光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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5月26日 紫電の雷光

 傀儡がまるで操り人形の糸が切れたかの様に沈黙する。

 必死になり過ぎて、いつの間にか頭の片隅から飛んでいってしまっていたが、この死闘が授業の一環の模擬戦であったことを今更思い出した。

 

「はあっ、はあっ……」

 

 私は荒くなった呼吸を整えながら、周りを見渡すと私達より先に実技テストを終わらせたアリサ達がおり、目の前で動きを止めた傀儡の後ろにはサラ教官が立っている。

 ここは――士官学院のグラウンドだ。当たり前のことではあるが。

 

「リィンさん達より二人も多かったのに……」

「…………ま、仕方ないか」

 

 エマとフィーが思った事を口に出すが、私としても全くの同意見だった。

 二人も多いという驕りはあり、それ故に皆油断していただろうと思う。

 

 パチン――サラ教官が指を鳴らした合図で、先程まで目の前にいた傀儡は独特な音と共にその姿を消す。

 

「……分かってはいたけど、ちょっと酷すぎるわねぇ」

 

 サラ教官は呆れた顔をしながら、市販の回復薬を私達にそれぞれ投げてゆき、真剣な瞳で私達6人を見渡す。

 

「ま、そっちの男子二名はせいぜい反省しなさい。この体たらくの多くは君たちの責任よ」

 

 そしてほぼ名指しの様にマキアスとユーシスへ戒める。

 但し、私を含めて他の人も油断をしていたのは事実であり、やはり反省すべきは全員なのだろう。

 

 ユーシスは鋭い視線をサラ教官へと向ける。怖い。

 だが、実際の結果がそれを証明してしまった以上は彼は何も言えない。

 

「――今回の実技テストは以上」

 

 

 ・・・

 

 

【5月特別実習】

 A班:リィン、エマ、マキアス、ユーシス、フィー、エレナ

(実習地:公都バリアハート)

 B班:アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス

(実習地:旧都セントアーク)

 

(げ……私、大丈夫かなぁ……)

 

 特別実習の班分けと実習地の記された紙面を見て、真っ先に心配になった。

 先程の酷い出来だった実技テストの六人からエリオット君が抜け、リィンが入ったA班。そして先月の特別実習と同じくマキアスとユーシスを一緒の班とし、更にはマキアスとの間で確執を抱えているリィンもわざわざ付け加えるというのだ。

 

「――冗談じゃない!」

 

 案の定、後ろからマキアスの声が上がった。

 

「サラ教官! いい加減にして下さい! 何か僕達に恨みでもあるんですか!?」

「茶番だな……。こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか」

 

 あの班分けを見たときから誰しもがこの流れとなる事を想像していたことだろう。

 先月の特別実習といい、ついさっきの実技テストといい……ここまで露骨だと不満が爆発しないほうが不自然だ。

 

「うーん、あたし的にはこれがベストなんだけどな。特に君は故郷ってことでA班から外せないのよね~」

「っ……」

 

 まともに取り合う気は無いという態度が感じられる、軽い調子で第一の理由を説明したサラ教官。

 至極まともな理由にユーシスは黙るものの、あまり良い顔はしていない。

 

「だったら僕を外せばいいでしょう! セントアークも気は進まないが誰かさんの故郷より遥かにマシだ! 《翡翠の公都》……貴族主義に凝り固まった連中の巣窟っていう話じゃないですか!?」

「確かにそう言えるかもね。――だからこそ君もA班に入れてるんじゃない」

 

 サラ教官の言葉の真意を探る思案顔に変わるマキアスだが、それでも彼が納得出来ない事には変わりなく、別の切り口からこの班分けの問題点を的確に突いて来た。

 

「……しかし、この班分けだとA班とB班で人数が不均衡になるとは思わないのですか?」

「フン……施しを受けるつもりはない。B班へお望み通り、こいつを移動させればいい。セントアークも四大名門の本拠地の一つ、不足はないだろう」

 

 マキアスの援護射撃を買って出たのは他ならぬユーシス。

 この件ではお互いに利害は完全に一致しているので、班分けを修正させる為には共同戦線も問題無いのだろう。もっとも、こんな事を指摘したら精神的に再起不能になりかねないレベルの睨みを受けそうだが。

 

「あらぁ、何言ってくれちゃってるのかしら。ついさっきも二人で一人分の働きも出来なかったあなた達が」

 

 これはかなり痛烈な文句だ。

 流石の二人も手も足も出ない程――実際に出ないのは口だが。

 黙り込む二人にサラは続ける。

 

「ま、あたしは軍人じゃないし命令が絶対だなんて言わない。ただ、Ⅶ組の担任として君たちを適切に導く使命がある。それに異議があるなら、いいわ」

 

 サラ教官はそこで一呼吸置いて続けた次の言葉は、完全な挑発だった。

 

「――二人がかりでもいいから力ずくで言うことを聞かせてみる?」

 

 マキアスとユーシスはいつもと違う雰囲気のサラ教官にたじろぎながらも、お互いに何かを確認し合うかのように頷いた。

 

「……っ……」

「……面白い」

「おい、二人とも……」

「やめようよ……」

 

 リィンとエリオット君の制止など意に介することなく、前へと出る二人。

 

「フフ、そこまで言われたら男の子なら引き下がれないか。そういうのは嫌いじゃないわ――」

 

 サラ教官がその両手に、彼女の髪の色と似た赤紫色の導力銃とサーベルを素早く構える。

 彼女の武器は私が今まで見た事も無い凶悪そうな物であり、流石のマキアスとユーシスもその表情に怯みを隠せていない。

 しかし、二人がここで引き下がる程度の御しやすい人間であれば、この様な状況にはなっていない訳であり――それぞれ武器を構えた。

 

「ふふ、のってきたわねぇ。リィン、ついでに君も入りなさい! まとめて相手をしてあげるわ!」

「りょ、了解です!」

 

 リィン、とばっちり可哀想に……。きっと皆同じ事を考えていることだろう。

 何かと彼はこの様な少し同情したくなるような事をサラ教官に振られることが多い。それだけ、気に入られているっていう事なのだろうけども……。

 

 目の前ではサラ教官と三人がお互いにそれぞれの得物を構えて対峙している。

 しかし、サラ教官といえどもこの三人を相手にして大丈夫なのだろうか。

 いかに士官学院の武術教官であってもリィンはお世辞抜きに強く、ユーシスも宮廷剣術の相当の使い手。マキアスも決して弱くは無く、導力散弾銃は単純な武器の火力としてはⅦ組随一かもしれない。

 

「それじゃ《実技テスト》の補修と行きましょうか…………」

 

 サラ教官が目を瞑り、この場の空気が変わってゆく。

 それはまるで何かの圧が高くなっていく様に感じられ、張り詰めた緊張が満ちた時――真剣な黄色の瞳が見開かれ、私には到底言葉に出来ない物が一気に爆発した。

 

「トールズ士官学院・戦術教官、サラ・バレスタイン――参る!」

 

 

 ・・・

 

 

『先手はあげるわ。どっからでもかかってきなさい』

 そんなサラ教官の挑発に乗ったユーシスが地に片膝を付いたのは、”補修”の始まりから数秒後であった。

 

 宮廷剣術の華麗かつ洗練された素早い三段斬り技は私の素人目には完璧で、先程の実技テストの時とは技の切れ味は段違いの完成度だ。

 彼のレイピアが目にもとまらぬ瞬速の青い斬光がサラ教官を貫いた――。

 

「遅い」

「何……!?」

 

 ――剣戟の音と共にユーシスは崩れた。

(え…………何が、あったの……!?)

 

「さて、次はどっちかしら」

 

 サラ教官はその足元で苦悶の表情を浮かべて片膝を付いたユーシスを一瞥する事もなく、リィンとマキアスへ目を遣る。

 まるでもうユーシスが彼女の視界に入っていないかの様に。

 

「来ないなら、私から行かせてもらうわよ」

 

 私の視界からサラ教官が消えた。

 そして秒よりも短い時間の後、彼女の掛け声と共に凄まじい”紫電”が落ちた。

(風属性高位アーツ!? でも、駆動時間は一体――)

 

「これはおまけよ!」

 

 雷光の残滓が残る中、凶悪な導力銃から眩い紫の放電する光塊を撃ち込みながら彼女は宙を跳ぶ。

 気づけば先程の”雷”でマキアスも既に崩れ、唯一満身創痍のリィンが苦しげな表情をしながらも辛くも残っている。

 そんな彼を間髪いれずにサラ教官のサーベルが一片の容赦も無く襲い掛かり――金属同士が衝突した鋭い高音が響いた。

 

「へぇ……いい反応じゃない」

 

 私には死神の鎌を連想させる程に死が近そうなその刃を、間一髪でリィンは自らの太刀で受け止めたリィンにサラ教官は感心した様に呟く。

 

「でも、これはどうかしらねっ!」

 

(あっ…………!)

 サーベルを構える手の反対側には導力銃が――。

 導力銃とは思えない程の音と共に、再び先程の放電する光塊が銃口から撃ち出され、電光と地面から俟った砂埃にリィンの影が掻き消えた。

 

「……四の型《紅葉斬り》」

 

 砂埃の中から勢い良く飛び出す影はサラ教官までの距離を一気に詰め、彼女とのすれ違った瞬間、メイプルの葉の様に斬光の一閃が広がる。

 そして、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が先程よりも遥かに大きく鳴り響いた。

 

「八葉一刀流…………技は素晴らしいけど――」

 

 リィンの剣筋はサーベルの刃で受け止められ、二人は至近距離でじりじりと対峙する。

 

「――まだまだね」

 

 サラ教官がそう呟いたのと同時に、いとも簡単にリィンの太刀が弾き飛ばされる。

 そして彼女はあっという間に武器を失ったリィンの脚を刈って地面へ押し倒すと、鋭く光る導力銃の銃口を顎の下へ突き付けた。

 

「二十秒って所かしらね」

「……まいりました」

 

 リィンは地面に背を着けて、完全に敗北を認める。

 

「うわぁー……」

 

 三対一の補修が終わった時、思わず声が零れた。半分はサラ教官の圧倒的な実力への感嘆、もう半分はリィン達三人への同情。

 まさかここまで歴然とした実力差とは想像出来なかった。ものの数十秒で完全に三人を沈黙させてしまうのだから。

 戦いの様子を見ていたⅦ組の他のメンバーも皆それぞれ感想や心配の言葉を口にしており、サラ教官は勝ち誇った様子でご機嫌だ。

 

「フフン、あたしの勝ちね。それじゃ、A班B班共に週末は頑張ってきなさい。お土産、期待してるから」

 

 

 ・・・

 

 西日が少し眩しい。

 教官直々の補修という名のワンサイドな模擬戦はあったものの、一ヶ月に一回の実技テストと特別実習の発表は終わりだ。

 ついでにこの時間は午後の最後の授業であり、この後はホームルームを残すのみだ。

 私達といえば自分たちの武器を皆それぞれケースや入れ物に仕舞っている最中だ。

 

「それにしても……派手にやられたわねぇ……背中、砂だらけよ?」

「ああ……悪い」

 

 アリサに背中の汚れを指摘されたリィンが、自らの右手で背中の砂埃を落とそうとする。

 

「い、いいから前向いてなさい」

 

 リィンの後ろから両手で彼の背中をはたき始めるアリサ。

 その健気な姿に、このままアリサの背中を押してみたい悪戯の衝動に駆られるものの、この良い雰囲気を邪魔するのは可哀想だ。

 

「助かったよ。ありがとう、アリサ」

 

 リィンに感謝の言葉を掛けられて照れるアリサを私は眺めていた。そういえば特別実習は彼女はリィンと違う班になっていた事を思い出す。

(やっぱり、寂しいのかなぁ……。)

 

「ふふ、エレナさんもスカートの後ろ真っ白ですよ」

 

 ぼんやり前の二人を見ていると後ろからエマに指摘を受けて、私はいそいそと自らのスカートについた白い砂汚れを払う。

 実技テストで戦術殻の電撃攻撃を受けた際に力が抜けてしまい、短い間ではあったがクラウンドに座り込んでしまっていた。あの時についたのだろう。

 

「あー……そういえば、砂の上に座ったっけ。……もう、髪も砂まみれだし」

 

 激しい戦闘で砂が大分俟っていたこともあり、手櫛で髪をすくとザラザラとして砂がいくつか付く。ついでに何か髪も少しハネている気もする。

 そこまで容姿に気を使っているわけではないのだが、士官学院の生徒は皆そこそこきちんと身なりを整えているのでみっともない状態は気が引けた。教室に帰ったらとりあえず髪だけでも整えたい。

 

「結構汗もかいてしまいましたし、早く帰ってシャワーを浴びたいですね」

「ん。同感」

 

 早くシャワーが浴びたいというエマとフィーに私も全面的に同意だ。これで放課後は少なくとも三人は寮へ直帰組になるだろう。

 

 そんな私たちの横を無言で校舎の方向へ立ち去ってゆく二人がいた。マキアスとユーシス。二人が一緒に帰ることはまず有り得ないので、二人の間には結構な距離は開いている。

 あの二人も少しは頭が冷えたのだろうとは思うが、この程度で劇的に何かが変わるとも思えない。少なくとも今後サラ教官の挑発には乗らなくなるぐらいだろう。

 

 しかし、本当に今週末の事を考えると気が重くなってくる。

 もっともそれは私だけではなく隣で歩くエマとフィーも同じであり、遠ざかる二人の背中に三人で深い溜息を付くのであった。

 

 




こんばんは、rairaです。

いつもであれば一話当たり2日もあれば校正前の状態は仕上げれるのですが、今回は結構な難産でした。本当は昨日更新しようと思っていたのですが…最近更新スピードが遅くなってしまってますね。

さて今回は5月26日、第2章の実技テストの後編のサラ戦となります。
今回もとことんマキアスとユーシスはアレな役回りです。リィンもあっという間に無力化されてしまいましたが。
サラの強さをエレナ視点で描いている為に、ユーシスが倒された経緯が分からなかったり、サラのクラフトの《電光石火》をアーツと勘違いしていたりして、少し分かりにくい表現になってしまったかも知れません。

そういえば原作プレイ時は全く違和感無かったのですが、前の話を書いてからⅦ組の皆が実技テストなのにトレーニングウェア的な物に着替えないで制服なのがすごく不自然な気がしてきました。もしかしたら次回の実技テストでは体操服かもしれません。

次回から第2章のバリアハートの特別実習編となる予定です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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