Word of “X”   作:◯岳◯

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36話 : 優先すべきは

 

 

明けて翌日。目が覚めると、状況は一変していた。

 

「………あの父さんが許したってのか?」

 

「うん。なんか、あの女の人が………ミラさんが、説得したみたい」

 

レイアの言葉に、驚きを隠せなかった。諦めろとさんざん繰り返していた、医療ジンテクスを使うこと。それを、許したというのだった。聞けば、ミラが何事か父さんと話していたらしい。

 

どういう内容だったのか、たずねてみたけどレイアは首を横に振るだけだった。

 

「知らない。とても私が割り込める空気じゃなかったし………ねえ、ジュード。ミラさんって、どういう人なの?」

 

説得する直前、その時の迫力が並ではなかったらしい。

たまに町に来る傭兵なんか、比べものにならないぐらいの威圧感を放っていたとか。

 

「どういう人って………まあ、結構な考えなしっていうか? あと、戦う人であるとだけは」

 

猪突猛進なところは、誰かさんに似てる。あとは自分で聞け、とレイアに言う。僕だって付き合いは短いんだ、彼女が何であるか、それを語れるぐらいの事を知っているわけではない。

 

しかし、妙だと言える。確かに、彼女とは短い付き合いだけど、無闇矢鱈にそういったことをする性格じゃないのはわかっていた。あるいは、自分の怪我の事だからか。使命にそれこそ命を賭しているからして、説得する言葉も僕なんかじゃ比較にならないぐらいの力があったのかもしれない。

 

と、そんな事を話していると本人がやって来た。ドアの向こうから見える車椅子の姿が痛々しい。

だけど僕が起きているのを見ると、少し急いだ様子で部屋に入ってきた。

 

「ジュード、無事か。倒れたと聞いて心配していたんだぞ」

 

「………まあ。処置も良かったみたいだし」

 

これは恐らく父さんの処置だろう。薬草を混じえた治療は父さんの得意とする所。そして母さんの医療術も、この町じゃ一二を争うほどだ。完全回復には程遠いが、それでも戦えるぐらいには回復していた。ディラック・マティスとエリン・マティスの医師としての腕は、本当に流石だ――――という言葉しか出てこないのが複雑だった。

 

「ジュード」

 

レイアの呼びかけに、はっとなる。そうして戸惑うような表情を見せるミラに何でもないと言いながら、話題を移した。ここに返ってきた本来の目的、それを果たす医療ジンテクスという施術についてだ。父さんはミラの説得により、そのなんちゃらを使用するのを許したらしいが、それがどんなものなのか僕は知らない。

 

だがミラは詳細までは聞いていないらしい。なら気は進まないけど聞きに行くしかないか、と立ち上がろうとした所をレイアに止められた。

 

「駄目だよジュード。怪我もまだ完治していないんだから、安静にしておかなきゃ………ジュードが気絶する程の怪我だったんでしょ?」

 

心配そうな、レイアの声。だけど、僕は大丈夫だ、丈夫なのは知っているだろう。昨日と同じような言葉で説得すると、レイアは複雑そうな表情で黙り込んだ。いつぞやの事を思い出しているのだろう。この胸につけられた傷のこと、その一連の事件のことを。問いただしたことはなかったが、レイアは僕が怪我をした事と経緯のいくらかは知っていると思われる。この反応がいい証拠だ。だけど、レイアはそれでも折れないつもりらしかった。何でもないとの僕の言い分に、ともかく今日一日は安静に、と食い下がってくる。

 

――――でも、譲れないものがある。

 

「駄目だ。ミラの治療は早い方がいいんだ。医療ジンテクスが何だか知らないけど、治す方法は一つ、体と足とのマナの通り道を繋げることマナとの経路が断続される時間が長ければ長いほど、繋がった後の足の動きは鈍くなる」

 

これから国とドンパチ賑やかにやらかそうってな時に、その弱点を抱えるのは痛すぎるどころの話じゃない。声にはしなかったが視線だけで訴えると、レイアがたじろいだ。この幼馴染は宿屋の娘であり、戦いを生業にしたことはない。だが、あの師匠の武術を学んだ人間であるのだ。足が鈍るということの意味を熟知している。そして先ほど僕は、ミラが戦う人だと告げている。押しきれば反対はしきれないだろう。

 

だからミラからも言ってやってくれ――――と口を開こうとしたが、出来なかった。

 

ただ、じっと。ミラは僕を見つめていた。その視線に浮かんでいる感情は何なのか、察することは出来ないけれど、嫌なものは感じなかった。同情でもなく、睨むのでもなく。観察するような視線に居心地の悪さを感じていると、ミラは視線を逸らした。

 

そしてすまない、と。言って、レイアに向き直り、頼むといいながら頭を下げた。

 

レイアは、また何事かを言おうとしたが、口を閉じた。ため息をついて、横目でこちらを見てくる。

 

「………ジュードが、人助けに、こんなに一生懸命になるなんてね」

 

「どういう意味だ」

 

かちん、と来た。失敬な。僕はいつだって優しい男だろうが。

 

時にドジな幼馴染のやらかした料理のフォローに追われ。

 

時におてんばな幼馴染がぶっ倒したならず者の傭兵の仲間と戦って。

 

レイアのフォローと書いて日常業務と読めるほどに頑張ったというのにこのまな板が。

 

「ふーん。やっぱり、胸が大きい方が好きなんだ」

 

「それが、数少ない僕の正義だ」

 

「スケールでかっ!」

 

「なのにレイアの胸のスケールはなぁ………………いや、いい。これ以上は残酷になってしま」

 

最後の言葉は神速のアイアンクローで握りつぶされた。いや、ま、ちょ、待って下さいレイアさん。地味に痛すぎる。安静にして、早く怪我を治すべきだと言ったのはお前じゃなかったのか。問うが、レイアは笑顔のまま僕の蟀谷を放してくれなかった。

 

それはそれ、これはこれらしい。そして流れるようにヘッドロックをしかけてきた。

相も変わらず凶暴過ぎる。だけど何だ、後頭部にわずかに感じるこの柔らかい感触は………うむ。

 

「って痛っ!?」

 

右の二の腕に痛みが。そして僕の声に驚いたのか、レイアがぱっと腕を放した。しかし、原因はレイアではない。ヘッドロックの痛みではなく、何だか抓られたような痛みだった。当然ながら僕ではなく、レイアでもなければ答えは一つだけだった。

 

「あの、ミラさん?」

 

「なんだ、ジュード」

 

いや、なんだじゃなくて、とは言えなかった。

言わしてくれない何かを、目の前の人物から感じていたからだ。

 

「ふふ。久しぶりに会えた幼馴染とのスキンシップだろう。私も、野暮なことはしたくないぞ」

 

言いながらも、ミラは笑顔だけど怖かった。というか、野暮って何のことでせうか。

 

「隠さなくていぞ。ああ、昨日のことだ。いくら人通りがなかったとはいえ、自宅の廊下で抱き合うとは随分と大胆だな」

 

「………は?」

 

そんな事があっただろうかと、ちょっと考える。そして思い当たるふしに、ああと頷いた。きっと倒れた時のことを言っているのだろう。気絶する直前に誰かが見ているのを感じたが、あれはミラだったわけだ。というか、違う。あまりにあまりな勘違いすぎますぜ、と。

 

僕は拳をふるって熱弁すると、ミラはようやく納得してくれた。

 

「そ、そういえばそうだったな」

 

「そうだよ」

 

何でそんな勘違いをしたのか分からないけど。あとレイアさん、手をわきわきさせるのは止めて下さい。ともあれ、今は医療ジンテクスのことである。怒っているレイアに何とか頼みこんで、レポートを持ってきてもらった。装置も一緒だ。僕はそれを読みながらどういったものかを理解していくことにした。だけど理論というか装置の概要が複雑過ぎて、一朝一夕では完全に理解できそうにない。

 

「というか………見たことがない類の施術だな。学校でも、こんなの聞いたことない」

 

従来の施術とはかけ離れている。治療には特殊な石が必要だと書かれているが、これが原因だろうか。レイアにたずねるが、あまりよく知らないらしい。

 

だが、意外なことにミラは知っていた。

 

「君の父親は、治療には精霊の化石が必要だと言っていた。採掘してすぐに使わなければマナを失うともな」

 

「………それが原因、か?」

 

何かひっかかるものを感じたが、今は治すことだけを考えよう。採掘してすぐに使わなければならないとするなら、確かに普及させられるような方法じゃない。学校にも知られていないのは、これが原因なのかもしれない。だけど、入手できる目処は立っている。

 

装置に関しても、以前父さんが作ったものが手元にある。今から鉱山の奥に行って使えば、それで施術は完了する。しかし、そこでレイアから別の問題点があると言われた。

 

「副作用が………その、ね? 治療を受けた患者さん、8秒で歩くことを諦めたんだって」

 

「たったの、8秒。それほどの激痛だってことか」

 

ミラには耐えられるだろうか。視線を向けてみるが、決意には揺るぎがないようだ。問わなくても分かる。どうしたって治す必要があればそれを選択するしかないし、諦めるなんて端から考えてもいないと目が語っていたから。色々な意味であの頑固な石頭から許可が取れたものだと思ったが、使命への執着心はミラも負けてなく、それが説得の鍵だったのかもしれない。

 

それでも気になる僕は、ミラにあの石頭をどう説得したのかたずねる。

だが、少し困った顔をするだけで、一言だけ答えてくれた。

 

「それは、言えないな。約束もある」

 

「約束、って誰との?」

 

「それはちょっとな。その、なんだ………いい女には秘密があるというだろう?」

 

「――――ああ、納得」

 

「ん~ジュードくん? 何でそこで私を見るのかな?」

 

レイアからの気味の悪い敬語攻勢かつ、視線の刺突を受け流しながら、どの鉱山にあるのかを聞いた。昨日は取り乱していたせいか、覚えが薄かったので改めて聞いてみた。

 

「その、あそこだって。フェルガナ鉱山の最奥の」

 

聞いた途端、鼓動のペースが3割ほど上がったように感じた。あそこか、と声ならない声で呟く。しかし、よりにもよってとも言うべきだろうか。今ここであそこが出てくるとは、因縁の場所であるという以外にない。何とか気を落ち着かせ、色々と考え込んだ。

 

道中の危険や、その他について。そして浮かび上がってきた問題は、あの場所に潜む危機だった。あの奇妙な穴だらけの広場のこと。あそこには、確かにそのような石があったように思う。そこに巨大な蛇のような化け物が出ることを、忘れたことはない。だけど、修練を積んだ僕ならばどうにでもできる相手だ。拳と全身の感触を今一度確かめながら、よし、と頷く。

 

「ミラ。鉱山に一緒に来てもらうことになるけど――――ま、愚問だったね」

 

大丈夫か、とは問わせないと言いたげに、頷くミラ。それを見た僕も、決意を固めた。

恐怖に退くような彼女がいるなら、僕はついていくのみだ。そうして守り切るのが。

 

そんな事を考えていたのだが、聞いていたレイアがいきなり椅子から立ち上がった。

 

「わ、私も行く!」

 

「は?」

 

「じゃ、準備あるから! 車椅子はあれ使って! あ、街道の出口で待ち合わせね!」

 

それだけを告げ、嵐は去っていった。残された僕達はちょっと呆然としていたが、すぐに気を取り直す。いいのか、とミラが言ってきたけど、あの状態のレイアを説得するのは至難の業だ。不可能とは言わないけど、時間が掛かり過ぎる。

 

それにレイアは、強い。純粋な才能でいえば僕よりも上であるし、今まで武術の修行も怠ってなかったみたいだ。少なくとも今の状態の僕よりかは、強いと思う。そう説明すると、ミラは驚いていた。

 

「普通の町娘に見えたのだが、それほどか」

 

「まあ、あれで師匠の後継だから」

 

心配はいらないと告げて、僕の方も用意を済ませて外に出る。目的地は、もちろん鉱山だ。だけど、待ち合わせの街道出口に行く前に、立ち寄っておかなければならない。少しレイアから聞いたのだが、師匠が僕の見舞いに来てくれていたらしい。そうでなくても、是非にでも会いたい。通りの向こうに、手早く準備を済ませたのであろうレイアの姿が見えるが、スルーして左折。

 

この町唯一の宿屋の入り口へ――――行こうとするが、走ってきたのであろうレイアの姿が後ろにあった。息切れもしていないのは流石といった所か。だけどまあ、レイアなので流して、宿の扉を開ける。すると、まるで分かっていたような師匠の姿がそこにあった。

 

「ソニア師匠!」

 

「お、目が覚めたのかいジュード!」

 

「はい!」

 

駆け寄って、180°の会釈。そのまま静止していると、ため息の声が聞こえた。困った時にするそれだ。その後、頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。懐かしい感触に、思わず頬が緩んでしまう。

 

「まるで犬だな………いやブウサギか?」

 

「私はブウサギを見たことないけど、きっとあってると思うよ」

 

外野が煩いけど、今は後だ。まずは再会の挨拶を。次に、今までにあったことを簡単に説明する。勿論、研究所潜入の後に兵士一掃や、不落要塞に突撃の後に国王の顔にワンパン、などといった聞かれてまずい部分はぼかして。そして本題は後だ。

 

―――ミラの社の前で出会った強敵。それを対処する術を知りたいと告げると、師匠は難しい顔をしていた。

 

「今のアンタをそこまで怯えさせる敵、ねえ。俄には信じがたいんだけど………化け物?」

 

「そう思います」

 

思い返しても異常だった。要塞で戦った髭王も強かったが、それでも何とか届くと思わせるレベルだ。だが、社の森で遭遇したあいつは、それより上なのは間違いない。加えていえば、四大を従えたミラよりも威圧感は上かもしれないというのだから。

 

敵意があるかどうかはまだ分からないが、もしそうであれば対策は練っておくべきだろう。無策であれと殺し合いとか、考えたくないのだ。何としてでも、倒す方法を用意しておかなければならない。直に修行をつけてもらえば、その突破口を何か思いつくかもしれないし。

 

そう告げると、師匠はまた困った顔をしてため息をついた。そして、僕の頭を撫でるように叩いた。

 

「事情は聞いているさね。ま、先に用事を済ませておいで………気をつけてね」

 

ミラをちらりと見ながら、女の子を守るんだよ、と。それに、間髪入れずに頷き、はいと返す。

旅だった時、いやそれより前から変わらず、優しい人だった。

 

ミラのことで優先事項があるのも、知っているようだった。レイアが話したのかもしれない。

あの鉱山のことを師匠も知っているだろうに、それでも気をつけてとの一言で送ってくれるなんて。

 

あと、ウォーロックさんにも挨拶しておきたかったが、今は仕込みで忙しいらしい。邪魔してはならないと思い、明日か明後日ぐらいににまた来ますと告げて、きびすを返す。ミラの車椅子を押して、レイアが入り口の扉を開ける。レイアが行ってきますといって、ソニア師匠が行ってらっしゃいという。

 

――――相変わらず、酷く羨ましい光景だった。あるいは、いつかに夢見た。そんな感傷的になりつつも、外へと出ようとした時、僕にも師匠の呼びかけがあった。

 

「行ってきますと………エリンに、挨拶はしてきたのかい」

 

その声に、立ち止まって。

 

 

「いいえ。母さんは、起きた時にはもういませんでしたから」

 

 

僕は、決して向き直らないまま。きっと診察にでも行っているでしょうねと、それだけを告げて、宿屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、行こうか。レイアは前でいい?」

 

「もちろん! あ、でも私も女の子だし、ちょっとは男の子に守って欲しいかなー、なんて………」

 

「師匠は、レイアを見なかった。ミラだけを見た。オーケー?」

 

「………オーケー」

 

リリアルオーブの確認をしながらの作戦会議に、何故かしょんぼりとするレイア。

そんな様子を見かねたのか、ミラがレイアの持っている得物に対して質問した。

 

「レイアは、根を武器としているのだな」

 

「あ、うん。正確に言えば棍術を基本とした格闘術だけど」

 

相談している間にも、魔物が近寄ってきた。それを当然のごとく察知していたレイアが、迎撃に向かう。まずは、遠間からの根の先端による突撃。そして踏み込んだ足を軸に、駒のように回転しながら、怯んだ相手の横っ面に遠心力を乗せた根の一撃を叩き込み、

 

「三散華っ!」

 

更に身体を回転させながら、根と蹴りの連撃で相手を吹き飛ばした。根に篭められたマナの光の軌跡が見えるほどに強い一撃だ。十分すぎたらしく、吹き飛ばされた魔物は動かなくなった。

 

僕はといえば、基本的にはミラを守りながらの魔神拳での牽制を。

周囲に魔物がいない場合は、一時的に前に出てレイアとの連携の一撃を叩きこんでいく。

 

そしてリリアルオーブの余剰マナが貯まったことを確認すると、タフそうな大型の魔物を見ながら、リンク越しに呼びかける。

 

(レイア!)

 

(うん! いっくよ、せーのっ!)

 

マナが輝き、

 

「「六散華っ!!」」

 

鼻っ柱に叩きこんで勢いを止めてのレイアの根の追撃に怯んだ相手を蹴りあげて根の打ち上げに便乗した僕の上段蹴りを受けて宙に浮いた相手が。

 

最後は、跳躍したレイアの上からの根の一撃をまともに受けて、地面に叩きつけられた。そのまま、魔物は動かなくなった。今までの街道の雑魚に比べれば強い部類に入る相手だったが、怒涛の連撃には耐えられなかったようだ。倒したのを確認すると、レイアとハイタッチをかわす。

 

「ジュード、すっごい腕上げたね! 立ち回りの鋭さが段違いだよ」

 

「レイアも腕は鈍っていない………というか、相変わらず凶悪な棍術だな」

 

まだ少しマナが残るレイアの根を見ながら呟く。レイアの使うそれは、武具の周囲に固形のマナを展開し、間合いを伸ばすと同時に一撃の威力を上げる武法、“活伸棍術”。

 

マナのコストパフォーマンスが抜群であり、戦闘の重要項目である間合いをもコントロールできるそれは、便利にも程がある性能を持っている。ただ、才能が無ければ使えず、また才能があるだけでは使いこなせないと言われている。だけどレイアは、それをほぼ自分のものにしていた。

 

実戦で鍛えた僕の近接格闘護衛術と、レイアの活伸棍術。お互いに同じ流派で動きも把握しているからだろう、連携も滞りなく上手く回っている。そんな僕達にとって、道中の敵は最早敵ではなくなっていた。

 

順調に進んで、夕方。日が落ちる前に安全な場所を確保すると、今日はここで休むことにした。

 

用意しておいた食材をペロリと平らげたミラに、レイアはちょっと引いていたようだったけど。

 

「あー、でも美味しー。ジュード、こっちの腕も上げたんだね」

 

「そりゃまあ。こうやって美味しく食べてくれる美女もいるんだし」

 

正直に答えるが、レイアの顔が少し膨れた。なんだ、餅でも食べたいのかとたずねると、また更にほっぺたが膨れた。

 

「あーもー! あいっかわらずだねジュードは!」

 

「ふむ。ジュードは昔からこうなのか」

 

レイアの呟きに、ミラが反応した。するとレイアは、イル・ファンで見た衛士のように。

上司の愚痴を垂れ流す可哀想な門番さんのように、つらつらを僕の過去を語っていた。

 

「ほう、ではジュードは昔からスケベだったと」

 

「そうそう! ちょーっと綺麗な旅人がいれば、じーっと見つめてさ」

 

心外な。美しいものに見とれるのが男だろうが。そう言うが、何故かミラまでジト目になってこっちを見てきた。

 

「ほう。それにしては節操がないように思えるが。特に、エリーゼの胸を触った時はな」

 

「あれは事故だって!」

 

流石に、エリーゼはまだまだ。将来はさぞかし美人になるだろうけど。だけど、レイアは納得していなかったようだ。イル・ファンでの僕の生活までも聞き出してきた。別に嘘をつくようなやましいことをしてない僕は、素直に説明をした。

 

まず、無い乳な銀髪赤服の目つき悪いチビとバイオレンスな日々を過ごし。医療学校では、唯一僕を色目で見なかった看護師のプランさんの白衣を堪能して。教授の娘さんとは一度だけだけど、買い物に連れて行かれたこともあった。門番さんの美人妻とその娘と、美味しい料理屋について話して。旅先では、大人な雰囲気がたまらない眼鏡美人のカーラさんと歴史を語り合い。同じ町で、泣きぼくろがセクシーなイスラさんと、薬学について相談し。ミラも知っての通り、将来美人になりそうな可愛いエリーゼと親友となったことも。スタイルすげえお嬢様なドロッセルさんの手がやーらかかった事を熱弁する。

 

そうして話し終わった時、二人の目は何故か光っていた。

 

「ジュード………男友達は?」

 

「えっと………イバル、くらいかも」

 

悪友的な。ってあれ、僕ってもしかして友達少ねえかも。

 

「アルヴィンは、違うのか」

 

「あー………まあ、違うね。あ、クレインさんと、ローエンは………どっちかっていうと、同志になるのかな」

 

あとは、店長や門番さんはちょっとした知り合いって程度か。それ以外の男友達は特にいない。イバルに関しても、ミラの怪我が知られればどうなるか。守れなかった責任はあるのだ、足の怪我を知ればあいつならば斬りかかって来かねない。

 

何にせよ、男友達は少ないけど、将来含めて美人の知り合いは多い。そう告げると、レイアとミラは呆れた顔になった。

 

「ふむ、筋金入りだな。レイア、ジュードは昔からこうなのか? その、男友達がいないというか」

 

「えっと、うん」

 

ちょっと落ち込んだような、レイアの声。こいつは昔のことを知ってるからな。

そうペラペラと話すような、口の軽い性格でもないし。

 

「少ないね。ゼロだったというか………ねえジュード、鉱山ほんとに大丈夫なの?」

 

「まあ、昔のことだからな」

 

と言えるほどに、割り切れるような話ではないことは、自分が一番よく知っていた。時折、目眩と共に思いだすこともあるのだ。吹っ切れたとは言いがたく、受け止めたとも言い切れない。

 

だけど、約束のためならば何とかなる。リリアルオーブのリンク越しにそう告げると、レイアは少し躊躇ったあと、うんとだけ返してきた。

 

「それより、レイアも腕上げたよな」

 

「そう、だな。後ろから見ているだけだったが、舞うように流れながら繰り出す連撃は、本当に見事だった」

 

「ま、まあね~」

 

照れながら、レイア。それに関しては同意させてもらう。体重差をものともしない、遠心力を活かした根や足での連撃は鮮やかだった。動作が整っているのが分かる。傍目から見て動きが綺麗に思えるのが証拠だ。慣れていないものであれば動きは不恰好に見え、それはすなわち力が分散しすぎていることを意味する。

 

その点、レイアの動きは舞を見ているかのようで、綺麗だった。正直に言うと、レイアが顔を赤くして手を横に振った。照れているが、謙遜することもないだろうに。それにしても、ここまで早くこれるとは思わなかった。連携も、あれだけ回るとは思っていなかったし。そう言うと、レイアは嬉しそうに笑い顔をこっちに向けて。

 

「うん、私達って息ぴったりだよね!」

 

「うん、リンクの力って偉大だよな」

 

リリアルオーブさんには足を向けて寝られないってなもんだ。基本能力の強化もあるが、何よりコンビネーションの確度があがるし、リンクアーツも威力が高くなる。六散華がいい証拠だ。オーブの偉大さを列挙しながらうんうんと頷く。だが何やら不満があるのか、レイアは口を尖らせていた。

 

「オーブもそうだけど、その………お、幼馴染の力だよきっと」

 

「まあ、同流派だしな」

 

師匠の武術は、リンクを前提とした連携も考え、練られている証拠ともいえる。

やっぱり師匠って偉大だよな、というがレイアは更に口を尖らせていた。

 

「まったく、相変わらずジュードってばお母さんが好きすぎるんだから………」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「何でもない! あーもう、おかわり!」

 

 

怒ったようにそっぽを向きながらも、容器を出してくるレイア。

 

 

それを装いながら、僕は何故怒ったのか分からず、途方にくれるばかりだった。

 

 

 


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