目が覚めた。まずはじめに目に入り込んできたのは知らない天井--なんてことはなく、その辺りをふらつけばどこにいても拝めそうな晴れ渡る空。青空。
「知らない天井だ……」
でもちょっとした義務感が。なんとなく呟かなくてはいけない様なそんな感じ。誰にふられた訳でもないのに、そんな些細な理由から、ついつい言葉が漏れた。
「むぅ。ツッコミがない」
当然である。首を右へ左へ動かして周囲を確認してみるも、どうやらここ、どこかの屋上と思われる場所には自分しかいないようだった。
「ツッコミ不在。由々しき事態である」
思ったことを言葉にしてみるも、当然反応する声はない。面白くない。どうすっかなー、とか言いつつ常に野晒しの状態である屋上をゴロゴロ転がってみる。硬い。固い。堅い。ただひたすらに。ついでにちょっとばかし冷んやりしていて気持ち良い。
「んー、なんか記憶が曖昧」
名前は思い出せる。あと、好きだったことと言うか、興味のあったものも。でも後者は断片だけっぽいけども。そんなことを考えながら屋上でのゴロゴロがエクストリームしかけたあたりで、屋上での行動範囲の限界位値、つまりは壁際へ到達した。いつのまにか着用していた真っ黒だった学ランは真っ白である。白ランにクラスチェンジしたらしい。
「ん? 柵があるから壁際というより柵際?--まぁ、どっちでもいいや」
ここから下見えるだろうなー、とか思いつつも立ち上がらない。眠いなーとか、めんどくさいなーとか、だるいなーとかそんなくだらない理由ではけしてないとは言い切れない今日この頃。
結局その後もむーむー唸りながらエクストリームゴロゴロしてたら段々と意識がルナティック。気が付いたら見事なまでの星空がコンニチハしていた。どうやら寝てしまったらしい。
「夜なのにコンニチハとはこれいかに……っ」
若干悔しさを醸し出しながら呟いてみた。ビクンビクンはしない。ちなみに硬い場所で寝たからか、体の節々が悲鳴を上げていて起き上がれない。へるぷみー。
「起きるなり何を言ってるんだアンタは」
「あらま」
人がいた。眠りにつく前にはいなかったはずの人だ。アコースティックギターを抱えたセーラー服姿の少女。少し離れた位置に座り込み、呆れた様な視線を投げかけている。視線は華麗に無視した。
「その髪って地毛? 何色って言うの?」
「……半音上げてみるか」
華麗に無視された。
「悔しい! でもビクンビク--痛い!」
缶飛んできた! 未開封のコーヒーのヤツ!
「それあげるよ。もらったヤツだけどあたし飲まないし」
「貰い物を初対面のヤツの頭目掛けて投げつけんな! くれた人に謝れ!」
「コーヒーってあんまり飲まないんだよね」
「知らんがな。会話しようよー。言葉のキャッチボールしようよー」
「アンタ、NPC?」
「もうヤダこの人」
話聞いてよプリーズとか言ってみるも反応なし。アコギ弾き出しおった。
「へんじがない。しかばねのようだ」
「ハハ、あながち間違ってないな」
返事あったことにも驚いたけど、その内容にも驚いた。
「え? 何、君死体なの? 死んでんの?」
「ん、死体ではないけど、死んでるね」
なにそれこわい。肯定されちゃったよ。やべー、やっと会話成立したと思ったらコレだよ。話しかける人間違えたかもなんて思ったけど、ここには他に人いねーや。選ぶ余地皆無だった。
「ちなみにアンタも死んでる」
「ケンシロウ風でよろ」
「……ケンシロウ? あ、北斗?」
「知ってんのね」
なんてやり取りを交えつつ『この世界』の大まかな説明を受ける。聞くところによれば、ここは死後の世界で学校。身分は学生だ。生前、ロクな人生を送ることのできなかった学生たちがここに集められているとのこと。あと、補足をすると彼女はトキ派らしい。理由はなんとなくだそうだ。どうでもいいね。話を戻そう。
「この世界に来れるのは学生限定なの?」
「正確には高校生になるのかな。少なくとも知り合いにそれ以外はいないよ」
「永久学割……だと……?」
あまりの事実に戦慄した。
「残念だけど、割引できそうなものはここに無いね」
「生殺しじゃないすか!やだー!」
「アンタ、変わってるな」
「よく言われます」
とかなんとか言ってる間に彼女はギターをケースにしまい帰り支度を始めた様だった。さて俺はどうしよう。と言ってもどこ行けばいいかわかんないし、大人しくここで一夜を明かそうかな。幸い冬ではないようだし。
「アンタまだここにいるの?」
「帰る場所がないのです。家なき子なのです。同情するなら3LDKの庭付きをください」
「アンタの部屋なら寮にあるよ」
「マジか」
そういう世界なんだ、と彼女は言った。曰く、ここに来た瞬間からこの学校に席が置かれ、学年やクラス、はたまた学生寮にある部屋が割り振られるらしい。全寮制だそうな。
「至れり尽くせりですな」
「そんな感想言ったヤツは初めて見たよ」
クスクス笑う彼女は自分の左胸の辺りを指でトントンとつついた。
「――A?」
「胸ポケットに生徒手帳が入ってるハズだから、学校のルールについてはそれ読みな」
「あ、ホントだ。あんがと」
「あと、Bだから」
「あ、ホントだ。あんがと」
言っておいてなんだけど、何がありがとうなのか。甚だ疑問である。
「えっと、着痩せする人?」
どうだろう。自分じゃよくわからないな、と答える彼女を一瞥したあと、ご丁寧に顔写真まで貼ってある生徒手帳を見ながら、知らない天上だ……とか呟いてみる。はたして、知ってる天上はあるのだろうか。言わずもがな、返事はない。
「あたしはまだ寮には行かないけど、途中までなら道は一緒だよ。どうする?」
「せっかくなのでお世話になります」
人の厚意は無駄にしない。てか早く布団で寝たい。お腹空いたけど後でいいや。
「それじゃあ、えっと……そう言えば、名前聞いてなかったな」
「吾輩は猫である。名前はまだない」
「猫なのか。いや、名前はないのか……?」
「ナツメでござる」
「ああ、なるほどナツメね。あたし岩沢。よろしく」
死後の世界とやらに来てからのファーストコンタクトはこんな感じだった。
「……ところでさ」
「ん? なになにー」
「いつまでそこで寝転んでんの?」
「実はツッコミ待ちでした。ずっとスルーされてたけどな!」