光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

35 / 80
6月20日 シャロンの『好意』

 目の前でスミレ色の髪のメイド姿の女性が優しく微笑む。

 しかし、私にとっては有無を言わさない無言の圧力の様に思えた。

 

「どうないますか? エレナ様」

 

 彼女は迷う私を見て、後一押しと思ったのだろうか。再び返事を求めると共に、碧緑色の瞳が真っ直ぐと私に注がれる。

 ここは帝都近郊のトリスタ市内の端にある寂れた質屋《ミヒュト》。

 後ろには一緒にこの店を訪ねたフィーと、店の看板と同じ名の店主のミヒュト。しかし、彼らが私をこの状況から助けてくれることは無い事は最早見なくても分かる。

 

「……お願いします。シャロンさん……」

「ふふ、心配なさらなくても悪いようには致しませんわ」

 

 私は彼女――ラインフォルト家のメイド、シャロン・クルーガーに屈した。

 

 時は二十分程前に遡る。

 

 古びた質屋のカウンターにおもむろに置かれた二つの大きなケース。

 右側の艶のない黒色のケースにはラインフォルト社のロゴが刻印されており、自ずと中身の製造元が想像できる。しかし、左側のものは大小様々な傷が付いておりお世辞にも綺麗とは言い難く、製造元を判別できるものも見つけられなかった。

 店主のミュヒトさんはおもむろに右側の比較的綺麗な方のケースのロックを外し、私達に中身を晒した。

 

「もう分かるだろうがラインフォルトの製品だ。帝国軍が採用する制式ライフルの《RF-G2》」

 

 ケースの中からその姿を表したのは全長1アージュ程と思われる無骨な黒色の銃器。

 私はこのライフルを知っていた。何時ぞやのお父さんの写真に一緒に写っていた銃と同じデザインの物なのだ。

 

「0.5リジュ弾使用。銃番号から製造年は1197年。初期型に近い」

 

 基本的な情報を淡々と読み上げてゆくミヒュトさん。

 

「《百日戦役》で従来の導力式ライフルの火力不足に悩まされた帝国軍が戦後完成させた自動小銃だな」

「《百日戦役》……」

 

 《百日戦役》は帝国とリベール王国との間で十二年前に勃発した戦争。開戦から停戦まで三か月と数日というほぼ100日という期間の短さが由来となり《百日戦役》と広く呼ばれている。

 帝国史的には導力革命以後の最初で最後の戦争であるとされている。同時に、導力化された軍隊が初めて実戦投入され、様々な導力兵器が戦場にて使用された戦争でもあった。

 戦争で武器は改良されるというのは仕方の無い話だが、あの《百日戦役》で改良されたと聞くと私にとっては少なからず複雑だ。

 

「ふーん、《G2》ってそんな事情があったんだ。にしては、今でも帝国軍は旧式のライフルを見るけど」

「納入価格が数倍は高いからな。軍の調達予算が目下機甲部隊と飛行船に集中している現状だと前線部隊にしか配備されてねぇのも当然と言える」

「なるほど」

 

 そう相槌を打ったフィーは、ケースに収まる黒いライフルに目を落とした。その真剣な横顔に私は少し魅入られる。

 

「それにしても結構使用感あるね」

「まあ、正規軍からの横流し品だからな」

 

 次行くぞ、とミヒュトさんは隣の傷だらけのケースを開ける。

 

「共和国ヴェルヌ社製、共和国軍や各国に輸出されて採用されていた《AR80》。こいつは0.7リジュ弾使用」

 

 ラインフォルト社のライフルと比べると10リジュほど全長が小さいだろうか。

 先程の金属製の黒一色だったラインフォルト社のものと比べると、銃への感想としては不適切かも知れないが、一部に木製の部品も使用されており少し温かみのあるデザインだ。そして、ケースと対照的に銃本体は小奇麗だ。

 

「共和国製の銃……」

「というより、紛争地域お馴染みの銃かも。使い勝手が良いから猟兵団でも新入りはよく使わされる。まあ、悪くないよ」

「こいつはクロスベルから持ち込まれた物だな。仕入元からの情報だと製造年は1182年……お前さん達より年上だな」

「大丈夫なの?」

 

 基本的に導力銃にも寿命というものが存在する。弾丸を打ち出す導力エネルギーを発生させる導力ユニットは取替えが可能ではあるが、大体数百発か1年で交換目安となる。なにより銃自体の寿命として、こればかりはどうしようもないのが銃身の寿命だ。使用状況にもよるが概ね約数千発で錆や汚れ、そして摩耗等で正確な射撃に支障をきたし始める。

 だからこそ22歳のご老体のライフルに対して、「大丈夫なの?」と尋ねたフィーは正しい。

 

「前の持ち主はなんか飾り物としていたらしいが、そのまま捕まっちまったんで状態も悪くねぇ」

「ふぅん、それもクロスベルの仕入元からの情報?」

「まぁな。ただ、現物のみだからメーカー保証は無いし、修理関係も共和国産だから手軽に行うのは難しいからな。クロスベルに住んでりゃまた違うんだろうが」

 

 帝国国内で独占的地位にあるラインフォルト社の存在は、他国の武器産業にとっては高すぎる壁である。ヴェルヌ社といえばラインフォルトに並ぶ規模の共和国の巨大導力メーカーではあるものの、それでも帝国内では有力なシェア獲得には至っていない。

 まぁ、両国の関係が悪いというのも大きな理由なのだが。

 

「でも、弾の口径はそっちの方が大きいですよね? 威力はやっぱり……」

「だね。威力は高いけど、0.7リジュは反動も結構来るよ」

「反動かぁ……」

 

 あの撃った後に来る筋肉痛は結構きついのだ。

 

「まあ、それは試し撃ちさせて貰った後でいいんじゃない?」

 

 買う前に試し撃ちは出来んだった。じゃあ、一番重要な事を聞くべきだろう。

 

「と、とりあえず、一応お値段の方は……?」

「《G2》は4万5千、《AR77》は2万って所かねぇ」

「た、高いなぁ……」

 

 今財布の中にあるお金は2万ミラ弱。今日のバイトで2500ミラは稼げると思われるので、共和国製のライフルであればギリギリではあるがすぐに買うことが出来る。

 しかし、4万5千ミラを求められる帝国製の《G2》には手が出ない。何かしら価値のある物を質に入れるか、それとも誰かに借りなければ難しいだろう。

 

「新品の納入価格はこの数倍はする筈だから、値段としてはかなりお得だと思う。でも、難しい選択だね」

 

 フィーの言う通り難しい選択だ。

 長く使う事を考えれば帝国のラインフォルト製に限るのだが、目の前の無骨な《G2》は結構傷が付いていたりと使用感ある外見だ。訓練や戦場で多用されているのであれば、いつガタが来ていてもおかしくないし、長く使う事も出来ないかもしれない。

 

 それに対して共和国製のライフルは製造自体は一世代以上前の物と古いのだが、ケースと違って銃本体は飾り物だっただけあって綺麗だ。

 銃の全長もラインフォルト製より10リジュ程短く、女の私でも取り回ししやすそうでもある。ここら辺は移民の多い共和国ならではの、誰でも使える様な配慮なのかも知れない。

 しかし、それでも私には”共和国製”という抵抗感があった。私も意識だけは立派な帝国人というわけだ。

 

「手入れは私が教えてあげれるけど、こっちは部品が壊れても修理に出すのは難しいし」

 

 そして、溜息を付いて右側のラインフォルト製の銃に目を遣るフィー。

 

「《G2》は大分使用感あるし」

「うーん」

「とりあえず、構えてみたら?」

 

 いいよね?、とカウンター内で退屈そうに競馬誌インペリアル・レースを読み始めていたミヒュトさんに一応の了解を取るフィー。

 ミヒュトさんも反対すること無く頷く。まあ、実弾も入っていなければ導力ユニットも取り外されている為、特に問題など有る訳無いのだが。

 

 帝国人の保守的な国民性は身近な導力製品で見慣れたラインフォルト製を第一に選ぶ、という所謂あるあるネタは私にも当てはまっていたようで、傷こそ多数あるもののラインフォルト製の艶のない黒色のライフルを手にとって構えを取る。

 しかし、初めて構えるアサルトライフルは想像以上の重さで重力に引っ張られるように銃口が下を向いた。

 

「……お、重っ……」

「拳銃に比べたら数倍重いからね」

 

 まあ、拳銃より遥かに強い武器なので当然といえば当然なのだが。

 こんな重い物を取り回して戦う現役の兵士に感心しながら、自分なりに安定する構え方を模索する。

 数十秒の格闘の末、自分なりの構え方を見つけて安堵の溜息をついていると、隣のフィーからダメ出しを受けた。

 

「銃床を肩にちゃんと当てないで撃ったら反動で青痣になるよ」

 

 それは……とても痛そうだ……。

 私は嫌な想像をしながらライフルの一番端の部分を肩に当てる。大人の男の人が主に使う為に設計されているためか少ししっくり来ないが、まぁこんなものだろう。

 

「……こう?」

「ん。中々様になってる」

 

 嬉しいのかよく分からないが、先程に比べれば手振れも収まっているような気はする。

 照準器の溝を覗きながら、銃口を店のカウンター奥に掛けられている時計の文字盤の中心へ移動させて狙いをつける。うん、重さは感じるけどちゃんとした姿勢で構えれば取り回しに苦労するということはなさそうだ。

 

「ライフルの有効射程ってどれぐらいなのかな?」

「アサルトライフルはまあ300アージュぐらいまでだね。モデルにもよるけど」

「凄いね! 私、スナイパーになれるじゃん!」

 

 導力拳銃はどう足掻いても20アージュが有効射程の限界とされている。勿論、銃弾自体は数百アージュは飛び、100アージュ先でも弾丸が当たれば充分な威力を期待できるだろう。しかし、導力拳銃は主に至近距離での護身用途の設計である為、50アージュも離れてしまえばいくら狙いを付けても1アージュは逸れてしまうのは間違いない。

 だが、このライフルであれは約300アージュ先ですら狙い撃てるという事なのだ。

 

 私は初めて触れる武器に少なからず心を躍らせて店主にも話しかけようとするが、肝心の彼は興味無さげに競馬誌を読み耽っており何やらブツブツと数字をつぶやいていたりしていた。

 

(そう言えば、今日は日曜日だもんね。)

 

 日曜日といえば帝都競馬の日でもあるのだ、この後に私が仕事をするであろう《キルシェ》でもマスターのフレッドさんが導力ラジオを聞きながら一喜一憂しているに違いない。

 そんな事を考えながら彼の姿を視界の端に見ていると、店の扉の開く音と共に背中の後ろから何者かの驚いたような短い叫びが響いた。

 

 そこには菫色の髪の私よりも頭ひとつ程背の高い、メイド服姿の女性が驚きの余り口に手を当てて立ち竦んでいた。

 

 彼女――ラインフォルト家の使用人にして私達Ⅶ組の第三学生寮の管理人であるシャロンさんの誤解を解くのには然程時間こそ掛からなかったものの、私の肝を冷やすには充分過ぎるほどだった。

 16歳にして初めて強盗と間違われる不名誉な経験をすることになるなんて。普通の中の普通を地で行く私にはショック過ぎだ。

 

「新しい武器を……なるほど、そういうことでしたか。てっきり、わたくしはフィー様とエレナ様で店を襲っているのかと」

 

 含みのある笑顔で物騒な事を言ってくれるが、とりあえず彼女は納得してくれていた。

 まあ、私がミヒュトさんの方向に銃を向けていたのは確かなので、見る人が見たら本気で通報されていたかも知れないのだ。そう思うとぞっとしない。

 

「あはは……でもちょっとお金がギリギリすぎて……」

「そうなのですか……」

「えっと、シャロンさん?」

 

 何やら思案し始めるメイドさんの名前を呼び返すと、彼女は何かを思い付いたかの様に表情を変えた。

 

「わかりましたわ」

「は、はい?」

「エレナ様、今回の件についてはこのシャロンめにお任せ下さいませ。きっとご満足頂ける物をご用意できると思いますわ」

 

 つまり、シャロンさんが私の新しい武器を用意してくれるという事なのだろうか。いや、シャロンさんは確かにそう言っているけど、彼女はただのメイドさんではないか。

 彼女が作った今日の朝ご飯は『私の人生史上最も美味しかった朝ご飯』に殿堂入りが確定している程の素晴らしいものだった。しかし、彼女にアサルトライフルの様な銃器はどう考えても関連性が薄く、どうやって用意してくれるのかが疑問に残る。

 

「そっか。ラインフォルト――アリサのお母さんに頼むっていうこと?」

「ええ!?」

「ご明察ですわ、フィー様」

 

 意図していることに気付いたフィーに、微笑み肯定するシャロンさん。

 感心しているようではあるものの、雰囲気としては日曜学校の先生が生徒を「よく出来ました」と褒めているのに近い様な気がする。

 

「いや、でも、そんなの悪いというか……」

 

 そりゃあ、ラインフォルト社から直で貰えるのであれば信頼は置けるし、多分新品だろうから……こんな美味しい話は他に無い。

 しかし……それはなんとなく嫌な感じだ。

 

「ふふ、それを決めるのは会長のお仕事ですわ」

「でも、強請るみたいな真似は私には……」

「Ⅶ組の皆様はアリサお嬢様の大切なお友達ですわ。ここはしっかりと私どもも――」

「だめです! アリサが大切な友達だからこそ、ラインフォルト社の、アリサのお母さんに頼む訳には――」

 

 絶対駄目だ。好意は嬉しいが、その様な事が良いとは思わない。

 思わずシャロンさんの言葉を私は遮る。しかし、彼女はそんな私を見てまるで何か面白いものを見たかの様に声を出して小さく笑った。

 

「ふふ――失礼いたしましたわ」

「あ、あれ……?」

 

 全力で彼女の好意を拒否する、そう決めた私の意気込みが完全に空回りしてしまった事だけは理解できた。

 

「エレナ様は真面目ですわね。会長には今のお言葉も一緒にお伝えしておきましょう。きっとお喜びになられますわ」

「え、ええっと……」

 

 私は面と向かって褒められるのは苦手だ。それは顔にすぐ出るからというのも勿論あるのだが、一重に恥ずかしいのだ。

 本来の用法とは違うが、褒め殺しは本当に有効な戦術だと思う。

 そして、私はアリサが彼女に子供のように扱われていた事を思い出すのだった。ラインフォルト家のメイドさん、恐るべし。

 

「試してしまった様で申し訳ありませんが……ラインフォルト社といえども営利企業――商品の無償でのご提供という訳ではありません。それでもお考え頂けませんか?」

 

 

 そして冒頭へと戻り、私は彼女に屈する事となるのだ。

 

 

 ・・・

 

 

「全く……商売上がったりじゃねぇか。営業妨害も程々にして貰いたいもんだなぁ、”管理人さん”よぉ」

 

 二人の少女が店を去った後に、非難めいた言葉を送る店主。但し、表情には言葉程の非難の色は無い。

 

「ふふ、失礼致しましたわ。”店主”」

「……まあ、こいつら以上の買い物はしていってくれるんだろうな?」

 

 店主は二丁のライフルが収納されたケースに目を落とす。その言葉にはどことなく期待というより、確信めいた響きがあった。

 

「――ええ、勿論ですわ。それでは先週頼んだお話から聞かせていただきましょう――」

 

 彼女は先程の少女達への笑みと同じ微笑みを店主へと向けた。

 




こんばんは、rairaです。
さて今回は主人公エレナの強化フラグの二回目となります。
結局、お財布問題もあり彼女は新武器を”買う”ことは出来ませんでした。まあ、ミヒュト的にはこれは想定内だったのかも知れません。
ご感想欄でシャロンの事を「シャロえもん」と呼んでいた読者様がいらっしゃいましたが、本当に「シャロえもん」になってしまいました。

しかし、銃って色々と面倒臭いんですね。今回この話を書くに当たって銃の種類や弾の種類、そして構え方…更には色々な銃の設計思想や開発経緯に至るまで読み漁りました。主にWikipediaで、ですが。
とにかく日常生活で役に立つとは思えない無駄知識だけは増えたような気がします。

そして「閃の軌跡Ⅱ」の新情報も出てきましたね。
そろそろネタバレを気にしなくてはいけない情報も多くなってますので、避けたい方はこの下は読まないようお願いします。



なんかミリアムに関係ある可愛い子が登場するようですね。…それにしても『銀の腕』と『光の剣』ですか。
そういえば、幻属性の最高位アーツの名前も同じ様な感じですね。アイルランド神話ですか…帝国がドイツに加えて閃以降は英国もモデルとして意識しているのに関係があるのでしょうかね。

そして我らがユーシス様の不穏な台詞に何故かときめいてしまいました。その台詞は誰に向けて言っているのでしょうね。眼鏡ですか?
なるほど。つまり、ユーシス様を引き戻すのが副委員長殿なんですね?

次回は自由行動日の依頼関連のお話、あの子がこの物語で初登場となります。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。