えんぜるびっつ。   作:ぽらり

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 一番バッターである音無くんが打席に立ちます。動き辛いからだろう、戦線のブレザーはベンチでお留守番。同じように日向くんと俺もブレザーは脱衣済み。野田くんだけは変わらず着てるけど、邪魔じゃないのか気になります。聞かないけども。

 

「ひなたくんひなたくんひなたくん」

 

「どした?」

 

「ルール確認。これってコールドはあるの?」

 

「あるぞ。七点でコールド」

 

「――コールドゲームだ」

 

「えっ」

 

 ベンチの後ろの方で茶番だーっ! とか聞こえた気がしたけど気のせいだった。だって恭介じゃないし。ナツメ違いです。りとるばすたーず。

 

「まぁ、とにかく天使が来る前にサクッと決めちまおうぜ」

 

「そだね。頼りにしてます」

 

「任せとけって、おっ!」

 

 日向くんの視線を追えば、音無くんが痛烈な当たりで右中間へ打ち返したところだった。これは2ベースくらいいけそうだ。岩沢さんと最初から立っていた椎名さんを除いたベンチにいるメンバーが思わず立ちあがり、歓喜の声を上げる。と思いきや。

 

「貴様の打球はぁっ……!」

 

 野田くん、なぜ君がそこにいる。

 

「こんなもの、かーっ!」

 

 野田くんは音無くんの打球を音無くんめがけて打ち返すという器用な真似をやってみせた。そして、さらにその弾を音無くんが打ち返す。なんという悪循環。

 

「新しいな」

 

「新しいね」

 

 呟いた岩沢さんと答えた俺以外は誰も言葉を発しようとはしない。審判が呆れたようにアウトコールをした。

 

 そして二番セカンド、日向くん。生前は野球部らしいので、その経験が生きてボールをレフト方面へ打ち返し悠々と塁に出る。さすがの一言です。続きましては椎名さん。心配する理由もなく、楽々出塁。椎名さんステキ。で、ランナーを一、三塁に置き、バッターは野田くん。四番です。日向くん曰く、長いものを使わせたら右に出る者はいないとかなんとか。さっきはアレだったけども、期待は大きかったりなんかしちゃったり。

 

「そう言えば野田くんって野球の経験あるのかな?」

 

「無いだろ。チームワークって言葉と無縁のヤツだし。そもそも友達もいなかったんじゃないか?」

 

 音無くんが毒舌です。さっき邪魔されたからかなって思ったけど、よく考えたらいつも通りでした。

 

「なんにしろ打ってくれればそれでいいさ」

 

 これが大人の余裕ってヤツか……! ちょっとした嫉妬と尊敬のまなざしを音無くんに送っていたら甲高いバッティング音が耳に入ってきた。打席に視線を向ければ、そこには退屈そうな顔をして佇む野田くんがいた。

 

「おー、入った入った」

 

 隣の音無くんが他人事のようにぼやく。どうやらホームランらしい。塁に出ていた日向くんと椎名さんがホームインして二点獲得。そして、遅れて野田くんもホームイン。一挙に三点のリードを奪う。このまま勢いに乗りたいチーム日向だったけども、続くバッターの関根ちゃんがサードゴロ、岩沢さんが見逃し三振と二者凡退に終わってしまい攻守交代。しまってこー。

 

「ばっちこーい」

 

 野球をやるなら一度は言いたいこの言葉。でもやっぱくんな。動きたくないし。

 

「てか音無くんがナイスピッチ」

 

 先頭打者はキャッチャーである野田くんとのいざこざで出塁を赦すも、続く二番、三番バッターはストライクゾーンの際どいところを突いて見事に三振させた、らしい。日向くんが歓喜しながら説明口調で騒いでたのを見たから多分そうなんだろう。ぶっちゃけライトの位置からだと大まかにしか見えないんで正直ありがたい様なそうでもない様な。まぁ、何はともあれ頑張れ音無くん。このままずっとボールが飛んでこなければ個人的には言うこと無しですお。

 

「で、バッター四番。何という劣化ジャイアン」

 

 ガタイの良いガキ大将的な人が打席に立った。思わず対戦相手のチーム名を確認してしまったが、普通にチーム森だった。一安心。草野球でもやってろー! 空き地に帰れー! 関根ちゃんとユイにゃんは自重しなさい。

 

 そして音無くんが一球目を放る。外角低めというバッターが手を出し難い場所をピンポイントで攻め、なんてことは見えるはずもなくとりあえず空振り。ストライクです。猿山の大将めー! 綺麗になって出直して来いやー! 二人とも本当に自重しよう。

 

 二球目。音無くんが投げたボールは野田くんの構えるキャッチャーミットにおさまーーらない。バッターに弾き返されたのだ。弾丸ライナー、とまではいかないもののそこそこの速度を持った打球は関根ちゃんの右側を通り過ぎる。2ベース、いや3ベース級の当たりだった。

 

 思わず全員が打球の向かった先を見やる。そして、日向くんがカバーに回ろうと走り出したそのとき。

 

「ファウル!」

 

 審判が声をあげる。伸びを見せた打球は僅かに逸れ、ファウルとなった。またもや一安心である。

 

「つーか誰か動けよっ!?」

 

 日向くんの魂の叫び。反応できなかった関根ちゃんとカバーに回ろうとした日向くんを除き、誰も動こうとしなかったためだと思う。本当に動じない人ばかりのチームだと再確認した。意外なことに椎名さんも動かなかったのだけども、椎名さん曰く、早々にファウルだと判断した、だそうな。さすが椎名さんステキ。

 

 で、さっきの打球でびっくりしたのか、随分と大人しくなった関根ちゃんと試合開始当初からガクブルな入江ちゃんを尻目に音無くんが三球目を放る。ボール。ストライクゾーンから少し外れた、いや、外したのかな? しかしバッター手を出さない。よく見てます。やるな劣化ジャイアン。

 

「ヘイへーイ! バッターびびってるー!」

 

「タイム」

 

 ユイにゃんが野次を飛ばしたところで間髪いれずに日向くんがタイムをとる。何事かと思いきや、徐にユイにゃんの方へ行きヘッドロック。

 

「ななな何すんですかー! 痛い痛いいーたーいー! ひなっち先輩痛いですー!」

 

 あの日向くんが無言で制裁を開始。おふざけが過ぎたユイにゃんには丁度良い薬です。ナイス荒療治。それから程なくして試合再開。さっきの日向くんとユイにゃんのやり取りでペースを崩されたのか、音無くんの投げたボールを高く打ち上げてしまったバッター。ピッチャーフライ。音無くんが難なく捌いてスリーアウトチェンジです。

 

「音無くんナイスピッチ」

 

「おう。なんとかなるもんだな」

 

「てかアンダースローなんだね。スカイフォークとか投げられる? さとるボールは?」

 

「よくわからんが、多分無理だ」

 

「ですよね」

 

 


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