Word of “X”   作:◯岳◯

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33話 : Cross Move

 

 

目が覚めてまず感じたのは、強烈な嘔吐感。ぐるんぐるりと、視界が定まらないでいた。これは、あれだ。レイアに両足を持たれて、振り回された時と同じだ。

 

「…………あー」

 

何とか耐えた後に、声が漏れでてしまった。直後、足元のシーツが揺れたような気がした。

一体何が、誰なのか。確認しようと顔を起こすと、そこにはエリーゼが居た。ベッドの横に椅子を置き、座りながら僕の布団に顔を伏せて寝ていたのだ。しかし、今の僕の声で起きたのだろう。ゆっくりと顔を上げ、目をこすりながらこちらを見た。

 

「えっと、おはよう」

 

「おはようございますぅ………」

 

寝ぼけているのか、声が定まっていない。そのまましばらく待っていると、エリーゼははっとしたように表情を変えた。寝ぼけ眼から一転して、泣き顔に。

 

「………っ」

 

「ちょ、っ………な、何で泣くかなぁ!?」

 

言うが、エリーゼは泣き続けた。ぽた、ぽたと。

溢れるようにこぼれ出た涙がシーツに落ちていった。

 

「え、な、どこか怪我でもした!?」

 

聞くが、うつむいたままぶんぶんと首を横に振るだけ。僕はそんなエリーゼに対し、何とか泣き止ませる方法を考えて――――けど、どうすればいいのか皆目わからなかった。レイアなら変な顔を見せれば笑いをとれるのだが、か弱いエリーゼにそんな事をできようはずもない。

 

だから何とか、手を握るかして気を落ち着かせようと、身体を起こす。

 

その途端だった。まるで、身体に存在する己の痛覚が一斉に蜂起したかのような。太い針に刺されたかのような激痛が、全身を襲ってきたのだ。それは叫び声も出せないほど。僕は起き上がった直後から、何も考えられないままに俯き、必死に食いしばって耐えていた。

 

しかし、ふと痛みが軽くなった。見れば、さっきまで泣いていたエリーゼは、治癒術を発動させていた。否、今でも鳴いている。小さい双眸の中に、涙をいっぱいに貯めて、それでもじっと僕の方を見つめながら治癒を維持してくれていた。そのまま数分が経った後、ようやく痛みが収まった。

 

「ありがとう、エリーゼ」

 

「………お礼なんて。それに、その、ジュードが怪我をした、のは………私達の」

 

「その先はいいから」

 

私達のせいだ、という言葉は封殺した。僕が好きでやったことで、エリーゼやミラのせいにするつもりは毛頭ない。

 

まあそれはひとまず置いといて、告げた。

 

「痛みがほんと、軽くなった――――ありがとう」

 

辛い時を助けてくれて。お礼をいうと、エリーゼは弱々しく頷いた。

そして、僕の目をじっと見ながら口を開いた。

 

「私こそ………ありがとう、ジュード」

 

「ありがとー助かったよー、ジュードくーん! 僕もほんっと怖かったよー!」

 

泣きそうなエリーゼ、そしてティポの顔には明るい色が少しだけ戻っていた。

僕はどういたしまして、と返しながら、気になっていたことを聞いた。

 

「えっと………その、ミラは無事?」

 

その問いに、エリーゼは顔を曇らせて。僕は間もなく、その原因を知った。

 

 

 

 

 

 

隣の寝室。寝息を立てているミラの横で、僕はシャール家のお抱えという医師と話していた。

 

―――ミラの怪我についてだ。言葉少なだけど、エリーゼから聞かされたことは二つ。あの後、ミラはまたナハティガルを単身追っていったということ。そしてその先で、呪帯と呼ばれるものが爆発し、片足に重傷を負ったこと。ナハティガルに負わされた傷もあってか、その傷はとても深いものだったという。クレインさんの口添えをもらい、医師に詳細とカルテを見せてもらったのだが、マナを供給する路が完全に切れてしまっていた。その他の肉の部分も、酷く損傷してしまっているらしい。

 

「それじゃあ、ミラの左足は?」

 

「………もう二度と、動かすことはできないでしょう」

 

残酷な事実だけを告げられた。どうして、と問いたくなる。もしも、僕があそこで気絶をしなければ。いやそもそも、なぜあの場面で一人でナハティガルを追おうとしたのか。やりきれない、後悔の念が胸を襲う。

 

その時、ミラが目を覚ました。僕と同じだろう、痛みに顔をしかめ、手早く医師とエリーゼが治癒術をかけた。表情が和らいでいく。そしてある程度痛みが収まったのか、身体を起こそうとする。

 

その時に気づいたのだろう。ミラは自分の左足を見つめて、触れて、訝しげな顔をする。

説明を受けたミラは、始終落ち着いた表情だった。

 

 

 

 

 

 

別室に場所を移した。僕は改めてエリーゼと、そしてあの時あの場に駆けつけてくれたアルヴィンとローエンと話をしていた。まずはローエンについて。

 

「生ける伝説、最高の軍師だったっけ。まさかローエンが、あの"指揮者"(コンダクター)――――ローエン・J・イルベルトだったとは思わなかった」

 

ナハティガル王と知り合っていたんじゃないかとは疑っていたけど、かつてのラ・シュガル軍の参謀。当代最高の軍師と謳われたその人だなんて、考えもしなかった。なんせ歴史の教科書にも乗るぐらいの人物だ。今のラ・シュガルが成立した、その切っ掛けとなったかもしれない戦いで活躍した軍師。六家の一つ、イルベルト家出身の軍人。指揮者と呼ばれるほどの芸術的采配で、同時に攻め込んできた三国の軍を追い返したと教えられている。その戦歴を鑑みるに、勇名と表現すべきだろうか。

 

「いえ、大したことはありませんよ。今はシャール家の執事。ただそれだけの存在でございます」

 

「あれだけ見事な作戦を、しかも即興で組んでやり遂げておいて、ただの執事だって?」

 

苦しい言い訳だと思う。そしてあの時の作戦だが、簡単に説明すると、こうだ。僕が単身で突撃して待ちぶせの網を抜ける、要塞に特攻する。そしてゴーレムが出撃して騒がしくなる、待ち伏せの兵が回りこまれたのでは、と動揺する。ゴーレムは適当にやり過ごすことを前提にして、倒すことは考えずに、目的だけを果たすことを念頭に置いて動く。そうして、起きた混乱を活かして内部へと突撃、事前に狼煙で命令を出していた内応者と一緒に要塞内部をひっかきまわすこと。

 

その段取りを即座に組立て、的確に命令を出し、動揺した待ち伏せ兵の隙を完璧について。一連の流れを、これ以上ないほどに迅速にやってのけたのがただの執事だなんて、誰が思えるのだろう。

 

「いえ、あれは策とも呼べない愚策ですよ。一つの無謀が根幹にあって、初めて成立するものですから」

 

「………まあ、少年の特攻が無けりゃそもそも成り立ってなかったか。それでも奇策って範疇だと思うがね」

 

肩をすくめて、アルヴィン。

気絶した僕を抱えて逃げてくれたらしいが、一つだけ聞きたいことがある。

 

「何か顔のあちこちに青あざできてんだけど? あと、頭が痛え」

 

「あー………そういえば、運んだ時に色々と当てたっけなあ」

 

主に壁とか、逃亡用の馬車の扉に。どうりで顔中が痛いと思ったよ。

まあ放り投げずに運んでくれたので、一応礼は言っておくが。

 

「仕事だよ、仕事。ミラに関しては………守りきれたとは言い難いからな」

 

わずかに顔を歪めるアルヴィン。そう、それを僕は聞きたかったのだ。一人で追っていった、とは聞いた。でも何でそうなったのか。二人にその時のことを尋ねるが、要領は得られなかった。ただ、その時の一連の出来事は説明してもらった。

 

嘲笑と共に去っていくナハティガルが居て、ミラがそれを追いかけて。爆発音に急いで駆けつけてみれば、渋い顔をしているナハティガルがいて、ミラが足から煙を出して倒れていたという。

 

「………ごめん、なさい。私がもっと治癒術を使えれば」

 

「いや、エリーゼのせいじゃ」

 

ないと言いたい。というか、責めるなんてできるはずがない。もしかすれば、もう片足の方も動かなくなっていた危険性があったらしい。それを防いだのは、エリーゼの治癒術だ。

 

むしろ誇るべきだと思う。何よりこんな少女に責任を負わせるとかあり得んし。というか、そこは本来僕が攻められるべきだ。

 

(とはいっても、その場居たと仮定しても医療術を扱えない僕じゃあ、何もできなかったろうし)

 

立つ瀬がマジで無くなっていたことだろう。何もできずに患者を見守ることしかできないとか、しかも患者がミラであるとか。実際にそうなれば、僕は今頃死にたくなっていたかもしれない。

 

――――それでも。

 

「僕が最後まで気張っていれば。何があったのかは分からないけど、ミラを止められたのかもしれないのに」

 

癒すことはできずとも、怪我をさせずに、守りきることができたのかもしれない。

だけど、ローエンを始めとした3人には呆れた表情を浮かべられた。

 

「あれだけの事を成して、何を言いますか。言葉は悪いかもしれませんが、これだけで済んだのは奇跡に近いんですよ」

 

軍師然とした口調で、ローエンは言う。

 

「相手はラ・シュガル軍、しかもガンダラ要塞に在する精鋭。それに加え、強力なゴーレムを要する不沈の砦。しかし結果的に、怪我人は発生しましたが、こちら側の死人はゼロでした」

 

下手をすれば、三桁は死んでいたかもしれなく、その上で目的を達成できなかったかもしれない。いやむしろその可能性の方が高かったと説明した後、ローエンは僕に笑いかけた。

 

「ジュードさんのお陰です、胸を張って下さい。もし違う手段を取っていれば。事態が過ぎるままに任せ慎重な策を取っていれば、お二人とはここにいなかったのかもしれないのです」

 

「………だな。間髪入れずの特攻じゃなかったら、事態はもっと悪化してたかもしれん」

 

ローエンが、そしてアルヴィンはそう言って。その言葉に、エリーゼは深く頷いた。実際に、危ない所だったらしい。

 

「でも、ジュードは………来てくれました」

 

「………エリーゼ?」

 

「危なかった………けど声が、聞こえました」

 

突入する前の声が聞かれていたらしい。嬉しかったと、エリーゼは立ち上がりながら、僕に向けて叫んだ。

 

「ジュードは、助けに来てくれました! あんなに多くの兵隊さんが居て、強そうな人たちが居て、血でいっぱいになっても………っ、だから………っ!」

 

エリーゼの言葉は、少し不明瞭で。それでも、今までとは違って全く口調に淀みがなかった。まるで叫ぶような大声で、必死だった。

 

―――だから、何だか胸がいっぱいになってしまって。

 

「ジュー、ド? なんで………」

 

「え?」

 

エリーゼの声に気づき、視線の先にある自分のほっぺたに触れた。撫でれば水の後があった。それはどうやら自分の目から出たものらしく。なんだか視界が滲んでいるな、と思ったら、そうだった。

 

何故かはわからないけど、僕はどうやら泣いていたらしい。

 

「なんだ、気でも抜けたか?」

 

「いや………わからない。何がなんだか」

 

なんで涙が次々に出てくるのか分からない。そういえば胸が何か、得体のしれない感覚で一杯一杯だった。だけど――――今までずっと胸の中にあった何かが一つ、取れたような気がした。

 

そう答えると、アルヴィンは目を逸らしてしまった。

 

「………まあ、いいさ。それよりも、少年はこれからどうするんだ?」

 

ミラのことを言っているのだろう。イル・ファンに行ってクルスニクの槍を破壊するという最終の目的について。確かに、ミラはこのままでは戦えないだろう。そして足手まといを抱えたまま、イル・ファンに乗り込むことなど出来る筈がない。何より目立つし、潜入できたとしても一発でバレて街の中で囲まれ、それで終わりになってしまう。

 

だから、まずやるべきことはミラの足を、治すことだ。

 

「しかし、それは可能な事なのですか? 先ほど確認しましたが、治癒術では不可能と聞きましたよ」

 

ローエンが疑問の言葉を投げかけてきた。その通りで、シャール家お抱えの医師は非常に優秀だった。そんな人物が不可能であるというのだから、実質そうなのだろう。しかし、恐らくは僕だけだろうけど、実はミラの足を治せる方法に“アテ”があるのだ。それは、かなり―――というか、口に出すのが非常躊躇う方法だけど、涙を拭って、深呼吸をした後に告げた。

 

 

「僕の故郷、ル・ロンドへ行こう。僕の父さんなら、きっとミラの足を治すことができる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、行ってしまわれるのですね」

 

「はい。それに僕達が残るのも、何かと問題がありそうなので」

 

「………その、お怪我の方は?」

 

「大丈夫です」

 

ドロッセル嬢が心配そうな声でたずねてくるが、笑顔で問題ないことをアピールする。実は問題ありありで、今にも倒れたいのだけど時間が許してくれない。

 

つーか、マジでやばいのです。今なら一般兵相手でもボコボコにされかねんのです。それでも、休むのはル・ロンドに戻ってからでも遅くない。ミラの治療をするにも時間がかかるだろうし、上手い時間の使い方というやつだ。それに、男なら弱音は見せられん。我ながら痩せ我慢にも甚だしいが、胸の前で腕を組んでただでさえ大きい胸が強調されているのだから仕方ないだろう。

 

ドロッセル嬢だが、起きてから初めて顔をあわせた後のこともあるし。なぜか涙目で近づいて、僕の腕を握って無事ですか、と聞いてきたのだ。手がまるで別の生き物のように柔らかく、何よりいい香りがしたのが忘れられない。その後、顔を真っ赤にして後ずさった時の慌てた様子も可愛かったけど。

 

「むー」

 

「いたっ」

 

そう考えていると、なんでか太ももに痛みが。見れば、エリーゼが僕の太ももを叩いていた。あの、エリーゼさん。何かほっぺたが膨れてますけど、僕が何かしましたでしょうか。敬語っぽくして聞いたが、エリーゼは剥れたまま答えてくれなかった。ドロッセルとは仲直りしたと聞いたけど。

 

あと、これもアルヴィンから聞いた話だけど、同じく無事に戻ってきたエリーゼに、泣きながら抱きついて、ごめんなさいと何度も。エリーゼも一緒に泣いてしまって、周囲の男達があたふたして。大層大変な状況だったらしい。

 

そして、僕と同じく気絶していたミラはといえば、変わらぬ不穏な様子で。クレインさんが用意してくれた馬の上で、僕の方をじっと見ていた。視線が痛いとはこのことだろうか。ル・ロンドへ行くと提案した時と同じ、難しい表情で黙り込んでいるだけだった。

 

だけど、カラハ・シャールには留まる訳にもいかないのだし。体外的には、カラハ・シャールの街中で仲間を攫われた僕達がシャール家に通報、その後兵士たちと協力して、拉致された仲間を取り戻したことになっている。これによって、シャール家とラ・シュガル軍との対立はかなり深いものになったんだけど。

 

「それでもラ・シュガル軍としては、その事実を内外に漏らしたくはないでしょうね」

 

不沈の筈の要塞がたった一人に特攻されて。挙げ句の果てに内部まで乗り込まれたという事実が決定的になるのは、ラ・シュガルとして旨くないことらしい。それが周知の事実となれば、軍全体に動揺が広がるのは間違いなく、また士気が低下する――――とは、ローエンの談だ。

 

だからあくまで噂レベルで止めようとするらしい。要塞の兵士にも口止めし、これ以上の士気の低下を防ぐという方法を取るはずだと。

 

「で、その最大の障害となるのが、僕達ってことね」

 

クレインさんは言った。強硬手段、死人に口なし、それを躊躇いなくやってくる程度には、戦争が近いと。六家の当主の口からそんな言葉が出てしまうほど、ア・ジュールとの関係は不味いものになっているのが分かった。

 

「ナハティガルがシャール家に仕掛けてくることは?」

 

「可能性としてはぼぼゼロに近いでしょう。ナハティガルが掌握している軍は多いですが、絶対ではありません。2正面作戦を仕掛けられるほどの余裕は無いはずです。今回のこともありますからね」

 

要塞付近の兵の動揺は、大きいものらしい。だからか、今から行う囮作戦に引っかかる可能性は高いと聞いた。囮というのは、僕達に扮した兵士を要塞の方へと偵察させること。

 

また、僕達がイル・ファンへ行こうと、要塞へ向かおうとしているフリをする。そうすれば兵の注意はカラハ・シャールか、要塞周辺に向けられ、サマンガン海停に戻ろうとする僕らに対して奇襲をしてくる可能性が低くなる。

 

「エリーゼも、ごめんね。必ず迎えに来るから」

 

ぶっちゃけ満身創痍のこの状態で、複数人を守りきれると断言できるほど無謀ではない。ホーリィボトルがあるので魔物は怖くないけど、人間が相手では不安がある。だかあら故郷で傷を癒し、完調したら必ず迎えに来ると言ったのだけど、エリーゼは頑なに首を横に振り続けるだけだった。

 

どうしても、離れたくないと。しまいには泣きそうになって、だから僕は同行を許しそうになった。だけど、そうしてエリーゼを危険に晒す方が愚かなことだと気づき、何とか説得したのだ。

 

「せめて、アルヴィンが同行してくれていたら………」

 

今は、おちゃらけ男はもういない。僕は昨日の夜に、街の宿で話した時の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――え、ここでお別れだって?」

 

「出会いと別れの街らしいだろ? ああ、報酬は半分でいいさ――――とはいっても、もうシャール家から貰ってるんだけどな」

 

アルヴィンはそう告げるが、視線は横を向いたままだった。一体どういうつもりなのか。尋ねると、アルヴィンは苛ついたような表情でこちらを向いた。

 

「ミラのこと、聞いたろ?」

 

「………ああ」

 

何でも、ミラが倒れていた場所は特殊な方陣が設置されていて。そこに触れれば、ミラの足につけれられていた呪帯が爆発する仕掛けになっていたらしい。それをミラも、事前に知らされていたらしいとのことで。

 

「それでも、ミラは進んだんだ。ナハティガル王を止めるためにな」

 

その経緯の全てを見てはいないが、そうとしか思えない光景だったらしい。足を焦がしながら倒れているミラ。方陣の向うで、額に掠り傷を負って尻もちをついていたナハティガル。爆発のダメージもあったらしい。

 

「ナハティガル王を止めるのが目的だってのは、俺でも分かる。だけどそのために自分から………吹っ飛ぶってのを承知の上で。

 

それを知った上で迷いなく選択できるってのは、異常だろ」

 

「ミラは………それは、使命のために」

 

言うが、アルヴィンは僕の横をすり抜けて。そして頭をかきむしりながら、言った。

 

「なあ………俺の使命って、何?」

 

「それは分からん、というか知らされてないし」

 

「無いものは教えらんないからな。でも、それが当然だろ」

 

使命のために、自らの命を投げ打つ。それは当たり前ではないと、アルヴィンは言った。

 

「ジュード。お前も、いったい何のつもりだった?」

 

「………僕?」

 

「あの要塞に、一人で突っ込む。だけどお前は、何でそうしようって思った」

 

「二人を、助けたかったから。それだけだけど………」

 

「っ、格好いいねえ………だけどやっぱりだ。俺にはついてけねーよ、もう」

 

アルヴィンは、投げやりに手を上げて。そしてさよならと言うが如く、それを横に振った。

 

「誰かを助けたい、それもいいんじゃねーか? だけど、俺はただの傭兵なんだよ」

 

自身の命のリスクを忘れ、使命にひた走る――――そんな狂人にはなれない。

 

 

それだけを告げて、アルヴィンは去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、アルヴィンくんのバホー!」

 

「そうだよね、ティポ」

 

話の全てではなく、概略だけ。そしてもしもアルヴィンが残ってたら、エリーゼを連れていけたかもしれない。告げると、ティポもエリーゼは更に怒っていた。

 

「いや、ほとんど俺のせいだから。寂しい思いをさせてごめん、できるだけ早く怪我治してすぐに戻ってくるから」

 

「………そんなこと言われたら、何も言えなくなるじゃないですか」

 

エリーゼの視線は僕のほっぺたのガーゼと、そして貫かれた手に注がれていた。卑怯な手だと思うけど、納得してもらうにはこれしかなかった。

 

「いいです。ティポの歌でも作って、待ってます。ぜんぜん、さみしくなんて、ないですから」

 

「でも、早く戻ってきてねー! ボクは寂しくて泣いちゃうー!」

 

「ははは、泣く機構があるのかこの浮遊物体には」

 

「むー、乙女に対して失礼だなー」

 

「あはは、何をほざくかこの雌雄同体が」

 

そんな会話をしながらも、僕は馬の手綱を握った。クレインさんと、そしてローエンと視線を交わし、頷き合う。

 

「それでは、ご無事で。シャール家は、貴方に受けた恩を忘れません」

 

「なら、一度だけ美味しい酒を飲ましてくれると嬉しいかな」

 

色々あって忙しかったけど、今度はゆっくりと酒を酌み交わせれば。そう思わせてくれる程には、クレインさんは本当に良い人だった。

 

「ええ、お待ちしております」

 

そういう時間が訪れるような、平和な時間が保たれることを願って。どちらとも口にはせず、僕はクレインさん達に背中を向けて。

 

 

街道へと――――思い出したくないことが多い、故郷へと帰る道を歩き出した。

 

 

 

 


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