とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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34話 前夜

9月17日・昼

 

 

 

「誰だ?」

 

立ち上がりながら、シャットアウラは問い掛ける。

たった今、突然現れた少女に。

自身を殴り飛ばした拳を左手1本で止めてみせた彼女に。

 

「誰でもいいでしょ」

 

対して、現れた少女は答えなかった。

黒子を庇うように前に立ち、男の方を睨み付けている。

 

しかし、シャットアウラは彼女の顔を知っていた。

この少女は有名人だ。

 

「貴様…」

 

「さてと、やるわよ!」

 

シャットアウラが再び問い掛けるのは無視して、少女は男を投げ飛ばした。相手の右拳を掴んでいた左手だけで。

 

ガンッという音を立てて壁に激突した男だが、すぐさま立ち上がり少女を狙う。

 

「遅いッ!」

 

しかし、少女の回し蹴りが決まる方が早かった。

更にビリビリと、少女の足から電気が発生し、男を襲う。

 

(電撃使い…)

 

明らかにスタンガンをも超える電圧で放たれた電撃を受けたにも関わらず、男は何でもないように立ち上がった。

 

「ふ~ん、やっぱり」

 

少女は何かに納得したかのように呟く。

 

「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうわよ!」

 

少女が男へ向かって駆ける。

対して、男は少女の顔目掛けて右ストレートを放つ。

 

少女は男の右拳を、右回転しながら男の右側に躱した。

 

空間移動能力者を追い詰めた、人間離れした男のスピードが、少女のスピードには追いつけてさえいなかった。

 

少女は回転力をそのままに、右手で男の後頭部を狙う。

 

(発火能力!)

 

その瞬間、少女の右手を見ていたシャットアウラは驚愕した。

 

炎が生まれたのだ。

剣のような形をなしている。

 

(“多重能力(デュアルスキル)”だと!?…いや、そんなものは存在しない)

 

シャットアウラの悩みは意に介さず、少女は“炎剣”を男の首へ振り下ろした。

 

ドカッという音を立てて、男の身体が倒れる。

 

「やっぱり“人形”か…」

 

少女が見下ろす男の死体、いや残骸には“中身”がなかった。

首の傷口から覗いても空洞しか認められない。

 

“どういうことだ?”と訝しむシャットアウラの元に、彼女の部下からの緊急通信が入る。

 

『クロウ7よりクロウリーダー。Dブロック基部に爆発物を発見!』

 

「何だと!?すぐに退避しろ!他のユニットは鳴護アリサの誘導に迎え!」

 

驚きながらも指示を飛ばす彼女に見せつけるように、首のない男が“何か”のスイッチを取り出した。

 

しかし、瞬時に少女の持つ炎剣に右腕を落とされてしまう。

 

そこへ突然、仮面を被った女性が現れた。

床に落ちた男の手…ではなく、それに握られた起爆スイッチに迫る。

 

「だから遅いってのよ!」

 

しかし、手が届く前に少女の右足が顔面に入った。

同時に、スイッチが宙を舞い、少女の手の中に収まった。

 

(念動力まで…)

 

「どう?まだやる?」

 

少女は女に問い掛ける。

 

女は黙って退いていった。

 

それを見送った少女は、男の背に手を置き、何か言葉を発する。

男の身体がビクッと震えたかと思うと、次の瞬間に液化して消えた。

 

次いで、少女は黒子に触れる。

同じように言葉を発するが、今度は黒子の身体が一瞬光り、傷や服の汚れが綺麗になくなった。

 

「ねえ…」

 

少女はシャットアウラへと向き直り、声を掛ける。

 

「私がいたこと、誰にも言わないでね」

 

それだけ告げると、少女はシュンッという音と共に消えてしまった。

 

「最後は“空間移動”か…」

 

何がどうなっているのかなどということを考えるのは諦めたシャットアウラであった。

学園都市は日々進化しているのだろうと適当に結論付けておくことにしよう。

 

 

 

「し……さ…」

 

「だ………ぶで……」

 

(おや?誰かが呼んでいますの)

 

黒子は夢うつつ半々といった具合だった。

何となく声が聞こえるが、頭がぼうっとしていてよくわからない。

 

(ええっと…、確か、黒鴉部隊とか言っていた女の助太刀に入り、怪しげな男と交戦して…)

 

そこで、黒子の意識は完全に覚醒した。

 

「お姉様!」

 

「うわあ!」

 

突然、両目をパッチリ開き大声をあげた黒子に、そばで話し掛けていた佐天と初春が思わず跳び上がった。

 

「白井さん、大丈夫なんですか?」

 

心配した初春が問い掛ける。

 

「私のことなど、今は些事ですの!そんなことよりお姉様が!」

 

黒子は寝起きでいきなりテンションをMAXに入れられる人種らしい。美琴についてだけだろうか…。

 

「白井さん、落ち着いて下さい。御坂さんはいませんよ」

 

目を覚ましてくれたのは嬉しいが、また新たに不安要素を見とった佐天が黒子を宥める。

 

「そんな…」

 

(あれは夢?いいえ、まだ意識はありましたの。では人違い?いいえ、この白井黒子が他ならぬお姉様を見間違うことなどありえませんの。確かに視界はぼやけていましたが、あれはお姉様に違いありませんの)

 

美琴のことについては譲るつもりのない黒子だったが、そこである重要なことを思い出した。

 

「アリサさんはどう致しましたの?」

 

護衛役の3人がこの場に会しているにも関わらず、肝心の鳴護アリサがいないではないか。

 

「ああ。アリサさんなら、オービット・ポータルの人と打ち合わせることがあるって言って、会社の人と2人でどこかに…」

 

「行きますわよ!」

 

「し、白井さん!?」

 

風紀委員としての凛々しい表情を顔に湛えた白井黒子がそこにいた。

 

「いやな予感がしますの…」

 

 

この後、3人は黒子の予感が的中していることを思い知らされることになった。

 

 

 

9月17日・夜

 

 

 

「動けないとはどういうことですか!」

 

受話器を耳に当てながら、厳しい口調で問う神裂火織の姿があった。

 

「私に言われたって仕方ねえだろ」

 

電話の相手はシェリー=クロムウェルだ。

 

「とにかく、アニェーゼは完璧に呆けちまってるから使えない。ルチアとアンジェレネもおんなじだ。だから、そっちにシスター隊は送れない」

 

「確保対象が敵中にいるのですよ」

 

確保対象すなわち鳴護アリサ。

敵すなわちレディリー=タングルロード。

 

 

昼頃、神裂とステイルは、オービット・ポータル社の社長・レディリー=タングルロードが、宇宙エレベーター・エンデュミオンと聖人・鳴護アリサを利用した大規模魔術を発動準備中との報を受けた。

そのすぐ後に、レディリー=タングルロードが鳴護アリサを抑えたという報も受けた。

 

よって、アニェーゼ隊に応援を頼もうとしたのだが、シェリー曰わく、アニェーゼたちは戦意喪失しているらしい。

 

つい先日までは、学園都市に行く理由をでっち上げようとまでしていたシスターたちだ。

どうもおかしいと神裂は思った。

 

「一体、彼女たちに何があったのですか?」

 

「知らねえよ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「目が赤かった」

 

「はい?」

 

「だから、赤かったんだよ。泣き腫らしたみたいにな」

 

「泣き腫らした…」

 

「とにかくアニェーゼはダメだ。じゃあな、切るぞ」

 

「ち、ちょっと、待っ…」

 

神裂が声を掛ける間もなく、シェリーは電話を切ってしまった。

 

「どうしたと言うのですか…」

 

神裂の声に答えるのは、プープーという不通音だけだった。

 

 

「神裂、天草式から君に連絡だ」

 

そんな彼女にステイルが話し掛けてくる。

 

「“五和の部屋へ来てほしい”とさ」

 

 

“五和の部屋”とは、とある高校女子寮の1室、五和が暮らしている部屋である。

上条当麻の失踪の後も、彼女は女子寮を引き払わず住み続けている。

無論、彼が帰ってくることを期待してのことだ。

因みにインデックスも同居しており、天草式が入り浸っていたりする。

 

最早、原作における上条家と化していた。

 

 

 

そんなところに呼び出しとは何事だろう。

 

 

 

疑問を抱く神裂だったが、仲間からの要請に応じない訳にもいかず、五和の部屋へと赴いた。

 

そして、驚くべき台詞を聞かされた。

 

 

 

「イギリスに帰る!?」

 

五和の台詞を鸚鵡返しする神裂。

 

「はい」

 

五和は端的に答える。

 

彼女の目は赤く腫れていた。

シェリーが言っていたアニェーゼの様子もこのようなものだったのだろうか。

 

「私も一緒に帰るんだよ」

 

インデックスまでもが五和に和した。

 

「向こうでやらなきゃいけないこともできたしね!」

 

そう言うインデックスは吹っ切れたような表情を浮かべている。

 

「ち、ちょっと、待ってください!」

 

事情がまったく飲み込めていない神裂が待ったをかける。

 

「一体全体、何があったというのですか?この街で上条当麻の帰還を待つのではなかったのですか?」

 

「もういいんです」

 

「もういいんだよ」

 

しかし、2人は何でもないかのように告げた。

これでは取り付く島もない。

 

(何が起こっていると言うのですか…)

 

神裂は、ただ呆然とすることしかできなかった。

 

 

 

エンデュミオン内

 

 

 

「何故…」

 

神裂が五和の部屋にいる頃、シャットアウラも呆然とした様子で呟いた。

 

(何故、コイツが“それ”を持っている…)

 

彼女の視線の先には眠っている鳴護アリサ。レディリーの指示でここまで連れて来たのだ。

 

しかし、シャットアウラが見つめているのは、アリサそのものではない。彼女の隣に置かれている物だ。

 

オリオン座のブレスレット。

3年前のオリオン号の初飛行の際、乗客に配られたもの。

つまり、あの時オリオン号に乗っていたことを示す、何よりの証拠だ。

それも、半分に欠けていた。

 

シャットアウラは、自身が持っていたブレスレットを取り出す。

これも半分に欠けている。

 

2つのブレスレットを合わせると、まるで引き合うかのように断面がピッタリと繋がった。

 

 

「やっぱり、あなたたちは引き合ってしまうのね」

 

シャットアウラの背後から声がした。

 

シャットアウラが振り返ると、レディリー=タングルロードがそこに立っていた。

 

そして、3年前の“奇蹟”の真相を語り始めた。

 

「あの日、“オリオン号”に乗っていたのは88人。事故直後に確認された生存者も88人。誰もがこれを“奇蹟”と言ったわ」

 

“でも”と言ってレディリーは言葉を繋ぐ。

 

「本当は1人だけ死亡者がいた」

 

そう。

あの日、たった1人だけ死んだ人間がいた。

その人物の名はディダロス=セクウェンツィア。

オリオン号の機長。

 

「そう、あなたの父親」

 

彼はシャットアウラ=セクウェンツィアの実の父親だ。

 

本来ならば、身命を賭して乗客全員を救った英雄だと賞賛されたはずなのに、その存在を消されてしまった。

どこからか現れた“89人目”によって。

 

「1人の死亡者を出したのに88人が助かったという事実。あの“奇蹟”を演出した立役者である“89人目”こそが、この娘・鳴護アリサよ」

 

シャットアウラの表情が怒りと憎しみによって歪む。

 

しかし、レディリーは更に驚くべきことを口走った。

 

「本当に予定外だったわ。あの事故はね。誰も助かるはずがなかったんだから」

 

(…えっ?)

 

「上手くいくと思って宇宙に88もの生贄を捧げようとしたんだけど、あなたの父親以外、全員生還しちゃうなんて…。まあ、思わぬ“副産物”が産まれたのだから、失敗ではなく成功というべきなのでしょうけど」

 

シャットアウラはレディリーの言葉を正確には理解できなかった。

 

だが、彼女の脳内には同じ言葉がグルグルと回っていた。

 

(コイツの所為で、コイツの所為で、コイツの所為で、コイツの所為で、コイツの所為で…。コイツの所為で父さんが!)

 

普段は冷静沈着な彼女が激情を露わにする。

携帯していたナイフを取り出し、レディリーの胸部を刺し貫いた。

確実に急所を捉えたナイフによりレディリーの口から血が溢れ出る。

 

シャットアウラはまだ止まらない。

 

拳銃を抜き、斃れたレディリーを蜂の巣にする。

これ以上ないほどの殺意を込めて。

悪意を、憎しみを、怨嗟を、復讐心を込めて。

父親の尊厳を奪った女に弾丸を浴びせ続ける。

 

何発撃っても飽き足らない。

 

 

しかし、彼女の目の前に現れた女がシャットアウラを拘束して止めた。

イベントがあったショッピングモールの地下駐車場に現れた女だった。

 

「もう1人の方は消されちゃったのよね。面倒な邪魔が入ったものだわ。尤も対策は立てたけど」

 

レディリーの声がする。

 

(ありえない…)

 

シャットアウラは我が目を疑う。

 

刺され、撃たれ、死んだはずのレディリー=タングルロードがその身を起こした。

 

「気は済んだ?ナイフで刺されたのは16回目だったかしら」

 

服には穴が空き、血が付いている。

しかし、レディリーにはダメージも後遺症も認められない。

 

「“化物”だ、なんて言われたくないわよ。“私”も大概だけど、“あなたたち”だって相当なものよ。まあ、本物は“彼ら”だけどね。あなたたち2人が揃った時の因果律の共振は桁外れ。もしかしたら、“副産物”が増えるかもしれない」

 

(殺してやる…)

 

女に薬を打たれ、意識が霞んでゆく中でシャットアウラは思った。

 

(この女も、あの“89人目”も…)

 

シャットアウラが最後に見たのは、気味悪く笑うレディリーの顔だった。




気付けば、初投稿の日からもう1ヶ月が経っていた。
早いもんですね。

これまで応援してくれた皆様に感謝。
あと何話かで完結するこの物語の更なる成功を願って。

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