6月上旬 幸せから醒めて
古い煉瓦造りの教会と夜の広場を照らす大きな焚き火に、沢山の人が集まっている。
そんな広場の真ん中、炎のすぐ近くには、葉や花で飾り付けられた祭りの象徴の柱が一際目立っており、長い影が教会の壁へ伸びていた。
一年に一回のお祭りを皆が家族や友達、そして大切な人と共に踊ったり食べたり飲んだりして楽しんでいるのを、私は店の前に構えた露店の椅子で過ごしている。
既に日も落ちて結構な時間が経っており、数時間前と較べてお酒を買う人も少ない。
実際、お祭では酒場の方が主役なので、私もお店をわざわざ開けている必要も大して無いのだ。酒場の方へ友達と飲みに行ってしまった店主であるお祖母ちゃんには、私も友達と遊んで来いと言われている。
でも、そんな気分ではなかった。
ふと焚き火の近くで踊っている二人の子供が目につく。日曜学校で一緒の子達。もっとも私とは歳は結構離れているが――いつも仲良しこよしの幼いカップルなおませな子達だ。
私があんまりにも長く眺めていたせいか目が合ってしまい、「エレナちゃーん」なんて呼びながら手を振ってくる二人の子供。
そんな彼女らに半分羨望半分嫉妬の情を抱きながらも、大人のお姉さんとして笑って手を振る。
……子供相手に全部羨ましがっているじゃないか、大人のお姉さんが聞いて呆れる。
「仕方ないかー、夏至祭だもんね……」
溜息を付きながら店の脇の花壇を眺めると、閉じている朝顔の花が目に付く。それは、まるで私の気持ちを映したものの様に感じられた。
朝は期待でいっぱいだったが、それはもうとっくに萎んでしまっている。
「瓶ビールひとーつ」
「あ、はいっ350ミラ……」
そこには見知った顔があった。
「……あ、あれ?」
殆ど来る事は無いだろうと諦めていた目の前の想い人の姿に、まるで今まで萎んでいた花が咲くかのように胸が高鳴り心が踊る――が、素直に口にだすのはなんか負けた気分だ。
こんな遅くに来てもらっても遊べないじゃないか。もう寝る時間が近い。
「……街道警備で来れないんじゃなかった? またサボり?」
「小官を愚弄するつもりか、小娘。目下街道沿いの村をパトロール中であるのだ。無礼者が」
その言葉を彼の上官に聞かせてやりたいと少しばかり思うものの、そんな事は今は重要じゃない。
この後、彼はどうするんだろう。祭りは大人達はこのまま飲みに踊りに一夜明かすが私達子供はもうそろそろ寝る時間。
大人のフレールお兄ちゃんは――この後、どうするのだろう。村で一泊するのだろうか、それともパトロール中だったらパルム市に帰らなきゃいけないのだろうか。
「……あっそ……仕事中なら飲めないね」
「ケッチだなぁ……お前、アゼリアーノのばっちゃんに似てきてんぞ」
「なんとでも言えば? お酒飲みたいなら酒場の方行けばいいじゃん。領邦軍だったらさぞ盛大なおもてなししてくれるんじゃない?」
このお店と広場を挟んで丁度対面の賑わっている宿酒場の建物に視線を走らせる。
「行けるわけねーだろ。お袋達村のお偉いさんがワイワイしてる所に。飛んで火にいる夏の虫になっちまう」
そう言いながら、フレールお兄ちゃんは私の隣に置かれた未だ開けられていない酒瓶の入った木箱に腰掛けた。
「だよねー。さっきも不祥事の息子がっていってたよ。領邦軍で何かやらかしたの?」
「……あのな、それ言うなら不肖の息子だ」
間違えた。とてつもなく恥ずかしい。
「と、とにかく……村のお祭りだからって、そんなにサボり過ぎてると、クビになっても私知らないよ?」
彼の自慢気な顔を見て、また可愛く無いことを言ってしまった事に後悔する。
なんで結局こうなってしまうのだろうか。
「そうだなぁ、クビになったらお前に養ってもらおうかなぁ」
目の前の屈託の無い笑顔が口にしてきた言葉を理解するまで、私は数秒を要した。
「……や、養うって……それ……」
け、結婚するってこと?
確かに彼は商会の次男だから別に私の家にお婿さんとして来るのも無きにしろあらずというか……え、でもそれは……。
……でも、うちのお店で二人で働くっていうのも楽しそうだなぁ……。
「おー嬉しかったかー?」
さっきとは打って変わってニヤニヤと悪戯っぽい笑いを浮かべる彼。
やばい、私、顔が緩んでた。
「け、結婚するならフラフラ遊んでばっかの浮気症の男なんて大っ嫌い……だ……ふぁ!?」
「おーら、悪い事と言う口はどの口だぁ? これかー?」
頬をつねられそのまま横に引っ張られる。
縦縦横横まるかいて……この後、確実に来るコンボを考えると痛いけど、それでもスキンシップ的な何かを想像してしまう自分に彼の事がどれ程まで好きなのかを思い知らされる。
「おっと……」
「……へぇ?……わっ……」
予想していた筈の頬への攻撃は止まり、頬にあった彼の大きな手が、突然私の両肩を優しく掴んだ。
「なぁ、エレナ……」
「うんっ……」
「花冠、似合ってるぞ。可愛い」
「……あ、ありがとう……そ、その……きょうは来てくれて……わ、私……」
だめだ、顔を直視できない。いま私の顔が相当赤くなっているのは、身体に帯びる熱から嫌という程分かる。
人生で何回目のチャンスだろうか、この続きを言えれば…。
――嬉しかった。何だかんだ言ってちゃんと来てくれる、そんな所が私は大好きだから――
「え、えっ?」
私の身体と彼の身体が密着している。背中に暖かくて大きい彼の腕が、頬の横には無精髭でチクチクする彼の頬が。
いま、私は抱きしめられている。
彼の腕の中で、混乱と戸惑いがすぐに心からこみ上げる幸福感に取って代わられて、私を満たしていった。
そこにはもう恥ずかしさなどなくて――私は自らの腕を彼の背中へと回す。
(……背中おっきいなぁ……)
自然に二人の身体が離れ、目が合った。
私が大好きな彼の空色の瞳、兵隊としては少し長い髪。いつも見慣れた顔がこんなにも愛おしく感じる。
言葉はなくても、いまからどんなことをするのかは、わかっている。何年も想像して、夢見た事などだから。
そして――私は目を瞑った。
「――っは……ぁ……」
暗い部屋の見慣れた天井。カーテンは開けっ放しの窓からは、日の出前の夜か朝かあやふやな明るさの空。
帝都の近郊都市トリスタにあるトールズ士官学院の第三学生寮の――私の部屋。
「……夢、かぁ……だよね……」
――なんて夢、見てるんだ、私……。
幸せに浸った時間の突然の終わりに、落胆と共に思わず自嘲的な独り言が漏れた。
先日からもう6月――そろそろ故郷では夏至祭の準備に取り掛かっている頃だろう。
それにしても去年の夏至祭の夢を見るなんて。最後は私の願望か妄想か、出来事にとてつもない捏造が入っていた。あんな風になっていれば、良かったのに。
実際は何も言えずにあんな雰囲気になることもなく、ぐだぐだと夜遅くまで話していただけなのだが。
今考えれば後悔しか残らないが、あの頃はチャンスはこの先いくらでもあるなんて思い込んで本当にのんびりしていたと思う。
それもその筈、去年の今頃はまさか帝都の士官学院に入学するなんて、それこそ夢にも思っていなかった。
(もういっかい寝直そう……もしかしたら……)
もう一度夢の続きを見れるだろうか――そんな事を本気で考えて私は身体がカッと熱くなるのを感じた。
(続き……って――)
だが、すぐにある事に気付いて冷めてしまった。結局は夢で終わるのにも関わらず、なんて私は未練がましいのだろう。
それももう夏至祭は既に去年終っている過去の出来事なのに。
とりあえず時計の文字盤を確認しようと、のそのそと起き上がろうとした所で私は異変に気付いた。
冷たい、体中。
まるで全力で持久走をやらされた後の体操服で、そのまま寝たかの様にも思えるほどの寝汗。
さっきまでそんなこと無かったのに、気付いてしまえば最後。べったり肌に吸い付くパジャマがめちゃくちゃ気持ちが悪い。
「はぁ……早いけどシャワー浴びないと……」
思わず出た深い溜息を付いて、私は渋々ベッドを出た。
どっちにしろ朝の日課もあるのだ、早いことにこしたことはない。
・・・
立て続けに五発の弾丸が放たれ、ギムナジウム地下の射撃場に銃声が反響して皮膚を震わす。
二十アージュ程前方には穴の増えた木製の的が三つ、増えていない的が二つ。
「……5発中の3発か……60%……はぁ……」
目の前の仕切りの向こう側には、数えるのが面倒臭い位の数の金色の薬莢が地面に転がっている。
これは全て私の手にする導力拳銃《ラインフォルト・スティンガー》から排出されたもの。道理で腕も痛くなるだろう。
コンディションが悪いのはわかりきっている。あんな夢を見て平常心でいられる程、私は余裕のある大人じゃない。
そして忘れる為にと集中し、当てようと強く思って引き金を引くだけ、当たらない気がする。
「パチパチパチ。早いね。私も結構早めに出てきたんだけど」
「フィー……見苦しい所、見せたかな」
防音用のイヤーマフを外し、自らの首に掛けて、私は階段を降りてくる声の主の方を向いた。
「そんなこと無い。特訓初めてから数日でここまで出来てる。」
「それでも……命中率6割だよ」
つまり、三回に一回は外すのだ。
この精度では例え《ARCUS》の補助クオーツで命中精度の補正があっても、戦技(クラフト)としては未だ実用することは難しい。
「片手の早撃ちだからね。反動の受け流しの時の筋肉の使い方とか、狙いの定め方が全然違うから最初は難しい」
「うーん……」
引き金を引くこと無く、片手で構える。もう既に慣れたが数日前までは直ぐに手がブレてしまう有り様だった。
「……腕、大丈夫? あんまり無理すると後々後悔するよ」
床に無造作に転がる薬莢を見たのだろうか、フィーに心配されてしまう。
「うん……。ちょっと痛いかも」
「じゃあ、この辺で今日はやめといた方がいいね。訓練で無理するのは良くない」
私はフィーのアトバイスに従って銃をケースに仕舞う。もっと練習したいが、無理して腕を酷使すれば放課後や明日の練習が出来なくなるかもしれない可能性もある。
特別実習から帰って来た次の日、教官室の前で私はサラ教官に頭を下げていた。
理由は単純。バリアハート市の特別実習では色々なことがあったが、私自身の問題として一番痛感させられたのは実力不足だった。
「銃の特訓をつけてくれ、ですって?」
「はい! お願いします、サラ教官!」
「うーんっとねー……可愛い教え子の頼みだから受けてあげたいんだけど――」
サラ教官の視線が私の後ろに動き、露骨に嫌そうな表情が浮かぶ。
「――オホン。サラ教官、君のクラスの生徒は指導がなっていないようだな?」
私の背後から掛けられた神経質そうな声に、私も恐る恐る振り向いた。
「君、今月は中間試験であることをよもや忘れてはおるまいな? 我々は忙しいのだよ。そこのいい加減なサラ教官でもな」
「は、はい……ハインリッヒ教頭……」
私に続いて、サラ教官が嫌味のような雑用の仕事の催促を受ける。
そして、「まったく……これだから……」という言葉に残し、教官室の中へ立ち去っていった。
「チッ……ホントいちいち煩いわねぇ……――まぁ、そういう訳でね」
サラ教官はため息混じりに両手を広げる。
試験期間前は付きっきりで教えるのは難しいという事だろう。
「す、すみません」
「まぁでも、丁度良さそうな人を紹介あげなくも無いわよ?」
その代わり、中間試験の勉強も疎かにしないこと――という約束はさせられる事になるのだが、そうしてサラ教官から紹介してもらった私の銃の先生がフィーなのだ。
そりゃあまあ、フィーは銃器を含めて武器には詳しいし色々な事を教えてくれる。しかし、どんな先輩が来るのかと緊張して待っていたと言う事もあって、最初にここで彼女が来た時は冗談抜きで拍子抜けだった。
「私、こんなんで大丈夫かなー。なんか最近アーツばっかりで、役に立ってない気がして」
アーツで褒められても、何か実際複雑なのだ。あの《ARCUS》駆動中の集中力の維持は精神的に辛く、アーツは未だ苦手意識が離れない。
「まあ、アーツは私も面倒臭いし苦手」
実際、アーツは人によって向き不向きが有り、才能が大きく影響する。
アーツを使える許容量は戦術オーブメント、私達では《ARCUS》のスロットの拡張によって補助的ではあるものの、基本的にはある程度であれば増やすことが出来る。
しかし”効果”――つまり、攻撃アーツであれば攻撃力となる部分は、駆動時の集中力や七耀石の生み出す導力エネルギーへの親和性によって決まる為、完全に才能となるのだ。
そして各自の才能は戦術オーブメントの盤面という形で表される。私は四つのスロットを結ぶラインが二本と月並みな言葉で言うと普通の盤面ではあるが、フィーの場合は四つのラインで構成されている。つまり、簡単な判断で言えばフィーはアーツにおいては私よりも苦手としているのだ。
逆にⅦ組であれば魔導杖に適性があるエマやエリオット君を筆頭にアリサ、ユーシスがアーツ得意組となり、エマの《ARCUS》なんて全てのスロットがライン一本でつながっていたりする。
あれ……もしかして、学力比例? アーツを頑張れば成績も伸びたりするの?
何となく当たっている気もしなくもないが、一旦これは頭の隅に置いておこう。
「どんな武器でも相性が悪ければ苦戦はすると思うけど、まあ拳銃一丁だと魔獣に対しての威力面はちょっと心許ないね。」
「うん。オーロックス峡谷の手配魔獣も、地下水道のカザックドーベンも拳銃弾だとちゃんと効果が有るようには思えなくて……」
「前も言ったけど、狙い所だね。」
フィー曰く、硬い甲羅でも金属の装甲でも完全にシームレスということは有り得ない。
どこかに必ず弱点があり、その様な狙い所を見極めて正確に素早く弾丸を撃ち込める技量があれば、どんな敵でも対応出来るという事なのだ。
「実際、フィーは出来る?」
「……近づかないと、結構難しいかな。団の人にはそのレベルで拳銃を扱う人もいたけど……やっぱり経験がものをいう世界」
「武術を極めた人を達人って言うけど――銃の達人ってやっぱり凄いんだね……」
そうだね、とフィーは相槌を打つ。
そして少しの間何かを考えて口を開いた。
「武器を変えてみたらどう?」
「え?」
「拳銃は本来サブウェポンだし、もう一つ武器を持ってもいいと思う」
フィーの提案に少し悩んだ末に思い浮かんだのは、先月の実技テストで圧倒的な強さを見せ付けたサラ教官だった。
導力銃と導力機構の付いたサーベルを両手に持ち、遠距離でも近距離でもその強さを維持できると思われるスタイル。
「……うーん、剣、とか……?」
「……サラの真似はしない方がいいと思うよ?」
ちょっとアレは論外、と付け加えるフィー。
うん、私もわかってた。
「だよね。例えば何がいいと思う?」
珍しく何かフィーが深く考えるので、軽い気持ちで話を振って申し訳なく感じてくる。
「もしエレナが”兵隊なら”スナイパーライフルが一番適性あると思う」
考えていたフィーが口に出したのは、結構えげつないものだった。
スナイパー、狙撃手。およそ数百アージュから1セルジュの長距離から標的を狙い撃つプロフェッショナル。
「けど、持ち歩くには重いし取り扱いも少し面倒で時間もかかる。それに戦場ならともかく、私達の活動で長距離狙撃が必要な状況があまり無い」
確かに特別実習では度々魔獣と戦闘しているが、手配魔獣を除いては殆どが偶発的な遭遇戦だ。
「それに……」
「それに?」
「高すぎて買えないと思う」
「……ちなみに、参考価格?」
「狩猟用や対人用でも十万ミラぐらい。軍用の対物なら五十万ミラぐらいするかも」
「ご、ごじゅうまんミラ……」
何か月私はバイトをすればいいの……?
時給500ミラじゃ……1000時間……?
「だから、次点でアサルトライフル。一発の威力でも拳銃とは桁違いだし、射程も長くて連射もできる。値段も手頃で手に入ると思うし、正規軍でも傭兵でも基本中の基本の武器かな」
アサルトライフル、つまり自動小銃。
フィーの説明通りどこの国の兵士でも必ず使用する武器であり、実際に軍勤めのお父さんの写真にも写っていた事もあるアレだ。
「ライフルかぁ……重くない? ……反動とか大丈夫かな……?」
「慣れれば余裕。場所が場所なら子供でも使ってる」
そう言われると自信こそ出るのだが、それ以上に私はフィーの語る”場所”という言葉の重みを感じさせられる。
「子供、でも、かぁ……」
「……それに軍人になるんだったら、どの道遅かれ早かれ扱いは覚えなきゃいけないと思うけど」
そう言われてしまえば納得せざるを得ない。卒業して軍へ入れば、歩兵の基本的装備であるライフルを扱わないなんていう事は、よっぽどの特殊事例じゃない限りは無さそうだ。
そして、これはある意味では私に対しての殺し文句だ。
「た、確かに。試しに触ってみたいけど……でも、そんな武術とかじゃなくて武器っぽい武器、学院で売ってるのかな?」
他の士官学校の事情は知らないが、基本的にトールズ士官学院は軍人教育の学校ではない。確かに軍事学や実技教練はあるものの、軍事色はそこまで強くはないのだ。
「今すぐは難しいかもね。購買の武器は一か月に一回しか仕入れしないし、基本注文しないと入らない」
「いま頼んでも来月かぁ……」
出来れば早くに慣れたいので、早めに欲しいというのが本音ではあるが。
「あ……でも……お金どうしよう? 私、そんな持ってないし……あんまりお金使いたくないから出来れば安く済ませたいし……」
「じゃあ、安い中古の流れ物の方がいいね。ちゃんと整備されていれば何も問題ないし――と、なるとあそこか」
「あそこ?」
「ツテは有るから放課後一緒に行ってみる?」
・・・
最近の日課である朝の特訓の皺寄せは、授業へと直に響く。早起きして身体を動かしていただけあって、午後の授業の内容が余り頭に入ってこないのだ。
その為、授業のノートを放課後に写させてもらうのも自慢ではないが私の日課の一つとなってた。
見やすく解りやすいアリサのノートから、とりあえず要点だけノートに写し終わり、私はさっきからペンの止まっているアリサに目をやる。
その視線の先には案の定、エリオット君とガイウスと共に談笑するリィンがいた。
「またそんなにリィンの方見て……」
こんなにガン見されてるのに、全く気付かないリィンもリィンで少しおかしいんじゃないかと思う。
少しは――まあ、リィンは無理かも。
「み、見てないわよ? ちょっとぼーっとしてただけで……」
「だって顔赤いー」
「ち、違うからね」
バレバレな冷静さを装うアリサだが、その紅潮した顔を隠すことは出来ない。
そして、私はここぞとばかりに彼女を攻める。なんといっても、私がアリサに勝てるのはリィン関係でいじっている時しかないのだ。多分、他の全てで私は負けている。
「だってアリサさぁ、特別実習で私達の帰りをトリスタの駅で待ってるなんてもう……セントアークはそんなに寂しかったの?」
「そ、そんな事ないわよ? 貴方達も大変だったみたいだけど、私達もごたごたしてて楽じゃなかったし」
私は仕入れていたとっておきの極秘情報を突きつける事にした。いま使わないで、いつ使うのだ。
「あれれ、すっごく寂しそうだったって聞いたんだけど。それも途中から心配そうにそわそわしてたって……」
その極秘情報によるとなんでも特別実習の間、アリサは溜息が異様に多かったとか。
そして一日目、サラ教官からの連絡でバリアハートの私達の状況を耳にして以降は何かを頻りに心配し不安そうにしていたという。
「そ、そんな事誰から聞いたのよ!?」
アリサの真っ赤な顔が中々の形相で思いっきり近づく。
「じょ、情報提供者の安全の為に私は黙秘――」
「……エリオット」
ぎくっ。
「だ、誰だったかなぁ……?」
「当たりね」
(……ごめん、エリオット君。)
私は心の中で彼に謝る。まあ、アリサのことだから何も無いとは思うが――多分。
「でも、寂しかったのは否定しないんだ」
私達二人の会話に入ってきたのはフィー、その隣にはエマ。
流石のアリサも大慌て、可愛いなぁ。
「ちょ、ちょっとフィーまで!」
「みんな気になるんだよ~。特別実習の後アリサが――」
「あーもう! 黙らっしゃい!」
「ふふ、その辺にしといてあげないと後でエレナさん大変ですよ」
「……覚悟しときなさい。もう、ノート見せてあげないんだから」
「ええ!?」
流石にやりすぎ、しつこすぎだったか。結構怒らせてしまった様子だ。
「そういえば、もうそろそろ夏至祭の時期ですよね。」
「夏至祭?」
私がアリサに謝り倒している横でエマが新たな話題を出し、フィーが不思議そうに首を傾げる。
「フィーちゃんは夏至祭は初めてですか?」
「知らない」
「ふふ、帝国だと有名なお祭りなんですよ。今年は一緒に楽しみましょうね」
「……でも帝都周辺の夏至祭は7月よね……?」
アリサが帝都の夏至祭について触れた。
確か帝国国内で一番遅いのが帝都周辺で、7月の下旬に毎年開かれているという話は私も聞いたことがある。
それにしてもアリサはまだ顔が赤い。リィンと一緒に楽しむ夏至祭でも想像しているのだろうか。
(夏至祭か……)
今朝の夢を思い出してしまう。あんな風にあの時なっていれば、今頃どうしているだろう。
それに今年とおそらく来年もだろうが、故郷の村の夏至祭に私は行けない。そう思うと急に寂しくなるのだ。こうやって、大切な物を一つ一つ無くしていってしまう様で。
「どうかしたの? エレナ」
「い、いや……なんでもないよ」
「それじゃあ、私は寮に戻ろうかしら。あなた達はどうする……?」
「あ……わたし――」
「私とエレナはちょっと野暮用」
フィーの言葉に目の前のアリサとエマの顔が驚く。
そして、その表情はすぐにアリサは呆れに、エマは申し訳無さそうにしているものに変わった。
「……ああ、何となく分かったわ。ちゃんとまじめに授業受けてないから自業自得ね」
「フィーちゃん……エレナさん……すみません、私の教え方が悪かったのかも知れません……。挽回の為に中間試験の勉強は頑張りましょうね」
あれ、この物凄く哀れな視線は何か勘違いされてる様な気がする。
「? まあいっか。いこっか、エレナ」
アリサとエマにとりあえず別れを告げ、フィーに手を引かれて教室を出ようとした時。
(……ラウラ……?)
私はラウラの視線がこちらへ注がれているのに気付いた。
さっき私達が話している時も、彼女はずっと自分の席に座ってこちらを窺っている様な感じだった気がするけど……。
(気のせいかな……私、きょう一回も話してない。)
こんばんは、rairaです。
「閃の軌跡Ⅱ」の公式サイトもオープンし、情報も結構出てきましたね。
なんだかアリサから天使の羽が生えていたり…マスタークオーツのエンゼルと何か関係が有りそうな予感。
しかしプロローグがとても不吉ですね。最後の「全ての終わりと始まり」って…なんとなく私は旧エヴァを思い出してしまいました。
やっと第3章のブリオニア島編の始まりとなります。この章は中間試験にシャロンの襲来という一大イベントも有り、日常パート部分が大きなウェイトを占める予定です。
さて今回はエレナのパワーアップフラグの回です。
但し、彼女の身体能力は一般人レベルですので、どうしても文明の利器である武器の性能に依存してしまいます。
いつかサラの様に剣と銃を使いこなす一人前になれたらいいのですが、まだまだ夢のまた夢ですね。
話は変わりますが、冒頭の妄想夢のシーンを書く為に夏至祭というものを調べてみたら、どうやら東欧・北欧では縁結び恋占いといった意味合いもあるお祭りなんだそうです。帝都の夏至祭は地方と違って政府行事的になっている~というお話が原作中にあった様な気がしたので、エレナの故郷では現実の意味合いも取り入れて楽しいお祭りといった感じにしてみました。
次回は寮生活であればよくあると思われるお話です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。