Word of “X”   作:◯岳◯

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ホームページで見づらいという方がいましたので。

こちらもマルチ投稿とさせて頂きます。


プロローグ

 

多くを望んだことなんてない。僕はただ普通の夢を持っていて、それを叶えたかっただけだ。他の人と同じように生きたいから。

 

特別な存在になんて、一度も望んだことはない。ただ同じ空の下で同じリーゼ・マクシアに住まう一人の人間として此処に在りたかった。大精霊が見守るこの空の下で、両親と同じようにただの医者として行きたかった。そう成れるように努力した。

 

でも、それは叶わなかった。原因も分からず、機会だけが奪われてしまって。その原因を特定しようにも叶わず、ただ悪戯に時間は過ぎていった。

 

頼れる場所を探していただけなのに。焦がれる程の想いの下に、譲れない想いを以て挑もうとしたんだ。僕が僕として在れない、それを知った上でも―――"それ"を持てるだけの術が欲しかった。

 

だけどあの日、僕は諦めてしまった。でも諦めてしまった先にも道があったことは幸いだと思う。そう考えられるだけのものも、確かに手に入れた。それでも僕は、あの人―――ソニア師匠に出会わなければそこで死んでいたに違いないけど。

 

このラ・シュガルの首都、イル・ファンに出立した日のことだった。ハウス教授の助手になる前に聞いたあの言葉は、今もこの胸の中の奥に残っている。僕を導いてくれた師匠。僕という存在を、ジュード・マティスという一個人を初めて認めてくれた人だ。

 

実の母と同じぐらいに、いやそれ以上に尊敬している人は僕に言ってくれた。

 

『イル・ファンに行くんだってね? ………そんな顔をしなさんな、アタシは止めないさ。なんせ、アンタはまた夢に向かって走りだすんだろ? なら応援させてもらおうかい。だけど一つだけ………アンタの師匠として言わせてもらおうかね』

 

拳法の、護身術の師匠は。いや僕という存在、全てにおいての師匠ともいえるあの人は、僕にこう告げた。

 

『誰が相手であれ、何が立ちふさがっても、ぜっったいに自分からイモ引くんじゃないよ。あんたはやり切った。アタシの、あの厳しい修行を耐え抜いた。途中で止める子も多いだろうあの苦行を乗り越えた。それは、間違いなく誇れることで、そうして頑張れるあんたは、何にだってなれる素質がある。生まれ持っての才能が全てじゃない、努力を積み重ねれば形になるものもあるんだ。それに溺れない心もアンタはもっているはず。だからアンタ自身がそれを疑うんじゃない。アンタは本当に優しい、いい子だ。だから、疑うな。信じていれば、道は開ける。なに、医者がどうしたってんだい。アンタが胸を張って突っ走れば、出来無いことなんてないさ!』

 

快活に、それでも真面目な声で笑いながらも断言してくれた。これ以上ない後押しだった。嬉しかった。あの言葉は、胸のなかに燦々と輝いている。

 

『だから笑いな。そして自分が――――自分が成りたい自分になれるように、笑って生きな』

 

(絶対に忘れることはない。そう、決して――――「おい、聞いてんのかジュード!」)

続く思考は、飛び込んできた声に中断された。その声を発したのは、目の前の人物―――ハスキーがかった、少女の声だ。銀の髪は流れるようで美しく。白が大半をしめる眼の中心は、紅蓮に染まっている。その輝きは、見る人が見れば魅せられるものだが、眼つきの悪さが全てを台無しにしていた。そばかすは出会った頃より少なくなったけど。髪の毛の方は無駄に整えられている。だが、何度でも言うけど目付き悪い。そばかすに関しては栄養不足と無精がたたってこうなったんだと彼女ぶっきらぼうに説明していたが、それは嘘だろう。どう考えても心因性のものである。お人好しの店長でさえ同意していた。あれを渡した後に少なくなったのが良い証拠だ。

 

ふと、初めて会った時の事を思い出す。この少女、なぜか街道の真ん中で炎を纏わせた剣をぶん回していたのだ。薄暗いイル・ファン近くの街道で突如襲ってきた火の玉群を僕は決して忘れはしない。

 

だが、僕は我慢強い男である。それにこの口の悪い少女にも悪いところばかりではない、良いところがあるということも知っている。

 

だから僕は笑顔で告げた。

 

「ぴーちくぱーちく騒ぐな色白ソバカス。たった数秒も待つことができねーのか、この銀の毛並みの犬ッコロが」

 

言い切った途端に音が消えた。何故だか知らないが、店の中の空気が凍りついたようだ。でも、それはすぐに溶けた。皆が皿を持って顔を見合わせている。懐から何やら用紙を取り出す者も居た。

 

「ぶ、ぶ、ぶち殺すよこの野郎!? つーかそれが客に言う言葉か!」

 

「あーあーすみませんねえおきゃくさまごちゅうもんをどうぞ」

 

「聞けよエセ童顔!」

 

怒る銀髪の少女。その怒気は、並の者なら腰を抜かしそうなほどに鋭いだろう。だけどもう慣れたのだ。わざと嫌そうな顔を見せながら、笑う。

 

「んで、何を食らうって? いいから早くちゅーもんをどーぞ」

 

「くっ………とりあえず串10本だよ。とっとと持ってきな!」

 

「はい、分かりました! それよりもサラダを食べたらどうでしょうか、野菜が足りてない風味の、いかにもな顔してるしね!うん、栄養たっぷりなんで色々と元気になること間違い無し! 僕アイデアの店長アレンジした逸品から美味しいし、その貧相な部分がもしかしたら育つかもしれないね!」

 

「てめ………最後、どこを見てなにを言いやがった?」

 

「何も言ってやおりませんよー、ナデ………ナイ………ナイチチ? 元お嬢様閣下」

 

「よしお前ちょっと斬らせろ」

 

一息に腰の仕込み杖を抜き放つ銀の少女。対する僕は、手に持ったお盆を構えた。

 

「はっ、そんなもんでこのアタシの一撃を防げるとでも思ってんのかぁ? くされ医者の卵モドキ類狂人科生物が、ついに脳の中までやられちまったようだねぇ」

 

「元からイカレテるわ、このエセ貴族。それにこのジュード・マティスを侮ってもらっては困るね。"あの"ソニア師匠に教えを受けた僕に、できないことがあるとでも? 」

 

「くっ、このマスコンが………」

 

ちなみにマスコンとは師匠(マスター)コンプレックス。つまり師匠馬鹿である。一方、同じ店内に居た周囲の客は慣れた様子で、「やれやれ始まったか」と言いながら自分の皿を持って店の外に避難していた。一部では今日はどっちが勝つかで賭けが始まっているようだ。

 

「ふん、どうしてもやるってーのか?」

 

「今更命乞いか? つーか僕が師匠の事を思い出していたのに横から話しかけたお前が悪い」

 

「原因それかよ! ていうか、客のアタシが店員に話しかけて何が悪い!?」

 

「眼つき」

 

「ぶっ殺ぉぉぉぉす!!」

 

「いいぜ来いよ、ナディア!!」

 

「てめ、名前覚えてんじゃねーか!?」

 

 

その言葉が、開始の合図だった。僕と、そしてナディアのマナが大きく膨れ上がる。

 

そして、そのまま真正面から激突しようとして――――

 

 

「外でやれぇぇぇーーーッ!!」

 

 

―――店長がぶん回した光り輝く棍が僕とこいつに直撃した。

 

「ぷろッ?!」

 

「てめっ!?」

 

飛ばされた僕達は弧を描く軌道で、道の向こうにある池へと落とされた。ぽちゃんという虚しい音の後に、店長の声が聞こえてきた。

 

「あーあーお客さんいつもすみませんねえ。え、俺に賭けた客が居るって? そりゃアンタ嬉しいことだねえ。で、儲かったよねえ………今日入った特製肉の串盛でも注文してみるかい?」

 

喧騒が続く。中央の灯火がかすかに届く薄暗い裏町の、地元では有名な店では今日も客たちが騒いでいた。

 

 

 

 

―――かつて、誰かが言った。人の願いは精霊によって、現実のものとなり、精霊の命は人の願いによって守られる。故に、精霊の主マクスウェルは、全ての存在を守る者となりえる。世に、それを脅かす悪など存在しない。

 

あるとすれば………それは、人の心か、と――――

 

「ぷはっ、おいこら店長、前に不意打ちすんのは無しっつったろーが!」

 

「不意打ち受ける方が間抜けなんですー。実戦にルールなんて無いんですー。そんな事わからないなんてナディアちゃんはお馬鹿なんですー」

 

「キモイんだよこのクソジュードが! あと、ちゃん言うなって何度も言っただろ! ったく、さっさと上がるぞ!」

 

 

―――ならば、精霊に見捨てられた者はどうなるのというのか。現実をただ生きるだけで。何かを願うことすらも許されないのか。故に、精霊の主マクスウェルは、全ての存在を守る者とはなりえない。見捨てられたものを悪と断定するなかれ。善の定義などどこにも在ることはなく。この世界に善と悪を分けられる明確な境界などは存在しない。もって、守られるべきものなど、どこにも存在し得ないのだから。

 

 

あるとすれば………それは、何なのだろうか。

 

 

 

「あー、冷えるぜ………弱炎舞陣」

 

「おお、あったかーい」

 

「……フレアボム!」

 

「熱ッッ!?」

 

「ははっ、ばーか」

 

「くそ、性格悪ぃな!」

 

「お前が言うな!」

 

 

 

 

 

 

これは、人の心が交差することで浮かび上がる、どこにでもあるストーリー。

 

 

――――叶わない、物語である。

 

 

 

 


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