とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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8話 吸血殺し

8月8日・夜

 

三沢塾前

 

 

 

先ほどの“臭い”の元を探して上条はここまでやって来たのだが、驚くべきものを目にした。

 

学園都市内でも有名な進学予備校・三沢塾。それはいい。問題はその前で起こっている出来事だ。

 

ローマ正教の騎士団が剣を上に向けている。それだけで充分おかしな光景だが、次の瞬間、紅蓮の槍が空から降ってきて三沢塾を倒壊させた。

 

「グレゴリオの聖歌隊!?」

 

上条が思わず声を上げる。

 

“グレゴリオの聖歌隊”はローマ正教の最終兵器。3333人の修道士が一斉に祈りを捧げることで魔術の威力を激増させる。

「世界のどんな場所でも正確に灰燼に帰す」というふれ込みだが、それ故にそうそう使用が許可される魔術ではない。

 

『あんなもんで攻撃してどうするつもりだ?』

 

『そりゃ、いつも通り“神に逆らう愚者をその肉の最後の一片までも絶滅”させようってんだろ。教会は相変わらずさ』

 

『それにしたって、あんな魔術を使うなんてどうかしてるぞ』

 

『確かにそうだ、と言いたいところだが、見てみろよ』

 

『ん?』

 

『連中が何で焦ってたのかわかった』

 

『どうなってんだよ…』

 

見ると、グレゴリオの聖歌隊で倒壊したはずの三沢塾が先ほどまでと同じように、無傷で建っていた。

 

騎士たちは絶望めいた呟きをもらしている。

 

『グレゴリオの聖歌隊が効かなかったのか?』

 

『いや、効いてはいただろ。実際、1度は倒れたんだ。そこから、再生したんだよ。私たち、吸血鬼と同じようにな』

 

『何があるってんだよ、あの中に』

 

『さあな』

 

『やっぱ、行くしかないか』

 

『土御門は行くなって言ってたが、それでも行くんだな?』

 

『当たり前だ。学園都市に吸血鬼が集まってる原因があそこにあるのは間違いないんだ。調べるっきゃねぇよ』

 

そう言って前に出る上条だったが、そこである人物を見つけた。

黒い肌に金髪碧眼、ゴスロリ風な服装。

 

会ったことも見たこともない女性だ。しかし上条は知っていた。

彼女はシェリー=クロムウェル。

イギリス清教・必要悪の教会所属の魔術師だ。

 

神裂の記憶の中で見たのだ。土御門がスパイだと知っているのと同じように、シェリーのことを上条は知っている。

 

 

どうやら、ローマ正教の様子を観察していたようだが、例の結果を見て彼女もこれから動くらしい。

 

「ステイルの野郎、めんどくさい仕事押し付けやがって」

 

独り言の内容を聞くに、本来はステイルが来るはずだったらしいが、命令無視したようだ。大方、インデックスのそばを離れたがらなかったのだろう。容易に想像がつく。

 

『ステイルたちはロンドンみたいだな』

 

『あの不良神父、仕事しろよ!』

 

『何怒ってんだよ、ジェーン。インデックスを守るって約束守ってるってことじゃねぇか』

 

『まあ確かにそうなんだがな…』

 

「当麻がまたフラグ立てたらどうしてくれるんだよ!」とは言えないジェーンであった。

 

 

「おい、お前」

 

「はい?」

 

突然、シェリーが上条に話し掛けてきた。

 

「ちょっと、こっち来い」

 

「はあ」

 

『俺のこと知ってんのか?』

 

『いや、会ったことはないはずだ』

 

疑問を抱えつつも、言われた通りシェリーのところへ行く上条。

あと数mという距離にまで近づくと、シェリーが大声で言った。

 

「ここはイギリス清教が預かる。お前らはとっととローマに帰れ」

 

「必要悪の教会!」

 

「貴様ら、他人の獲物を横から掠める気か!」

 

騎士たちがシェリーに、いやシェリーと上条に向かって言い返す。

どうやら、シェリーの仲間だと思われたようだ。

 

「エリス!」

 

「何だ!?」

 

事情を飲み込めない上条を余所に、シェリーは騎士たちの足元をゴーレムで崩すと、彼らが混乱しているうちに塾の入口まで行き、振り返ると上条に向かって言った。

 

「こいつらの足止めは任せたぞ、ステイル」

 

どうやら囮役にされたらしい

 

「女を先に行かせるとは、流石は英国紳士だな。だが、我らの使命を妨げると言うのならば排除する!」

 

「いや、待て!俺は…」

 

「かかれー!」

 

「俺はステイルじゃないし、必要悪の教会の魔術師じゃない」と言いたい上条であったが、誰も聞いてはくれないらしい。

このまま彼らの相手をするしか、なさそうだ。

 

取りあえず叫んでおこう。

 

「不幸だー!」

 

 

 

 

約10分後

 

 

 

ローマ正教の騎士団を誰1人として殺さずに、10分で無力化するという離れ業をやってのけた上条は三沢塾の中に入った。

 

普通の学習塾の玄関にしか見えない。いや、訂正しよう。ある1点を除いては、普通の学習塾の玄関にしか見えない。

では、ある1点とは何か?

 

柱だ。

この空間のほぼ中央に位置する太い柱。それ自体は問題ない。

しかし、それにもたれかかる人影は、とてつもない違和感を放っていた。

先ほどの騎士たちと酷似した装いの人物。恐らく彼も騎士なのだろう。

そんな彼が柱を背にして座っている。

大量の血を流しながら。

 

明らかに致死量だと見とった上条が駆け寄るが、全くといっていいほど反応を示さない。

どうやら手遅れのようだ。もう回復魔術でさえ、彼を救うことは叶わないだろう。

 

上条は、傷口を見つけると、そこに顔を近づける。

 

「許してくれよ」

 

そう呟くと、彼の傷口を舐めた。

そして、記憶を手に入れる。

これで上条にも今回の事件の全体像が見えた。

同時に、この騎士の全てを知った。

 

「Grande lavore.(よくやった)」

 

上条は斃れた騎士の手を取り、彼の母国語で話しかける。

 

「敵はとる。ゆっくり休め(イタリア語)」

 

僅かだが、反応があった。上条が持つ手に力が戻る。

しかし、一瞬のことであった。そのまま、彼は息絶えた。

 

「Amen(神の御加護を)」

 

最後にそう付け加えると、上条は手を放し、塾の奥へと進む。

 

『吸血鬼に看取られるなんて、あの騎士は天国に行けないんじゃないか?』

 

『でも、あの一瞬は幸福だったはずだ。俺はそう信じる』

 

『また“偽善”か?』

 

『そうだ』

 

『それにしても、“敵はとる”か。大見得切ったもんだよ』

 

『戦う理由が増えちまったな。そんなことより、敵のこと考えようぜ』

 

『元“隠秘記録官(カンセラリウス)”にして、チューリッヒ学派の錬金術師・アウレオルス=イザード』

 

『そして、そいつに軟禁されている、“吸血殺し(ディープブラッド)”・姫神秋沙』

 

『厄介だな。アウレオルスはともかく、姫神ってのは厄介だ』

 

『確かに危ないな。土御門が警告しに来た理由も分かったよ。“吸血鬼を呼び寄せ、自らの血を吸った吸血鬼を灰にする”能力か。最近の吸血鬼騒動と、例の吸血衝動の原因はこれだな』

 

『どうする?今、感じないからには、能力を抑えてるんだろうが、いざ戦うとなると、相当不利だ。まあ、わざわざ吸血鬼を呼んだんだから、すぐにはやられないだろうが…』

 

『幻想殺しは効くと思うか?』

 

『おそらく、としか言えないな』

 

『だよな。それにアウレオルスの方も、厄介には違いないだろ。情報だと未完成ってことになってるが、グレゴリオの聖歌隊の一件を見る限り、“黄金錬成(アルス=マグナ)”は完成してる。世の中、何でも自分の思い通りなんて、チートだろ』

 

『そりゃまあ、歴代の錬金術師たちが求め続けてきたものなんだから、チートにもなるさ。でも、これはお前の右手で万事解決だろ』

 

『それもそうか…。やっぱり、吸血殺しの方だな、問題は』

 

『あれだけ離れた場所でも効果があったんだ。もし、同じ建物内だったら、まず間違いなく吸っちまうぞ』

 

『う~ん…』

 

悩みながらも歩を進める上条。すると、前からシェリーが歩いて来た。

 

「おい、シェリー。テメェよくもやってくれたな」

 

軽い口調で話し掛ける上条だったが、シェリーからの返事がない。

それに何やら様子がおかしい。目は虚ろで何も見ていない、足は真っ直ぐ玄関へと向いている。

 

『錬金術師に記憶でも消されたらしいな』

 

『本当に何でもありなんだな』

 

幻想殺しで記憶を戻そうかとも思ったがやめておいた。

諸々の説明が面倒な上、シェリーが居ようが居まいが状況はあまり変わらないからだ。

 

『で?吸血殺し対策はどうするんだ?』

 

『取りあえず、出たとこ勝負だな』

 

『やっぱりそれか。死ぬなよ、当麻』

 

『わかってるよ。さて、人の気配がするのはここだな』

 

『塾長室か。何と言うか…ベタだな』

 

『よし!開けるぞ』

 

上条が扉を開けると、そこには、緑色の髪をオールバックにした男性と、巫女装束で首から十字架をさげた黒髪ロングの女の子がいた。

言うまでもなく、アウレオルス=イザードと姫神秋沙だ。

 

「瞭然。ようやくか。待ちわびたぞ、カインの末裔」

 

アウレオルスはそう言って、上条を迎えた。


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