光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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8月28日 旧境の大河を越えて

 どこか放牧的だった車窓の田園風景にちらほらと家屋が目に留まり始めた頃、列車は進行方向に向けて昇る様に傾斜してゆく。

 車内からではいまいち把握できないが、線路が赤煉瓦の高架橋へと持ち上げられてゆく事を、街道からの光景を見たことのある私は知っている。

 

<――本日は大陸横断鉄道をご利用頂き誠にありがとうごうざいました――>

 

 列車の到着が近付いている事を告げるアナウンス。

 

 私達六人はお互いに目配せし合う。

 

<――まもなく終点、帝都・ヘイムダルに到着いたします――>

 

 まだ走行中で揺れる客車の中、自分の荷物を手に立った私達は、ボックス席から連なる様にして扉へと向かう。

 

 乗降口の、先程と比べれば小さくなった窓の外、こちらに集まる様に近付いてくる他路線の高架線路が帝都の至近へと来た事を教えてくれる。きっと、窓に頬を押し付けて進行方向に目を向ければ、緋色の帝都を守る壮観たる城壁が見える事だろう。

 

 導力機関の制動ブレーキが掛かり始め、緩やかな逆向きの加速度を感じると共に、徐々に列車は速度を落としてゆく。

 

「時間通りね」

「定刻通りだな」

 

 アリサとマキアスの声が重なり、二人はバツが悪そうにお互いに向き合う。そして、今度は何か言いたそうに咳払いをしたのが、これまた息ぴったりに揃ってしまった

 

 交互にB班を引っ張って来た二人が一緒の班になるのは初めてだったりする。おそらく、リィンがいない時は自ら率先して動こうとしてしまうのだろう。アリサは無意識で、逆に副委員長としての立場もあるマキアスは意識的に。

 なお、不思議な事にアリサがいる時のB班では問題が起きないのに対して、マキアスの時は何故か問題が頻発する。まぁ、今回の実習は多分大丈夫だろうけど。

 

「お先、どうぞ。マキアス」

「いや、アリサ君から先で――」

「副委員長の貴方の方が――」

「じれったい。みんな聞いて――作戦開始時刻は0750。作戦時間は120秒弱。目標は帝都駅の八番線の列車」

 

 そんな二人を切り捨てる様に、珍しくフィーがこの場を仕切り始めた。あーあ、アリサがシュンとしちゃってる。

 クロウ先輩が「限られた時を駆ける”任務”」だなんて、フィーの気をそそらす事言ったもんだから、珍しく朝から微妙にやる気を出しているのかもしれない。

 

「帝都駅の端から端――およそ150アージュってとこだな。クク、こりゃハードだな」

「大丈夫、短距離走だと思えば余裕で完走できる」

「えー!?」

 

 確かに全力疾走すれば150アージュなんて、二分どころか三十秒以内で走るのは難しくはない。でも、それは徒競争であればの話で、今日はそれぞれ着替えや武器等を詰め込んだ重い荷物を手にしているし、日曜日とはいえ朝でも相当数の旅客で溢れるヘイムダル中央駅のホームとなれば、その何倍も掛かるのは間違いない。

 エリオット君の「えー!?」は、たぶん走るのが苦手だからだろうけど。

 

「こんな大荷物を抱えながらの短距離走だなんて……」

「うん、マキアス。私も自信ない」

「元はといえば君のせいじゃないか……」

 

 人一倍大きなスーツケースに目を落として項垂れるマキアスをフォローしたつもりが、恨み節をぶつけられてしまう。それに合わせる様に、アリサの視線も言外にそう私に告げていた。

 忘れ物をして悪いとは思ってるけど、マキアスのその大荷物の中身――実習中も勉強するための参考書が何冊も、誰とやるのかは知らないがチェス盤と駒セット――は自業自得だと思うのだ。ほら、不測の事態はいつ起きるかわからないっていうし……これ、口に出したらまたアリサの雷が落ちそうだ。

 

「そろそろみてえだな」

 

 クロウ先輩の声に合わせる様に、列車の速度が次第に遅くなってゆく。もう既に窓からの光景は駅構内のものだ。

 

 振り戻しの後に静止し、扉から圧縮された空気が外に放たれる音を立てる。それは、用意の合図。

 

「みんな、いくわよ」

 

 アリサが合図と共に開く扉。油の匂いが混じる生温い外の空気へと私達は駆けていく。

 

 

 ・・・

 

 

 間違いなく今日一番となるであろう死力を振り絞って、僅か一分半余りで大陸最大の駅の全幅を全力疾走した私達B班の面々は、列車に飛び込むなり荒い息を吐きながらボックス席へと体を投げ出すように着いた。

 走り出した直後にアナウンスで流れた駆け込み乗車への注意は、十中八九私達に向けられたものだろう。また、他の乗客の「まぁ、はしたないですわ」なんて声が聞こえたような気がしたのも、あながち聞き間違いではないだろう。それぐらい、アリサと私の髪は崩れたし汗だくである。

 それに対して、「行動開始(オープン・コンバット)」とか呟くぐらいノリノリだったフィーは汗一つかいていないし、クロウ先輩も平然な顔をしている。元猟兵というステータスのフィーはともかく、先輩も『実習では役に立つ』と自分で言っていただけはある体力だ。

 六人のB班の内、余裕な顔をしていたのはその二人だけで、他はもう酷い顔をしていた。それでも無理をした甲斐があったというものである。これで、私達は現地に定刻通りに到着できるのだから。

 

 本当に良かった。到着が遅れたら、今度はどう謝ろうか考えなきゃいけないのは私だ。私の少ない語学力じゃそろそろ謝罪のレパートリーが尽きかねない。

 

 

「それにしても、また西部に行くとは思わなかったね」

 

 帝都を出発して早三十分弱といったところだろうか。激しい運動からの疲労感も解けた頃、私から一番遠く、窓際に座るエリオット君が隣に腰掛るマキアスを見て言った。

 

「そっか、あなた達は先々月もこの列車に乗ったのね」

 

 と、マキアスの対面に座るアリサ。ちなみにこの場にいる六人の内、彼女とクロウ先輩以外の四人は一緒にブリオニア島に行ったメンバーだったりする。

 

「ああ、そうだな。……今思えば、あの時は色々と大変だったな」

「あはは……」

 

 つい二か月前の出来事を振り返って、肩を落とすマキアスとエリオット君。左右に流れるの二人の視線が、アリサを挟んで向こうに座るフィーと私に向けられてる気がするのは、気のせいじゃない。

 

 どうでもいい事だけど、フィーの座ってる窓際の席が良かった。

 

「なんのことだっけ?」

「うーん、わかんないなぁ」

 

 首を傾げてとぼけるフィーに同調するけど、痛いほど分かってる。私も、勿論フィーも。

 

「貴女達ね……」

 

 左右両側のそんな私達に、アリサは呆れ半分で目を細めた。

 

「なんだなんだぁ、面白い話かよ?」

「別に大して面白くないんで、先輩は知らなくていいですよ」

 

 向かいでふんぞり返る先輩がちょっと気に入らなくて、意味もなくぶっきらぼうに私は応えた。なんで、そこが先輩なんですか。

 それに対し、「つめてぇなぁ」とぼやく先輩。

 

 ほんの冗談のつもりだったんだけど、悪い事をしたかなぁ。

 

 だけど、そう思ったのも束の間であった。

 

「……あー、そういやこないだ聞いたんだが、裏・士官学院七――」

「ちょっと、先輩……!」

「顔赤いぞぉ、何考えてるんだぁ?」

 

 この、まじでぶっとばすぞ。……無理だろうけど。

 

 思いっきり睨み付けても、ニヤニヤと軽薄そうな態度を崩さない銀髪バンダナと私の対立は、唐突に終わる事となる。

 

「先輩、世間話もいいですけど、そろそろ予習に入りましょう」

 

 ノート程の大きさの手帳を鞄から取り出したマキアスは、そう切り出した。

 ナイス、マキアス。個人的にうちの副委員長の”予習”がここまで嬉しかった事は初めてである。

 

「ジュライ特区――ラマール州の北側、帝国北西部の沿岸部にある経済特区だ。

 

 特区の中心のジュライ市は古くから中継貿易で栄えた港湾都市で、特別区として北西部領土を管轄する北西準州から独立した地位にある。もっとも、帝国政府の直轄地という意味では同じだが――……

 

 

 ……――人口もそれなりに多い都市の様で、帝国北西部の経済の中心となっているらしい」

 

 それなり、ということは帝都と四州の主要都市に次ぐ規模なのだろうか。以前、西部に来たときはブリオニア島という私の故郷よりも辺鄙な場所だったが、今回は反対に都市部での実習になりそうだ。

 

「一応、教科書に載っていた情報を纏めて来たんだが……質問はあったりするか?」

 

 何分辺境過ぎる場所だからか詳細な記述が少ない書籍ばかりだったらしく、答えられるかどうかは分からないと、眉尻を下げて自信なさげな様子で付け加えて質問を待つマキアス。

 

「ん」

「フィー」

 

 名前を呼んで質問を促すマキアスの声が、微妙に上がり調子で嬉しそうだ。

 

「”けいざいとっく”って何?」

「そうだな……」

 

 少々考える仕草をしながら、マキアスは一言置いた。

 

「地域経済発展の促進の為、政府が税制優遇措置や各種規制緩和を施行する指定区域のことだな」

「???」

 

 フィーが右に左に首を傾げる。余程意味が分からなかったみたいである。私も物語か何かで出てくる魔法の呪文かと思った程だ。

 

「マキアス、難しい」

「クク、ちとお堅過ぎるな」

「マキアス、貴方ねぇ……」

 

 呆れ気味に溜息を付くアリサと、苦笑いするエリオット君にたじろくマキアス。正直な話、いまの一文は学院の教科書じゃなくて専門書なんじゃないか、私もちんぷんかんぷんだ。

 

「簡単に言ってしまえばだけど、人やモノを集める為に税金を安くしていたりする場所よ」

 

 フィーにも、私にも分かり易い言葉でアリサが教えてくれた。

 

「ふーん。物が安いって事?」

「確かに、住民にもそういう恩恵はあるかも知れないけど、本来は商取引がし易くなったりする企業向けの政策だと思うわ」

「ちなみに、ラインフォルト社はどうなんだ?」

 

 純粋な知的好奇心からか、マキアスがアリサに訊ねる。

 

「シャロンから聞いた話だと、ジュライ特区には一応支社があるわ。後は……正規軍向け車両の整備や組立てをする工場なんかもあったりするみたいね」

「軍需工場か……」

 

 ”正規軍向け”ってあたりが引っかかたのは私だけでは無い筈。微妙な空気が流れていることから、それは明らかであった。

 

 そんな空気を察してか、話題転換の為に私に話を振ったのはエリオット君だ。

 

「そういえば、北西準州ってことはエレナの生まれ故郷にも近いの?」

「ブリオニア島よりかは近いのかなぁ……。よく分からないけど、みんなと一緒に行けるのは楽しみだよ」

 

 頼られちゃあ、しょうがない。というか、こんな話題でも話を振られたのが嬉しくて、変な事まで口走ってしまった。

 実際、離島のブリオニア島と違って陸続きの場所と考えれば、その心理的な距離はぐっと近いだろう。それに”ジュライ”の名になんとなくだが聞き覚えがあるのだから、近いのは間違いない。

 

「へぇ、お前さん北西生まれだったのか?」

 

 以前なら答えるのに躊躇っただろう先輩の問いだが、素直に頷くことが出来た。まあ、この場にいるⅦ組の仲間たちはみんな知っている事で、先輩だけ知らなかっただけというのもあるのだけど。あと、今はさっきみたいに先輩に意地悪するノリでもないし、変な返しを食らうのは御免だ。

 

「ジュライっていうと微妙に聞き覚えがあるんです。多分、私が生まれた自治州の近くの国だった筈? あ、昔の話で、ですけど」

 

 マキアスの話だと北西部でも大きな港町という事だから、もしかしたら両親に連れて行かれた事もあるのかも知れない。

 

「……へぇ」

 

 少しの間が空いてから、クロウ先輩は声を漏らした。

 

「国か……」

「確か、八年前に編入されたのだったわね。オズボーン宰相の政策で」

「『領土拡張主義』だね」

 

 周辺の小国や自治州を帝国政府の直轄地として帝国に併合――直轄地からの税収を拡大し、カルバード共和国を建前上の理由として正規軍の増強を行う。オズボーン宰相の政策の日本橋らの一つだ。

 六月にA班が訪れたノルド高原を除けば、これまでの実習先はすべて帝都と四州――帝国の伝統的な領土、つまり内地であった。唯一、ノルド高原のみは異なるものの、あそこはそもそも帝国外である。属領や近年の編入地である”外地”に特別実習に向かうのは初めてなのだ。

 

「おいおい、お前さんたち真面目過ぎだろ。せっかくの長旅なんだ、いまからそんなお堅い話してると、疲れちまうぞ?」

 

 再び微妙な雰囲気に陥る私達を引き戻したのは、クロウ先輩だった。

 

「まぁ、たしかに」

「先輩は不真面目過ぎるんじゃ……」

 

 不真面目組代表のフィーが同意する一方、真面目党のマキアスはちょっと呆れ気味である。

 

「ちっちっ、わかってねぇなぁ。特別実習の先輩としてお前らにアドバイスしてやろう――何も考えずに楽しめる時間は大事にした方が良いぜ?」

 

 どうせ実習帰りにゃ、色んな事で頭ん中グルグルだしな。

 

 そう先輩が続けた言葉に、私はハッとさせられた。また、それはみんなを納得させるのにも十分過ぎる言葉だった。

 

「じゃ、モテトークよろしく」

「おいおい、無茶振りが過ぎねぇか――だが、このクロウ・アームブラスト、女子の頼みとあっちゃ断れねぇ!」

 

 意地の悪い笑いと湿っぽい視線でクロウ先輩に無茶振りするフィーも中々だけど、それでも頑張る先輩も先輩である。

 

「……じゃあ、おやすみ」

「私は遠慮しとくわね」

 

 隣の二人のあっさりとした反応も相変わらず……って、フィーは先輩の”モテトーク”を子守唄にするつもりなのだろうか。

 そんな二人の裏切りに先輩の寂しそうな視線がこちらを向いた。

 

「……すみません先輩。ちょっと興味ないです」

「オイ、お前ら! オレ様の扱い酷くねぇか……?」

 

 流石のクロウ先輩もこの扱いにはしょげてしまって、頭をがっくりと下げていた。

 

「あはは……じゃあ、マキアス、”僕達は”ブレードでもやろうよ」

「まぁ、いつもやっているしな……今回はリベンジするぞ」

 

 逃げる様に自分達の世界に入り込もうとした二人に食いついたのは、何故かもう元気な先輩だ。

 「ブレードも最近普及しまくっててオレ様も鼻が高いぜ」と自慢げに頷きながら、自分の鞄からツーセットのカードを取り出し、その一つをアリサとフィーに渡す。

 突然、モテトークじゃなくてブレードカードを渡されたフィーがきょとんと首を傾げ、アリサは本日何度目か分からない溜息を付く。

 

「よし。じゃあ全員総当たりのリーグ戦といこうぜ。勿論、ビリには罰ゲーム付きな」

 

 そして、もう一つを私に手札を引けと言わんばかりに差し向けた。

 

 

 ・・・

 

 

 ラマール州の州都、《紺碧の海都》オルディス。その駅の内装は豪華絢爛でとても立派なものである。ラマール州が貴族領邦四州の中で最も巨大かつ、経済的にも豊かな州だというのは目に見えて良く分かる位だ。

 

 丁度おやつの時間に到着した私達は、ここで二回目の乗り換えである。線路は続いているんだから一気にジュライ特区まで行って欲しいものだけど、今朝トリスタ駅のマチルダさんと話したアリサによると、北西方面に向かうジュライ支線の列車は一部の特別列車を除いて、その全てがオルディス発と決まっているらしい。なお、クロウ先輩によるとこれは「貴族様の事情」なんだとか。

 

 さっきアリサが売店で買って来てくれた、ラマール州の名産品の一つである梨のジュースを大きめのストローで吸いながら、周りを見渡す。

 アリサとフィーはお土産も売ってる売店を見に行っているし、つい先程までそこにいたマキアス達男子は、クロウ先輩に引き連れられて仲良く連れションである。

 

 私は罰ゲームで荷物番。全体の順位が決まった後で、ブレードをよくやるクロウ先輩が有利すぎるって文句をいったけど、「最近はオレ様より強い奴もいる」っていって取り合ってくれなかった。ちなみに、アリサは一位、マキアスが二位だったりするので先輩の言う事は確かに正しい。

 

 まぁ、朝の忘れ物の事もあるし、仕方ない。たぶん、クロウ先輩以外が罰ゲームになっていたら代わってあげていただろう。先輩がビリで罰ゲームなら隣で目いっぱい冷やかしてやっただろうけど。

 

 六月にも来たこの駅ではあるが、活気の溢れていた二か月前とは打って変わって今日は物々しい雰囲気だ。その原因は駅を闊歩する警備の領邦軍兵士達。こうやって周りを見渡していると、先程から駅構内のいたる所で旅客を引き留めては、なにやら職務質問を行っている。

 先月の帝都での事件もあって警戒しているというのは分かるが、領邦軍兵士の横柄で威圧的な態度は見ていてとても印象に悪いし、不愉快だった。

 ついでに、こうやってずっと見てれば分かるのだが――列車の発車直前に急いでいる客や女性の一人客を多く引き留めていたりと、どうも恣意的な気がするのだ。

 

 ――明日の夜、こちらから連絡します。何か気付いたことがあれば、些細な事でも教えて下さい――

 

 私が枕元に《ARCUS》を忘れる一因ともなった昨晩遅くの通信。その相手が言っていた言葉を思い返す。

 

 一体、大尉は私のどんな話が聞きたいのだろうか。

 

 大尉が初めて『こちらから連絡する』と明言してくれた事と、この特別実習が無関係ではない位は私にも分かる。だからこそ、期待には応えたいけど……応える術が分からない。

 

 

「ふむ、それにしてもこちらはどこも厳戒態勢みたいだ」

 

 ふと耳に入ったのは、隣のベンチに座る恰幅の良い恰好をした初老の紳士とその使用人らしい二人組の会話。

 

「先月末に帝都でテロが起きたばかりみたいですからね。先程といい、港での入国審査といい、こちらの兵隊の横暴には驚きますが」

「公爵家への表敬訪問も断られてしまったしね。こういう仕事では前任者の方が適者なのだろうと痛感させられるよ」

 

 領邦軍への不満を口にする旅行者の話に、私は耳を傾ける。

 

 あんな事を言ってしまって大丈夫だろうか。ここが帝都なら問題ないだろうけど、この街は貴族連合の本拠地といっても過言じゃない場所なのに。

 

「おい、そこの娘」

 

 まさかと思ったけど、顔だけ上に向けて、声の主を確認する。

 

「この大荷物はなんだ? 乗車券と身分証を出したまえ」

 

 偉そうな顔つき、制服だけが立派な領邦軍の兵隊様がいらっしゃった。

 

 ……なんで、あっちじゃなくて、私の方に来るんだろうか。

 

 

 ・・・

 

 

 思いの外早く領邦軍の職務質問が終わったのは、マキアス達が戻ってきてくれたからだ。なんでも、あの兵士はB班全員の荷物を私一人の荷物だと勘違いしていたらしい。

 なお、マキアス達もトイレ近くで兵士に呼び止められたのだが、クロウ先輩の機転ですぐに解放されたらしい。やっぱり、あの先輩、役には立つようである。

 

 制服を着てるんだし、学生だと判断すればグループでの旅行とか色々想像つくと思うんだけど。やっぱ、嫌がらせか。

 

 領邦軍――特にラマール州のは、先月の帝都テロの園遊会の件もあって、私の中ではすこぶる心象は悪い。あの兵士が単におっちょこちょいだったなんて、楽観的な考えが浮かばないぐらいに。

 

 そんなこんなでイライラして、アリサとフィーが買って来たおやつとジュースをがぶ飲みしてしまったからか、列車に乗ってからトイレに行きたくなる羽目になってしまった。

 

 席を立った時、銀髪バンダナが「列車のトイレは揺れるから漏らすなよー」からかわれた。ほんとサイテー。

 大体、朝の”裏・七不思議”ネタといい、『お互いにあの夜の事を口外しない』協定違反じゃないか。深夜帰りをバラしてやろうかと思っても、私と先輩じゃ隠している事の重大さが違うのでかなり分が悪い。

 だから、ちょくちょく私をからかって来るんだろうし――あれ、それなら何で一週間も黙っててくれたんだろう。

 

 そんな事を考えていたトイレのある車両からの帰り道、丁度私達の乗る車両まであと一両の隣の車両に入った時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「しかし……いくら帝国政府の有力者からの要請とは言え、今回は断っても良かったのではないですか?」

「だが、これは私達にとって非常に大きな利のある話だ。近年低迷が続く港湾事業としても、また私が目指す観光都市としても、十分起爆剤となりえる話だよ」

 

 オルディス駅にいた初老の紳士とその使用人だ。先程から難しい話をしている彼らは何者なのだろうか、と疑問に思ってしまった私は、気が付けばその場に足を止めていた。

 

「ただ、あの人と会うことには少なからず気後れするかな……どうしても、強引な接収の事を思い出してしまってね。だが、私も彼も責任ある立場にある以上、将来の為に最善を尽くす義務がある。お互いにね」

 

 突然の急カーブに列車が傾き、私が聴き耳を立てていた目の前の席から杖が転がった。

 それは隣の座席に弾かれ、偶然にも私の足元へと転がって来る。

 

「ああ、ありがとう。お嬢さん。学生さんかね?」

「は、はいっ」

 

 人の良さそうな微笑みを浮かべて感謝を述べる紳士。

 足元まで転がって来た杖を無視する訳にもいかず、高級そうなそれを紳士に渡しに行った私だが、盗み聞きしていた罪悪感もあって、顔を合わせるのは少し憚られた。

 

「そうか――どこの国も変わらないものだな」

 

 独り言のようにそう零した紳士は、自らの席へと戻る。

 やっぱり、外国人だったのか。そんな感想を抱きながら、みんなのいる車両へと戻ろうと脚を進めた私の耳にとんでもない一言が飛び込んできた。

 

「……――それに、もうエレボニアは敵ではないよ」

 

 列車の走行音に阻まれて、明確には聞き取れなかったその言葉に、身体が氷の様に固まるのを感じた。

 

 

 先程の言葉を耳にして、私は逃げる様に自分の席まで戻って来た。

 さっきの紳士たち二人は、多分――そこで、考えるのを止めて、窓の外へと向ける。

 

 あの海の様に、穏やかな心であればどれだけいいだろうか。

 ジュライ特区(北西の編入地)ガレリア要塞(お父さんの勤務地)通商会議(トワ会長)の事。よく分からない胸のざわつき、妙に張りつめる緊張感。

 

 そして、喉につかえた魚の骨の様に気になる大尉の言葉。

 

 

「……?」

 

 先程の列車と同じく窓際に座っていたフィーが、何かに気付いたかのように窓に顔を付けて外に注意を向けた。

 

「ブリオニア島に行く時に見た基地の跡――」

「あ……」

 

 フィーの言葉と時を同じくして、窓からの景色は海沿いの湿原から、人工物の多いものへと変わる。

 線路の両側に広がる遺棄された軍事施設群。それは、この路線が元々はこの基地の為に作られた事を物語っていた。

 

「あれ? 結構、人がいるみたい」

「大型の導力クレーンね……あれはウチの最新型の装甲車だわ」

 

 驚くことに先々月には見られなかった人の気配が基地にはあった。

 何やら倉庫の様な大きな建物を建設しているクレーン。一列に並ぶ装甲車。

 

「一個大隊、ううん、周辺にも展開してるだろうから、合わせて師団規模はあるかも」

「あの紋章は領邦軍――ラマール州の兵隊みてぇだな」

「ラマール州も軍備拡大か……」

 

 先月の帝都の夏至祭襲撃事件を受けて、テロ対策を名目に貴族連合は更なる軍備増強を進めている。相手は《革新派》と正規軍であるのは、既に疑う余地もない。

 

「オーロックス砦の時みたい」

 

 先月末以降、政治的な非難合戦を除けば大きな動きはない《貴族派》と《革新派》の対立。でも、水面下では更に深刻なものとなり、その衝突の時は迫っている。

 そんな現実を改めて私達は突き付けられた。

 

「あの基地があったってことは、そろそろ昔の国境ってことだね」

「ああ、地図上だとこの先の大河がラマール州とジュライ特区の境になっているな」

 

 マキアスが手に持つのは帝国全土の鉄道路線図だ。主要都市や州境などの目印も記載されている親切な地図だ。

 

 昔の国境――それは、内地と外地の境目である。

 

 そして、森林と湿地の風景が一気に視界が開け、橋梁特有の列車の走行する音が大きく響き始めた。

 

「わぁ……」

「すごい綺麗……」

 

 感嘆の声を漏らしたのはエリオット君とアリサ。

 

 思わず目を見張ってしまう見事な大河だ。故郷ではこんな川は見た事無く、帝都を流れていたアノール河よりも更に川幅は広い。

 オルディスの方向から夕日を受けて輝く緩やかな流れは、すぐ目の前で海へと注ぐ。

 それは、何百年も帝国の北の国境を担っていたと言われて納得できる程の雄大な大河であった。

 

 大河の中央を超えた頃、目的地への到着が近付いている事を告げるアナウンスが流れる。

 私は十三年振りに、この北西の地へと戻ったのだ。

 

 

 ・・・

 

 

「うわぁ、都会」

 

 私達の住むトリスタよりも一回りも二回りも大きな立派な駅舎の時点で感じていたけど、駅を出た私達の目に飛び込んできた光景は想像以上のものだった。

 

 綺麗に整備された駅前広場から幅の広い大通りが真っ直ぐ伸び、その通りを何台もの導力車が行き来する、活気のある都市の姿がそこにはあった。

 

「でも、どこかで見たことある様な……」

「ああ、そうだな……」

 

 エリオット君とマキアスは落ち着かなそうに、きょろきょろと周りを見渡している。

 

 大通りの両側には煉瓦造りの背の高い建物が連なる街並みは――まるで――

 

「まるで、帝都みたいだね」

「あっ……」

 

 私が感じた事をそのまま口にしたフィーの一言に、アリサが思い出した様に声を漏らす。

 

「そういえば……」

「確かに、ヴァンクール大通りそっくりだ」

 

 帝都市民の二人も首を揃えて頷いた。帝都で生まれ育ったこの二人が言うんだから間違いないだろう。

 

「……」

「クロウ先輩?」

 

 珍しく静かな先輩に違和感を感じて振り返ると、そこにはポカンと驚く先輩の姿があった。

 私の他にも驚きで声の出ない人がいるとは、それもこの先輩だとは意外だ。

 

「――いや、外地なんて言われている割には栄えてるなと思ってよ」

「そうですね……私も驚きました」

 

 勿論、帝都のヘイムダル中央駅と比べれば駅舎は小さいし、ヴァンクール大通りど比べれば、建物の高さは幾分か低く、導力車の数も人通りも少ない。

 

 それでも、この駅前広場からの雰囲気は帝都そのものであったし、帝都を知る人がこの光景を見れば、疑問など感じずに納得するだろう。

 

 ここが――帝国の街だと。




こんばんは、rairaです。
今回のお話を書くにあたって実家で埃を被っていたPSPで「空の軌跡FC」をほんのちょっとだけプレイしたのですが、セーブデータの日付に戦慄を覚えました。…2006年って10年前じゃない…。
なお、本当にプレイしなくてはいけない「SC」は見当たらず未プレイという有様です。…Evoを買えって事なんでしょうか。

さて、今回は8月28日の朝~夕方、全編の殆どが列車内の出来事になります。
長旅の末やっとジュライ特区に到着しました。ジュライがどこに存在するのか現時点で微妙に分からず、クロウ先輩も「閃」原作で”長旅”と言ってた気がするので10時間位の所要時間と設定しております。

ただ、考え無しに設定してしまったこの所要時間の為、更に大きな問題も発生していたりもするのですが…。

次回は8月28日の夕方~夜、B班の面々はジュライの街へと繰り出す予定です。

最後までお読み頂きありがとうございました。お楽しみ頂けましたら幸いです。

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