多様性役割切り替えを両立し装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能です」
「ああ、一旦そこまででいい。終わりそうだ」
衝撃砲で相手の軌道を制限しているようだが、相手の変則軌道に翻弄されているらしく当たった様子はない。しかもその衝撃による余波がオルコットの射撃に影響を与える。機体が風で揺らされ、さらに衝撃という影響があるため照準がどうしてもずれる。
オルコットもビットで牽制を始めるが直進するレーザーは虚しく空へと溶けていく。
そこで、山田先生が一気に接近しアサルトライフルを放ち勝負を仕掛ける。
急接近された凰は驚いた様に後ろに下がって回避しまい、後に居たオルコットに接触してしまう。その硬直の直後、腰部分に接着されている6連グレネードランチャーを手に持ち連射する。
爆発の衝撃は地上にいた俺たちの頬を叩くほどの威力を発揮し爆発でフットボールの様に飛ばされた両名は地面に叩きつけられ粉塵を上げる。
砂煙が晴れた時には二人はいがみ合っていた。
「アンタねぇ。何面白いように攻撃先読まれてんのよ!」
「鈴さんこそ、無駄に衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」
どちらも足の引っ張り合いで負けたようなものである。
それでも1対1で勝てたかと言われると疑問視してしまう。
そこそこいい戦いになるだろうが、それでも山田先生が勝つことには変わりないだろう。凰は本命の刃が避けられていたし、オルコットは最初は勿論、衝撃砲の影響があったとはいえ完全に見切れていた。
「さて、これで諸君にも学園教員の実力は理解できただろう。今後は敬意をもって接するように」
もしかして、山田先生がからかわれているのを気にして今回の模擬線をしたのだろうか?
「専用機持ちは織斑、崎森、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では7人グループで実習にする。リーダーは専用機持ちにしてもらう。では分かれろ」
織斑先生が言ったその時、二クラス分の殆どの女子が織斑、デュノアに詰め寄っていく。他の専用機持ちには人っ子一人集まらなかった。
まるで人気のゲームが発売されたとき2階のゲーム売り場に人は集まるが、3階の服屋には集まらなかった感じ。俺? どうせ古本屋だよ。しかも置いてあるのはマンガじゃなくて国語辞典。
「織斑君一緒に練習しよ!」
「瞬間加速を使っているときどんな感じがするのか教えてよー」
「デュノア君の操縦技術見せてよ~」
「私も同じグループに入れてー!」
癒子やのほほんも転入生のデュノアが気になるらしくそちらの方に行く。
やっぱ顔がすべてなのかね?
そんなどうしようもない事を考えていると、呆れ顔で織斑先生が額に手を当てながら言い放った。
「ハァ……。出席順に1ずつグループになれ! 今度滞ったらグラウンド100周させてやる!」
そんな怒声が全員の耳に入り即座に出席順に並び直す。そんな変り様を見て織斑先生が「そんな事いわれる前にしろ」という風に呆れ頭を痛めた。
「はぁ、崎森君かー。くっ、私の苗字が『し』だったら……っ」
「うへー。なんかやる気なくすなー」
文句言うな。好きでこんな顔で生まれてきたんじゃない。
山田先生が訓練機を取りに来てくださいと言われたので自分が使っているラファールの方がいいと思い確認を取ったのだが、あまり興味がないのか「なんでもいい」と言われたのでとってくる。訓練機が乗っている荷台を動かしている間、誰も手伝ってくれない。
織斑は女子が一緒に運ぼうとしたところを断り、デュノアは女子達が「そんな事、させられない!」みたいなことを言って女子だけで運んでいた。
やはり顔だ。イケメンが全てなんだ。人は生まれを選べないとはまさに真理なのだろう。
『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。午前中は動かすところまでやってくださいね』
開放回線を通して山田先生が伝えてくる。
運んでいる途中でどんなことをするかシュミュレートする。
「じゃ、出席順に一人ずつ乗って歩行確認するぞー。グラウンドのトラックに沿うように4分の1くらい歩いてもらうから。今日の目標達成できなかったら放課後居残りだからな」
「「「さぁ! 速く始めましょう!」
まるで今までの落胆が嘘のように元気になりISを運ぶのすら手伝ってくれる。
やっぱ自由時間がつぶれるのは嫌だよね、皆。
「「「第一印象から決めていました!」
「「「よろしくおねがいします」
織斑とデュノアの周りを囲むようにして握手を求めるように手を差し出している。そのことに両名が戸惑っていると織斑先生が全員に出席簿チョップを繰り出し適当にグラウンドを数周させていた。
他の所? もう1人目がIS装着して歩行始めてるよ。
ISをまるで正座でもしているかのように座らせ乗る位置を低くし、その膝に足を乗せて装着席に最初の生徒が椅子に座るように腰を落とす。
開いていた装甲が閉じ、操縦者を固定し起動音が静かに鳴りパワーアシストから生まれるエネルギーが全身を動かすために行き渡る
そこから立ち上がろうとするが膝立ちになった所で不安定になってしまったが手を地面について何とか立ち上がりトラックを沿うようにして歩いていく。まだオートに設定しているので転ぶなんてことにはならず、少し微調整が効かず真直ぐ歩いてしまったため少しトラックからはみ出てしまった。
「む、難しい……」
「一応、オートに設定してあるからこれでも簡単なんだがな」
「マニュアルだったら?」
「左足に右足引っ掛ける、つま先で地面を捉える、足を踏み出すのが遅くなる、で転ぶ」
実際マニュアルに慣れるまでどんな秀才でも1日はかかると思う。しかも実戦で戦うとなればもっと技量が必要になってしまう。
「次に乗りやすいように最初に正座した状態で降りてくれ。でないと倒して横になった状態から乗って起き上がらなきゃならねぇから」
横倒しから始めると慣れていないうちは起き上がるのに時間がかかってしまう。更に土がついて汚れるというのもある。
「わかった」
織斑の班の様に誰もISを直立させたまま滑り終えるなんてことは誰もしない。そのため順々に作業を終えていった。
「では午前中の実習はここまでだ。午後に今日使ったISを各人格納庫で班別に整備を行う。専用機持ちは訓練機と実機の両方を見るように。では解散!」
結構時間が余ったため何分使ったら交代制にして動かしていてだいぶ慣れたらしく、走ることやシャドーファイトをしている女子もいた。
基本的には荷台にISを乗せ運ぶのだが、そんな面倒する気になれず最後に乗っていた女子をISに乗せ格納庫まで移動させた。
しかも荷台が人力でありそういう所に金を使えよと愚痴りたくなる。
織斑はもう女子達が意地っ張りというか頑固なことに気付いたのか手伝わず、デュノアは体育会系の女子が強引に訓練機を運んでいた。
「シャルル、章登着替えにいこうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ」
なんでこいつは一緒に着替えたがるのか疑問だ。そんなの時間に遅れないのなら別々でもいいじゃないか。
「ええっと、僕はちょっと機体の微調整をしていくから、先にいててよ。時間かかると思うし、待ってなくていいからね」
「じゃお先に」
そう言って更衣室に行こうとするのだが織斑に呼び止められる。
「章登、待ってやるのが友達ってもんだろ?」
「あのな、誰だって触れてほしくないことだってあるし、着替えくらい一緒にしなきゃいけないほど子供じゃねぇだろうが。大体、男は何時も一緒に行動しなけりゃならない規則でもあるのかよ?」
おそらくシャルルには自分では見せたくない古傷や変な所にほくろでもあるのではないだろうか? だから微調整しなければならないなんて言い訳を言っているのだろう。
「けど一緒にいた方がいいよなシャルルも?」
「いや、いいから! 僕が平気じゃないから! 先に戻ってて!」
そんな強く俺達を拒絶するかのように言うシャルル。やはり何か見せたくないものがあるのだろう。そのことに織斑は気付いていないらしく「何かしたか俺?」と恍ける様に言っていたので苛立ってしまい思わず声を荒上げでしまう。
「お前、人に見せたくないことを何が何でも見たがるタイプなのかよ?」
「いやそんな事ないぞ」
「だったら、人が嫌がった時に引くべきだろうが」
そう言っても織斑は「男が何で裸を見せたくないんだよ」と言っていた。
じゃあなんで男が裸を見せるんだよ。猥褻罪で訴えられてろ。