御者の鞭の音が聞こえる度に、馬車の速度が上がる。その度に座っている椅子が揺れた。
街道の上を馬車が行く。私と、エリーゼを連れた馬車が。
(まさか二段構えで来るとはな)
思い出しても、始まりはあまりにも唐突過ぎた。買い物をしている私達が見たものは、陣形を組んだままこちらに向かってくるラ・シュガル兵だったのだ。もちろん、ドロッセルを守るシャールの兵が黙っているはずがない。向こうは精鋭に見えたが、こちらも昨日の件に腹を据えかねていたのだろう。見たところ力量については向こうの方が上だったが、対するシャールの兵は気合も十分。私達の助力もあって、形勢は互角になっていた。
しかし、そこに更なる奇襲が行われた。詠唱はなく精霊たちが動いた様子もない、それなのに私達は後ろから"遠距離攻撃を受けていた"。あまりにも独特。そして攻撃を察しにくい攻撃。
それが黒匣《ジン》によるものだと、私はすぐに理解した。構えているものは、それまで買い物をしていた、とおもわれる街の者だ。手には忌まわしき黒匣の兵器が構えられていた。そして、動揺したのも隙となってしまった。突如押し寄せてきた一陣に、エリーゼを連れ去られてしまう。背後から奇襲をした者達は、前方のラ・シュガル兵と合流した後にまた黒匣をこちらに構えた。
形勢は完全に不利になってしまった。捕らえられたエリーゼに呼びかけるが、ぐったりしているだけで反応がない。そうだ、あれは受けたものの意識を奪うことができるのだ、それだけに特化させられたものだ。恐らくは、"あの"研究所を壊滅させた直後に開発されたものと思われる。搦手と呼ぶべき兵器である。四大と共にあった頃の私ならばともかく、今の状態ではマナの防護がなければ意識をもっていかれるだろう。エリーゼのように身体が未成熟な子供ではひとたまりもないのだろう。事実、エリーゼが起きる様子は無かった。
そして、ドロッセルもいつの間にか捕らえられていた。指揮官はよほど頭が回る者だったのだろう。人を使うのが上手いようで、こちらの嫌がることを的確にこなしてくる。そして、その指揮官が姿を表した。紫色の髪を短くまとめた女。年はアルヴィンと同じぐらいか。その女は実にわかりやすく、私達を脅してきた。人質だ。
抵抗すればエリーゼとドロッセルを害するという。私は迷ったが、受け入れることはできないと答えた。受け入れてどうにかなる問題でもないからだ。何より私には優先すべきことがある。だから反抗を続けるべく、剣を再び正面に構えた。見るに、この女指揮官の腕は並のものではないだろう。迂闊に動けば一気にもっていかれる。油断なく構える自分に、少し違和感を覚えた。相手の動きに警戒するなど、四大が居た頃は考えられなかったことだ。何より強力なあいつらの攻撃で押し通るのが、最善の戦術であった。
失った今に気づける。この緊張感と――――相手の感情。向こうも、並ならぬ覚悟で挑んできている。今の私と同じような緊張感、そして生命が危機に曝されているという感覚に耐えながら戦いに望んでいるのだ。喉の奥は乾いている。そして肌は、ひりつくように熱い。
―――かつてない感覚だった。いや、気づけなかったと言おうか。
四大が居た頃は、気づけなかった感覚。同じように考え、同じように戦う。
そんな相手を害し害される――――平たくいえば殺し殺される空間に、自分は立っている。
目的はあろう。そして刃を互いに向けている。更なる一合で、またこの場にいる誰かが死ぬのだろう。そう考えると、言いようのない"もや"らしきものが胸に浮かんだ。
―――そんな事を考えていたからだろうか、私は次なる奇襲を避けることができなかった。突如、背中に奔る衝撃。薄れる意識の中、見えたのは
そして、気づけば今に至る。
「ついたぞ………降りろ」
窓の外には、見るも大きな要塞があった。
見上げるほどに大きい門をくぐった後。まず見えたのは、痩身の大男だ。見るからに陰険そうな顔をしているそいつは、かなりの高い地位にあるのだろう。私を連れてきた指揮官の女に様式的なねぎらいの言葉をかけている。こいつの命令か。私は敵意を隠さず、視線にしてぶつけてやった。
するとその男は腰を引かせて、怯えた様子を見せている。これならば何とかなるかもしれない。一瞬だけ、無詠唱の魔技を腕に展開して腕の紐を焼ききる。同時に前へ。指揮官らしき男を人質に取ろうと前へ踏み出すが――――
「させん!」
横から出てきた兵士が立ちはだかった。指揮官の男はその隙に、さらに通路の奥へと逃げていた。
しかし急ぎすぎたのか、尻もちをついている。
「ジ、ジランド様 無事ですか!」
この情けない指揮官の名前はジランドというらしい。
だが隣にいる兵士が厄介だ。守るようにして立ちはだかられては、一息に仕掛けるのは不可能になる。
「あ、暴れても無駄ですよ! さあ、牢へと連れていきなさい」
号令と共に囲まれてしまう。くそ、この場から逃げ出すのは無理か。
いざとなればエリーゼを置いて逃げることも考えたが、それもさせてくれないだろう。
兵士も手練が多い。特に筆頭はさきほど咄嗟に動いたやつだ。そいつは、エリーゼの方を見るなり少し表情を変えた。
「ジランド様。この少女も、牢へ?」
「当たり前だ。ただ、殺すなよ。その女ともども、逃げられんように足でも縛っておけ」
「………了解しました」
言われるがままに足を縛られる。これでは走ることもできないだろう。そうして、牢へつくなり何やら複雑な装置らしきものを両足につけられた。腕につければブレスレットで通るような形状をしているそれは、淡い光を発していた。市場で見た変わったアクセサリーと同じようなものだが、違うだろう。見るからに不穏な雰囲気を発している。
穏やかな用途で使われるものではないだろう。どういった効果をもつのか、さっぱり分からない所が不安感を煽る。目的に沿った使い方か。私の方は、きっとあの鍵に関することに違いない。ラ・シュガル側としては何としてもあのクルスニクの槍を起動に必要である、あの円盤の形状をしている鍵が欲しいのだろう。あれは、絶対に必要なものだと考えられる。渓谷で新しい鍵が作られようとしていたのがいい証拠だ。失敗したから、今度は私の方の鍵を奪いにきたか。
(しかし、エリーゼは………)
狙われている事情は察していたが、その理由がきになる。あのジランドという男は、エリーゼの方も重視していた。逃げられると困るとも。一体この少女のどこに拐う価値があるのか。年の割に大きなマナを持ってはいるが、それが目的ではあるまい。あるいは、ティポの方に目的があるのかもしれない。そのティポはエリーゼが気絶すると同時に眼を回して動かなくなったが――――
「ん………あれ、ここどこー? あ、ミラ君」
眼を覚ましたようだ。エリーゼも起きて、こっちを見る。
「ミラ………ここ、は?」
「ガンダラ要塞の中だ。私達は捕らえられてしまった」
簡単な説明をすると、エリーゼは不安な表情を見せた。
「その………ドロッセルは、捕まってない?」
「ああ、何とかな。アルヴィンも同様だ」
怪我はしただろうが、軽傷ではなかったはず。ジュードも無傷だろう。
今頃はこちらを助ける作戦を練っているはずだ。シャールの兵がどう動くかは分からないが。
「それでも、私達の方でも考えなければな。逃げる方法はないか………」
この装置が気になるが、それも頭の中に入れて考えなければ。
しかし、そこに声が割り込んだ。
「準備が出来た、ついてこい」
そうして連れてこられたのは正面の大きな門に通じている、入り口にある通路の前だ。
壁には、門とほぼ同等という驚異的な大きさをもつゴーレムがあった。
(これでは、確かに力押しは無理だな)
いくらかの精霊術が感じ取れる。これはノームのものだろう。そして何より驚異的なのは、その強度である。この規模のゴーレムとまともにやっても勝ち目はないだろう。四大を従えていた時の私でさえも危うい。だが、今の問題はこのゴーレムではない。入り口を塞ぐように展開されている、目の前にある大きな方陣らしきものだ。
「これは、なんだ?」
「こういうものだ………おい!」
ジランドという男が兵士に指示を出した。すると隣にいた兵士は私とエリーゼの腕と足につけられた装置を大きな木の枝に取り付けると、方陣へと投げつけた。
ゆっくりと放物線を描いて飛んでいく何か。
そして“それ”は方陣を通ると同時に、爆発した。一瞬の閃光。その大きな音に、耳が少し痛くなった。爆発した跡より煙が発生し、あたりを漂っている。やがて見えたのは、黒く焦げた、先ほどまでは枝だったものの残骸だった。
「見ての通りだ………意味は分かるな?」
「………逃亡防止用の装置か」
この装置を外さないまま逃げようとすれば、枝と同じ末路をたどる。
しかし、ジランドという男はそれだけではない、と答えると嫌らしく笑った。
「こういう使い方もできるのですがね」
「きゃっ!?」
「な、エリーゼ!?」
ジランドから合図を受けた兵士がエリーゼの腕を掴んだ。
そのまま、無理やり方陣がある方へと引きずっていく。
「貴様!」
「動かない方がいいですよ」
「は、離して!」
エリーゼは抵抗はしているが、大人の、それも兵士の腕力に抗えるはずがない。
あっという間に方陣の前へと連れて行かれた。
「さて………マクスウェル殿。私が何を言いたいのか、分かりますね?」
「鍵の在りかを吐けというのか」
答えなければ、エリーゼの両足はあの枝と同じようになると言いたいのだろう。
「お前たちはエリーゼにも用があると思っていたが?」
「死にはしませんよ。ただ、二度と歩けなくなるのは間違いないでしょうが」
問題はありません、と笑う。
「生きてさえいれば………私達の目的を達することはできます」
「小さな少女の未来と引換に、か」
「さて、どうします。鍵の在りかを言ってもらえるのならば、少女の悲鳴を聞かなくて済むことなりますよ? ………しかし、マクスウェル。全ての存在を守る者としての答えは決まっているんでしょうが」
答えを促してくる男。その眼には、奇妙な輝きがあった。
まるでこちらの答えを見透かしているかのような。
「ええ、その通りですよ。見た通りに、私は力も強くない文官のようなものですから。他者の心の機微に通じている必要がありました」
本当か、嘘か。ジランドという男はつらつらと言葉を滑らせる。
(だが………確信しているな。エリーゼを見捨てることを)
そして、それは当たっている。私は――――エリーゼを助けるよりは、鍵の方を取る。
クルスニクの槍が使われれば、比ではない数の人間の命と、精霊の命が脅かされるのだ。
ならば、より多くの人間を救うために。ミラ=マクスウェルとしての使命がある。
一時の感情で、それを見誤ることは、マクスウェルであるこの身においては許されない。
最善は、エリーゼも救うことだが――――
「言っておきますが、しばらくシャールからの援軍は来ませんよ。街道の途中にはこちらの兵を置いてあります」
そして馬車やシャールの軍が来れば、迎撃しろと命じているらしい。どう考えても、あと数時間はかかるだろう。
「それでも………ジュードなら、来てくれるもん」
小さな声は、エリーゼのもの。今にも泣きそうな表情を浮かべているが、負けないという意志が感じ取れる眼をしていた。
「約束したもん………守ってくれるって、言ってくれた」
「そうだよー! ジュード君なら、絶対にエリーもミラも助けてくれるって!」
少女とぬいぐるみの声がする。
しかし、ジランドはそれを一蹴した。
耐え切れない、というような――――嘲るような笑い声の後に、エリーゼを見た。
「さてさて。あの者が助けに来てくれるなんて………あり得ないですよ。特に貴方は目障りに映っていたでしょうから」
「………え?」
「だって、そうでしょう?」
勿体ぶった口調で、ジランドは言った。
私はふざけるなと口を開き言葉を出そうとして――――
「精霊術を使えないあの少年が。治癒術も使えない、落ちこぼれと呼ばれていた彼が、貴方を目障りに思わないはずがないでしょう」
――――反論するつもりだった意志ごと、塞がれた。
「かわいそうにねえ。生まれついてのもので、どうしようもないことで責められる。それはそうでしょう、精霊術を扱えない人間なんて、まさかいるとは思えない。ねえ―――マクスウェル殿?」
意味有りげに、こちらをみるジランド。
「何とか精霊術を使えないか、模索し続けて。意志も成績も十分。それなのに――――貴方は医者になれない、相応しくないと告げられ、あまつさえは他の生徒からも扱き下ろされる」
本当に滑稽です、とジランドは笑った。
「それは………本当なのか」
「彼はある意味で有名人ですよ。王都イル・ファンにあるタリム医学校ではね」
無能であると。告げながら、ジランドは視線を別の人物に移した。
「あなたも知っていますよね、ハックマン隊長」
「………事実です。ジュード・マティスが精霊術を使えないことは」
ハックマンと言われた男はどこか苦いものを答えるように、しかし断言した。
断言したのだ。断言、されてしまった。
「そう、事実で………ハックマン隊長。ふん、貴方は………いいです。万が一のために、シャール方面の門の方に行っていなさい」
指示をするが、今はそれどころではない。
私は告げられた事と、ジュードの今までの様子を思い出していた。
(そう思えば………いくらか、納得できる部分がある)
今までの道中で、何度か言葉に詰まったことがあった。何かを隠しているかのような。
あれは、精霊術を使えないということを隠すためのものだったのだ。
その他のことも。前提条件としてそのような事情があれば、時に奇妙に思えたあの様子も分かるというもの。
「大した努力もしていない小娘が自分よりも遥かに高度な医療術を使いこなす。さぞ、屈辱的だったでしょうよ」
言われているエリーゼは、言葉もない。顔の色は真っ青になっていた。
「どういう気持ちでしょうね? 努力して努力して努力したのに報われず、ただ才能があるだけの人間に追いぬかれていく。さぞかし、羨ましかったことでしょう、妬んだことでしょう」
「あ………」
「“自分には出来ないのに、こんな年下の少女が”―――なんて、ねえ。嫌悪の感情を、憎しみを抱いていたと言われても納得できますよ」
貴方にわかりやすく喩えるのならば、そうですね。
言いながら、ジランドはエリーゼの方を見る。
「毎日毎日汗を流して泥に汚れて丁寧に丹精に育てようとした果樹があって。しかし、努力したのに実はならず。繰り返しても、変わらず目の前にあるのは実のない無様な樹が一本――――その隣に。植えてそう時間が経っていないというのに。あまつさえは、何もしていないというのに。それなのに、売り物になるどころか――――味さえも見事な果樹が成る樹が出来ている」
ほら、妬ましく目障りで、何より自分がみっともなくて。
思わず、消えてしまいたくなるでしょうというジランドの言葉を、エリーゼは否定できないようで。
「………で、も…………ジュード、助けてくれるって」
言っていた、という言葉は出ない。そこまでいう気力がないというように、途切れた。
「嘘ですよ。態度も言葉も、表面上はいくらでも取り繕える生き物です。それに、人の心は変わるもの………心当たりはありませんか? 事実、彼はあなた方を助けに来なかった。あの距離ならば間に合っていたでしょうに、ね?」
エリーゼの肩が、びくんと跳ねた。村のことを言っているのだろう。
「エリーゼさんは、見捨てられたのかもしれませんね? マクスウェル殿の方は………ね?」
「………私は騙され、裏切られたと」
宿敵たる組織―――アルクノア。
精霊術を使えない人間と聞いて、脳裏によぎった言葉はそれだった。
それならば、辻褄はあう。あって、しまう。
「くっくっく。その言葉の意味は分かりませんが、貴方がそう考えるのならばそうかもしれませんね。どちらにせよ、無駄ですよ―――――故に、早く答えを」
嫌らしく笑いながらの言葉。だけど私は、何も答えられなかった。
答えなかった、の間違いかもしれないが。
「………それが答え、と受け取ります。ならば、仕方ありませんね」
手を挙げるジランド。兵士は頷き、エリーゼの腕を握った。
エリーゼは抵抗する意志さえも見せない。ただ、ジュードの事情にショックを受けているのだろう。
私も同じだ。あの無鉄砲かつスケベな少年の態度が、本当は全部嘘だったなんて。否定する材料はある。あれが嘘だなんて思いたくない。
だけど、精霊術を使えないということを、黙っていたのも事実で。
「これで最後です………返答は、如何に?」
答えられない。私の心も頭も止まったままだ。
そんな私を居て、ジランドは嗤いながらゆっくりと手を上げようとした。
「それがマクスウェルとしての答え、あるべき形ですよね―――なら!」
続く言葉は分かりきった内容で、ついには手が完全に上がる――――その直前だった。
言葉を遮るように、要塞の警報がけたたましく喚き始めたのは。
「これは………て、敵襲の!? 馬鹿な、いくらなんでも早すぎるぞ!」
うろたえるジランド。そこに、襲撃を指揮していた女がやって来た。
「ほ、報告します! シャール方面より敵襲あり!」
「数は! いや、街道に置いていた兵は何をしていた!」
待ちぶせは、あまりにも早すぎるとのジランドの言葉に女は答えた。
言いにくそうにしている、その意味はすぐに知れた。
「敵の数は………1人です」
「………な?」
「襲撃を仕掛けてきた敵は、たった一人です!」
繰り返された言葉に、今度こそ空気が止まった。他の兵士も同じだろう、言葉もでないと硬直している。そうして、驚愕の静寂に満ちた空間に待ち望んでいた声が、現れた。
「っの、そこどけやゴラァァァァァっ!!」
入り口の門の向こうから聞こえた声。
それは私にもエリーゼにも、酷く聞き覚えのあるものだった。
古来より要塞の役割は一つだろう。それ即ち、敵の侵攻を止める壁というもの。特にこのガンダラ要塞は対軍隊用の拠点として運用されている。門前の兵で敵軍隊を押しとどめ、その間にゴーレムを起動させ、最後にはゴーレムと歩兵で敵を制圧する。
それが前提。それが常道。その運用が繰り返された今、この要塞は突破できないものの代名詞として扱われるようになった。だけど、それも命知らずの馬鹿の前には通用しない。
最初に見えたのは、こちらに向けて走ってくる少年が一人。
それを見ても、門前の兵士は驚かない。
なにか、体力トレーニングをしているどこぞの少年か、にしか思わない。
あるいは伝令に走らされた傭兵か。魔物から逃げてきた、旅人か。
普通は考えないのだ。
こんな要塞に一人で走って突っ込んでくる馬鹿がいるなど、考えるはずがない。
だから、走ってきた少年が兵士を殴り倒して蹴倒しても、まず最初に考えたのは抜き打ちの訓練かなにかということだ。
しかし齟齬がある。そうして理解不能と状況不明の嵐が兵士の頭に吹きすさび、少年の怒声と怒涛の猛攻を前に気づけば門前の兵士はその半数にまで数を減らされていた。
瞬く間に、である。しかし兵士も馬鹿ではなく、少年を直様に包囲する。
最早彼らの眼に油断はない。そうして、扉の向こうからはゴーレムが起動されたとの報告が入る。
――――絶体絶命。
どの人間が見ても、この状況をそう表すだろう。
「一人でこのガンダラ要塞に特攻とは………どこの所属かしらんが、狂ったか小僧!」
「だが、もう終わりだ。ここまでしておいて、無事で帰れると思うなよ!」
包囲した兵士たちが口々に罵る。対する少年は汗まみれだった。肩をしていることから、体力も限界に近いように見える。左手には血で赤くなった包帯。滴り落ちた血液が、地面を赤く汚した。
しかし、声は死んでいなかった。
「狂ってんのはお前らだろうが! 何より女子供攫った外道が、威張ってんじゃねえ!」
むしろ感情に満ちあふれていた。怒気を剥き出しにして、少年は告げる。
「いいから、そこを退け。山賊もどきの外道集団が、僕の道を塞ぐな!」
「き、さま――――」
「黙れ!」
巻かれている方の手で頬の汗を拭い、叫んだ。
「お前らの狂った考えに付き合うつもりはない――――攫われた二人は、返してもらうぜ!!」
言葉は気迫となって、兵士たちに叩きつけられ。
直後に気迫の塊となった少年は―――ジュード・マティスは、ひるんだ兵士達へと踊りかかっていった。