エリーゼと話し合った後、離れにあったエリーゼの小屋から、村の中央にある広場の前へ。到着した時、すでに二人はそこで待っていた。どうやら情報収集が終わったようだ。そこで僕はミラに、エリーゼを紹介した。
「………ジュード。少し、話しがある」
呼び出されるままについていく。エリーゼにはアルヴィンと一緒にいてもらった。それでも、眼の届く場所まで離れたくない。告げるとミラは、少し離れた場所に来ると話しを切り出してきた。その目に遊びはない。どうやら、エリーゼを連れてきた理由と僕が言いたいことについて、彼女は察しているようだ。真剣な表情で、矢のような視線を飛ばしてくる。
「ふむ………それで、ジュード。いったい何のつもりなのか、はっきりと君の口から説明してもらおうか」
嘘は許さないという口調だ。僕はもとより誤魔化すつもりはないし、正直に答えた。エリーゼを連れていきたいと。すると予想通りというか思った通りというか、ミラの目が変わる。
どこか場の空気が重たくなったようだ。原因はミラから発せられている威圧感だろう。じろりという擬音が聞こえてきそうなほど、開かれた目がこちらを向く。目は口ほどにものを言うという。つまりは―――それだけでは納得できない、理由を説明しろと言っているのだろう。
「分かった…………彼女、ラ・シュガル軍に執拗に狙われているようなんだ。で、この時期に狙われるってことは――――分かるだろ?」
「
この旅は妨害者も多い。連れて歩けば、エリーゼにも危害が及ぶだろう。ミラとて、それは理解しているらしい。確かに、僕もミラも今頃はラ・シュガル内ではお尋ね者になっていることだろう。つまりは、いつラシュガル軍に狙われるとも限らない立場だ。だけど危険に関していえば、こっちの方が得策だ。エリーゼがこの村に残るよりはマシな状況になる。今、この村には戦える者がいない、つまりは守り手がいないのだ。両国間がきな臭い状況になっていると聞くし、こんな時に、本格的な侵攻があればひとたまりもないだろう。この程度の小さな村、しかも防衛戦力のないハ・ミルなら、軍の中隊ひとつで制圧は可能だろうし。
「結果、村人たちは殺され、エリーゼは見つかって連れて行かれる。僕達と一緒に旅をすれば、そしてエリーゼは僕達と共にいることを告げれば、それも防げるだろう?」
村人に協力してもらってもいい。行商人に、裏から噂みたいなものを流してもらってもいい。そうすれば、村人たちも納得する。
だが――――ミラの顔は、晴れない。
「………ジュード」
名前だけを呼ぶ。その視線は、以前変わらず厳しい。まだ穴があると、そう言っているのだ。
(ああ、初めからわかってるさ。今の理由や理屈の中に、いくつかの穴があるってことは)
微妙に議論の点のすり替えをしていることに、気づかれたらしい。可能性の話しが多すぎるからな。緊張状態にあるといっても、実際に戦争が起きるとは限らない。あるいは、数年先かもしれない。
それなのに連れて歩いて、結果それ以上の危険に――――余計な敵をおびき寄せてしまう可能性だってあるんだ。エリーゼが狙われる理由についても。
この状況下においては、どっちかと言えば、理屈的には僕の方が間違っているのだろう。ミラはそれを指摘している。一人の人間を守って歩くことについてもだ。エリーゼの前では言わないけど、分かる。だけど、これ以上エリーゼをこの村に置いておきたくないのだ。あの様子から、相当に恨まれていることは察することができる。ジャオが戻らなければ――――あるいは戻っても、状況は変わらない可能性がある。ジャオが帰れば、閉じ込められる。いなければ村人に迫害される。そのままじゃあ、村人との距離は縮まらない。何よりエリーゼが狙われている以上、これ以上の進展は望めない。
下手をすれば、この先ずっとエリーゼはこの境遇のままになってしまう。
(ずっと続いてしまう。夢を失った時の僕のような気持ちで、ずっと)
子供だったあの時のこと。振り返ってみれば、それが分かってしまうから。僕は師匠がいなければ、ずっとあのまま“下”の方へ突き進んでに違いない。そのまま、腐れた男になっていたかもしれないから。エリーゼはもっと酷いだろう。何より救いがなさすぎる。
僕は、それは嫌なのだ。何としても回避すべきことだと思っている。
――――かといって、そんな個人的な理由で先約を反故にするのも、間違っている。ああ、僕も最初からミラを説得できるなんて思ってない。状況から言えば、僕の考えは愚者のもの。子供を連れていこうなんて意見こそが間違っているんだから。正直、ミラを説得できる理屈なんて用意できない。
(…………だけど、今ここで。エリーゼを見捨てることなんて、絶対にできない)
あの日あの時、師匠が僕にしてくれたように。
僕も、エリーゼを助けて上げたいのだ。
そうしなければ、あの日から今まで願い続けた僕が折れる。僕を支えてきた柱が折れてしまう。だけど理屈では無理なら…………気持ちで説得するまでだ。
「ミラ」
「なんだ、ジュード」
じっと、その目を真正面から見返す。
「―――全部、僕が背負う。責任を持つ。ミラも、エリーゼも、僕が守ってみせる」
片方だけで厳しいのに無茶だ、と理性は言う。だけど、それを無視する。
二人とも、だ。自分からした約束を、自分から破るつもりはない。先に約束したミラも、そしてエリーゼもだ。両方共、絶対に守ってみせる。だから――――と、そこでミラが口を開いた。
「それは、覚悟してのことか」
あくまで"ぼやかした"ままで。確かめるような口調に、苦笑しながらも即答した。
「ああ。そんなの当然だろう?」
約束したのは僕だ。言い出したのは僕なのだ。なら、自分以外に背負わせるものじゃはない。負担にはなるだろうが、自ら言い出した負担ならむしろ望むところだ。
「ジュード………」
対するミラの目は、僕の顔を捕らえたまま細まっている。観察されているような様子は苦手で、僕は少したじろぐ。だけど、それでも目はじっと逸らさない。
しばらくして、ミラは目を閉じると、ため息をついた。
「………分かった。どうせ言っても聞かないだろうしな」
「ミラ!」
「ただし! ………出発は今すぐにだ。今日の夜中にはイラート海停に着いておきたいからな」
「っ、分かった!」
○ ● ○ ● ○ ● ○ ●
「何処に言っていた、アルヴィン」
「ちょっと情報収集をね………っと、やっぱりか」
アルヴィンの視線を追う。そこにはジュードが居た。エリーゼの前で、腕を組んで満足そうにしている。対面にいる二人は、ジュードが説明をしたのだろう、嬉しそうにはしゃぎまわっている。それからニ、三会話をした後、二人は空き家がある方へと走っていった。恐らくは、エリーゼが持っている荷物を取りにいったのだろう。
道の向こうに消えていく二人の子供の姿。それを見送っていると、隣から声がした。
「ずいぶんと、やさしいんだな」
「………こうした方がいいと思っただけだ。お前も、先ほどの様子を見たのだから分かるだろう」
激昂したジュード。あの時の拳は、下手をすれば大怪我を負わしていた。自分を御せる者か、あるいは冷静な思考を保てる者であれば、ああいった真似はしない。
「切っ掛けはあの少女か。あるいは、境遇かもね?」
「………人間の事は、よく分からない。だけどジュードの精神が不安定になってしまう、その方が困るだろう。それに、私はエリーゼの歩調に合わせて、進んで行くつもりもないぞ」
足手まといになれば捨てていく。仮に命を落としたとして、私は立ち止まらない。
もとより一人で完遂してきた役目だ。一人になったとして、止めなければいけない道理などない。
「ふーん………ミラ様は一人でやれると、そう思ってると?」
「出来る―――とは、最早断言できないな。だけど危険だからといつまでも同じ場所に留まっていられない」
危険なのは理解している。だけど、避けているだけでは成せないこともあるのだ。
「――――私には、果たすべき使命がある」
生まれてから今まで、貫いてきたことだ。すでに私の一部で、あるいは全てでもある。
それを止めることなどできないよ。そう言うと、アルヴィンは複雑そうな口調で聞いてくる。
「例え、危険があったとしても? もしかしなくても命を失う、そんな危険があったとしてもか」
「ああ」
迷うはずもない、断定する。しかしアルヴィンはしつこく質問を繰り返してきた。
「死ぬかもしれなくても―――その使命ってやつのためならば死さえも厭わないって、そう言えるのか」
「ああ、言えるさ」
断言する。何より、それこそが私の存在意義なのだからできないはずがないのだ。あの槍は危険すぎる。本当はあの場で壊さなければいけなかった、この世にあってはならない、一刻も早く壊さなければならないものだ。
今までの
「人と精霊を守る。それこそが私の使命なのだから」
見返して、言う。するとアルヴィンは、ついと眼を逸らした。丘の向こうに見える夕焼け空を見ているのだろうか。そのまま、すっと零すように言った
「………強いよなあ。おたくも、ジュードもさ」
「強い、弱いは関係ない。出来る出来ないは問題ではない。私がやらなければいけない事なのだ。他の誰にも、任せるわけにはいかない」
「………そ、っか。ならもう何も言わないよ」
「ああ………と、来たようだ」
見れば、ジュードがエリーゼを連れてこちらに駆け寄ってくる。
「おーい!」
こちらに振られる、見かけよりも大きな手。もう一方の手は、エリーゼの手を握っていた。彼女はといえば、頬を染めて。少し下を俯きながら歩いている。
しかし――――
(…………まるで別人、だな)
足取りが違う。背筋が伸びている。その顔も、影を感じさせるものではない。それもそうだろう。今までの境遇から救われたのだから。それを成したのは、このジュード・マティスという少年。
――――この先、彼は余計な荷物を背負うことになるだろう。負担も増えるし、無茶をして大怪我をするかもしれない。エリーゼだって、救われていない。現に今、エリーゼは村を出ていくその最後に、少し笑顔を作って、村人達に手を振ってる。だが、誰も反応せず、すっと視線を逸らしてその場から去っていくだけ。それを目の当たりにしたエリーゼは、また悲しい表情を浮かべている。
だけど、村の出口を向いた時の顔は違う。心なしか、視線を上向きに。胸を張って、歩こうとしている。あるいは、今の行為は村との決別を意味していたのかもしれない。
最後の最後に、自分に優しくない村人達の反応を見て、それを踏み出す力としたのかもしれない。どちらにせよ、エリーゼという少女は変わったと、そう言えるだろう。最初に出会った時の、すがるような表情。二度目にあった時の、どこか寂しそうな表情は、無い。成したのはジュードだ。それも、意志と行動だけで。
(…………人、と。精霊を守るために)
自分でアルヴィンに告げた言葉。それはずっと自分を支え続けてきた信念の言葉だ。だけどこの瞬間だけは、なぜか、それがまるで別な言葉であるかのような。
胸の中に、言い様のない違和感が浮かぶような感覚が、うごめいていた。
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●
ハ・ミルからイラート海停を結ぶ、イラート街道に出てから数時間歩いた。エリーゼは思っていたよりも健足で、僕達にも何とかついてこれている。戦いながら進んでいる僕達とは違って、疲労度が小さいこともあるだろう。だけど、息も切らさずついてこれるとは思わなかった。疲れたらおぶっていこうと思っていたが、その心配もなさそうだ。これなら、共鳴術技の練習もできそうだ。
試しに、とそこいらの弱い魔物が固まっている場所に、ミラと並んで突っ込んでいく。
「ミラ、あれをやるよ!」
「っ、分かった!」
僕のリリアルオーブとリンクさせているミラのリリアルオーブから、マナの塊を感じる。直後に、ミラが持つ剣の先に、マナが集められた。
剣によって増幅されたマナはその密度を増され、それは
僕も、拳の先に装着したフィストにマナを集め、増幅させて――――
「行くぞ!」
「ああ!」
叫び、ミラの風の精霊術に呼応して放つ!
「「絶風刃!!」」
十字になった巨大な風刃が、一気に魔物を切り裂いていく。
(やっぱり、精霊術使いとの共鳴術技は良いよなー)
ナディアの時もそうだが、まるで風の精霊術を使っているかのような感触があるのだ。最初に使った時は、三日間は興奮して眠れなかったほど。
「うまくいったな………どうした、ジュードにやついて」
「い、いや、なんでもないよ」
急いで表情をもとに戻す。そういえば、「ニヤつくなバカ」とナディアに蹴られた時のことを思い出した。バレるのも不味いし、自重せねば。それからは色々と試した。だけど、有用な共鳴術技は放てなかった。使えるのは、僕の"魔神拳"とミラの風の精霊術"ウインドランス"を合わせた技、"絶風刃"だけ。それ以外は相性がわるいのか、威力が低かった。
ちなみにナディアとは相性がいいのか、威力が高い共鳴術技は複数ある。
そのひとつが、僕が使う腕力を特に強化する武術技である"鋭招来"とナディアが使う技"グランドファイア"を合わせた共鳴術技、"絶炎陣"。放射状に炎の波を撃ち出す技だ。魔物に囲まれた時などで、多用していた。
それよりも、ミラよりアルヴィンとの方が共鳴術技の相性が良いってどういうことだ。僕の"魔神拳"とアルヴィンの"魔神剣"を合わせたマナの塊の固め撃ち、"魔神連牙斬"僕が、アルヴィンの斬撃を踏み出いに天高く飛び上がり、落下の勢いを利用して双足蹴りを決める"飛天翔星駆"。
アルヴィンのマナを込めた強化弾を、僕のマナをこめた掌打で撃ち出し、共鳴させ大きな弾丸にして撃ち出す"拒甲掌破"。使える技が3つもあった。どれも、要所要所で使える技だ。
男であるアルヴィンとの相性がいい、という事実に少し落ち込むが、それでも使えないよりはましだ。自分を説得して、なんとか気持ちを落ち着かせる。敵もいなくなったことだし、今はのんびりタイムだろう。その間、エリーゼは先頭に居るアルヴィンの所にいた。僕の時とおなじように、たどたどしく自己紹介をし直している。
「あの、その…………エリーゼ・ルタス、です」
名乗るエリーゼ。アルヴィンはエリーゼに気付かれないように、こちらを見た。どうすればいいのか、だろう。だから僕は視線で「頼むよ」と告げる。するとアルヴィンは、無言でウインク、承諾する意図を返してくれた。
「オレはアルヴィン………へえ~、前見た時も思ったけど五年後にはすっげえ美人になるな、エリーゼは。その時までよろしく、な」
「そんな………わたし………」
「あー、これってナンパだ―! アルヴィン君はナンパマンー」
恥ずかしがるエリーゼと、リズムよく相槌をうつティポ。
そこにミラが、難しそうな表情を浮かべながら、言う。
「私はミラという。よろしくな、エリーゼ、ティポ……………………で、だ。何か当然の状況といった風なんだがな――――このぬいぐるみは、何故しゃべっている?」
「え………」
戸惑うエリーゼ。しかしすぐに、以前からずっとしゃべっていた、と説明する。
なにもおかしいことはないと、こちらに同意を求めてきた。
「そうだよ、ねー?」
僕はティポの同意に頷きながら、更にアルヴィンに同意の流れをよこす。
「ねー」
呼びかけを見たアルヴィン。迷うかと思ったが、間髪いれず、ミラを見て「ねー」という。
――――だけど。
「きもち悪いぞ、アルヴィン」
「26にもなって"ねー"はねーよなー」
「ちょっと、寒くなった………です」
「年を考えた方がいいかもねー」
「ちょ、ひでえなお前らってエリーゼまで!?」
アルヴィンの叫び声が、イラート街道に響き渡った。
夜になる少し前には、イラート海停に到着した。下り坂だったおかげか、往路よりずっと早い。とはいっても、今日の船はもう出航済みだ。船着場に居る船員のもとに行き、明日にサマンガン海停行きで出航する船の船室は空いているかたずねる。
「あー、サマンガン海停なら空いてるよ。明日の一番に出る船だったね?」
「はい」
「それなら…………ひー、ふー、みー、よー………うん、4人でちょうど満席だね」
「朝一番だというのに、随分と多いんですね」
「少し前に、ちょっとしたことがあってね」
聞けば、首都圏全域に封鎖令が出たらしい。ラシュガルの軍船でない限りは、イル・ファンの港にすら入れてもらえないと嘆いていた。しばらくは、サマンガン海停行きの船しか出ないとも。
しかし、派手にやることだ。恐らくは不穏分子を入れたくないといったところか。それは僕達か、あるいは――――あれだ。強国の関係もな。きな臭いって噂も流れてるし。
行商人の情報は本当に侮れないものがあるから、もしかしたら本当にア・ジュールとの戦争が起こるのかもしれん。実際、研究所で対軍用の兵器が開発されていたのだ。あの規模にあの威容、絶対に対個人用に作られたものではない。僕達が侵入するしないに関わらず、あれはあそこで作られていた。使われるために。それの意味することなど、一つしかない。
―――戦争。僕達の行動は、切っ掛けだったのかもしれないと、そう思えた。
何かが、起ころうとしているのだ。
僕は夜の海から流れる冷たい風に吹かれながら、胸の中に言いようのない不安を感じていた。