8月8日・夜
三沢塾の塾長室で、錬金術師と吸血鬼が対峙していた。
「なあ、お前は何でこんなことをしたんだ?」
「漠然。取り留めもないことを聞く。だが、答えよう。一重に我が悲願を成し遂げるため」
「そんなに永遠の命が欲しいのか?もう既に黄金錬成なんてものを手に入れたお前が」
「それは。違う」
そこで1人の少女が2人の間に入った。
「彼は私利私欲で動いたわけじゃない。だから。私は協力している」
「協力?聞いてた話と違うな」
「彼が現れるまで。確かに。私は監禁されていた。この塾の人たちに。でも。今は違う。私は自分の意思でここにいる」
「そうか。で?その目的ってのは何なんだ?」
「悄然。少々長い話になる。だが、聞いて欲しい」
アウレオルスはそこで1度言葉を切って、こう続けた。
「完全記憶能力を知っているか?」
「ああ、知ってる」
上条が僅かに動揺する。
完全記憶能力。あの少女を思い出す。あまりに最近のことだ。
(偶然であってくれよ)
その望みが叶うことはなかった。
その後のアウレオルスの言葉は、神裂がローラ=スチュワートから受けた説明とほぼ同じだった。
それに彼はこう付け足した。
「だが、吸血鬼ならば。永遠に知識を蓄えて生き続ける吸血鬼ならば、彼女を救うことが出来る」
この男は、なんと哀れなのだろう。
その少女は救われている。もう既に、目の前にいる吸血鬼の少年によって。彼が求めた吸血鬼によって。
「フフフフフフ…ハハハハハハ!」
だから、思わず笑ってしまった。
「呆然。何故笑う?何がおかしいと言うのだ?カインの末裔よ」
「だってよぉ。あんまりにも偶然が重なり過ぎだろ、これは。おかしくて笑いもするさ」
「偶然?偶然だと?なにが偶然だと言うのだ?」
話がわからないのか─わかるはずもないが─アウレオルスは上条を問いただす。
「夏休みの初日、俺の部屋のベランダにシスターが引っかかってたんだよ」
そして上条は語り出す。
もう少女は救われたのだと、お前はもうヒーローにはなれないのだと。
「フフフフフフ…ハハハハハハ!」
上条の説明を聞き終えると、今度はアウレオルスが笑いだした。まるで発狂したかのように…。
そして、ポケットから金の鏃を取り出し、首に刺したかと思うと、こう叫んだ。
「倒れ伏せ!侵入者!」
この場において、黄金錬成の支配下にある場所において、彼の言葉は絶対だ。
当然、倒れろと言われた侵入者・上条当麻は床に倒れ…なかった。
パキーンッ!
替わりに乾いた音が室内に響き渡る。
見ると、上条は右手で頭を抑えている。
「唖然。我が黄金錬成が破られただと!?」
「“唖然”はこっちの台詞だ。いきなり何しやがる?」
だが、アウレオルスは答えない。苦々しげな表情を浮かべるだけだ。
上条も返答は期待していなかったし、必要ともしていなかった。
要するに、アウレオルスは自暴自棄になっているのだ。
己の全てを賭けたと言っても良い、“インデックスの救済”という願い。それが達成される目処がついたと思った矢先に“これ”だ。気が触れもするというものだろう。
そんなアウレオルスの前に1人の少女が立ちふさがった。
「もうやめて」
姫神秋沙だ。目に決意を浮かべて、アウレオルスと上条の間に立つ。
しかし、アウレオルスは止まらない。
「必然。もう吸血鬼も吸血殺しも必要ない」
そして、また新たな鏃を首に刺し、静かに告げた。
「死ね」
しかし、姫神は死ななかった。
上条が、その右手で姫神の後頭部に触れている。
幻想殺しに黄金錬成は通用しない。
「愕然。その右手、聖域の奇跡でも内包するか!」
「そんなところさ。さてと、それじゃあやろうか?アウレオルス=イザード。自分じゃ止められないって言うんなら、俺がお前の幻想をぶち殺してやる」
「敢然。威勢はいいが忘れているぞ、吸血鬼!貴様の前に立つ女の能力を」
「ダメ!」
姫神が叫ぶが、もう遅い。
「効力を失え!ケルトの十字架!」
姫神の首に掛かっていたケルト十字が砕ける。
これこそが、彼女の吸血殺しの力を抑えていたのだ。
そして、それがなくなった今、彼女は再び吸血鬼を殺す者となる。
「いや。私はもう。あんなことはしたくない。もう殺したくない」
「大丈夫だ、姫神」
しかし、三度アウレオルスは驚愕する。
吸血鬼が吸血殺しを噛もうとしない。まるで、そんな能力など存在しないかのように。
そして、吸血殺しを幻想殺しで封じている吸血鬼・上条当麻がアウレオルスに近づく。
アウレオルスは怪物を見た子供のように顔を歪ませる。
そして、通じないと知りながらも、叫び続けた。
「消えろ!」
上条当麻は消えない。
「去れ!」
上条当麻は去らない。
「止まれ!」
上条当麻は止まらない。
「死ね!」
上条当麻は死なない。
そして、姫神の手を引きながら、上条がとうとうアウレオルスを射程内におさめる。
「そんなにすげえ力があるなら、もっと世の中の為になるようなことしやがれ!2度と“死ね”なんて唱えるな!」
そして、左手を振りかぶると、容赦なくアウレオルスの顔面に拳を突き刺した。
「一体どうなってんだよ?こりゃ」
黄金錬成の効果がなくなったのか、シェリーが塾長室に戻って来て呟いた。
「おい、シェリー。とっととアウレオルスを連れて行ってくれ。それと、吸血殺し対策に何か持ってないか?」
姫神と手を繋いだ上条が呼びかける。
姫神の顔が赤いのだが、上条は気付いていない。
「あ?お前はさっきの…。まあ、いいか。ほれ。最大主教からの預かりもんだ。首から提げとけ」
そう言うと、姫神にケルト十字を差し出した。
先ほど砕けたものと同じ効果があるのだろう。
「エリス!」
そして、ゴーレムを使って、気絶したアウレオルスを抱え上げる。
「うぅ…」
その時、アウレオルスが目を覚ました。
上条が身構えるが、彼は穏やかな顔で、こう言った。
「Honos628─我が名誉は世界のために─」
「魔法名か?」
「当然。その通りだ。さらばだ、少年」
「俺の名前は上条当麻だ」
「そうか。ではさらばだ、上条当麻」
「ああ。あばよ、アウレオルス=イザード」
「おら。とっとと行くぞ」
そして、アウレオルスは連れて行かれた。
部屋には上条と姫神の2人だけが残される。
「私…」
不意に姫神が呟いた。
「行く当てがない」
「はい?」
「このままだと。野宿することになる」
「あの~、姫神さん?」
「あなた。こんな女の子にそんなことされる気?」
「でも、俺の部屋に泊める訳にもいかないし…」
姫神の無茶ぶりにたじろぐ上条だが、「じ~」という効果音が聞こえそうなほど姫神に見つめられ、とうとう折れた。
「わかったよ。どうにかしてやる」
8月9日・夜明け前
「それで?上条ちゃんはどういうつもりなのですか?」
現在、上条と姫神は、上条の担任である小萌先生のアパートにいた。
「いや、だからですね。こいつが行く当てがないって言うもんだから。ほら、先生だって、前に居候してた子がいなくなって寂しいって言ってたじゃないですか」
「それとこれとは話が違うのですよ!大体、こんな時間に何をやってたのですか?」
「いや、それはですね…。ええっと…」
小萌の追及から逃れられない上条であったが、しばらく唸っていると、ため息とともに小萌が話し出した。
「まあ、上条ちゃんがいい子なのは先生がよ~く知っているので、今日のところはこれでいいのですよ」
「本当ですか?」
「はい。先生に二言はないのです。姫神ちゃん、そういうことで、今日からは先生の家にいるといいのですよ。居候は大歓迎なのです」
「わかった。ありがとう」
「さあさあ、今日はもう寝るのですよ。上条ちゃんは家に帰って下さいね」
「はい。それじゃあ、またな、姫神」
そう言うと上条は出て行った。
「ねえ」
残された姫神が小萌に話し掛ける。
「はい?」
「彼はいつも人助けをしているの?」
「そうなのですよ。上条ちゃんはとってもいい子なのです。先生の自慢の生徒です」
「そう…」
『人間じゃないのに…。どうして、そんなに強く生きられるの?』
アパートまでの道中、そう問うた姫神に上条は、特に気負った顔もせず答えた。
『別に。やりたいことをやってるだけだよ。今回は、姫神を助けたかったから助けただけだ』
(彼は強い)
吸血鬼の力など関係なく、姫神はそう思った。
三沢塾篇終了です。
中条さんは出しませんでした。
吸血鬼の右腕落としたところで、再生しちゃいますしね。
次の絶対能力者進化計画篇が終わったら、原作のストーリーを離れてまとめに入るつもりです。