「……貸せ。俺が作る」
私はその言葉を理解するまで数十秒を要した後、まさかと思ってもう一度聞き返すことを選択した。
「え?」
「俺が作ると言っている」
「……ユーシス、料理できるの?」
Ⅶ組の外食派筆頭であるユーシスが料理!?
もし今の発言が事実であれば、士官学院に新聞的な物があれば一面間違いなしだ。いや、もう既に私の手伝いをしていた時点で一面、たまねぎで涙を流したショットなら全国号外か。
「これなら俺の方がお前より遥かに上手く作れるだろう」
「む……ぅ……」
そう言われてしまえば、私も作った事のない料理なので言い返せない。
なんとも納得がいかないのだが、私は鍋の前から椅子へと場所を移してユーシスの後ろ姿を眺めることとなった。
「ねえ、ユーシス」
「何だ?」
「エプロン、使う?」
私が身に着けている紺色のチェック柄のエプロンに目を落として聞いてみる。
意外と似合うんじゃないだろうか、だって叔父さんは高級レストランのコックだし……。
「……何のつもりだ?」
「い、いやぁ、結構似合……制服汚れちゃったら大変だなぁって思って!」
「結構だ。そんな過ちは冒さん」
制服を汚す過ちなのか、それともエプロンを着る過ちなのか、中々判断の別れる所ではある。
個人的には絶対後者な気がするのは気のせいだろうか。
その後、ものの十分程で私はユーシスに場所を明け渡した事が正しい選択であることを思い知らされた。
レシピを見ながらその通りに手際良く調理する彼の後ろ姿に、気が付けば自分が見蕩れたような状態になっていたのだから。
「上手いね……ユーシス。正直、凄い」
「ずっと母や叔父の後ろで見てきたからな」
小皿にお玉で少量をよそいながら答えるユーシス。
彼は煮込みのいい匂いを嗅いでいた私へそれを差し出した。
そうか、これは血なのだ。
高級レストランを経営するあの叔父とその人に料理が上手いと言われた妹の息子なのだ。やはり料理においても実は英才教育を受けていたのだろう。
一連の行動が全て様になっているユーシスを見てそう思わざるを得なかった。
「味見を頼む」
「う、うん。……ふー……」
ふーふー、と湯気を払うように口で冷まして八割方ユーシス作の合作ハーブチェウダーを口にした。
クリーミーなその味は、やはり彼に任せて正解だったことを結果的に証明する。
「おいしい……」
「まあ、当然だな。皿をくれ」
とりあえずアリサの分が先決であるため、底の深い皿を一つお盆の上に置いてユーシスによそいで貰う。
「それにしてもユーシス、料理出来たんだね」
「こうして何かをつくるのは初めてだ」
「え、うそ?」
何たる衝撃発言。この料理を初心者が作ったのだというのだろうか。
思わず目の前のアリサの為の皿によそわれたハーブチャウダーとユーシスを交互に見る。
「フン……だがまあ、初めてでもレシピを見て作ればなんとかなるものだな」
さも当然のように語るユーシスに私は思わず言葉を失いそうになる。
「どうした?その間抜け面は」
「……私、マキアスの気持ちが少し分かったかも」
なんでもそつなくこなすユーシスは凡人の敵だ。
私も嫌いになりそうだっ。
「何を言っている?」
こういう所は鈍感なのだろうか。悪気は無い彼に溜息しか出ない。
「そんなことよりも、早くアリサに持っていけ。その為に作ったのだろう?」
「あ、そうだね。じゃあ、ユーシスも一緒に……」
「俺はいい。お前一人で持っていけ」
「え?」
それじゃあ、まるで私が一人で作ったみたいではないか。確かに、本来そうであって欲しかったのは事実なのだが。
暫くユーシスの真意が分からずに考えていると、彼は深い溜息を付いて理由を口にした。
「まったく……お前も女子だろう。体調崩して寝込んでいる自分の姿をわざわざ男に見られたいと思うか?」
「あ……」
そりゃそうだ。私だったら全力で避けること間違いない。
まあ、もう完全に恋人だったりしたら愛いっぱいに看病して欲しい所だが――そういえば、そんな事あったなぁ……あの時、恋人だったら良かったのに。
・・・
「美味しい……」
ハーブチャウダーをスプーンでその小さな口に含んだアリサは素直に感想を口にしてくれた。
「良かったぁ……って殆どユーシスが作ったんだけどね」
その感想で私も安堵する。やっぱり誰かの為に作った料理は――まあ、半分以上ユーシス作ではあるのだが――その人に良い感想を貰えると本当に嬉しい。
「ユーシス?」
不思議そうにするアリサに私は事情を説明したのだった。少しばかりユーシスの怖さをトッピングして。
「へぇ……ユーシスの思い出の味なんだ」
「うんうん。料理初めてとか言ってたけど、レシピ見ただけで作ってたよ」
「……それは……もの凄い才能ね……」
「あはは……女としては凄い負けた気分だよね」
あのユーシスの才能に関しては、正直羨望というレベルを越えて乾いた笑いしか出ない。
でも料理が出来る男の人というのも、また格好良いと思ったのは確かだった。
「あ、そうそう……アリサ、これも飲んで?」
私は先程自室から取ってきた秘密兵器を半分程お湯が入ったグラスに注いだ。
「なにこれ?」
「私がこっちに来る時に村で貰ったレモンシロップをお湯で割ったの」
本当は帝都近郊に行っても私が美味しいリモナータを飲めるように、と気を利かせてフレールお兄ちゃんがくれたものだった瓶詰めのレモンシロップ。
だが喫茶店《キルシェ》の優秀なマスターのお陰もあり、こちらでも故郷の味が飲める為に使う機会は全く無く、貰ってから二か月以上も未開封のままとなっていたのだ。
まあ”大切な人から貰った大切な物”ということもあって瓶を開けれなかったというのもあるのだが。
「風邪の時はこれ飲むと効く、って私の故郷だと言われてて」
「甘酸っぱくて美味しいわね。体の芯から暖まるわ」
「えへへ、そうでしょ」
アリサに褒められるとまるで自分の事の様に嬉しく、顔が緩んでいるのが自分でも分かった。
そしてなんと彼女はハーブチャウダーを残すこと無く食べてくれた。食欲がちゃんと有り、これだけ食べてくれたのだから大分栄養も摂れたことだろう。
ベアトリクス教官から処方されたお薬も飲んだことだし、あとはちゃんとしっかり寝て休むだけ。
「……わざわざありがとう。貴女には頭が上がらないわね」
「材料買いに行ってくれたのも、料理作ったのもユーシスだけどね」
「あんまり皆には知られたくなかったのだけど……治ったらユーシスにもお礼しなきゃね」
本当はユーシスは自分が料理をしたという話を広めて欲しくないんじゃないかと疑いながらも、アリサに相槌を打つ。
「じゃあ、私も食べてこようかなぁ」
「なんか悪いわね……」
「いいのいいの。これぐらいしなきゃ!いつもお世話になってるし」
そっと、私は食器の載るお盆を持って椅子を立つ。
「じゃあ、また来るね」
時間はそろそろ五時半を回る所。少なくともこれを片付けて、私もハーブチャウダーを食べる時間ぐらいは皆が戻ってくるまででもありそうだ。
とりあえず私も早めの晩ご飯を食べてアリサの様子を見に来よう。
・・・
「えっ、待っててくれたの?」
一階に降りて食堂を扉を開けた私は予想外の光景にそんな言葉を口にしていた。
なんとテーブルには綺麗に向かい合わせに二人分の食事の支度がなされており、片方にはユーシスが席に付いていたのだ。
てっきりアリサの部屋に私が行っている間に、ユーシスは自分の分を食べてしまうかと思っていたのだが。
アリサが食べ終わるまで待ってもらった、つまり30分以上は彼を待たせているという事実に私は気不味くなるが、そんなこともお構いなしに彼はアリサの具合について訊ねてきた。
やはりユーシスも心配だったのだろう。やっぱりなんだかんだ言っても良い人だ。
「ふーぅ、やっぱり美味しいねー」
皿によそいだのは私が戻ってくる頃合いを見計らっていたのか、つい先程まで火で煮まれていた熱さだ。
「そう思うなら少しは感謝して欲しいものだな」
「感謝してるよ。めっちゃ、感謝してる」
少々早いがこうして今日の晩ご飯までありつけたのだ。
ユーシスには感謝しているつもりだ。
「それにしても中間試験前のこの時期に風邪か。来週や再来週じゃなかったのが不幸中の幸いだな」
「そうだね……来週だったらもろ試験勉強に支障が出そうだもんね。でもやっぱり、無理が祟っちゃったのなぁ」
「……まあ、あいつも色々とあるのだろうからな」
「色々?」
ユーシスにしては珍しく言葉を濁す様な言い方だ。
「お嬢様にはそれなりのお悩みが、ということだ」
「……難しいなぁ。あ、でもやっぱりアリサってお嬢様なんだ?」
帝国の最上流階級に属するユーシスがそういうのだ間違いないだろう。そして、その彼が”お嬢様”と言うのだからアリサも同じ階級にいるのだろうか。
「あれで庶民と言われても冗談にしか聞こえないだろう?」
そんなユーシスの言葉に私は全力で同意する。
なんといってもアリサは持っている私服から使っている化粧品、更に色々な小物を含めて結構な良品で揃えられている。いくつかの有名ブランドは私でも分かるものの、あまりそういう方向に疎い私には分からないマイナーな物まである。しかしその全てに共通する事は、確実に私みたいな庶民ならば躊躇するであろう値段がするということだ。
そして彼女の凄い所は、それらの物を高級品とは扱っていないのだ。もっともこれはユーシスも同じだが。
「あはは、確かに。アリサは貴族様ではないって言ってたけど、あんまり家族の事とか話してくれないんだよね」
「家名を隠してるぐらいだからな」
未だアリサは私達にファミリーネームを明かしておらず、アリサ・Rと名乗り続けている。そう言えば最初は普通にアールさんだと思っていたのも懐かしい。
実家と上手くいっていないとはケルディックの時に彼女は語っていたが、それが隠している理由なのだろうか。
「よっぽど嫌な事、あるのかなぁ?」
「……俺は知らん」
ユーシスは結構なポーカーフェイスだが、今回は「知らん」と言いながら何となく察しが付いているといった顔に見えた。
それを私が指摘しようか迷っていた所で、彼は私に別の話題を振ってくる。巧妙なんだから。
「そんなことよりも……お前は大丈夫なのか?」
「ええ?」
「中間試験だ」
「あ、あはは……どうなんでしょう……。色々と勉強しなきゃいけない教科が多すぎて考えるのも嫌な……」
「阿呆。トールズは数ある帝国の高等学校の中で最も高い水準にある内の一つだ。そんな事を言っていたら今後更に難しくなる授業について行けなくなるぞ」
「は、はい……」
既に結構行けてないのだが……とは、とてもじゃないが口には出来ない。
「まったく……帝国史や政経なら見てやれんこともない。放課後にいつでも来い」
「……え、いいの?」
「俺のいるクラスから落第者など出すわけにはいかないからな」
そんな言い方だが、これが私の事を考えてくれたユーシスの優しさなのを知っている。彼は本質的には優しい人なのだ。ただ、怒らせる時の絶対零度の視線はハンパなく怖いが。
エマとアリサに毎日の様におんぶ抱っこというのには流石に気がひけるし、アリサの今の状態はもしかしたら私が無理させてしまったのかも知れないという疑惑もある。
そう考えるとユーシスが受けてくれるのならばお世話になるべきなのだろう。ユーシス先生というも多少怖いが、色々な事を教えて貰えそうな気がする。
「じゃ、じゃあ、ぜひお願いしたいです」
私の返事にユーシスが頷く。しかし、いざお願いすると少し気恥ずかしいものだ。
「うわぁ~。いい匂い。美味しそうだね!……って、あれ?」
扉が置く音がするのと同時に、エリオット君の男子にしては少し高め声が食堂に響いた。
「ユーシスにエレナか。珍しい組み合わせだな?」
「クンクン……この匂い……」
「エレナさんがユーシスさんに作ってあげたんですか?」
エリオット君に続いて食堂に入ってきたのはガイウスとフィーとエマ。私とユーシスという組み合わせが珍しいのか、四人とも少し驚きの混じる顔をこちらに向ける。
ユーシスと長話していたのだろうか、食堂の時計に目をやると六時半を回った所だった。
「あっ、そのー……」
ここで下手な事を言うとアリサが風邪だというのがバレる可能性が高い。既にテーブルを挟んで私の向かいに座るユーシスにはバレているが、最小限に抑えておきたいのだ。
しかし、良さ気な理由が浮かんでこない。
「えっと、まさかお二人は……?」
「私達邪魔だった?」
「えぇ!?」
「ほう……気付かなかったな……」
私が良い言い訳を探しながらしどろもどろしていたのが、半ば冗談だろうと信じたいがエマの勘違いを引き起こして連鎖する。
エリオット君なんて目が飛び出そうな位驚いているではないか。ガイウスのあんな顔は初めてだ。
「違う!絶対に、絶対に違う!」
実際にはどうなのか全く分からないのだが、平民と貴族で恋愛なんて私はかなり困難な道だと思っている。
それも四大名門の公爵家のユーシス相手などまずお許しが出るわけがないのだ。そんなのが許されるのは物語の中のみ。
いや、まあ、遊び相手だったり……愛人だったりしたらその限りでは無いと思うけど……私はそんなの嫌だ。
兎に角、絶対に無いし、絶対に違う。
「フン、勘違いするな。この女が料理すら出来ないというのでな。手取り足取り教えてやった次第だ」
「ちょ、ちょっと待った!そ、そんな事言ってないし!捏造反対!」
いくらアリサの体調の件を私が皆に黙っておきたいと思っている事を知っていての助け舟だとしても、その事実捏造は私の沽券に関わる。
チャウダーも作れないようでは女子力皆無になってしまうではないか。
この後、多少苦労したものの変な誤解は解かれ――まあ、もっともユーシスが作ったと言ってしまった以上、私の料理スキルに関しては多分誤解されたままだろうが――鍋にまだ数人分残っていたハーブチャウダーを四人へと振る舞い、少し賑やかな晩ご飯となったのであった。
そして晩ご飯のお礼としてエマ達が後片付けを申し出てくれた為、私は皆にバレる事無くアリサの部屋に彼女の様子を見に足を運んだ。
「調子はどうかなー……?」
アリサから先ほど預かった部屋の鍵でそっと音を立てないようにドアを開けて中へ入る。
「あ……もう寝ちゃってたか……」
少し顔は赤いが安らかな寝顔だ。こう、寝顔まで可愛らしいのは素直に羨ましい。
とりあえず、彼女の額の濡れタオルを起こさないようにそっと新しいものに交換する。
「……んっ……」
(やばっ……)
「……シャ……ロン……」
女の人の名前?友達か、姉妹だろうか。
私と勘違いしたのだろうか。
「ご、ごめん、アリサ、起こしちゃって……」
少し慌てて私は謝るが、彼女からの返事は再び静かな寝息だった。
危ない危ない、さっきのは寝言なのだろう。それにしても今の一瞬でドンと精神的に疲れた気がする。
「ふぁ……なんか、私も眠いなぁ……」
シャロンって誰だろう?
・・・
「――教官から聞いたんだが……具合は大丈夫なのか?」
「ええ、この子のお陰で大分楽になったわ」
あれ……話し声が聞こえる……アリサと……リィンの?
そこで寝ぼけ気味の私の思考が一気に現実へ引き戻された。
そうか、晩ご飯を食べた後またこの部屋に来て……少し眠くなってベッドの端を借りて……寝てしまったのか。
椅子に座りながら上半身を布団に突っ伏している私。きっと私の身体のすぐ近くでアリサとリィンが話している。それも二人っきりで。
(……でも、ここで起きて二人の邪魔するのは嫌だし……ここは……)
寝たフリを続けるしか無い。リィンが帰った後、タイミングが良さそうな所で起きたフリをする。うん、これで行こう。
やはり二人の邪魔をする訳にはいかない。
「エレナが……」
リィンに名前を呼ばれ、思わずドキッとする。こんな状況では心臓に悪いことこの上ない。
「きっと私の看病で疲れたのかしら……まったく、とんだお人好しよね」
アリサにお人好しと言われるのには違和感しか感じない。
そしてそんなアリサに笑いで同意するリィンにも同様だ。
「そういえば……貴方の腕はもう大丈夫なの?」
「ああ……『治りきっていないのに無理をするな』って特別実習から戻った後にベアトリクス教官にも怒られたよ」
「それはそうよ……もう……私だってどれだけ心配したと思ってるのよ……」
5月31日 正午過ぎ
「ちょっと!」
5月最後の日、バリアハートでの波瀾万丈な特別実習を終えてトリスタ駅へと降り立った私達を出迎えたのは、アリサの大声だった。
「リィン、大きな怪我をしたって聞いたけど大丈夫なの!?」
「あ、ああ……」
リィンに半ば掴みかかるかのように近い距離で問い詰めるアリサに、流石のリィンもたじたじになる。
「ふふ、B班も無事に戻って来れたみたいね」
サラ教官が駅舎の待合室に集まっていた苦笑いするB班の面々を見た。
「そ、それにしてもよく俺達が乗った列車の時間がわかったな?」
「駅員さんにバリアハート駅に問い合わせてもらったのよ!トールズ士官学院の生徒が乗った列車の時間を教えてくれって!」
私を含めたA班の面々がふと駅事務員のマチルダさんに顔を向けると、彼女は微笑で応えた。
なるほど。このアリサ相手では仕方なかった、ということのようだ。
「でも……無事で良かった」
安心しきったのだろうか、少し涙を浮かべている様にも見えなくもない。
リィンもぎゅっと抱きしめてあげればいいのになぁ。まあ、絶対しないと思うけど。
……とまあ、そんな駅員さん苦笑いの感動の再会があった訳だ。
「まったく……貴方はちゃんと私がいないと本当に無茶してばっかりなんだから……」
アリサの普段聞けない甘ったるい声に、甘酸っぱいニュアンスの言葉。ずっと一緒にいたい、と言っているようなものではないか。
ある意味プロポーズ……いや、流石にそれは私の考え過ぎか。ベッドに突っ伏している顔が少し暑くなる。
まあ仮にリィンとアリサが二人でいたら、どちらも相当なお人好しなので二人揃って無茶しそうなのは気のせいではないと思う。
「それなのに、人には無茶するなって言うし……」
それは私もリィンによく思う。
だって、4月の自由行動日の旧校舎の調査の時。私が無茶して皆に迷惑かけた後の帰り道に同じ様な事を言っていた。
なのにも関わらずなんだかんだとリィンは無茶ばかりするのだ。
「……参ったな。でも、君もこうしてみんなに心配かけたんだ。こう言っちゃなんだが、俺達はおあいこ様だな?」
「む、むぅ……」
納得出来ない感じにふて腐れるアリサの顔が頭の中に浮かぶ。きっとリィンから少し目を逸らして、ちょっと顔を火照らせているに違いない。
「辛い時に無理することは無いんだ。それに――Ⅶ組はみんな仲間なんだ、一人で無理しないでみんなを頼ってくれ」
「……うん……」
そういえばちょっと前にそんな言葉を私もリィンにかけられたっけ。
あの時は正直、感極まって泣いてしまったのも今思えばいい思い出かも。
そんな数か月前の出来事に思いを馳せていると、いつの間にか私を挟んで展開されていた甘ったるい空間が終わりを迎えようとしていた。
「はは……それじゃあ、俺は部屋に戻るよ」
「えっ……」
期待していたのに、多分そんな感情の篭った声色。
好きな人ともっと一緒にいたいという、感情の裏返し。私もこんなにバレバレで分かりやすかったりするのだろうか……そう思うと滅茶苦茶恥ずかしい。
「どうかしたのか?」
「べ、別に……なんでもないわよ……」
いつもならリィンの鈍感!、と私も心の中で毒づいていることだろうが、正直今回限りはアリサの恥ずかしがり屋に感謝した。
この逃げられない状況で「今夜は一緒にいて……」なんて言われた日には、色んな意味で私が恥ずかしくて死んでしまうのは間違いない。
「また明日な」
ええ――と返すアリサの声色に混じるのは半分の幸福感ともう半分の寂しさといった所か。
私は思う。”また明日”と”バイバイ”は似て非なるものだ。前者がまた再び会う事が意識されているのに対して、後者はそれが無い。つまり最後の別れの言葉に成り得るのだ。だから私は決まって前者を使っていたことがあるぐらいだ――リィンは鈍感な癖に、こういう細かい所で女ったらしの素質を感じさせる。
ドアの閉まるのを確認したアリサが、いろんな感情が詰まった溜息をついた。
さて、リィンも帰ったことだし私もタイミングを見て今起きたフリをしなくては。
「もう少し……って私、何言っちゃってるのよ!?バカバカ!」
「いてっ」
「え?」
「あ」
バレた。
照れ隠しにバタバタとベットを蹴ったアリサの脚が、私の肘に当たって思わず声が出てしまった。
「お、おはよー……?」
「……いつから聞いてたの?」
「……リィンがアリサの具合を聞いたとこ……らへんかな……?」
「そんな前から!?」
「だ、だって、アリサとリィンがいい雰囲気だったから邪魔しないであげようと思って!で、でも、アリサ、可愛かったよ!?」
「起きてたのならさっさと言いなさいよ!もう!」
・・・
リィンは寮の階段を男子部屋のある二階へ降りながら、先程のアリサの部屋での出来事を思い返していた。
「そういえば、エレナは何してたんだろう?あれ狸寝入りだよな……」
彼がアリサの部屋に入った時には、完全に寝ていた様にも思えた高度な狸寝入りだったのが、途中から顔を赤くしていたりと寝たフリをしている割には落ち着きが無かったのだ。
しかし、リィンには彼女があの場で狸寝入りしていた理由は全く浮かんでこなかった。
「まあいいか」
こんばんは、rairaです。
さて今回は前回に続いてアリサが風邪を引いてしまうお話の後編です。
ユーシス様のノーブルクッキングは無事成功し、その素晴らしい才能を見せつけました。何でもそつなくこなす、って凄いですよね。一割でいいからそんな才能をエレナさんに分けてあげて下さい。
正直、初めての料理ってレシピ見ただけじゃ作れませんよね。私も料理は好きですが、スクランブルエッグで失敗した子供の頃の経験を今でも思い出したりします。
そしてリィンとアリサ(と聞き耳立ててたエレナ)の3章前のお話。
原作との相異点として、2章特別実習でリィンが受けた肩の傷がそこそこ重い物という独自設定からこの様な展開になりました。アリサさんならこれぐらいはやってくれるでしょう。
次回は中間テスト終了後、あの人の初登場となります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。