7月22日・夜
とある高校の学生寮 上条の部屋
この部屋にいる全員─勿論、上条自身は除くが─が上条に目を向けていた。
「上条当麻を吸血鬼と断定。破壊に最も有効な魔術を組み立てます」
インデックスは相変わらず機械的な声を出し続けているが、神裂とステイルは上条を見たまま、驚きのあまり動けない。
「上条当麻…何故…」
そんな中、やっと神裂が口を開いた。
「何故、裸なのですか!?」
「そこですか!?もっと吸血鬼がどうこうっていう真面目な話かと思ったら、まさかのコメディパートでしたか!」
「ええい!黙れ、貴様!」
ステイルも神裂に便乗するようだ。
「今すぐ、そのはしたないものを隠しなさい!」
「彼女は一度見たものは忘れられないんだぞ!トラウマにでもなったらどうするつもりだ!」
お前ら、その記憶を消そうとしてたんじゃねぇのかよ。とツッコミたいところだが、この2人の剣幕に圧されてそれどころじゃない。
言っておくが、上条が全裸なのは竜王の殺息で消し飛ばされたからである。肉体─右手も含めて─は再生するのだが、服までは再生しないのだ。普通の吸血鬼なら、服くらい簡単に出せるのだが、上条は幻想殺しの所為でそれが出来ない。
「ちょっ、2人とも落ち着け!取りあえず話を…」
「問答無用です」
「何も言うな。そして動くな。100万か1000万か知らないが、中身が尽きるまで焼いてやる」
「対象にとって最も効果的な魔術の組み合わせに成功しました。命名、“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”。発動まで62秒」
神裂は七天七刀に手を掛け、
ステイルはルーンのカードを壁と床に貼り付け、
インデックスは新たな創作術式の発動準備に入った。
どうやら上条の味方はいないようだ。
そんな時、上条の後ろで声がした。
「マスター!土御門元春の部屋からお召し物を持って参りました!」
そこにいたのは1匹の犬だった。
全身真っ黒な毛に覆われた、体長1mほどの大型犬。
背中には赤黒く浮かぶ魔法陣。
そして、口にはアロハシャツと短パンをくわえている。
「おう!ご苦労さん、クロ」
上条は受け取った服を着ながら、彼の忠犬・クロを労う。
「い、いえ!勿体なきお言葉でございます!」
多少、噛みながらも元気よく答えるクロ。因みにメスだ。
「新たな敵兵を確認。ソロモン系の魔術により召喚された悪魔、“地獄の黒犬(ブラックドッグ)”と断定。優先順位は現状では最下位と判断。“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”の発動準備を進めます。発動まで39秒」
さて、幻想殺しを持つ上条がどうやって召喚魔術を使ったのか説明しよう。
先ほど上条は竜王の殺息により、1度は完全に消滅した。
その後、吸血鬼の再生能力を駆使して肉体を再構築したのだが、この時、肉体は一気には再生しなかった。つまり頭から順番に、首、肩、胸、腕…と再生していったのだ。
そこで、頭が再生してから右手が再生するまでの間に魔術を使ったのだ。
因みに、吸血鬼の肉体再生は、魔術や超能力に属する類の力ではないので、幻想殺しで消されることはない。また、右手がないうちは幻想殺しの効果は一時的に切れ、右手の再生に伴って復活するらしい。
「よし!服着たぞ!これでようやく上条さんの話を…」
「あなたは吸血鬼だったのですか!上条当麻!」
「遅っ!明らかに言うタイミングが違わないでせうか?神裂さん」
「失礼しました。あまり…その…そういうものは見たことがなかったので…。少々、気が動転していました」
「ああ、僕もだよ。いや、済まなかったね」
「テメェは絶対、俺に殴られた仕返しのつもりだったよな?ステイル。はぁ、不幸だ」
「マスター!元気出して下さい!」
「発動まで28秒」
「さて。君のことは後日、“必要悪の教会(ネセサリウス)”総出で狩りにくるとして。そろそろ、状況を説明してくれるかい?上条当麻」
「今、あっさりととんでもないこと言ったな、おい」
「マ、マスターはそんなことじゃやられません!」
「発動まで21秒」
「まあ、いいか。クロ、この2人に状況説明」
「り、了解しました!お二方!私の目をまっすぐ見てください!」
「そう言われて、素直に応じると思うのかい?何かの魔術にかけるつもりだと疑うのが、当然じゃないか?」
「いえ、ここは応じた方が良いでしょう」
「神裂?」
「彼ならばそんな小細工を弄さずとも、我々を倒すことなど容易いでしょう。それに、彼は現在のインデックスが選んだ、彼女のパートナーなのでしょう?」
「ちっ!分かったよ、信用してやる!」
そう言うと2人はクロの目を覗き込んだ。
「では…」
「よし、いいぞ」
「いきます!記憶転送!」
上条の合図で、クロが魔術を発動させると、クロの両目に浮かんだ魔法陣が、神裂とステイルの目に飛び込んだ。
その瞬間、2人の脳内に情報が雪崩れ込む。
そして、彼らは理解した。インデックスを取り巻く状況を。
「そうか。僕たちは、もうこの子の記憶を消さなくてもいいのか」
「まさか、彼女を救うチャンスがこんな形で訪れようとは」
「まったく、皮肉なもんだよ。神にいくら願っても叶わなかった願いが、たった1人の吸血鬼によって叶えられるなんてね」
やや呆けたように呟く2人。そんな彼らに上条が問い掛ける。
「どうする?神の教えに従って俺と戦うか?それとも…」
「今更、それを聞くのですか?」
「ああ。お前らの口からはっきり聞きたい」
上条はあくまで明確な意思表示を彼らに促した。
そして、彼らもそれに応じる。
「誰も救わないような神よりも、私はあなたを信じます」
「僕もさ。君に頼るなんて癪に触るが、彼女のためだから我慢することにするよ」
ステイルはやはり素直になりきれないようだ。
だが、これで3人の思いは1つになった。
「発動まで5秒。4,3,2,1,0…」
「それじゃあ、やりますか!」
「“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”発動します」
インデックスが新しい魔法陣を組み上げるが、そんなことは気にせずに上条は彼女めがけて突撃する。聖人を上回る速度でだ。
(これで、幻想殺しをインデックスに叩き付けて終わりだ!)
しかし
「かわされた!?」
上条の右手がインデックスに触れる直前に、彼女の体が視界から消えた。
「マスター!」
「後ろです!上条当麻」
クロと神裂に呼ばれて振り返ると、こちらを向いたインデックスがいた。
そして、魔法陣から何かが出てこようとしている。細い木の棒のような何かが。
「魔女狩りの王!」
インデックスが何かをしようとしていると察したステイルが、魔女狩りの王で彼女を背後から狙うが…
「新たな術式の発動を確認。…術式の逆算に成功しました。曲解した十字教の教義をルーンにより記述したものと判明。現状、脅威とはなり得ないと判断」
「なっ!」
インデックスは一瞥することもなく、防御してみせた。
そして、魔法陣の上で何かが完成した。
細い木の棒のような何かは、次の瞬間消えたかと思うと、上条の胸の中心に突き刺さっていた。
「ぐはっ!白木の杭か。それも、ご丁寧に祝福儀礼済み。しかも瞬間移動で飛ばしてくるとは恐れ入ったよ。さっきの攻撃、かわしたのもそれか」
これが禁書目録が導き出した、確実に“幻想殺しを持つ吸血鬼を葬る”方法である。
幻想殺しを避けるための瞬間移動による回避と攻撃。そして、祝福儀礼済みの白木の杭で心臓を一突きにすれば吸血鬼は灰に帰す。
完璧に思える。実際、10万3000冊はそう結論付けた。
が
パキーンッ!
「ただの吸血鬼なら危なかったな」
上条が右手で白木の杭を掴んで打ち消した。
「この攻撃方法は対象への効果が見られません」
インデックスが上条を殺せなかった理由は単純。前提条件の間違いだ。
“幻想殺しを持つ吸血鬼”なら、今の攻撃で殺せただろう。
だが、上条は“幻想殺しを持つ、ドラキュラの眷族の力を継ぐ吸血鬼”だった。祝福儀礼や白木の杭ごときでは殺せない。
上条が再びインデックスへの突撃の構えを見せる。
白木の杭が通じない以上、この狭い部屋では瞬間移動も限界がある。
「“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”を第2段階へ移行します」
インデックスはそう宣言すると、声にならない歌声をあげた。
すると、それに呼応するように、部屋中に金色に光る文字が現れ、真昼のように上条を照らす。
光を浴びた上条の全身─右手以外─がドス黒い色に変化して、目と耳からは血が吹き出した。
「上条当麻!」
神裂が思わず声を上げるが、インデックスはさらに先ほどの白木の杭を量産して上条へと瞬間移動させる。
しかし、二の矢を受けるような上条ではなかった。吸血鬼としての回復力を総動員してダメージから復活した彼は、瞬間移動の直前に横に転がり杭をかわす。
「白木の杭、祝福儀礼、聖句に太陽の光と来たか。流石は禁書目録といったところかな。それにしても、それが全て通じないとは彼の方も大概か。ふぅ~」
魔女狩りの王の攻撃が全く通じず、上条らの動きを目で追うことも出来なくなり、完全に蚊帳の外に置かれたステイルは煙草に火を着けつつ、そう呟いた。
「今度はこっちから行くぞ!インデックス!」
上条が2度目の突撃を敢行する。
「七閃!」
ステイルとは違い、上条の動きに対応できる神裂がワイヤーでインデックスの回避先を限定する。
「クロ!」
「イェッサー!感覚遮断!」
さらに、クロが自身の影を伸ばしてインデックスのことを覆った。
そして、ワイヤーの隙間をぬって1人の吸血鬼が飛び込んだ。
「いいぜ、神様。この物語(せかい)が、アンタの作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら、まずは、その幻想をぶち殺す!」
上条が右手で思いっきりインデックスを殴りつけ…たら、大変なことになるので、わざと頭に掠らせる。
「…警、こく。最終…章。第、零…。“首輪”、致命的な、破…壊…再生、不可……の」
インデックスの声がぎこちなく続き、そして途切れる。
糸が切れた人形のように崩れ落ちる彼女を、上条が慌てて抱きとめるが、穏やかに眠るような彼女の顔を見て、ようやく息を付いた。
どうやら終わったらしい。
7月23日
「じゃあね。ばいばい、とうま」
「ああ。さよなら、インデックス」
壮絶な決戦から一夜明けた上条の部屋で、別れを告げる男女がいた。
インデックスと上条当麻だ。
あの後、インデックスが目覚めてから色々あった。
まず、神裂とステイルとの顔合わせ─2人が号泣して謝り出したので大変だった─。
次に、インデックスの今後についての話し合い。これが大モメになった。
インデックスは上条と暮らしたいと主張したが、当の上条が反対したのだ。
『インデックス。俺は吸血鬼だ。お前らとは相容れない存在なんだ。それに、いつお前の血を吸いたくなるか、わかったもんじゃない』
それからもインデックスはかなり渋ったが、結局は必要悪の教会に戻ることに同意した─勿論、神裂とステイルが最大教主に目を光らせておくことを条件に─。
その後も、上条のこと─教会には黙っておくことに決めた─。インデックスが破壊した諸々についてのこと─イギリス清教が修繕費を賄うことになった─等々、話し合うことは多かった。
そして、現在
「上条当麻。あなたから受けた恩はいずれ返します」
「神裂、真面目すぎるって。俺は俺のやりたいようにやっただけだ。気にするな」
「ふぅ~。今回は共闘したが、これで僕たちが友達同士なんてことは有り得ないからな。取りあえずは黙っているが、君が人を食ったという話を聞けば、必ず焼き殺しに来てやる。覚悟しておけ」
「わかってるよ、ステイル。そんなことより修理代の方をしっかり頼むぞ」
「また、困ったことがあったら来てもいい?」
「本当に、他にどうしょうもない時だけな。元気でやれよ、インデックス」
「うん!」
そして3人の十字教徒は吸血鬼の元から去っていった。
『また、お前には何の得にもならない結末になったな、当麻』
『これでいいんだよ。別に、何かを望んでいたわけじゃない』
『そうか…』
『でもまぁ、久しぶりにクロとも会えたし、何もなかったってこともないだろ?』
『お前は前向きだな』
『それだけが上条さんの取り柄ですのことよ』
こうして、幻想殺しの少年と禁書目録の少女との物語は終わりを迎えた。
禁書目録篇終了です。
一応、解説を
「地獄の黒犬」と書いて「ブラックドッグ」と読みます。「地獄のブラックドッグ」ではありません。
インデックスが使った、対吸血鬼用の創作魔術「神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を」は「教えに背きし者たち」=吸血鬼で、「慈悲」=殺すってことです。別に上条さんが全裸だからどうこうって訳じゃありません。
感想欄に「インデックスは上条に預けられるの?」という質問を頂きましたので、ここで答えます。預けられません。
吸血鬼とキリスト教(=十字教)は、本来相容れないものです。死して歩き回る吸血鬼ほど教義を犯しているものはありません。詳しくはアンデルセン神父に聞いて下さい。
そんな吸血鬼である上条は管理人たりえません。
それに吸血衝動を抱える上条が女の子と2人暮らしを容認することもないと思います。
そんな訳でインデックスにはイギリスに帰って頂きました。
次は三沢塾篇です。インデックスがいないので入りは、かなり原作と違います。
「吸血殺し」対策も固まりつつあるので大丈夫だと思います。