Word of “X”   作:◯岳◯

38 / 44
32話 : 力の意味は

 

 

警報が鳴って、声が聞こえてから少し後。

 

―――心に得体の知れない感情が吹きすさんでいる中、兵士に連行されとある変な部屋へと入っていた。ジランドと名乗る男をして、予想外だったようだ。仕方ないと舌打ちをしていたことだけはわかっていた。そうして入った部屋の中は広く、どこか異質なものを感じさせられるような。中央には大きな装置があった。そしてその前には、巨漢の男が腕を組んだまま待っていた。

 

そうして男は、見下ろすような視線のままこちらを鼻で笑ってきた。

 

「お前が、マクスウェルを名乗る女か」

 

「貴様が―――ナハティガルか!」

 

クレインに聞いていた通りの特徴だった。巨躯に金の髪に皺が深い顔、そして何よりも額の十字傷がその人物であることを示していた。間違いない、こいつこそが事の発端。クルスニクの槍を作った者であり、ラ・シュガルの王でもある男だ。

 

思ってもいなかったが――――調度いい機会だった。

 

「ナハティガル。貴様に聞きたいことがある」

 

「構わんぞ。言ってみるがいい」

 

尊大な態度を改めようともしない。苛立ちと共に、言葉を叩きつける。

 

「貴様は、何故あのようなものを作った! 黒匣が世界に、精霊にどのような影響を及ぼすのか知った上でのことか!?」

 

「ああ、知っている――――と言ってもどうせ囀るのつもりだろう。許すと言った、いいから聞かせてみるがいい」

 

「っ、ふざけるな!」

 

頭の中が煮立っているようだ。我慢できずに、私は出せる限りの声で告げた。

 

―――黒匣(ジン)。それは道具だ。本来の精霊術とは、協力の上で成り立っている。人がマナを生成し、自分自身の霊力野から精霊にマナを渡し、そして協力してもらう一種の共生関係ともいえるもの。だが、黒匣は違う。

 

「結果を見れば夢のようなものだろう。人の霊力野の違いによって、結果や効力が左右されない、誰であっても変わらず強力な術を行使できる便利な道具だ」

 

しかし、代償となるものがある。

 

「あれは強制的に、一方的に精霊を使役するための道具だ。術は発動するだろう、だが酷使された精霊は二度と戻らない―――死んでしまう!」

 

変えようのないリスクがあるのだ。起動させればそれだけでリーゼ・マクシアを満たす精霊達が死んでしまう。それは万物に悪影響が生まれることを意味する。それが行き着く先は見えている。

 

「世界の死………そして、精霊と人間の死だ、滅亡だ! 王である貴様が、望むようなことなのか!」

 

よりにもよって、民を守る王がなんとする。だが、返ってきた答えは耳を疑うようなものであった。

 

「――――くだらん」

 

「………なに?」

 

「くだらぬと言った。儂が滅亡を望むだと? ふん、あり得ぬわ」

 

ナハティガルの目が変わった。見下ろすような視線が、まるでつまらぬものを見捨るかのような。

 

「精霊の死のこともな。熟知しておる。しかし、強力な力を得られることに違いはあるまい」

 

「な………、本当に分かっているのか!」

 

「貴様の方こそ、口で言っても納得はせんか」

 

言うなり、ナハティガルは兵に視線だけで命令を飛ばした。すると用意していたのか、兵が駆け足で何かを持ってくる。そして、それには見覚えがあった。

 

「私達の装備か」

 

「小娘どもに渡せ。リリアルオーブもだ」

 

兵は言われた通りに、私へと装備を全て渡した。

 

「貴様は………一体、何を考えているというのだ?」

 

「いいから構えろ。儂が実体験で教えてやろうというのだ」

 

かかってくるがいい、というそれは挑発の言葉で。それが、私の我慢の限界だった。

 

「ナハ、ティガル――――!」

 

走りながら剣を抜き放ち、そして駆け抜けた勢いのまま剣を振り下ろす。真正面、脳天を狙った一撃だ。しかしそれは、届かなかった。

 

「遅いな」

 

止めたのは、槍ですらないただの鉄の篭手だ。そのまま力づくで弾かれ後退させられる、が。

 

「まだだ!」

 

剣を右上に、構えると同時に踏み込む。そして間合いに入ると同時、出来うる限りの最速でナハティガルの左肩へと振り下ろす。肉を裂けよとの一撃に――――返ってきたのは、硬い感触。

 

渾身の一撃だが、しかし先ほどと同じに、篭手で受け止められていた。

 

「………この程度か?」

 

「っ、舐めるなぁ!」

 

マナで全身を強化しながら。両手に持った剣で切り払い、打ち下ろし、突き出す。だがその全ては、ナハティガルのただの小手先で止められていく。

 

―――そして。

 

「もう、よい」

 

剣を掴まれた、と気づいた時には遅かった。ナハティガルは剣を横に振り、つられてこちらの体勢は崩され、

 

「飽いたわ!」

 

「ぐっ!?」

 

腹部に衝撃を感じたかと思うと、そのまま後ろへ飛ばされた。どうやら殴り飛ばされたらしい。そしてナハティガルは兵から槍を受け取ったかと思うと、すぐさまこちらへ投擲してきた。

 

魔物の突進より、明らかに速い一撃。回避しようとするが避けきれなかったらしい、足に鋭い痛みが奔った。バランスを崩して、そのまま倒れこんでしまう。

 

「く―――」

 

急いで起き上がる。だが、気づけば間合いは詰められていて。

私の喉元には、黒い槍の穂先があった。

 

「………分かったか。力の無いものは、こうなるのだ」

 

「くっ………!」

 

「悔しいか。不甲斐ないか。だが、これは全て貴様の招いた結果だ。貴様が弱いから―――こうなるのだ!」

 

くるりと、槍の柄と穂先が回転したかと思うと先が霞んで消えて。そして、肩口に硬い柄の一撃を叩きこまれたと分かったのはその刹那の後。吹き飛ばされ、転がっていく。

 

「貴様が強ければ、儂は討たれたかもしれん。だが、結果はどうだ?」

 

「だま、れ………っ!」

 

「聞けん相談だ。ア・ジュールの若造とて同じ。ただの言葉で止まれば、戦争など起きん………それともその顔で敵国の兵士を誑かしてみるか?」

 

「だま、れと、言って………!」

 

「小娘が、囀るな。その程度の力で精霊の主とは笑わせる。脆弱にも程があるその力で、一体何を成せるつもりだ」

 

そして、振り上げられた槍が。防ごうにも、持っていた剣は先ほどの一撃で飛んでいってしまった。

―――万事休すか。と思った直後に、マナの高まりを感じた。

 

「ミラから、離れて!」

 

それは今まで沈黙を守っていたエリーゼだった。少女は震える身体のまま一歩踏み出し、目の前にティポを掲げた。開かれた口先から、マナの光弾が撃ち放たれる、が。

 

「そのようなもので!」

 

全て槍で打ち払われ、ダメージさえ与えられなかった。だけど、抜け出す隙にはなった。その間隙をついて、私は剣のある所まで一時退いた。

 

構え、剣でマナを増幅して。

 

「天杯溢れよ!」

 

―――スプラッシュ。高圧の水の一撃をナハティガルへ向けて放った、そして。

 

「くっ!」

 

少しだが、苦悶の声。防御はできなかった様子のナハティガルは仰け反り、それを見ながらもまたマナを活性化させた。

 

「大地咆哮!」

 

―――ロックトライ。立て続けに土の精霊術を、三本の石柱を地面より隆起させて。

直撃するのも見届けぬ内に、火急の用だと火の精霊を呼び寄せて、

 

「業火よ爆ぜろ!」

 

―――ファイアーボール。火球が真正面から、ナハティガルへと飛んでいった。

 

「甘いわ!」

 

それを打ち払われるのを感じ取りながらも、手は休めない。

 

「穿て旋風!」

 

―――ウインドランス。その術名の通りの、不可視の風の槍がナハティガルへと迫った。

 

「ぬうっ?!」

 

ともすれば、岩をも切り裂く風はナハティガルの肌を浅く裂いた。

わずかな飛沫が、地面に赤い点をうった。

 

「………立て続けに、4種の精霊術か。なるほど、ただの小娘ではないことは確かか」

 

「マクスウェルと名乗っているだろう。しかし、今のは防げなかったようだな」

 

「ふん、こんな掠り傷とも呼べぬもので喜ぶか。底が知れるぞ、自称マクスウェル」

 

其の言葉に激昂しそうになる、が怒りにのまれるわけにはいかない。それに、傷は傷だ。

 

(防御術には種類がある。火には火の精霊術に対する、風には風の精霊術に対する)

 

それぞれの性質に必要な防御術は異なるのだ。さしものこいつとて、一気に四種の精霊術を放たれ、それを防ぎきるのは不可能だったということ。

 

エリーゼを背中にかばいながら、また戦闘態勢を取る。

 

「ミラ………」

 

「………すまない、助かった」

 

複雑な心境は、ひとまず置いて。ここはこの場を凌ぐことに専念すべきだろうと、振り向かずに前だけを見続ける。

 

「頑張って………あなたに安らぎを、ピクシーサークル」

 

エリーゼは、すっと私の背中に手を当てて治療術を発動させた。癒しの力が、傷んだ肩と足を包み込む。そして、背中には震えが。それは、エリーゼの手から伝わるものだった。

 

「………ありがとう」

 

エリーゼ礼を言いながらも、意識を前に集中する。そしてここはどのような行動を取ればよいかを頭の中で考察していった。だが、そんな時間はないらしい。

 

見れば、ナハティガルの威圧感が高まっていた。覇気とも呼べるかもしれないマナが、私とエリーゼに向けて放たれている。もう、嘲りの言葉は無かった。ただ、雰囲気だけが告げている。同じ小細工が二度通じるなよ、と。

 

そしてゆっくりと、拵えの見事な黒い槍を構えた。穂先はこちら。そして構えは、前傾で。

 

理屈ではなく、一目見るだけで理解できてしまった。

 

ナハティガルが放とうとしている技は、正面から相手を貫く技なのであると。

 

(これは………!)

 

まずいと、背中に冷や汗が流れる。突進の速度は並ではないだろう、横に逃げるしか活路はない。しかし後ろにはエリーゼがいるのだ。それを告げようにも、今この目の前のナハティガルから視線を逸らすことはできない。意識を逸らせば、その瞬間にやられてしまうことは明白だ。

 

分かっている。理解できている。横に逃げて、やり過ごして斬りかかれば勝てるかもしれない。

 

それが正しい選択だ。道理である。なのに、足はその場から動いてくれそうになかった。

 

「っ、エリーゼ、急いで逃げ――ー」

 

分かっているのに、口は開いてしまって。そしてそれを逃すほど、ナハティガルは甘くなかった。

 

「愚か者め」

 

声が聞こえて、そこから先は何もかもが遅く見えた。人間に言う走馬灯のようなものだろうか。ナハティガルの踏み込みは速く、剣を握りながらも間に合わないことを悟ってしまったのも早かった。その穂先はこちらの心臓を狙っていて、その勢いは背後のエリーゼごと全てを貫かんとするもので。

 

だけど、諦めないと。いちかばちかで剣を盾にする。もし当たれば、そのまま逸らせるかもしれない。当たらなければ、その時は私が死んでいる時だ。

 

その覚悟を以て挑んで。

 

だけど、構えた剣に返ってきた手応えは皆無だった。

 

―――しかし、痛みは無かった。

 

そして硬い感触は無かったが、甲高い"音"が前方すぐそこから聞こえてきた。

 

「………え?」

 

 

次に見えたのは、背中だった。後頭部だった。黒い髪には白い包帯が巻かれていて、それは赤い血に汚れていた。

 

 

「―――貴様」

 

 

ナハティガルの声は、驚愕に染まっていた。しかし声の先にいる乱入者は、答えずに動く。風を思わせる踏み込みは速く、そしてたったの一歩でナハティガルの懐に間合いの内に入り込んで。掌底破、と聞こえると同時にナハティガルが後ろに吹き飛んだ。

 

マナと体重移動と気合の妙技だ。そう自慢していた少年は顔を横に、目だけこちらに向けて告げる。

 

「………大丈夫?」

 

「あ、ああ。見ての通り、死んではいない」

 

「それは見れば分かるって」

 

苦笑する声が聞こえてくる。その通りで、随分と間の抜けた返事だろうとは、その時には思わなかった。自分の言動を気にする余裕などなかったからだ。否、なくなったと表現した方が適しているかもしれない。

 

何故なら、目の前の人物は無事ではなかった。実際に目にした後でも生死の行方を聞きたくなるぐらいに、満身創痍だった。後頭部から額にかけて白い包帯が。両手にも包帯は巻かれているが、破れて使い物にならないだろう。

 

服など、もう二度と使えないことは明白だった。剣によるものか、刃によるものか、あるいは精霊術によるものか。

 

全身がほつれ、破れ、裂けていた。そしてその先からうっすらと、傷口が顔を覗かせていた。

 

エリーゼは絶句していた。そんな私達に、彼は――――ジュード・マティスは告げた。

 

 

「無事でよかった………助けに来たよ、二人共」

 

 

心の底から安心するような声。そして得体の知れない感情が胸を襲って。

 

私は喜びに笑っているジュードの顔を、直視することができなくなった。

 

 

 

○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●

 

 

 

僕は視線を逸らすミラの様子に違和感を覚えつつも、ナハティガルに向き直った。

 

「貴様、どこの小僧だ?」

 

「ここの小僧だ、ナハティガル王」

 

「下郎が………そこを退け。貴様のような小僧が出る幕ではないわ!」

 

「女性を攫っといてその言い分かよ。成る程、山賊の王らしい振る舞いなこって」

 

「小僧………!」

 

威圧感も増し増しだ、どうやらいたく激怒していらっしゃる様子。

そしてようやくと気づいたのか、疑惑の視線をこちらに向けてくる。

 

「小僧、貴様………あのゴーレムをどうした?」

 

ナハティガルが質問をしてくる。そうだ、ここに辿りつけたということはゴーレムの難関を越えてきたということ。軍団でもそう容易く落とせないはずのアレを、どうやって。

 

どうしても聞きたい様子なので、自慢気に答えてやった。

 

「撒いた」

 

「………何ィ?」

 

「撒いたって言ったぞ。耳まで遠くなったかよ耄碌爺ィ」

 

ゴーレムは倒せない。それは覆せない客観的事実で――――ならば倒さなくていいです、と言ったのはローエンだ。僕の能力を把握した上での提案だった。小回りが聞き、足が図抜けて速く小柄である僕ならば脇を抜けて要塞へ侵入できると。複数、一箇所に集中させればその可能性は上がると。

 

しかしゴーレムは想像以上に強く、抜ける際にいくらか手傷を負ったんだけどね。

 

「貴様………しかし、要塞内の兵の方は。まさか全滅させたわけでもあるまい」

 

「いや、全部倒したのさ。一人ひとり丁寧に殴りつけて、こう、ね」

 

自分の傷を見せながら―――嘘をつく。そして思ったとおりに、ナハティガルは否定してくる。

 

「嘘をつくな小僧。貴様もいくらは使えるようだが、それでもこの短時間で全ての兵士を倒せるはずがない」

 

「でも、僕はここにいる。それが証明にならないかな?」

 

肩をすくめて、挑発する。しかしナハティガルは乗って来なかったようだ。ただ部屋の隅に居る――――僕がこの部屋へ侵入する際に殴ったので居たと表現した方が正しいが――――の兵士に視線を移しつつ、何事かを考え始めた。

 

そうして10数秒が経過したか。睨み合った後、ナハティガルは僕に槍を向けてきた。

 

「まあ、良い。どうせ貴様達はここで終わる」

 

「一人で終わってろ! ミラとエリーゼは返してもらうぜ!」

 

「満身創痍で、何を強がるか!」

 

一瞬だった。ナハティガルは瞬きの間に僕を間合いに捉え、槍を一直線に突き出してきた。

僕はそれを迎撃の拳で、正面から迎え撃つ。

 

先ほどと同じ、鉄と鉄がぶつかって生まれた甲高い音が部屋を騒がせた。

僕のナックルガードとナハティガルの槍が衝撃に後ろへと弾かれ、

 

「小僧!」

 

「クソ王ぉ!」

 

穂先と柄、複雑な軌跡によって放たれる連撃を全て拳で撃ち落とす。衝撃に身体が軋み、激痛が僕の意識を揺らした。止血していた額から血しぶきが飛んでいくのが分かる。

 

それでも一歩も退かず、ナハティガルの高度な連携を全て逸らして流していく。

 

(―――強い)

 

敵だが、その技術には舌を巻かざるをえない。ナハティガルの連撃は単純な力を頼りにした攻撃ではなく、槍術と呼べるほどに練られている。マナの強化だけではない、一撃一撃に遠心力と体重が存分に載せられていた。それは不調も不調な状態で受けきれるものではなく。遂に防ぎきれなくなった一撃が、僕の腹を打った。

 

「トドメだ!」

 

眉間を狙った刺突。意識が薄れていく、が――――

 

「ジュード!」

 

「ウインドカッター!」

 

エリーゼの悲鳴に意識を手繰り寄せ、ミラの援護の声に意識を取り戻す。そして目の前に見えるのは、ナハティガルの一撃。だがそれは決めを意識したせいか、あるいはミラのウインドカッターのお陰か、先ほどよりも動作が雑になっていた。

 

「にゃろっ!」

 

そして、正しく間一髪。穂先を拳で払いつつ首を捻って、どうにか回避に成功する。犠牲となったのは、髪の毛が数本。もしあと数cmずれていれば、地面に赤い花が咲いていたことだろう。

 

―――そんな怖い光景を全力で忘れつつ、一歩踏み込んで僕は拳を固めた。

 

「っしゃぁッ!!」

 

そして全力で、ナハティガルの頬を打った。とっさの一撃だったので、手打ちも手打ちな体重の載っていないパンチ。しかし交差法気味に懐に入られたナハティガルにとっては、想定外のことだったらしい。拳の先から手応えを感じて。そしてナハティガルは、そのまま小さくだけど後退した。

 

「貴様、王の顔を………っ!」

 

忌々しげな声だったが、それがどうした。

 

「一発だ。もう痛みすら感じられない人の、代わりの一撃だクソ王」

 

取り敢えずの目的だった、一発。不完全なので不満もあるが、確かに叩き込めたのは僥倖だ。そして僕は再び構え、ミラとエリーゼを守るために立ちふさがる。ここから先は防御に徹するのみだ。

 

すると足元で治癒術が発動した。

エリーゼのものだろう、全身くまなくある傷が、徐々に癒されていく。

 

「完治は無理………だけど」

 

「それでも助かったよエリーゼ。ミラも、ありがとう」

 

援護がなければどうなっていたことやら。礼を言う、けれども反応してくれなかった。ミラはただじっと、目の前に立ちはだかるナハティガルの方を睨みつけている。しかし、そんな視線を気にした様子もなく、ナハティガルは僕の方を見てくる。

 

「成る程。もしかして、内応者でもいたか」

 

「―――っ」

 

不意の指摘に言葉が詰まる。どうやら今の一連の攻防で僕の力を測っていたらしい。それを材料に、答えを言い当てたということか。

 

「ゴーレムは一瞬の隙をついてやり過ごし、要塞に逃げ込んだ後は内応者に入り口の門を閉めさせる。そしてこの部屋へと辿り着いた」

 

「………そうとは限らないかもよ?」

 

「そのトボけた口調もそうか。しかし、一体誰の策だ」

 

ナハティガルは訝しげな表情を浮かべていた。まさか、この部屋にまで侵入を許すとは想定していなかったのだろう。僕をここまで導いた人物に興味が出たらしい。

 

「奇策も奇策だが、結果だけを見ると見事と言ってもいい。どこぞの考えなしな自称マクスウェルとは大違いだな」

 

「貴様………!」

 

「小僧にも劣る力量で何を言うか。いいからそこで黙っていろ」

 

ミラの顔が憤怒に染まっている。初めてみる顔に驚きながらも、いったい何があったのだろうかと考える。そして、意識が逸れたその瞬間だった。

 

 

「ジュード、危ない!」

 

 

見れば、ナハティガルは地面に落ちていた槍を拾い上げていた。

 

「敵を前に気を抜くなどと!」

 

嘲りの言葉と共に、手に持った短めの槍を僕の方目掛けて投げつけて来た。完全に虚をつかれた一撃、しかしそれはすぐさま地面に落ちた。

 

上より投げられた、一つのナイフによって撃ち落されたのだ。ナハティガルが驚き、上を見上げる。

 

「ナハティガル王!」

 

部屋の外から声が。そして次々に、ガンダラ要塞の兵が部屋の中へと入ってくる。ここを案内してくれた内応者もいた。そして、迎撃を成功させた人物がゆっくりと、足場を作る精霊術に乗りながら降下してきた人物を見た後、更に驚いていた。

 

「どうやら、こちらも間に合ったようですな」

 

「―――イルベルト、貴様か………!?」

 

そして、要塞の兵士の一人が驚いたように戦慄いていた。

 

「ローエン・J・イルベルト………あの、“指揮者”イルベルト!?」

 

それは聞いたことがある名前だった。ラ・シュガル軍に在籍していた、超一流の軍師として。歴史の教科書に載るような、そんな人物だったはずだ。ならば任せてもいいはずだ。注意がローエンの方に集まっているのを見届けながら、ミラとエリーゼの方に向き直る。急激に視界が薄れていって、二人の顔も輪郭もぼやけているのだけれど。

 

そして近寄ろうと一歩踏み出したかと思うと、足の力が抜けてそのまま前に倒れそうになった。

 

「ジュード!」

 

硬い地面に頭をぶつける前に、受け止めてくれたようだ。右を、ミラ。そして左をエリーゼに支えられている。

 

「死なないで、やだ、死んじゃやだ!」

 

エリーゼの悲痛な声。治癒術が発動するのを感じるけど、もう意識を保っていられない。単に眠たいだけなのだけれど。そう説明するが、ミラもエリーゼも聞いちゃいない。身体がゆすられている。何か柔らかい感触を後頭部に感じて、非常に心地良いが。いや、これも役得だろう。

 

「どうして………」

 

こんな真似を、と言いたいのかもしれない。あるいはこんな無茶を、とか。二人共そんな風な感じだったので、僕は笑いながらこう言った。お姫様を助けるのは、男の役割だから。

 

言葉になっているのかすら分からない。

これが夢か現実か、それさえはっきりとしない程に意識は遠く。だけど、そうなのだ特に相手が山賊じみた軍ならば。

 

そして何よりもと、僕は親指を立てて言った。

 

 

「二人の友達、ジュード・マティス参上」

 

 

友達だから助けに来たと、あたりまえのように笑って。

 

しかしもう限界だと、自分の意識も聞かずに勝ってに目が閉じていくのを感じる。身体が休眠を欲しているのだ。だから僕はローエンとアルヴィンに頼むと、心の中だけで告げて意識を手放し、夢の中へと落ちていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。