光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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4月18日 沈む心

 その日、私の目が覚めたのは既に太陽が高く登り始めている頃だった。

 昨晩に約束した時間に寮の一階に来なかった私を心配して、わざわざ呼びに来たリィンのノックの音で目が覚めたのだ。

 寝起きの顔などとても見せる訳にはいかずドア越しに何度も彼から見えないお辞儀して謝り、一時間後に学院の前で待ち合わせする約束をして先に生徒会の手伝いに向かってもらうことになった。

 

 リィンと合流した後は二人でⅣ組のコレットさんの生徒手帳を探す依頼をこなすこととなる。コレットさんの生徒手帳を彼女の立ち寄った場所の証言から探し出した頃には丁度昼過ぎになっており、一番重要な仕事を一つ残していた。

 

「それにしても、まさかあの旧校舎の探索がお仕事になるなんて……」

「ああ、それもヴァンダイク学院長からの直々の依頼になるな。鍵はもう受け取っているんだが、入学式の時のことを考えると流石に二人では心配だから、誰か二人ぐらい来て貰おうと思ってるんだけど……」

 

「うんうん。流石にあんな怪物出てきたら……二人じゃ怖いもんね。」

 

 まぁ、リィンからすれば相方がⅦ組の中でも戦闘能力が低い部類に入る私一人というのは中々にリスクが高いだろう。いつか、Ⅶ組のメンバーに、リィンに背中を預けて貰えるぐらいに強くなる事は出来るのだろうか。

《ARCUS》で二人に連絡を取るリィンを眺めながらそんな考えが浮かぶ。

 

「ガイウスとエリオットに連絡をしてみたんだが、二人共お昼も終わってるし三十分ぐらいで来てくれるみたいだ。とりあえず少し遅れたけど俺達も軽食でも食べて二人を待とうか」

 

 エリオット君……大丈夫なのだろうか。特別オリエンテーリングの時の事を思い出して、少し心配になる。

 いい意味でも悪い意味でもエリオット君と私は似ており――きっとこの旧校舎にいい思い出は無いだろう。

 

 学食が混んでいたのでトマトサンドと果物の丸絞りジュースを二人分テイクアウトで購入し、二人との待ち合わせ場所である旧校舎の前でちょっとしたピクニック気分の昼食にありついた。

 寝坊したために朝ごはんを食べ損ねた私は少し物足りないのだが、昨晩かなりの量を食べた事を考えるとこの上何か食べるのは気が引ける。十分ほどで食事を終えるとリィンはいつの間にかに買っていた帝国時報を読み始めていた。

 

「……リィン、帝国時報なんて読むんだね」

「ああ、ニュースとかは士官学院生として出来れば知っておくべきなんじゃないかと思ってさ。こっちに来てからは読もうと思ってたんだ」

「ふうん。面白いニュース、あった?」

「面白い……か、そう言われると難しいな……」

 

 リィンの読む紙面を覗き込むとそこには何かと難しい単語が並んでいる。

 

「帝国政府……本年度予算案発表……」

「ああ、先日発表されたみたいだな。今年の予算案は正規軍の大規模な軍備拡張計画の予算も入っているみたいだ」

「帝国軍かあ……」

「でも、帝国議会ではオズボーン宰相に反対する貴族派は予算案も受け入れないみたいだな。当然といえば当然なのかも知れないが……」

「難しい……ね」

 

 帝国正規軍は帝国全土を守るための軍隊の筈。それを増強しようとするのの何が悪いのだろう――とは昔は疑問に思っていたものだ。結局、いまの帝国正規軍の実質は帝国全体の軍隊ではなく、帝都の平民勢力の革新派に掌握された帝国政府の指揮下にある軍隊というのが正しいのだろう。

 身内びいきしてしまう私にとっては不本意ではあるものの、少なくともサザーラントの地方紙ではあまり良くは書かれてはいない。

 

「あっ、この記事読みたいっ」

「ああ……ケルディックの大市か。丁度春物市の季節だもんな」

「へぇ、こんなのがあるんだ……はは、でも書いてある事は難しいね」

 

 多くの客入りで賑わう市場の写真が紙面に載っている。これがファッション誌であればリポートや販売品を大きく取り上げるのだろうが、そこは結局、帝国時報ということなのだろう。帝国東部の経済効果、臨時増税法施行の影響等の政治或いは経済的な方向へ記事の内容がシフトしていく。

 そんな面白みの無い記事を覗き読みするのに飽きた頃、丁度良くガイウスとエリオット君の二人がやってきた。

 

 

・・・

 

 

 そして、私たち四人は入学式の特別オリエンテーリング以来となる二週間ぶりに旧校舎の地下へ足を運ぶ。

 やはり私の想像通り、あまりエリオット君は乗り気ではないようだ。それでもちゃんと来てくれる辺り、本当に偉いと思う。

 一階の広間の扉をくぐり、ついこの間ガーゴイルと激戦を繰り広げた階段部屋を視界に収める。その部屋は、何故か違和感があった。

 

「これは……」

「……」

「ふう……見たところあの化物は見当たらないみたいだね。不気味な石像とかもないし……」

「あはは……ちゃんと倒したんだから大丈夫だよ」

「あれ……?この部屋ってこんなだっけ……?」

 

 やっぱり――何か、おかしいような気がする。その理由はすぐに分かることとなるが、それは私が想像もし得なかった答えだった。

 

「いや――俺たちがあの化物と戦った時より部屋が小さくなっている」

「「え゛……」」

「おそらく2回り以上――おまけに見覚えのないものまで現れているようだな」

 

 唖然とする私とエリオット君を横目にガイウスは続けた。

 

「あ……」

「ま、前にここに来た時、扉なんて無かったはずだよね……?」

「無かったよ、絶対」

 

あの時、私はこの部屋へ走り込んでガーゴイルに攻撃していた。アリサは通路から遠距離で攻撃していたし、扉があったのならばその様な戦術を取れるわけがない。

 

「ああ…正直、半信半疑だったんだが」

「とにかく降りて扉の向こうを確認してみるか」

 

 一同階段を降りて、木製の厚い扉の前に立つ。

 扉を観音開きに開けると、流石のリィンとガイウスも驚きを隠そうとはしなかった。

 

「……」

「……嘘……」

「……驚いたな……」

「……ってココ、完全に別の場所じゃない!? 僕たち、こんな場所なんて通らなかったハズだよね!?」 

 

 つい二週間前に通った場所とは完全に違う場所だ。開いた口が塞がらないとはきっとこの事だ。

 特別オリエンテーリングで使った場所はそれこそ地下通路という印象が強い雰囲気であったが、今いる此処は通路の外に水が流れていたりと一つの大きな部屋に通路が作られている様な雰囲気だ。

 

「ああ……間違いない。どうやら地下の構造が完全に変わったみたいだな」

「ち、地下の構造が変わるってどうゆうこと……?」

 

 リィンがそういう怖いことを言うと、ただでさえ乗り気ではないのに腰が引けてしまう。しかし、一階でエリオット君も言っていたように、気が進まなくても来週の実技テストの事を考えると此処は丁度いい練習場所でもあるのだ。

 

「徘徊している魔獣の気配も違っているようだ――どうするリィン?」

 

 ガイウスがリィンの判断を仰ぐ。明らかに異常な変化を確認した以上、ここで引き返すという手も十分有りだろう。

 まぁ、リィンの事なのでここで戻るという選択肢は絶対に無いだろう。

 

「――学院長の以来は旧校舎地下の異変の確認だ。こんな状況になっている以上、手ぶらで帰るわけにもいかない。行けるところまで行ってみよう」

「――女神の加護を。行くとしようか」

「はあ……仕方ないか」

「うう……わかった」

 

 

・・・

 

 

 探索を始めて数分、最初の広間で魔獣の群れを捉えた。

 

「ナメクジ型の魔獣かぁ……」

 

 アレに自分の体を触れられたら……など考えると身の毛がよだつ。あんなのと戦わなくてはいけないことを考えると、実技教練の選択武器を導力拳銃にしといて本当によかった。

 

「ふむ、少々厄介そうだな」

「そうだな、だが戦術リンクが使えれば……」

「確かに、あれが使えれば百人力だよね」

 

 二週間前の特別オリエンテーリングの最後、変化する前の先程の部屋でガーゴイルと対峙した時に自動的ながら発動した《ARCUS》独自の機能の事だ。

《ARCUS》において繋がった仲間の考えや行動が”視える”という、軍事では部隊運用に大きな革命を起こす可能性のある一品だ。

 

「あの魔獣で試してみるか?」

「ああ、少し合わせてみよう。前衛の俺とガイウス、後衛のエリオットとエレナでまずは戦術リンクを組もう」

 

 リィンの言葉通りに私とエリオット君はお互いに《ARCUS》のリンク設定を登録する。

 戦術リンクは色々と良く分からない。どうすれば”繋がる”のだろう。エリオット君の事を考えればいいのだろうか。

 そんな疑問を感じながら隣のエリオット君を横目で見ると、彼も同じくこちらを向いており、お互いにしばらく目が合って苦笑いする。

 

「あはは……戦術リンクってどうするんだろう?」

「一応、もう繋がってるんだよね……よく分からないけど……」

 

 とりあえず設定は出来ているが、感触としては良く分からない。

 

「そっちは準備大丈夫か?」

「うーん、ちょっと微妙で良く分からないけど……リィンとガイウスはどんな感じ?」

「……ふむ、同じくよくわからないな……戦闘にならないと実感出来ないのかも知れない」

 

 ガイウスとリィンもよく分からないようで、首を横に振っている。

 

「……とりあえず、魔獣は三匹だ。例えリンクが上手くいってなくても、倒せない相手ではないからこのまま試してみよう」

 

 結局、戦術リンク機能は実戦で試す事となった。

 私は導力拳銃のスライドを引き、初弾を装填しセーフティを解除して会敵を待つ。

 そして、リィンの斬込を合図にナメクジ型の魔獣三匹との戦いが始まった。

 

 

・・・

 

 

 ナメクジ型の魔獣《ディゾルスラッグ》の群れに斬り込むリィン。

 それに追い討ちをかけるように、見事な槍術で魔獣を串刺しにするガイウス。

 

「う、うわぁ…思わず感嘆の溜息が漏れる。」

 

 思わず感嘆の溜息が漏れる。

 この二人は、前々からかなりの手馴れだと推測こそしていたのだが、目の前で見せられた技量は想像以上であった。

 これも戦術リンクの効果なのだろうか、私の素人目で見ても物凄く二人の息は合っており、実際には見たことはないけど、歴戦を共にした”相棒”という言葉は、彼らの為にあるのではないかと思えた。

 二人の後方支援としてエリオットは私のすぐ後ろでアーツを駆動中で、私は二人に負けじと魔獣に弾丸を撃ち込むものの、正直な感想を言えば、後方支援など不要な様に思えていた。何しろ前の二人はもう既に二匹目の魔獣を沈め終わっているのだ、

 

 三匹目の《ディゾルスラッグ》も私とエリオット君なんて眼中に無い様で、自ら前衛二人の方へ移動してゆく。

 

 なにか魔獣にまで舐められている気がして少し腹が立つ。三匹目の魔獣も瞬く間に、リィンの斬込とそれに続くガイウスの戦技の餌食となって沈黙し、エリオット君のアーツ《アクアブリード》の水柱によって止めが刺される。

 

 その後、魔獣相手に三戦程連戦を戦ったものの、結局見るからに戦術リンクを活用できたリィンとガイウスとは対照的に、私とエリオットはそれ程効果を実感出来なかった。

 というより、実感出来る程行動が出来なかったというのが正しいのだろうか。

 ただ、それでも緊張を強いる魔獣との戦いが続くのはやはり疲れる。

 

「リィン、今のはいい追撃だったな」

「ああ、いい手応えだった」

 

 リィンとガイウスの前衛コンビはすこぶる調子が良さそうだ。

 

「うーん……」

「ふむ……二人はあまりリンクを上手くまだ使えないのか?」

 

 いや、あなたたちが強すぎて動く時間が無いんです。とは、言えないだろう。後衛としての仕事をエリオット君は兎も角、私は全うできていないと思う。

 

「あはは……僕たちじゃちょっとリィンとガイウス程戦い慣れてないと言うか……それよりも、二人が凄すぎるよ。この間より全然良いし!」

「やはり戦術リンクの効果だな。ガイウスの攻撃が敵のどこに攻撃して体勢を崩そうとしているのが”視える”から、追い討ちをかけ易いし」

「”視える”かぁ……すごいなぁ」

 

 ”視える”という感覚が、素直に羨ましい。

 

「僕たちも頑張らないとね、エレナ」

「うん……」

 

 私はエリオット君の足を引っ張っているのではないだろうか。そう考えると、どうしても彼に申し訳ない気持ちになる。

 

「ちょっと組み合わせを変えてみるか? 流石にこの組合せは少し……」

「確かにな」

「あはは、気にしなくていいんだよ。魔獣もこの間のより明らかに強いし、リィンとガイウスが戦術リンクで良い連携出来てるから余裕があるだけで、やっぱり油断は出来ないよ」

「ふむ、それもそうだな……」

 

 エリオット君は優しい。彼が理由にした事は大袈裟だ。リィンとガイウスの能力を考えたら、戦術リンク無しでもお釣りがくるのは私でも分かる程明らかだ。

 戦術リンクの感覚を覚えるのならば、ここは既にリンクを使いこなせている前衛の二人とお互いに組むのが良さそうなものなのに。それでも私と組んでくれるとは。

(私、頑張らないと…)

 少し疲れ気味の体を動かす。私だって士官学院生――卒業すれば多分、軍人になるのだと思う。いくら女であっても、この程度の連戦で疲れを感じるのは鍛錬不足以外に他ならない。そう言い聞かせる。

 

「それじゃ、先に進もうか」

「あ、リィン。結構奥まで来たし、ここら辺で一旦休憩入れない? なんか僕、少し疲れちゃった」

 

(あ……)

 とっさにエリオット君の方へ顔を向けると、目の合った彼は私にウインクしていた。やっぱり、彼は私が疲れを感じてたのを察してくれたのだ。エリオット君はどこまでも優しい。

 

「どうする、リィン? エリオットの提案も一利あると思うが」

「確かにそうだな。立て続けの連戦だったし少し休憩するか」

 

 前衛二人もエリオット君の提案を好意的に捉え、それぞれ休憩に同意する。

 

「ふぅ……よかったぁ。そうそう、僕チョコレート持ってきてるんだよね。みんなで食べようよ」

 

 エリオット君が安堵の溜息をつくのが聞こえる。チョコレートか……なんとなく、エリオット君らしいかもしれない。

 

「フフ、気が利くな」

「ああ、遠慮なく頂くよ」

「どうぞどうぞ」

 

 男子三人から二アージュ程離れたところに私は座り込む。ひんやりとする石造りの床は汚いのかと思ったが、まるで昨日大掃除をしたかのような綺麗さだった。どう考えてもおかしいのだが、まぁ内部の構造が変わるぐらいなので深く考えても仕方が無いだろう。

 

 座りながら自らの導力拳銃《ラインフォルト・スティンガー》を右手に持ち眺める。 この銃もあまり上手く使いこなせている様には思えない。私は持ち主として余りよろしく無いのかもしれない。

 

(気、使わせちゃったな……)

 入学してからの二週間、思えば私は一喜一憂を繰り返していた。私はⅦ組の中では実技も学力も下から数えたほうが早い。結局、私には取り柄が無い。

 昨晩だって結局はサラ教官の嘘ではあったものの、それを信じ込んだ私は非常に落ち込んだ。今朝だってリィンとの約束を寝坊で破ってしまった。

 次第に思考の中で自己嫌悪に陥りそうになる。何故、優しくされてこんなに気落ちするのか。このまま甘えきってしまっていいのだろうか。

 

「エレナも食べるでしょ?」

 

 負のスパイラルに陥る思考を中断させてくれたのは、エリオット君だった。優しい笑顔で私に、銀紙に包まれた一口サイズにしては少し大きめのチョコレートを差し出してくれる。”QUINCY”とポップな字体が包み紙に印刷されている。

 

「ありがとう……クインシー・ベルのチョコレートだ」

「うん。甘いもの苦手だった?」

「ううん……大好き」

 

 首を横に振ってから包み紙からチョコレートを取り出して頬張る。

 

「……甘い」

 

 そりゃあクインシー・ベルのミルクチョコレートが甘くないわけがない。

 しかし、エリオット君の優しさは、チョコレート以上に今の私の心には甘ったるく、そしてほろ苦かった。




こんばんは、rairaです。
今回から次回にかけてエレナの色々な弱さが主なテーマとなります。これは彼女が今後Ⅶ組の中でやっていく為に、どうしても乗り越えなくてはならない壁の一つですね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

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