Word of “X”   作:◯岳◯

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3話 : いまが変わる刻

治癒術を使うためには3つの工程を踏破する必要がある。まずは、治癒術をかけるべき部位の特定をする。次に、治癒術者がその部位にマナを届かせられるかどうかを確認すること。最後は、術者が治癒術を発動させその部分を修復すること。

 

各々の技能の精度はそれぞれ鍛える必要があって、各種技能が高いほど回復の効力は高まっていく。ちなみに通常の医師ならこの3工程を一人でやってのける。一人でできて一人前だ。だけど学生の身でその域まで至る者は稀だ。

 

人体に関する知識が卓越していなければ、治療部位を見極めることが難しいからだ。学生生活の数年間だけでそこに至る者はほとんど居ない。だけど僕は違った。かつて自分を変えるため、人体の構造必死になって勉強したからだ。知識は、数年勉強した程度の学生よりも遥かに上であると自負している。

 

「次。肘の関節の………そうそこです」

 

「分かった………っと、行きますよ」

 

患者は転んだ時に肘を痛めた建築職人。まずは僕が怪我をした時の状況を聞いて、触診した。治すべき部位を特定すると、隣にいるアルフ君にそれを伝えた。あとは簡単だ。教えられた通りの部位に医学生Aことアルフ君が治癒術を行使する。

 

マナが上手く通って行き―――っと、調整が必要だなこれは。

 

「ちょっと、出力が強い。0.2ほど下げて」

 

「分かりました」

 

指示する。アルフ君も中々やるもので、指示通りに誤差なく出力を下げられたようだ。マナは余分なく、上手い具合に患部へと集中していった。

 

「………いきます」

 

言葉と共に治癒術が発動した。水の精霊が活性化し、傷ついた部位が徐々に修復されていくのが分かる。そのまま数分が経過した後。触診しながら患者さんに終わりましたがどうですか、と聞いたが顔を見るなり問題ないようだ。

 

「はい………動きます、もう大丈夫なようです! いや、やっぱり第五医療室は仕事が早い! 他は今でも外で並んでいるのに!」

 

「褒めても何も出ませんよ? ああ、治癒は終わりましたが、3日は安静にしていて下さい。怪我した部位は固定します。関節の怪我は癖になりますから」

 

「う、分かりました。それではありがとうございます」

 

処置を終えた後、顔をひきつらせながら去っていく患者さん。なんか仕事の納期とか厳しいのかな、ちょっと何かを怖がっているようだった。あれか、ドジして怪我して休むってことだから、現場を管理している親方に怒られるのが怖いのか。まあ僕のしったこっちゃないけど。

 

「ふう………今ので終わりですよね?」

 

「はい。とりあえずは。これ以上は規定に反しますし、他の治療室の方にもいい顔はされませんから」

 

「それにしても、今日は怪我人が多いですねえ。今の時期は観光客も少ないし、至って平穏。原因については特に思い当たりませんが………ありましたっけ? 何か怪我が多発するようなことが」

 

「私も思い当たりません。が………先程の方が言われていた言葉が気になりますね」

 

「“微精霊がいない”、ですか。ジュードさんもそのあたりはどう思われ………」

 

そこでアルフ君が言葉につまった。やっちまったという顔をしている。こっちの事情を気にしたのだろう。まあいいけどな、他の奴らがするような殴りたくなる顔じゃないし。

 

「で、でも微精霊がいなくなるなんてありえないですよね!」

 

「そうですよね! でも、確かに医療術の調整が難しかったですよ。いなくなったは大げさですが、その、少なくなったような感覚が………」

 

「僕にはわかりませんけどねえ。ええ、全然ちっとも微塵も分からないんですよ」

 

マナの動きなら分かる。だけど、微精霊の動きとか正直感じ取れんのよ。現象となった精霊術なら肉眼で確認できるから見えるけど、接したこともない相手なんぞはなから想像の範疇なのよ。って、僻んでないですよ。だから顔色を元に戻して下さい。別に貴方の事は嫌いじゃありませんから。好きでもないですけど。と、僕の下降していく機嫌を察したのか、アルフの野郎は慌てたように立ち上がった。

 

「お、お疲れ様です!」

 

頭を下げてすたこらと去っていくアルフ君。ちょっとからかっただけなのに、繊細な人だなあ。それとも俺が怖いのか。って、戻ってきた。そうだよな、業務日報書かなきゃならないもんな。僕に押し付けて帰るようならマジで睨むよ。

 

「っと、僕もそろそろ帰ります」

 

今日はバイトもないけど、ちょっと疲れた。そうして立ち上がると、看護婦さんがねぎらいの言葉をかけてくれる。

 

「あ、ジュードさん、本当にお疲れ様でした」

 

「いえいえ、僕はただ指示を出していただけですから」

 

マナも使っていないし。大したことではないと言うが、そこでさっさと立ち去ろうとしていた医学生アルフ君が振り返った。

 

「いやでも、患部の見極めは完璧にできていたじゃないですか! あと、マナの調整を細かに指示するなんて教授にも出来ませんよ!」

 

興奮したように言う。演技ではなく、お世辞でもない―――本気で言っているようだ。いや、僕より3つは年上のはずなんだけど、この人は謙虚だなあ。だから嫌いになるまではいかないというか。

 

それにこの医学校にしては珍しく、僕を奇異の目では見ることがない。医学生の大半は僕のことを下劣な虫を見るかのような眼をするのに。ちなみにそういう奴は大抵が、“私”というものを持たない、周囲に迎合するくだらない性格をしている。悪い意味での無私というか。なので、僕は関わらない。無私のまま誰かを虫のような眼で見てくる馬鹿な人間など無視するに限る。そのことを目付き悪いソバカスに言うと、「2点だ」と返された。ダジャレじゃねーっつのあの貧乳が。

 

あとはアルフ君が言っているマナの感知だが、あれは修行と一人旅の中で身につけたものだ。マナの微調整というか分配の把握は、マナによる身体能力強化を行使する時の基本だからおろそかにできないし。

 

それに、僕は拳術屋だ。五体を武器としているため、自己強化の練度が闘技者としての力量に等しくなる。強化しそこねた拳で亀モンスターとか殴ると余裕で拳が砕けるからね。

で、拳を潰された拳士など医療術の使えない医者と同じだし――――へっ。

 

「え、えっと…………じゅ、ジュードさん、何でそんなにやさぐれた顔を?」

 

「いえいえ。ちょっと自分の胸を自分で突き刺してしまうような事を考えてしまって」

 

自爆というやつです。勇気を出して聞いてきたアルフ君に対して笑顔で答えてみると、かなり引かれた。看護婦さんでさえ、顔をひきつらせている。

 

「それよりも、ハウス教授はまだ戻られる気配がないようですが………今日はどちらに? というかそもそも、何で僕が手伝いを?」

 

あの人はどういった理由で僕を呼んだのか。急すぎるし、何より僕はこの類の手伝いは嫌だって前に言ったはずなのに。いくらアルフ君も、こうして治療を手伝うような真似は御免被る。教授がそのことを忘れるとも思えないし、何があったんだろうか。

 

「あ、すみませんハウス教授の指定でして。ジュードさん以外には任せられないと。教授あとは、その、今日は………どうしても外せない用事があるようでして」

 

「あ~………それなら仕方ないですかねぇ」

 

そろそろ論文の結果が伝えられる頃だし。それに、あの人はこうと決めたら割りと他のものは見ない。それに、教授という高い役職を持っているってのに、らしからぬフットワークの軽さを見せることがある。

 

椅子に座って指示してれないいのに、何かと自分で動きたがるのだ。あとはあの年まで医療の道一本で生きてきたせいか、独自の価値観というか、視点をもっている。経験とか関係なく、素質や才能のみで人を見るのだ。ここを任せたのも、僕とアルフ君が居れば大丈夫だと判断したからだろう。

 

この世界において精霊術を使えないというのは――――まあ、あれだ。アレとしか言いようのない扱いをされる。特に医者などの高等教育を受けている人間からは結構な眼で見られるのだが、ハウス教授はそんなの関係ねえとばかりに無視をする。ちょっと変わった人である。いきなり突拍子も無いことをする事もあるし、妙に人間クサイところもある。

 

一年前は本当に驚いた。部屋をノックされ、現れたのは渋面を浮かべた中年。否、ハウス教授。何事かと聞けば、「娘の誕生日プレゼントに行くからついてきて欲しい」とか。いや、貴方教授でしょうに、相談する同年代のおっさん友達とかいないんですかと。遠まわしに聞いて、その答えが「娘さんと同年代である僕の意見を聞きたかった」らしい。友達の有無に関しては華麗にスルーされた。

 

うん、やっぱり教授にまで上り詰める人間ってこんな風にどこか変だから、友達とかできなかったんだろう。研究一本だもんなあ。論文を発表したのが先々月で、そこからは特に忙しくなった。

 

論文の内容に対する評価はまだ発表されていないが、国の上層部の眼に止まったらしく、軍部からお呼びがかかったらしい。どこかのスポンサーがついたとかで、研究費も潤ってきた。最近では今までに出来なかった研究にはりきっているらしい。らしい、というのは僕はその件に関しては手伝っていないからだ。何でも、精霊術を使える人でないと駄目らしいとか。

 

「しかし、論文の結果はどうなったんでしょうかねえ」

 

「教授自身、渾身の自信作だったようですけど………」

 

と、そんなことを話しているときだった。医務室に突然飛び込んできた彼。僕を見ると少し顔を歪めたが、はっと我に帰るとそのばにいる全員に告げた。

 

ハウス教授の論文が、今年のハオ賞―――――研究者として最高の賞である、あの栄誉に選ばれたと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、本人は何処だよちくしょう………」

 

ハオ賞の受賞を告げられた後。看護婦さんに、すみませんが探してきて下さいと言われた僕は、少し悩んだ。だが美人の頼みとあれば仕方あるまいと、僕は快く頷いた。

 

「――――嘘だな」

 

伝えたかったから、頷いたのだ。何より、ハオ賞に選ばれるということは、ハウス教授の論文が正しいものとして受け入れられたということ。その地位は最高位になる程高くなるし、研究も進む。僕の夢への道も縮まるかもしれない。直接伝えて興奮を分かち合いたいという打算も含まれているけどね。しかし、ついにここまで来たか。

 

「ソニア師匠………夢に届きそうですよ」

 

スタートラインに立てさえするなら、後は努力しだいでどうとでもなる。してみせる、それだけの気持ちはある。

 

「でも、肝心の教授が見当たらねえ………」

 

赴いたとされる研究所―――ラフォート研究所と呼ばれている建物に行っても、入り口にいる衛兵に止められて。ハウス教授は、と聞くけど「もう帰った」の一点張り。その後の行く先を聞いても、知らないと言われるだけそして見せてもらった研究所の退出者欄を見る限り、間違いは無さそうだ。退出者の名前の中に、ハウス教授の名前が書かれている。

だけど、何か変だ。強いて言えば眼の前の衛兵がおかしい。

 

(僕はただの医学生だけど………なんでそんなの相手にしてるだけで緊張しているんだ、こいつ?)

 

一般人ならわからないだろうが、僕には分かる。筋肉も、マナの動きもそうだ。いつもとは明らかに違っている。まるで戦闘が起こるかのような。そんな緊張が見て取れる。僕が変なことをすれば、今にも飛びかかってきそうなほど。

 

(臨戦態勢というか………民間人に気取られてどうするんだ)

 

何かあると宣伝しているようなものだ。そういった機微に疎い人でも、変な不安を抱かせる態度である。少しは要塞の門番さんを見習えといいたい。その点、この兵は未熟に過ぎるというか。

 

しかし、それを指摘する訳にもいかない。下手に探るとそれこそ戦闘になりそうだ。それは不味すぎるというか、犯罪だ。一応は国の兵だし、それと揉めたとか知られれば、助手の立場を追われること必死。それでは本末転倒に過ぎる。そう考えた僕は、素直に回れ右をして、また中央通りの中央広場にまで戻ってきた。

 

―――その時だった。

 

「っ!?」

 

急に風が吹いて――――その風が通るにつれて"街灯の火が消えていった。

 

(――――精霊術か。それも、かなり高度な)

 

街灯が消えた暗闇の中、一人思考を走らせる。先ほどの風は不自然だった。特にどうというわけもないが、風というには"薄すぎる"。どう考えても自然に発生した風ではない。あるいは、あの風に何らかの作用を持たせて、微精霊に干渉したのか。しかし、こんな広範囲の街灯を、さり気なく一気に消すとかそんなことが可能なのか。そして、風にはマナが満ちあふれすぎている。

 

こんなの、見たことがない。つまりは――――

 

「普通の精霊術じゃ、ない…………?!」

 

突如膨れ上がった気配。それは、膨大なマナの塊だった。

 

「って、こうして考えてる場合でもないか!」

 

思考に時間を割いている場合じゃない。この場はどうするか。

 

(…………衛兵に知らせる? いや、もう動いている。見れば橋の上に立っていた衛兵が何かを確認している最中だ、いや………このまま医学校に戻るべきか? いや、今の時期に厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだけど、それは意味がない)

 

何かが起こっている。ナディアの姿が消えたこと。ハウス教授のこと。それに何より、衛兵の様子。あれは前もって何かを通達されているのか。それにしては完全な戦闘態勢じゃなかった。要塞の門番さんも知らなかったようだし。そこまで考えると、またマナの塊が大きくなった。

 

ここまで大きいと、その場所も感知できる。これは――――研究室の方向!?

 

「っ、爆発した!?」

 

何かが爆ぜるような音。大気が揺れたような気がする。急ぎ向かうべきだと判断した僕は、一歩目からマナで強化、二歩目でトップスピードに乗る。踏み込み過ぎて板をへこまさないように、全力で広場を駆け抜けた。

 

その甲斐あって、"水の上に残された、円形の何か"を見ることができた。

その先にあるのは排水路だ。そして入り口の檻らしき鉄の格子は、何か巨大なものをぶつけられたかのように壊されていた。

 

「………くそ」

 

水場の上に浮かぶ円形に向け、近くにある石を投げる。予想通りに、円形の上に乗る。つまり、これは足場なのだ。直後に消えて上にあった石は水の中に沈んでいったが、これはもう間違いない。

 

――――誰かが街灯を消して。川の上に足場を作りながら潜入して、このいかにも頑丈な鉄の格子を一瞬でぶっ壊して、中へと乗り込んだのだ。

 

(化物かよ)

 

恐らくは精霊術だろうか、それをこの首都で使ってみせる相手。無謀な馬鹿であれば警備兵に片付けられるだろうが、勝機を確信している強者ならば話は違ってくる。そして、手際と破壊力を見る限り恐らくは後者だろう。ならば目的は何だろうか、と上にある建物を見た。

 

そこには、まだ灯りが残っている研究室があった。

 

「くそ!」

 

毒づく。迷っている暇はないだろう。乗り込んだ人物が強者であると想定した場合、仕事も迅速に行われるはず。

 

そして、その場合は――――この研究室は、あんな手練が乗り込むほどにヤバイものを隠しているということ。

 

「厄日かよもぉ!」

 

毒づきながらも、僕は橋の上から飛んだ。

 

そのまま、落ちる。壊れた排水路の前に着地した。

 

 

 

―――――あとになって思う。

 

あれが、選択の時だったのだと。迫られている選択肢、その刻限の橋の上が、それまでの生活で。降りることを選んだ瞬間に、飛び降りた直後に、それが音もなく崩れ去ったのだのだと。

 

あの日、僕の“それまで”は終わりを告げた。

 

かくして、長い旅が始まるのだった。

 

 

猪突猛進を信条とする美しい女神の、あまりにも急な来訪と共に。

 

 

 

 

 


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