Word of “X”   作:◯岳◯

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28話 : エレメンタル・バタフライ

 

 

まずいことになった。

前方には強靭かつ巨大な魔物、ではない。後方に力もない一般人がいることがだ。

 

(――――後ろに通せば、犠牲者が出かねない!)

 

この化物、どう見ても尋常なそれではない。マナを見る限り、強いことは間違いない。これだけ分かりやすく、密度の濃いマナを見せびらかしてこようとは。

 

表皮や羽の色も、通常の魔物とはどこか違っている。キジル海瀑に居たあいつと同じに、珍種の魔物なのかもしれない。いずれにしても、戦いを知らない人ならばひとたまりもないだろう。

 

悪ければ、一撃で終わってしまう攻撃方法は、羽かあるいは触覚か。

 

(もしくは――――っ!?)

 

考えている最中に、攻撃が来た。足元に精霊術特有の陣が浮かんだかと思えば、風が。

いきなりの攻撃にかわすこともできなかった。肌を浅く切り裂かれ、痛みと共に赤い血が飛び散る。

 

「っ、風の精霊術かよ!」

 

「気をつけて下さい! こやつ………強力な精霊術を纏っています!」

 

「そういうのは早く言ってね二人とも!」

 

精霊関係を看破するのは苦手だってのに。ともあれ、こいつは厄介だ。

今の術を見るに、ポイントを指定して術を発動させるタイプのものだろう。

 

このままこの位置を保ったまま、民間人を守り切る――――のは難しい。

 

で、あればだ。

 

「ローエン!」

 

「分かっています! 兵士の皆さんは民間人の避難を優先して下さい!」

 

爺さんは言葉で言わずとも分かってくれたようだ。ローエンの指示を受けたカラハ・シャールの兵達は、捕まっていた民間人達を抱えて洞窟の外へと走っていく。そして、僕は僕の役割を果たすことにした。

 

前衛として前へ。最も敵へ近づき、そして対峙して、相手を引きつけるのだ。

 

だけど、相手は空中を自在に飛び回っている。彼我との純粋な距離は遠い、注意を引きつけられきれていない。それを証拠に、化物はやや後方にいたミラの方へと敵意らしきものを向けている。

 

鳥が水面の魚を取るように。一瞬で降下して、ミラへと襲いかかっていく。

それを予想していたのだろう、ミラは化物の一撃を剣で受け止めた。

 

だけど勢いは強く、ミラは横へと弾き飛ばされた。

 

「ミラ!」

 

「大丈夫、だ!」

 

とっさに受け身を取ったようだ。そのまま転がり、すぐに立ち上がる。

しかし、早い。僕が走っても全力で走っておいつけるかどうか。

 

後ろに通せば、人死にの悲劇が量産されるだろう。

その前に何としても止めなければいけない。だけど、あの巨体は正直厄介だった。

 

そもそも届く位置にいなく、飛び上がったとて生半可な攻撃ではあしらわれて終わりだろう。

 

(それをさせないためには――――)

 

決めると同時、プランはすぐさまに浮かんだ。

 

「アルヴィン!」

 

「なんだ、ジュード!」

 

銃で牽制するアルヴィンに、叫ぶ。

 

「あいつに取り付く! 援護、そのまま頼んだぞ!」

 

「おま………ちっ、仕方ねーか!」

 

善は急げな状況ゆえに、迷うことはしない。僕はアルヴィンの了承の意を得るなり、すぐさま吶喊を始めた。マナで強化した足を台に、全力で前方へ"飛ぶ"。

 

「速い!」

 

ローエンの声はすでに後方だ。そして敵の真正面に躍り出ると同時に、挨拶代わりの魔神拳を放つ。

だけど距離は遠く、それは回避されてしまった――――が、ひとまずの意識は引き付けられたようだ。

 

化物はこちらに向き直ると、また風の精霊術を発動しようとする。

 

だが、それは銃声によって阻まれた。

 

「ギイッ!?」

 

アルヴィンの放った銃弾が羽を貫いたのだ。確認すると同時に、僕は前へと走りだす。

この場面でやるべきことは、ベストポジションの確保。

 

僕はマナで強化した足で跳躍して、化物の上空に飛び上がる。

 

しかし、まずい。こちらの思惑を読んだのか、化物は急速に方向転換して僕から逃れようとする。

 

「っ、させるか!」

 

咄嗟に、目の前にあった触覚をつかむ。

そのまま両手でしがみつく―――――すると化物は、触覚を振り回してきた。

 

「おおおおおおっ?!」

 

たまらず叫んだ。このまま岩壁に激突させるつもりだろう。

直撃すれば小さくない怪我を負うだろう。だが、これはチャンスでもあった。

 

かなりのスピードで迫り来る壁、だけどぶつかるのは間抜け過ぎる。

 

何より僕にぶつかろうとするなら、壁も敵だ。

 

敵ならば蹴りつけるべきで―――――されるがままに、というのも趣味じゃない。壁に激突する瞬間、僕は壁を蹴りつけた。

 

そして跳び、眼下に見えるのは化物の姿だ。

 

「取ったぁ!」

 

すかさず、体重を乗せた踵の一撃を化物の脳天に叩きこんだ。確かな手応えを感じ、虫の口から歪な悲鳴が上がった。

 

「ぎ、グゥゥゥッッ!」

 

虫の化物、この蝶野良は、怒ったのだろう。勢い良く頭を左右に振り、僕を振り落とそうとしてくる。しかし、ここで落とされては意味がない。

落とされないよう、触覚の根っこを両手で掴んで固定。飛ばされないように踏ん張り、やり過ごす。

 

そして体勢を立て直しながら再び頭の上に乗り、また踏んだ。踏んで、踏みつけ、踏み倒した。

 

また悲鳴。そして怒るお蝶さん。そんなこんなを三回ほど繰り返した後だろうか。

 

化物は今度は頭を振らないまま、岩壁の方へその進路を変えた。

 

「学習能力がないなぁ!」

 

さっきも繰り返したことだ。自ら手を離すと同時に化物の身体に蹴りを入れた。

その勢いには逆らわない。蹴り足から返ってくる手応えを跳躍力に変え、空中に。一回転をした後、硬い地面に着地する。

 

「ぐっ!」

 

思わず、声がもれる。どうやら衝撃は殺しきれなかったようで、足が痺れて動かない。

 

「ギアッ!」

 

そして、化物はそれを好機と見たのだろう。

動けない僕に向かって、追撃をしかけてこようとする。精霊術だ。

 

それも先ほどよりこめられているマナが大きいように感じる。

 

だが、その術が放たれることはなかった。

 

「「ファイアーボール!」」

 

後方と、敵の反対側から。2方向から放たれた火球が化物の頭部に直撃し、前後に爆ぜた。聞き覚えのある声に、見覚えのある火の精霊術。それを放った術者は、後ろから僕の横にまで近寄って来た。

 

「助かった、ミラ」

 

「ジュード………君は無茶をするのが趣味なのか?」

 

呆れたような声は、ミラのもの。頭痛がするのか、頭を抑えていた。いや、失敬な。

 

「役割を果たしただけだって。それに婦女子を庇って戦えるのは男の子の特権だってね」

 

師匠にそう教えられた。答えると、しかしミラはまた呆れ顔を一段と濃くする。

 

「囚えられていた人達のために、か。そういえば女性もいたか………君は本当に節操が無いな」

 

「あれ、そっちに取るの!?」

 

何かズレてるミラの見解。いや、主目的は貴方です。そしてエリーゼのためにです。しかし、時間は稼げたのか。見ると、民間人の避難は本当に済んでいた。半分は洞窟の外に、もう半分はさきほどまで閉じ込められていた装置の中に。エリーゼも一緒だ。クレインさんに付き添っている。

 

あそこは頑丈だし、精霊術も通さないだろう。

コアは死んでいるので、装置が再び作動することもない。

 

「そろそろ立てるか?」

 

「いや、もう少し」

 

―――ここだけの話なんですがね。ローアングルから見える貴方の太ももが輝いているんだ。

うん、エロすぎて、ちょっと足にきてるんです。

 

「………おい?」

 

「はい、起立!」

 

日直のノリで立ち上がる。

 

「次は、礼」

 

心の中で感謝を。良き、太ももにございました。

 

「………は?」

 

そして着席。座り込んだ僕の視界には、再び素晴らしきローアングルが。ってな所で、拳骨が入った。剣の柄の底が脳天に突き刺さった。僕は言葉も出せずに悶絶する。

 

「ってお前ら、漫才してないで応戦しろって――――おわっ?!」

 

アルヴィンの悲鳴が聞こえてくるが、うむ計画通り。すまん。先日のこともあるし、ちょっとした意趣返しのつもりだったんだ。ちょうど魔物が一番近くにいたし。

 

「ともあれ、放っておけるはずもないか」

 

「そうだな。だが、あの程度ならば問題はないだろう」

 

ローエンもいるし、包囲したまま全力で攻撃すれば、すぐに潰せるだろう。包囲していれば、まず僕達に攻撃を仕掛けてくるだろうし。

 

――――と思ったが、そう上手くはいかないみたいだ。

 

「………なに?」

 

それまでは近くにいる標的を。アルヴィンを優先して狙っていた魔物が、急にその動きを変えた。

ぐるりと、別の方向を向く。その先には、装置にこもっている民間人の姿。

 

「なっ!?」

 

ローエンが動揺する。僕も同じ気持だった。

そして僕は驚くと同時。蝶野郎の姿に、激しい違和感を覚えざるをえない。

 

(おかしい、だろう)

 

魔物といえば、人を襲う。しかし殺すことを目的としている訳じゃない。大半は自衛のためである。そしてこの場での自衛行為とは、強敵である僕らの排除だろう。それがなぜ、"優先して潰さなければならない強敵を放って、弱い方を先に潰そうとするのか"。

 

まるで、どこかの誰かに命令されたかのように――――

 

「…………ローエン?」

 

ローエンの顔を見る。蒼白になっていた――――直後に、赤くなった。感情が爆発したのか。そしてその感情の名前は、憤怒というのであろう。

 

あの爺さんはくせ者だ。此処に来るまでの道中も観察していたが、なにがあってもそれなりの余裕を保っていた。屋敷でのゴタゴタがあっても、動じなかった。ただものではないであろう、その爺さん見るも顕に感情をむき出しにしている。

 

「ナハティガル、あなたはどこまで………っ!」

 

続く言葉はアルヴィンの銃声にかきけされた。狭い洞窟の中に疾駆する銃弾が、魔物の羽を穿った。何か、よほど痛い部位に当たったのだろう。魔物はいつにない悲痛な色で、叫び戸惑っている。

 

まるで隙だらけだ。この機を逃す手はない。できれば精霊術で片付けたいが――――

 

「ローエン!」

 

ミラの声が響いた。激しい声に、ローエンの顔が跳ねるように上がった。

 

「何があったかしらんが、今は前を見ろ! 民を、主を見殺しにする気か!」

 

「ミラ様…………」

 

ローエンは、ミラの一括を噛み締めるように聞いた後。自分の頬を叩いて、気合を入れた。気を引き締め直したのだろう。

 

「って、まずい!」

 

見れば、体勢を立て直した魔物が装置の方へと近寄っていく。

アルヴィンが立ちふさがっているが、一人では厳しいだろう。

 

「くっ、ジュード、ローエン!」

 

「ええ、させません、撃ち落としましょう!」

 

「了解! ってかこの蝶野良、エリーゼに触んじゃねえよ!」

 

僕達はミラの号令に従って、化物の蛮行を阻止すべくマナを全力で絞りながら、魔物へと飛びかかっていった。強さ的には、ミラの社の前で出会ったあの規格外の化物より遥かに劣る。化物だからして、人間のような技量もない。樹界の出口でやりあった大木槌のオッサンのように、戦術として攻撃をしかけてくるわけもない。

 

ましてや、こちらは今や4人だ。負ける要素などどこにもない。

 

 

――――そうして、本格的な戦闘に入って10分後。

 

 

多少の負傷はあれど、死者なく勝利を収めることができた。

 

 

 

 

 

 

「もう、動かないよな」

 

最後に飛燕連脚で叩き落とした化物は、地面に落ちたままぐったりと横たわっている。

動く様子はない。

 

「そのようだ………だが、いつ復活するとも限らない」

 

すかさずと、ミラがトドメをさそうとする。

 

だが、僕はそれを制止した。

 

「っ、ジュード! なんのつもりだ!?」

 

「いや、ちょっと待って」

 

復活するかもしれない、その程度の危惧を抱くほどにこの化物は異様だった。戦闘方法も、この見た目も。そして生態もそうだが、色々とおかしい部分が多いのだ。トドメをささずに調べることが可能であれば、その方がいい。敵さんの目的か、あの装置の事が分かるかもしれないのだ。あるいは、ナハティガルの思惑が読めるかもしれない。

 

そう思ってミラを止めたのだが、

 

「なに………?」

 

次の瞬間だ。蝶の全身が光ったかと思うと、その輪郭が徐々に解けてゆく。

それはやがておびただしい数の光の粒に形を変えていった。まるで夜暗に映る蛍のよう。美しい光景に、その場に居た僕達は眼を奪われる。

 

「おお、これは………!」

 

「………微精霊、か」

 

マナではない、他の魔物とは違う。こいつは、微精霊の集合体だったようだ。あるいは、あの装置の産物というのか。だけど、それを考えるのは後でいいだろう。

 

僕はしばらく、その美しい光景に見蕩れていた。

 

どの場所でも、これだけの燐光を見たことはない。徐々に消えていく様もまた、儚くて綺麗だった。

そして消え終わった直後、横合いから声がした。

 

 

「………ありがとう」

 

「え?」

 

振り向くと、ミラは優しそうなほほ笑みを浮かべている。

一瞬だけ。僕はわずかに残った蛍のような光より、その笑みに意識を奪われた。

 

しかし、続く言葉は複雑なものだった。

 

「危うく、微精霊を滅してしまうところだった。だが、君は気づいていたのだな………止めてくれてありがとう」

 

「あ、うん」

 

いや、誤解なんですけど。でもちょっと調べたかっただけなんです、とは言えなかった。

なんでって、無粋な言葉を挟むには、ちょっとミラの笑顔が綺麗に過ぎた。

 

それに、微精霊のことは僕には分からない。マナのやり取りもしたことがないから。

複雑な気分のまま、ようやく光の粒子は全て消えた。

 

「………さあ、カラハ・シャールに戻りましょう」

 

「そうだなぁ。あー、しんどかったぜ、ほんとによ」

 

爺さんと疲れた中年の声が背後からする。

 

「聞こえてんぞぉ、少年」

 

「うん。聞こえるように言ったからね………って、こんな事をしてる場合じゃないか」

 

みな、マナを大量に吸い取られてしまっている。恐らくは、身体も相当に弱っていることだろう。

急を要する容態でもないが、早く休むに越したことはない。

 

「行こうか………手伝うよ」

 

これでも医者の端くれだし。そう言うと、ローエンは笑顔でありがとうございますと言った。

僕はそれに頷きながら、エリーゼ達がいる装置の中へと、歩いて行く。

 

(めでたしめでたし、といった所かな)

 

ひとまずの問題は解決しただろう。クレインさんも、イル・ファンへ行くための協力はしてくれるはずだ。ここに来て関係を断ち切ることも有り得ない。

 

色々と予想外の出来事は発生したが、カラハ・シャールにおける騒動は研究所とは異なり、いい方向で収束した。

 

――――と、誰もが思うところだろう。しかし、事実は異なっていたのだ。

 

この時期にカラハシャールで起きた一連の騒動。後に繋がる第二次ファイザバード会戦への、その発端の一部を担うことになったとして知られる、重大な事件。

 

 

―――僕は、この時にはまだ考えもしてなかった。

 

 

その騒動が、より本格的なものへと加速していくことを。

 

 

 

 


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