とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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36話 訣別

9月18日

 

 

 

エンデュミオン・宇宙部

 

 

 

『今夜は星が綺麗ね。だからきっと、届く~♪』

 

 

ARISAのライブの喧騒がここまで聞こえてくる。

 

しかし、ここにいる少女・レディリー=タングルロードが考えているのはまったく別のことだった。

 

「もう1000年は生きてきたかしらね」

 

まるで死の床に着いた老婆のように疲れ切った声を出すレディリー。

 

「オリオン号の実験も失敗したけど、思わぬ副産物が生まれたわ。それが“アリサ”」

 

彼女は、地球を覆ってしまわんばかりに、巨大に広がった魔法陣を操作している。

 

「あの奇蹟の力で、私は死ぬことができる!」

 

 

彼女の目的とは何だ?

オリオン号を墜とし、エンデュミオンを壊してまで、実現させたい目的とは何だ?

 

“死”だ。

 

 

レディリー=タングルロードは“不老不死”だ。

 

1000年前、戦乱で国が荒れる中、彼女は帝国の兵士から、とある果実を受け取った。

 

“アムブロシア”

“不死”を司る神々の食べ物。

 

おそらく、兵士はレディリーの身を案じ、この黒い果実を与えたのだろう。

しかし、レディリーにとって不死不死は悪夢だった。

 

心臓が裂けても、首が落ちても、肺が破れても、身体が散っても死ねない。

 

彼女は自らの“死”のみを追い求めて“生”を重ねてきた。1000年もの永きに渡って。

くだんの女吸血鬼よりも永い時の中をさまよってきた。

 

そして時は“3年前”まで進む。

 

宇宙から墜ちれば死ねるかも、という考えからオリオン号を墜落させたが、あろうことか、機長を除く全員が助かってしまった。

 

しかし、そこで“鳴護アリサ”という副産物を得たることができた。

 

 

そして、時は現在に至る。

 

 

「何…あれ…」

 

魔法陣を操作していたレディリーの顔から、突如として笑みが消える。

 

彼女の見つめる先には、彼女自身が構築した光り輝く魔法陣。

しかし、一部分が抉られたようになくなっていた。

 

「グアァァァァァァ…」

 

レディリーの耳に届く、竜の咆哮のような音。

 

「一体、何なんなのよ!」

 

彼女は真っ暗な宇宙空間に目を凝らし、音を発する元を探す。

 

そして、見つけた。

 

赤黒い竜が、翔るように宇宙を飛び回り、魔法陣を食い破っていた。

 

レディリーの顔に戦慄の色が浮かぶ。

 

 

その時、彼女の背後からカンという足音が聞こえた。

 

 

「誰!」

 

慌てて振り返ると、知った顔が立っていた。

 

「今度こそ殺してやる!」

 

シャットアウラ=セクウェンツィアだ。

 

「また、あなた?」

 

レディリーが弛緩した声を出す。

想像していた相手ではなかったため仕方ないのだが、それがシャットアウラの神経を逆撫でした。

 

「死ね!」

 

叫ぶと同時にペレットを投げつける。

 

しかし、直後に轟くはずの爆発音はしなかった。

 

代わりに、ドサッという音を立ててシャットアウラの身体が床に崩れおちる。

意識をなくしているようだ。

 

「来たわね」

 

レディリーがやったのではない。

 

「ああ」

 

シャットアウラを眠らせたのは、たった今、彼女の立ち位置にいる彼だ。

 

「テメェの惨めな幻想をぶち殺しに来たぜ、レディリー=タングルロード!」

 

“偽善使い”が口上を述べる。

 

 

今回の事件も、レディリーの悪夢も、アリサの夢も、シャットアウラの激情も、そしてこの物語も、エンディングが近づいていた。

 

 

 

エンデュミオン・地上部

 

 

 

「お姉様!」

 

御坂美琴の姿を認めた黒子が叫ぶ。

 

しかし、美琴は振り返ることもせず、エンデュミオンの内部へと消えていった。

 

「こうしてはいられませんわ!」

 

黒子はテレポートで後を追おうとする。

 

「待って下さい!」

 

しかし、佐天と初春に止められた。

 

「何故止めますの!」

 

黒子が大声で詰問する。

 

そんな黒子に、佐天と初春は強い意志を込めた声で告げた。

 

「私たちも行きます」

 

ハッとした表情を浮かべた後、黒子は頷くと2人の手を取ってテレポートした。

 

「おい!待て、白井!」

 

黄泉川の声は彼女たちには届かない。

 

追いかけようにも、ロボットの残骸が邪魔で、退かすまで人は通れそうになかった。

 

 

「久しぶり、みんな」

 

黒子がテレポートした先に、美琴が待ち構えていた。

 

「お姉様」

 

「心配かけてごめんね」

 

「そんなことはもういいんですの」

 

「そうですよ。こうして帰ってきてくれたんですから」

 

佐天の言葉に、美琴はバツが悪そうに目を横に流した。

 

「あぁ…あのね、私…」

 

言い辛そうに美琴は言葉を繋ぐ。

 

「もう、そっちには帰れないんだ」

 

「え?」

 

黒子は表情を強ばらせて問い返す。

 

「どういうことですの?お姉様」

 

「そのままの意味よ。今回の騒動が収まったら、私はまた姿を消すわ」

 

「そんな…」

 

「どうしてですか?」

 

「そうしなきゃいけないのよ。私はもう表舞台には戻れないから。みんなとは一緒にいられないから」

 

美琴が儚げに微笑む。

 

「だから、最後にお別れを言いたかったの。大事件の裏でこっそり会うだけなら、どうとでも誤魔化しが利くから」

 

「そんなんじゃ納得できませんの!」

 

「黒子…」

 

「ちゃんと、説明して下さいまし。表舞台に戻れないとはどういう意味なんですの!私たちとは一緒にいられないとはどういう意味なんですの!」

 

「ごめん、言えないの」

 

「お姉様!」

 

黒子の言葉に、美琴は黙って首を横に振る。

 

「大事なことなんですか?」

 

そんな中、初春が美琴に問う。

 

「どうにもならないことなんですか?」

 

「うん。私には大事なことだし、どうにもできないことよ」

 

「そうですか…」

 

「ねえ、御坂さん…」

 

今度は佐天だ。

 

「今、幸せですか?」

 

「そうね…」

 

美琴はしばし逡巡してから答える。

 

「とっても幸せ、かな」

 

そう言って佐天に微笑みかけた。

 

「ふふ。御坂さんのそんな顔見たことありませんよ」

 

「そうかな…そうよね。私、こんな顔したことなかった」

 

「御坂さん。御坂さんが幸せなら、私はそうすればいいと思います。寂しくなりますけどね」

 

「ありがとう、佐天さん」

 

「ち、ちょっと、佐天さん!」

 

「何を言っているんですの!あなたも引き止めて下さいな!」

 

「“何を言っているんですの”はこっちの台詞ですよ、白井さん」

 

佐天は、落ち着いた調子で黒子を宥める。

 

「御坂さんが“幸せだ”って言ってるのに、どうして行かせてあげないんですか?」

 

「そ、それは…」

 

「ねえ、白井さん。私たちが御坂さんにあんな顔させられますか?」

 

黒子は沈黙する。

 

美琴の“あんな顔”。

超電磁砲組で一緒に遊んでいる時の笑顔とはまったく別物の顔。

それよりもずっと美しい美琴の笑顔。

 

黒子とて、美琴の“あんな顔”は初めて見た。

 

「あの…御坂さん…」

 

黒子が黙ったので、今度は初春が問い掛ける。

 

「寂しくないんですか?」

 

「寂しいわよ。でも、私は戻れない。詳しくは話せないけど、みんなのところには帰れないし、帰るつもりもないわ。あっちで待ってくれてるヤツもいるしね」

 

「ハア…、仕方ないですね…」

 

初春も諦めたように息をつく。

 

「私は御坂さんのこと、ずっと忘れませんよ」

 

「うん、ありがとう、初春さん。私もみんなのこと、忘れないから」

 

しかし、まだ気持ちに鳧をつけられない者がいた。

 

「黒子はイヤですの!お姉様と離れるなんて絶対にイヤですの!」

 

「黒子…」

 

「私は…」

 

そこで黒子の言葉が途切れた。

 

「ごめんね、黒子」

 

美琴が黒子を抱きしめていた。

黒子の顔を胸に押し付けて、髪を撫でている。

 

「うぅ…、お姉様…」

 

黒子の涙が服を濡らした。

そんなことは気にも留めずに、美琴は黒子を抱きしめ続ける。

 

「御坂さん!」

 

更に横から初春も抱きついた。

彼女の顔もクシャクシャである。

 

「もう、初春は甘えん坊だな~」

 

「佐天さん…」

 

呆れたように声を出した佐天に美琴は言う。

 

「泣いてもいいのよ」

 

「もう、やめてくださいよ、御坂さんまで…」

 

佐天の目からキラキラしたものが零れ落ちる。

 

「せっかく…、笑顔で送ろうと…、思ってたのに…」

 

そう言って、佐天も美琴に抱きついた。

 

3人とも涙が止め処なく流れ続けた。

涙をなくした美琴を除いて、少女たちは泣き続けた。

 

 

「行って下さいな、お姉様…」

 

数分経って、どうにか落ち着いてきた黒子が美琴に言った。

 

「黒子はもう止めませんの」

 

「ありがとう、黒子」

 

美琴は3人に背を向ける。

 

「バイバイ、みんな」

 

シュンという音を残して、美琴の姿は消え去った。

 

 

 

エンデュミオン・宇宙部

 

 

 

「やってくれたわね、幻想殺し」

 

レディリーは当麻を睨み付けていた。

 

「でもね、私が何の対策も立ててないと思ったら大間違いよ」

 

レディリーは嘲るように笑ってから、視線を横に向ける。

 

「連れて来なさい!」

 

レディリーの言葉を受けて、“人形”が姿を現す。

そして、レディリーが連れて来いと言った通り、1人の人間を伴っていた。

 

「上条くん!」

 

「姫神…」

 

“吸血殺し”こと姫神秋沙。

レディリーが用意した対上条の対策。

 

女に後ろ手に拘束された姫神は、声は出せても動くことはできなかった。

筋力は普通の女子高生並みであるし、仮にそれ以上であったとしても、この女の手を振り解くことは容易ではないだろう。

 

小萌が大泣きするという大事件の所為で、クラスメートは誰も姫神の不在に気付かなかった。

 

「あのドラゴンはあなたのでしょう?かなり壊されちゃったけど、まだ持ち直せるわ」

 

レディリーは勝ち誇った声を出す。

しかし、当麻は聞いていなかった。

 

「姫神、俺を信じられるか?」

 

姫神の方を向いたまま、レディリーには意識を向けていない。

 

「うん」

 

「よし、わかった」

 

「聞きなさいよ」

 

無視されたレディリーは不満げである。

 

「まあ、いいわ。あなたはこれから死ぬのだし、いちいち目くじら立てるのも可哀想よね」

 

そう言うと、レディリーは女に命ずる。

 

「ケルト十字を外して!」

 

レディリーの命令には絶対に逆らわない人形が、姫神の首からケルト十字を外す。

これで、姫神の能力を抑えるものはなくなり、吸血鬼を殺す力が戻った。

上条当麻とて、例外なく屠ることができる…はずだった。

 

「グアァァァァァ!」

 

巨大な竜の顎が、壁を透過して現れた。

そして、そのまま姫神の身体を丸ごと飲み込む。

 

しかし、竜が通り抜けた後には、五体満足な姫神の姿があった。

 

「もう大丈夫だ、姫神」

 

「何で!」

 

レディリーが声をあげる。

 

「何で、吸血鬼が吸血殺しの血を吸わないのよ!」

 

「もう姫神にそんな力はねえよ」

 

「え?」

 

当麻の言葉に驚いたような声を出したのは姫神だ。

 

「さっきの竜は“幻想殺し”そのものだ。異能の力を完全に消し去ることだってできる。だから、姫神にもう“吸血殺し”はない」

 

「そっか…」

 

姫神が呟く。

 

「ありがとう。上条くん」

 

「おお」

 

「だから、何よ!」

 

レディリーがまたも叫ぶ。

 

「彼女が人質であることには変わりないわ!」

 

しかし、もう何もかもレディリーの思うようにはならないようだ。

 

「何だって?」

 

当麻が聞き返す。

その腕の中には姫神がきっちり抱き留められていた。

 

彼らの足元には、何かの破片のようなものが散乱している。

人形のなれの果てだ。

 

「くっ…」

 

最早、いや最初から、レディリーに当麻を止める手立てなど存在しなかった。

 

 

 

エンデュミオン・物資搬入口

 

 

「ホントに行かなくていいの?ってミサカはミサカは強いお姉ちゃんに確認してみる。ヒーローさんと会わなくっていいの?」

 

バリスティック・スライダーから降りた打ち止めは神裂に問いかける。

 

「構いません」

 

神裂は澄んだ表情のままで答えた。

 

「もう私はこれでいいのです。あなたたちは早く行きなさい。御坂美琴にはよろしくと伝えておいて下さい」

 

「かしこまりました、とミサカはミサカの頼れる女ぶりをアピールします」

 

御坂妹と打ち止めはエンデュミオン内部へと入っていった。

 

「ハア…、上条当麻…」

 

それを見送った神裂の目から輝くものが溢れ出す。

 

道中の宇宙空間で、簡潔ではあるが、しかし確実に、上条当麻から“別れ”を告げられた神裂であった。

 

「これならば、吹っ切れもするというものですね。五和やアニェーゼたちの気持ちがわかりましたよ。まったく…」

 

正確には、小萌などなど他の女性の気持ちもわかったのだが、神裂はそこまで知らない。

 

「好き…でしたよ…」

 

彼女の声は漆黒の宇宙に呑まれ、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

その時、エンデュミオン全体に大きな揺れが生じた。

 

 

 

「きゃあ!」

 

「何だ?」

 

「地震?」

 

「あわわわわ!ってミサカはミサカは…」

 

 

 

至る所で悲鳴があがるが、誰も何が起こったのかわかっていなかった。

 

 

 

「エンデュミオンを強制パージする爆砕ボルトが2つ点火されたようです、とミサカは施設内をハッキングして得たデータを報告します」

 

手近な端末からエンデュミオンのネットワーク内に侵入を果たした御坂妹が打ち止めに教える。

 

「それって大変なことじゃないの?ってミサカはミサカは不安げに問いかけてみたり」

 

「まだ1つ残っているので、それが点火されない限りは大丈夫です。しかし、もし最後の1つまで点火されるようなことがあれば、エンデュミオンは地表から切り離されることになります、とミサカは安心できる情報の後に危険な情報を与えることで、お子様な上位個体を怯えさせるという作戦を実行しつつ、質問にはきっちり答えます」

 

御坂妹の語尾は気になるところだが、どうやらかなり危ない状況らしい。

 

 

 

エンデュミオン・地下

 

 

 

『ご苦労様だにゃ~、ステイル』

 

爆砕ボルトのうちの1本を点火、もとい吹き飛ばした魔術師・ステイル=マグヌスは、それを指示した男・土御門元春と通信していた。

 

「最大主教からの命令というのだから仕方がないさ。まったく、あの女狐は何を考えている?」

 

『あぁ~ステイル、そのことなんだがな…』

 

「ん?何か知っているのか?」

 

『あれ、俺の嘘だから』

 

「はあ!?」

 

『いやあ、知り合いに頼まれちまって断れなかったんだ』

 

「そんな言い訳が通用するとでも思っているのかい?」

 

『悪かったにゃ~』

 

「よし、わかった。もう謝らなくていい。数日後、君の家に僕から祝いの“カード”を贈ってやるから、楽しみに待ってろ」

 

『にゃー!土御門さん家を吹き飛ばすつもりか!』

 

「安心しろ。葬式は責任を持って、神父である僕が出してやる。じゃあな」

 

『おい、待て!まだはな…』

 

土御門が言い募る前に通信術式を破棄したステイルであった。

 

 

 

『うん、今終わったわよ』

 

爆砕ボルトのもう1本を吹き飛ばした吸血鬼・御坂美琴は、念話で当麻と連絡を取っていた。

 

『わかった。こっちもすぐに終わるから上がって来てくれ』

 

『わかってるわよ』

 

そう言うと、美琴は連続テレポートで宇宙へ上がっていった。

 

 

ハディートの力が覚醒した当麻は、幻想殺しで消した異能の力を使うことができる。

そして、それは血の伴侶として彼と魂が繋がっている美琴も同じことだった。

 

 

 

エンデュミオン・宇宙部

 

 

 

「私が死ぬのを止める権利なんて、誰にもないのよ!」

 

レディリー=タングルロードは、当麻相手に喚いていた。

 

「ミナ=ハーカーだって同じようなものだったじゃない!」

 

黙って聞いていた当麻だったが、レディリーのその一言は琴線に触れてしまったらしい。

 

「お前がミナの名前を出すな」

 

深い声で抗議する。

 

「お前とミナを一緒にするな」

 

「何よ?怒った?事実を言ってるだけじゃない?それに、死ねない苦しみなら私にはよくわかる…」

 

「黙れ」

 

いつの間にか、レディリーの眼前に迫っていた当麻が唸る。

 

「アイツはお前とは違う。人を殺さなきゃ生きられないのに、必死に殺さないようにしてきたんだよ、ミナは。自分1人死ぬために北半球吹っ飛ばすようなお前がアイツを語るな」

 

「何が…」

 

更に何か言おうとしたレディリーの口に手を当てて黙らせる。

同時に、当麻の口が素早く動いた。まるで言葉を発するように。

しかし、何も聞こえない。

 

代わりに、レディリーが苦しみ出した。

 

「ぐ…う…あ…」

 

当麻が手を離しても言葉を発することは叶わない。

 

膝をついて喉を押さえつける。

 

「ぐぁ…」

 

呻き声と共にレディリーの口から何かが吐き出された。

 

「は!」

 

目で見るのは1000年ぶりとなる、真っ黒な果実が床に転がっていた。

 

「お前が死ぬのに、生贄なんて要らなかったんだ」

 

ただ呆然と果実を見つめるレディリーの耳に、当麻の言葉が届く。


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