Word of “X”   作:◯岳◯

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6話 : 賢者の槍

 

爆弾発言より復帰した直後。僕は取り敢えず狭い部屋を強引に脱出することに決めた。まずは寝転んでいる警備兵の仮面をはぎ取り、装着。これで正体不明のアンノウン誕生だ。我が名は不審者Aなり。

 

そのまま1階へと降りたら、増援とかち合った。数は30程度。迂回した衛兵が後ろから来たせいで、挟撃される形になった。それほど広くない通路で囲まれた、お世辞にも窮地と言える状況で――――けど、そんなの関係ねえとマナを練る。

 

質で足りないから量で潰すって魂胆らしいが、ゼロに何をかけてもゼロなのである。だけど、後ろから小突かれるのは鬱陶しい。なので後ろを向きながら、提案することにする。僕は後ろの方を、と。

 

「ならば………ふむ、私は前ということだな。ああ、後ろから襲ってはくれるなよ?」

 

「そっちこそ。ひとりじゃ無理なんて言わないよな?」

 

「問題ない。君の方こそ、ひとりで大丈夫なのか?」

 

「こんなの、物の数じゃないって」

 

アナタ程の手練ならまだしも、この程度の“的”など脅威にすらならないです。敵ではない、正しく(まと)である相手に倒されるような理屈などない。

 

「貴様らぁ!」

 

「侵入者風情が侮ってくれたな!」

 

「ワン!」

 

一般衛兵プラス雑魚の犬型魔獣さんが怒ってる。けど、何でだろう。

 

(本当のことを言われて怒るとは人間がなっとらんですよ。犬は仕方がないとして)

 

この犬も犬で、それなりの速度持ってんだから機先を制するべきだろうに。彼我の力量差を全く把握できていないのか、まったく。そんなことを言っているから―――こうなる。

「な!?」

 

前へ、ステップ2つで一気に間合いへと踏み込む。予想外の速さだったのか、馬鹿の動きが完全に止まった。その隙、頂きである。

 

「獅子戦吼!」

 

掌から飛んだ獅子。それに吹き飛ばされた前衛の衛士が、後方の衛士を巻き込んで吹き飛んでいった。

 

「ウンディーネ!」

 

後方で、激流が飛んだ。後ろも同様の惨状が広がっている。

 

(ってこのマクスウェル子さん、本気過ぎる。遠慮が無いっす)

 

これぐらいの相手に四大とか、勿体無いってレベルじゃない。ていうか互いの持ち技を確認しあう暇がなかったから、何使えるか今も分かっていないけど、この人マジで四大を操れんのな。さすがはマクスウェルって事なのか。考えながらも取り敢えずは目の前の雑魚を殴って蹴って投げる。

 

「グボォゥア!?」

 

「一撃!?」

 

「ちょ、はや」

 

「どうしろってんだ―――?!」

 

「ウボァ!」

 

「応援を、応援を――――!」

 

「やめて―――!」

 

「キャイン!」

 

軟弱な衛兵と魔獣が仲良く悲鳴を上げて気絶していく。殺しはしない。でも、手加減なんかしない。まとめて地面を舐めてもらう。

 

ここでどのような研究が行われてて、自分たちが何を守っていたのか。知らないとか言われても、納得できるはずもない。さっき発散できずに溜まった憎悪。あんたらで、晴らさせてもらう。

 

「っ、遠くからの精霊術なら――――「魔神拳!」っ、いやぁ!?」

 

拳から発したマナの塊で、前衛もろとも術師を吹き飛ばす。その程度の精霊術なら当たってもそれほど痛くないし、意味はないんだけど――――ムカつくから優先して叩く。と、背後にまた強大なマナを感知。

 

「シルフ!」

 

風の塊が"障害物"をなぎ倒していく。というか、マナが大きすぎるから、そっちの方に驚いてしまう。

 

(四大を統括する精霊。偉大なるリーゼ・マクシアの守役、大精霊マクスウェル様か)

 

実際に眼で見る前なら、一笑に付していただろう。でも、あのマナと四大を使役する姿を見せられたら、納得せざるをえない。

 

(それにあの傍若無人っぷりも。あんなに容赦なく人を薙ぎ倒せるような女性なんて、他に知らな………いことはないな。ていうか、結構身近に居なくね?)

 

取り合えず3人の顔が浮かび上がった。それが誰かは、あえて言うまい。

 

(って、なんだ。女性ってそういうものだよねー)

 

別のベクトルだけど、理不尽の塊だよね。女性(笑)ってつきそうだよね。師匠以外は。

「………いま、なにか不愉快なものを感じたのだが?」

 

前方の的を全て倒したのだろう。振り返って、そんなこと言ってくるミラ女史様。そういう妙な所で勘に鋭いのもマクスウェル様の特権か………いや、師匠もレイアもそうだったな。ナディアも。

 

「つまりは普通の女性――――っと、これでラスト!」

 

お茶を濁すような返事をしながら、最後の的を殴り倒す。腹を打たれた最後の衛兵は、打たれた箇所を抑えながら地面へと倒れこんだ。うし、これで取り敢えずは状況クリアだ。

「あとは研究所の奥まで前進あるのみだね?」

 

「………そうだな。いや、戦闘せずに済んで良かったよ」

 

お互いにね。力量差はほとんどないから、どう考えても手加減抜きの殺し合いになってたし。

 

 

「取り敢えずは増援が来た方に進みますか」

 

 

 

 

 

 

増援倒した奥のドア。開くと、またおかわりの増援の一団が襲ってきた。でも特別強い個体がいるわけでもなし、さっきと同じようにボコにして適当に片していく。

 

「はい、しゅーりょー」

 

「………分かってはいたが、君は本当に容赦ないな」

 

「ノームでまとめて遠慮無くなぎ倒すような人には言われたくない。マクスウェルさんってばほんと慈悲もないね」

 

「場合が場合だ。それに、私も固まっている団体を鋭い回し蹴りでなぎ倒す君にも言われたくはないんだが」

 

「いや、僕の方はあくまで常識的な範疇でしょ。ていうか、本当にマクスウェル? いや、さっきのアレを見せられたから納得せざるをえないんだけど」

 

「私の名前は一つ、ミラ=マクスウェルだ。それよりも、君は………」

 

言葉に詰まった。それだけで予想はできていた。

 

「君は、なぜ精霊術を使わない?」

 

「………あー、まあ」

 

やっぱ、そう来ますか。

 

「非力な人間の身でも、君は上位の部類に立つほどの腕だろう。それほどの腕を持つ人間なら、戦闘に精霊術を戦闘に盛り込んでいると思ったのだが?」

 

「………それは、まあ」

 

でも正直に、答えてもなあ。まず、信じてくれないだろう。なにせ相手は4大の上位。嘘を言っていると思われるのがオチだ。というより、初対面の相手に誰であろうが『私は精霊術を使えません』なんて言いたくない。答えたくない。

 

あの眼を相手にするのは、ちょっとした覚悟がいるのだ。それに、相手はこっちを完全に信用してない。変な事を言えば、怪しまれるかもしれない。ここでまたガチの殺し合いはごめんである。

 

(精霊術のこと、使えないこと………その原因に心当たりがないかを、大精霊に聞きたいんだけど)

 

この場でいきなり聞けるようなことでもない。さっきのやり取りと今のこの距離を見て分かるように、マクスウェル子さんはこっちをまだ疑っている。それはまあ、当たり前なんだけど。でも、だからこそこの場でうかつな事は言えない。逃げられたりしても困る。

 

これを逃せば、ひょっとすれば二度と会えないかもしれないのだから。なんせマクスウェルが人間の形を取っているなんて、はじめて聞いたし、見た。きっと普段は存在しないとか、未踏の秘境に閉じこもっているのに違いない。ここは慎重にならねば。落ち着いてからでも遅くはない。

 

もしかすれば偽物かもしれない。天才精霊術師とかで、4大をそれぞれ召喚できる人間であるかもしれないし。

 

「ふむ、どうした?」

 

だから、差し障りない範囲で言い訳をするのが吉か。

 

「精霊術は苦手なんだよ。それよりも相手を殴る方が上手だから」

 

「殴る方が、か………それはなんとなく君らしいと思わされる」

 

「ノーコメントで」

 

納得するまでが早すぎやしませんか。まあ、誤魔化せたからいいけど。

 

「それでは、医療術を使えないのも?」

 

「あー、あー、聞こえないー」

 

「ふむ、耳が悪くなったか? 人間であれば、病院に行くといい。イバルから聞いた話だが、この町の医者は腕が良いらしい。治癒術で治療してくれると聞くぞ」

 

「…………そうですねー」

 

「どうした、眉間に皺を寄せて。ひょっとして目も悪くなったか?」

 

「いやあ、あははは…………ハハハノーハノアハハハハ」

 

「ふむ、面白い笑い方をするな」

 

うふふふこの人も、悪気は無いんだ、悪気は無いんだ。詠唱のように繰り返し―――なんとか。なんとか、踏みとどまる。知らないから聞いてるだけだろうし、ああくそムカつくけど。ムカつくけど、我慢する。だってそれは当然のことなんだから。医学生でも、医の道を志すものが医療術を使える、なんて当たり前のことなんだ。

 

………いや、話題を変えよう。このまま行くとまた戦わなければならない事態になるような気がする。具体的には喧嘩を売ってしまいそう。

 

「えーっと。それよりさっきのカードキーなんだけど」

 

「使い方は分かるか?」

 

「何とか、やってみるけど………」

 

何処で手に入れたんだろう。これ、ひょっとしてマクスウェル特製の万能鍵とか。そんなのあるのかどうか分からないけど、このマクスウェル子さんなら何でもアリな気がする。それとなく聞いてみたが、マクスウェルさんは違うといった。

 

「そんなものは無い。これは、君と戦う前にやり合った手練の衛兵が持っていたものでな。戦った時に落としていったので、拝借した」

 

「へえ、手練の」

 

「卓越した火の精霊術を使う奴だった。女にしては口が悪かったのが印象的だったな」

 

「…………えっと………もしかしてそいつって、銀髪? アンド、ソバカス?」

 

「――――その通りだ。もしかして、君の知り合いなのか?」

 

仲間なのか、とは聞かれなかった。しかし、どうやら警戒するに足る反応だったようだ。若干の敵意のようなモノを抱かれているのを感じる。だから、断言した。

 

「いや、敵だ。誰よりも敵対している相手で………ひょっとして殺したとか言わないよね?」

 

「………最後には精霊術の撃ち合いになってな。あちらはイフリートを受けとめたようだが、威力は殺せなかったようだ。そのまま出口から吹っ飛んでいったよ。『ぶっ殺す、必ずだ!』とは叫んでいたから、死んではいないだろうが」

 

「あー」

 

うあ、かなり物騒だな。でもあの貧乳らしいというかなんというか。

 

(それより、やっぱりここに居やがったか)

 

きな臭い研究所。侵入しているのか、はたまたここの警備をしていたのか。どっちにしても、一体何を企んでいるのやらそんな事を考えているとマクスウェルさんが念押しに聞いてくる。

 

「本当に、友人ではないのだな?」

 

「むしろ宿敵かなあ」

 

譲るものなど一つもない、正真正銘の敵。そう説明すると、マクスウェルさんはそうかとだけ返してきた。興味ないといった感じだ。冷たいというよりは、超然とした。それでいて何処か歪なものを感じるのは、彼女が人の形をしているからか。

 

って、今は考えている場合じゃない。

 

(それより、リリアルオーブを使いこなせてないなあ)

 

見る限り、リリアルオーブの補助は満足に得られていないようだ。オーブの発光が薄いし、感じられる力も弱い。それでもこの速さってのは恐ろしいけど。でも、剣術に関しては完ぺき素人だな。剣速は速い、間合いも理解できているけど、ただそれだけ。剣筋に工夫が見られない。切り返しの時の腕と手首の使い方を見ていれば分かる。あれは腕力にものを言わせた剣そのものだ。

 

それでも生き残れたのは………圧倒的な身体能力と精霊の補助、あとは戦闘経験のおかげか。自分より圧倒的に強い相手と戦ってきたことはないと見た。それに、メインとしていたのは恐らく精霊術。あの威力を見れば、納得もできるけど。

 

「ふむ、恐らくここだな」

 

ようやく、到着らしい。何やら難しい顔で、左の通路にあるドアを睨んでいる。

 

「えっと、この先が?」

 

「目的地だ。あれの気配がする」

 

言うと、警戒も無しにマクスウェルはドアを開いた。

 

 

「………でけえ」

 

 

最初に抱いた感想はそれだった。入り口からかかる橋の先にある、広大な空間の中央に座する台座。その上にあって。その場所を支配するように、"それ"は鎮座していた。

 

「やはりか………黒匣(ジン)の兵器」

 

「ん?」

 

何事かつぶやいたようだが、聞こえなかった。だけど、その声質は分かる。この声は、敵に対する者に向けるものだ。ともあれ、調べてみるに限る。壊すのはその後だ。もしかすれば、ハウス教授が戻ってくるかもしれない。そう思ってこの大掛かりな装置らしきものを操作するパネルをいじっていると、名前が出てきた。

 

賢者(クルスニク)の槍………?」

 

クルスニク。確か、創世記の賢者の名前だったか。

 

「ってぇ!?」

 

ふと、背後に強大なマナを感じた。振り返れば、マクスウェルが精霊術を使うための方陣を組んでいる。

 

「何を!?」

 

「クルスニクを冠するとは――――これが、人の皮肉と言うものか」

 

声には怒りがこめられていた。激昂ではない。静かな憤怒が、彼女の声の底と瞳の奥で燃え盛っている。

 

「やるぞ! 人と精霊に害為すこれを、破壊する!」

 

「っ、四大を全部―――まとめて召喚するのか!?」

 

イフリート、ウンディーネ、シルフにノーム。具現化できるほどに集められた、4代の系統の長。それぞれが、命じられるままに、破壊すると宣言した槍の周囲に展開していく。

「これが、マクスウェルの………!!」

 

ここに、確信を得た。コレほどの規模、これだけのマナを制御しきるとは、ただの人間では有り得ない!

 

「はああああああっ!」

 

四方に展開した四大。それを四半点として、宙空に円の方陣が組まれる。円の中央には、わずかに紫。かつ強大な、見たことのない程のマナの塊が集中していく。

 

―――だが。

 

 

「許さない…………うっざいんだよ!」

 

 

聞き覚えのある声が、装置の所から。気づけば、僕は叫んでいた。

 

「ナディア!?」

 

「っ、ジュードか!? テメエがなんでここに………!」

 

驚いているようだ。視線をこっちと、精霊術を行使しようとしているミラとを、交互に行き交う。次の瞬間、その顔は火山のように赤く、怒りを持つそれに変わった。

 

「クッソがぁ―――まとめて死んじまえぇ!!」

 

「な、何を………!?」

 

止める暇もない。何故か狂うかのように顔を歪めたナディアは、装置のすぐ横にある、操作パネルをいじりだした。すると、槍のような巨大な兵器の先端が開いていく。光が溢れ、その槍のような先端の前に、フラスコを十字に組み立てたようなものが出てきて。

 

――――直後に、展開していた方陣を"マナごと吸い込んでいく"。

 

「マナが………吸われる!?」

 

「これは………!?」

 

こっちの体からも、マナが吸い込まれていく。

 

全身から、何か大切なものがどんどんと無くなっていく。

 

霊力野(ゲート)に作用して………っ!?」

 

言おうとして止める。そんなはずがない。もし、そうならば―――霊力野《ゲート》が無い僕から、マナを吸えるはずがない。無差別に、ということになる。識別するような事はできないようだ。

 

「バカ者、正気か!? お前もただでは済まないぞ!」

 

隣からは、マクスウェルの叫ぶ声がする。そうだ。こんな距離にいて、あいつも巻き込まれないはずがない。四大も封じ込める、こんな馬鹿げた性能を持つ規格外の兵器だ。ひとりだけ無効化なんて、できるはずもない。

 

(………いや、ちょっと待て)

 

「アハ、アハハハ! みんな、まとめて死んじまえ!」

 

狂った笑い声。いや、それはいい。こいつは時たまこういう笑いをする。

 

(だけど、ちょっと、待ちやがれよ)

 

こいつ、マナのことを知ってやがる。装置のこともそうだ。

ぶちり、と何かが切れる音が、次々に連鎖していく。

 

「く、マナの使い過ぎか………このままでは………!」

 

膝をつくマクスウェル。だけど、そんなの知ったこっちゃねえ。僕は、聞きたい事を叫んだ。

 

「ナディアァァァァァァッッ!!」

 

「はっ、なんだい糞野郎!」

 

殺気を、乗せられるだけ声に載せて。偽ることは許さないと、問う。

 

「テメエが―――――ハウス教授を殺したのかぁ!?」

 

「ッッ!?」

 

見られたのは、驚いた顔。

 

「っ判断つかねえ………どっちにせよ、これ止めてからだ!!」

 

どうやれば止まるのか。考え、正面を見ればマクスウェルがよろけながら前へと、装置に向かって歩を進めている。

 

(あれか!)

 

装置の鍵のようなものが見える。あれをどうにかすれば、装置は止まるかもしれない。だけど、マクスウェルが膝をついた。

 

「くっ、こんな………所で!」

 

マナの使いすぎで、動けなくなったようだ。

 

―――それはそうだろう、僕とあいつと連戦して、その上で先ほどのような4大を召喚する馬鹿げた規模の精霊術を使ったのだ。まだ人間の形を保っているのがさすがのマクスウェルと言った所だけど、さすがにこれ以上の無茶はできないらしい。こっちも同様だ。

 

「馬鹿げたもん作りやがって………!!」

 

吸い取られる速度が早過ぎる。体内のマナが制御できないから、体もうまく動かせない。今から歩いて、あそこまでたどり着くのはかなり危険な賭けになっちまう。でも、今ならば。この場所からなら、なんとかなる。

 

背後までたどり着いた後、短いその名前を叫んだ。

 

「ミラ!」

 

「っ、何だ!」

 

「足ぃ上げろ!」

 

「何を?! っ、そうか!」

 

中腰に構えて腕を組む体勢のこちらを見て、やりたいことを理解してくれたのだろう。なんとか、といった調子で足を上げると、こちらに全体重を載せてきた。

 

これで、用意はできた。あとは―――

 

「いっせーの――――」

 

「今だ!!」

 

跳躍に合わせ、腕を思いっきり持ち上げる。直後、ミラは宙へと飛んだ。そのまま、パネルの上にある物体をつかむ。

 

「くっっ!!」

 

だけど、何かの反発を受けているようで、あと一歩で届かない。そして、僕の足の下から、光るリングが出てきて、それが体を拘束する。

 

「くそ………!」

 

体も動かない。見れば、ミラも同じように動きを封じ込められている。

 

(―――終われるか、こんな所で…………っ!?)

 

かくなる上は、命を賭しても。と、考えた時、脳の奥の何かがはじけて声が聞こえた。兵器の音も聞こえない。自分の鼓動の音も聞こえない。

 

正真正銘の静寂の中、声は言う。

 

 

『に……げ…』

 

(っ!?)

 

誰だ、と問う前にそいつは言葉を続けた。

 

 

『さ………ち……ら………使……』

 

『あ………子………そばを…………離………ど』

 

(これは………四大精霊!?)

 

少年のような声に、トボけた男の声。凛とした男女性の声が聞こえる。そして最後に、男の声はこう告げた。

 

『ミ……を………つ………逃…ろ!』

 

直後、四大の周囲から風が生まれた。突風が室内を吹き荒れ、そのまま僕は後ろへとすっ飛ばされ、入り口前にある橋まで転がる。

 

「四大が!?」

 

兵器の中へと吸い込まれていく。直後、ミラはまた立ち上がった。拘束を力任せに引きちぎり、マナの吸収をもねじ伏せ、パネルの上にある円筒状の"それ"に手を伸ばす。

 

(――――)

 

心の中が真っ白になる。辛いはずだ。今にも倒れたいだろう。なのにマクスウェルは、ミラ=マクスウェルは膝をついたままでいない。

 

賢明に立ち上がって、やがては――――

 

「う、あっ!!」

 

装置の部品らしき円筒状の何かを、声と共に引きぬいた。同時に、装置が止まる。しかし直後に、また突風が部屋を蹂躙する。ミラは完全に油断していたのか、その体を吹き飛ばされ、さきほどの僕と同じように橋の上に倒れる。

 

「っ、足場が!?」

 

二度の突風に、振動。足場は耐え切れなかっただろう。音を立てて橋の継ぎ目が外れていく。気づいた僕は、とっさに崩れ行く足場を蹴って跳躍し、通路の上まで避難する。ミラも体を起こし、尻餅をついたまま手に精霊術の陣を展開させた。

 

色は緑だ。シルフを呼んでどうにかするつもりだろうと思ったのだが―――――

 

「っ!?」

 

だけど、その陣はすぐに霧散して無くなった。

 

「ちょっ」

 

そして、驚く暇もない。足場は完全に崩れ、ミラも一緒に落ちていく。

 

――――金の髪が、翻って下に落ちていこうとして。

 

 

「――――っ!!」

 

 

気づけば、僕は跳躍していた。

 

「君は、何を………!?」

 

「煩い、手ぇ伸ばせぇ!!」

 

怒鳴り声に反応したのか、ミラが手を伸ばす。掴み、引き寄せると同時に、こちらに向かって降ってきていた足場の板材を蹴り飛ばし。

 

 

「厄日決定だちくしょぉぉぉぉおぉ!!」

 

 

僕とミラは、そのまま下へと落ちていった。

 

 

 

 


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