とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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33話 デビュー

9月16日・夜

 

 

 

「チッ!面倒なことになってきたな、まったく」

 

“黒鴉部隊”から逃げおおせたステイル=マグヌスは、路地裏で毒づいていた。

 

「この程度ならば想定の範囲内です。いざとなればアニェーゼたちにも出てましょう」

 

そんな彼を窘めるのは神裂火織だ。

 

その時、彼らの後方から足音が聞こえた。

 

「誰だい?」

 

暗闇の所為で顔を見ることのできない何者かは、ステイルの問いを無視して自らの用件を切り出した。

 

「お前たち、魔術師だな」

 

「だったら?」

 

「うちの娘がどこにいるか知らないか?」

 

「何?」

 

月明かりがかかり、歩み寄る彼の顔が露わとなる。

 

「御坂旅掛…」

 

「何故、魔術について知っているのですか?」

 

「情報通なんだとだけ言っとく。で?どうなんだ?9月3日のローマ正教の襲撃の時に俺の娘に何があったのか知ってるのか?」

 

神裂の質問を適当に躱した旅掛は語調を強めて詰問する。

彼の言葉から察するに、一連の出来事の真相は知っているようである。

 

しかし、ここで神裂は迷う。

 

(上条当麻について話すべきでしょうか…いや、しかし…)

 

彼女は御坂美琴の身に何が起きたのか知っている(と、本人は思っている)。

だが同時に、昼間親しげな様子で上条夫妻と一緒にいたところも見ている。

 

“上条当麻が御坂美琴を殺した”と言うべきか否か。

 

旅掛は美琴の父親であり、尚且つ魔術についても既に知っている。

本来ならば話すべきだろう。

 

だが、話してどうなる?

 

旅掛は上条当麻を、果てはその親を恨むだろう。

怒りにまかせて暴走するか、魔術という秘密を守るために永遠に口を噤み続けるか。

どちらにしても幸福からは程遠い。

 

 

神裂は今に至るまでの経緯を思い出す。

 

“鳴護アリサを確保せよ”という、最大主教・ローラ=スチュアートからの命を受けた彼女は、ステイルを連れ立って学園都市に入った。

何でも、鳴護アリサには“聖人”である可能性があるらしい。

半信半疑といった心持ちだったが、任地が学園都市であることも手伝い、素直に赴いた。

すると驚くなかれ、鳴護アリサには神裂自身をも上回るほどの力が宿っていた。尤も、“覚醒すれば”の話だが。

即座に確保しようと思ったのだが、そこへ4人の男女が現れた。

なんと、彼らは上条当麻と御坂美琴の両親だった。思わず動じてしまったが、その場ではどうにか平静を保つことができた。

そして、彼らが離れたところで鳴護アリサの確保に動いた。

しかし、正体不明の能力者と、正体不明の機動兵器に阻まれてしまった。

仕方なく、態勢を整えるべく退却した。

そこで、御坂美琴の父親に捕まってしまった。

 

 

(あなたは何故、こんなにも私を…)

 

神裂は上条当麻を思う。

 

 

今、彼はどこで何をしているのだろうか。

 

 

9月5日、上条当麻を探していた神裂は、窓のないビルの壁が吹き飛ぶのを遠目に認めた。

 

『愕然。上条当麻の魔力反応が出た!』

 

そう叫んだアウレオルスが指した場所は“窓のないビル”だった。

聖人の運動能力を活かし、押っ取り刀で一番乗りした彼女だったが、そこで見たものは、大規模な魔術戦の爪痕だけだった。

 

それ以来、上条当麻の魔力が探査にかかったことはない。

 

 

(あなたが死んだとは思っていません。親やインデックスや五和に余り心配をかけないでほしいものです)

 

 

「おい、答えてくれ」

 

回想が長すぎたようだ。

 

ステイルに目を遣ると、我関せずといった様子で煙草を吹かしていた。

 

「フゥ…」

 

神裂は目を閉じて息を吐く。

 

そして、覚悟を決めて言った。

 

「申し訳ありませんが、我々が教えられることは何もありません」

 

「本当に?」

 

旅掛は追いすがってきた。

 

「…はい」

 

神裂は嘘を吐き通す。

 

「そうか…」

 

騙せたのか、それとも諦めたのか、旅掛は踵を返して路地裏から抜けた。

しかし、そこで1度歩を止めて、神裂に向き直る。

 

「なあ、世界に足りないものは何だと思う?」

 

そして、そんなことを聞いてきた。

 

「はい?」

 

「直感でいい。頭に浮かんだものを答えてくれ」

 

後ろでステイルが、喫煙所がどうこうと言っているのは無視して神裂は考える。

 

「“救い”ですかね…」

 

自身の魔法名にも関わる言葉で答えた。

 

「フッ。そうか」

 

それを聞いた旅掛は、今度こそ2人の元から去っていった。

 

 

 

9月17日

 

 

 

「ふぁ~」

 

欠伸と共に鳴護アリサはベッドから身を起こした。

昨夜、大変な目に遭ったが、きっちりと快眠できたようだ。

 

「おっ!鳴護、起きたじゃん」

 

そんな彼女に話し掛ける女性がいた。

 

「あっ!おはようございます、黄泉川先生」

 

黄泉川愛穂だ。

そもそも、ここは彼女の自宅である。

 

 

何故、アリサが黄泉川家にいるのか?

何者かに追われていると知った黒子の案である。

 

 

最初は、削板が匿うと主張していたのだが、置いてけぼりを食らったことに激怒したらしい雲川に連れ去られてしまったため、脱落。

 

よって、黒子にお鉢が回ってきたのだが、常盤台中学の寮に連れて行く訳には行かず、かといって、初春や佐天に預けるのは心許ない。

そういう訳で、美琴の捜索中に親しくなった黄泉川に白羽の矢が立ったのである。

 

 

「朝ご飯できてるじゃん」

 

「は~い」

 

黄泉川の声と、台所からの匂いに呼ばれたアリサは、ベッドから起き出して食卓に着く。

この美味しそうな料理が全て炊飯器で作られていることを彼女はまだ知らない。

 

 

「えっ!黄泉川先生の学校って当麻くんが通ってるところなんですか!」

 

料理をつつきながら、アリサが驚いたように声をあげる。

 

「そうじゃん。後、白井は御坂の後輩でルームメイトじゃん」

 

「全然、知らなかったです。不思議な縁ですね」

 

「こっちも驚いたじゃん。まさか鳴護が、上条と御坂のご両親と知り合いだったとはな」

 

「それで、当麻くんと美琴ちゃんって…」

 

「知っての通りじゃん。うちら警備員が休日返上で捜索してるってのに、手掛かりゼロ。正直、参ってるじゃん」

 

「そうですか…」

 

「こらこら、お前が気を落としちゃダメじゃん。今日は大事な初舞台じゃん?」

 

「あ…、そうですよね」

 

「それに、アイツら2人の知り合いはみんな、アイツらが帰ってくるって信じてるじゃん。“今どこにいるんだろう?”って言うヤツばっかじゃん」

 

「何でですかね?」

 

「そりゃ“人望”ってヤツじゃん」

 

「人望、ですか…」

 

「そうじゃん。まあ、アイツらの知り合いが誰もしてないような心配を、本人に会ったことのないお前がする必要はないじゃん」

 

“そんなことより”と言って黄泉川は続ける。

 

「お前は自分自身の心配をすべきじゃん。訳わからん連中に狙われてること忘れちゃダメじゃん」

 

「あ、はい」

 

「ところで、本当に狙われる謂われはないじゃん?」

 

「はい。何か測定できない力があるって霧ヶ丘の先生たちは言ってるんですけど…」

 

「それは昨日も言ったじゃん。何なのかわからない能力1個のために、わざわざ攻めて来る連中なんて、まずいないじゃん。まして、鳴護は一応LEVEL0じゃん。能力狙いってセンはないと思っていいじゃん」

 

「だったら、やっぱり狙われるようなことなんて…」

 

「ん~。じゃあ、オービット・ポータル社の方って考えるのが、やっぱり自然じゃん?」

 

オービット・ポータル社とは、例の“スペースプレーン・オリオン号”を製造した会社である。

今回、同社が“エンデュミオン”という名の宇宙エレベーターを完成させ、その開業イベントで歌うこととなったのが、彼女・鳴護アリサである。

 

「まあ、何にしても気を付けるじゃん。今日は白井たちが護衛役を買って出てくれてるから、アイツらから離れるな」

 

「はい、わかってます」

 

「私もできれば動きたいところなんだがなあ…」

 

“干渉するな”と、警備員は“上”から言われているためアリサの件では動けないらしい。

 

「ハア、まったく面倒な話じゃん。とにかく今日は気を付けてな」

 

「はい」

 

そんな話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「あっ!黒子ちゃんたち、来たみたいです」

 

「ん。行ってくるじゃん」

 

「行ってきます!」

 

そう言うと、アリサは元気よく出掛けていった。

 

「フゥ…」

 

それを見送った黄泉川は嘆息する。

動くことが出来ない無力な自分に…という意味もあるが、大元は別だ。

 

「こりゃ、桔梗の分をもっかい作らないといけないじゃん」

 

黄泉川の親友にして、黄泉川家の居候・芳川桔梗の分の朝食まで、アリサはペロリと平らげてしまったのだ。

尤も、惰眠を貪っていた芳川の非が大きいところなのだが。

 

「若い子はいいじゃんね…」

 

そう言って苦笑する黄泉川であった。

 

 

 

とあるショッピングモール

 

 

 

「白井さん!“ARISA”と知り合いだったなんて、も~憎いな~」

 

「佐天さん、まだ言ってるんですか?」

 

「ですから、昨日会ったばかりだと言っているでしょう」

 

佐天の言った“ARISA”とは、鳴護アリサの歌手としての名である。

最近、ネットで話題沸騰中らしく、そういうことには敏い佐天もARISAの大ファンである。

 

「あはは、何か照れちゃうな~」

 

現在、彼女たちはARISAのライブが行われる特設ステージへ移動中である。

 

その時、彼女たちの後方で何かが動いた。

 

「はじめまして、アリサ」

 

4人は思わずビクッと身体を震わせた。

後ろに目を遣ると、そこには西洋人形…ではなく、人形のような少女がいた。

 

 

透き通るような白い肌に、色の薄い金髪碧眼。

マントと小帽子、そして白黒チェックのゴスロリチックな服装。

4人が人形だと思ってしまったのも無理はなかった。

 

彼女の名はレディリー=タングルロード。

 

3年前、どん底と言って障りない状態であったオービット・ポータル社をその経済手腕で建て直し、宇宙エレベーターの建設という大仕事までやってのけた、この会社の社長である。

そして、アリサの雇い主だ。

 

 

4人が驚いたことなど意に介した様子もなく、レディリーは言葉を繋ぐ。

 

「あなたの歌、好きよ。こんなに気に入ったのはジェニー=リンド以来かしら」

 

最後に“がんばってね”と告げると、驚きのために動けない4人を置いて、彼女は奥の方へと歩き去ってしまった。

 

 

今の少女が社長だと気付いた4人が驚きの声をあげたのは、これから数分後のことだった。

 

 

 

ライブ会場

 

 

 

マジシャンのような燕尾服の衣装に身を包んで歌うアリサに、イベントは大盛況となっていた。

 

しかし、その場に馴染めていない人間が1人。

フードで顔を隠した黒装束。

 

シャットアウラ=セクウェンツィアだ。

 

彼女は人知れず会場を後にした。

 

 

 

地下駐車場

 

 

 

「鳴護アリサは、我々“黒鴉部隊”の庇護下にある」

 

シャットアウラは、身長190cm近い男と対峙していた。

 

「この警告を無視するのなら…」

 

彼女の声に男はほとんど反応を示さない。

 

「排除する!」

 

そう叫ぶやいなや、シャットアウラはペレットを男がいる辺りにバラ撒く。

そして一斉に爆破させた。

 

男が躱した様子はない。

 

「他愛ないな」

 

彼女がぞんざいに呟いた次の瞬間、爆発の中心部分から男が跳び出てきた。

 

「何!?」

 

爆煙の所為で反応が遅れた彼女は、躱すことができず、壁まで殴り飛ばされた。

 

「ぐはっ…」

 

更に男はシャットアウラを追撃せんと迫る。

背中を強く打ってしまった彼女は動けない。

 

(やられる…)

 

彼女がそう思った時、シュンッという音と共に、男が真横に跳んだ、いや蹴り飛ばされた。

 

「風紀委員ですの!」

 

お決まりの掛け声と共にその場に降り立ったのは白井黒子だ。

 

「貴様は…」

 

「お怪我はありませんの?」

 

壁を背にして座っているシャットアウラに黒子は問い掛ける。

 

「油断するな、来るぞ!」

 

シャットアウラの言葉通り、早々に立ち上がった男が黒子目掛けて突進してきた。

 

「あらあら、そんなことでは当たりませんわよ」

 

テレポートで躱す黒子だったが、余裕の表情が浮かんでいたのはここまでだった。

 

黒子がテレポートした瞬間にそちらに目掛けて、男は進行方向を変える。

とても人間業とは思えない反応速度だった。

 

「この!」

 

黒子が鉄矢をテレポートさせるが、男は素早くジグザグに動いて捉えさせない。

 

そのまま、黒子が逃げ、男が追うという展開が続いた。

 

「しまった!」

 

追いかけっこで、先にボロを出したのは黒子だった。

テレポートした瞬間に、足がもつれて転びかける。

 

その隙を見逃さず、男は黒子に殴りかかった。

 

「きゃあ!」

 

シャットアウラと同じように、黒子は壁に身体を打ち付ける。

しかし、シャットアウラとは違い、強化スーツを着ているわけではないため、そのまま意識をなくしそうになった。

 

そんな黒子に、猛然と男が突撃する。

 

しかし、黒子の身が衝撃を受けることはなかった。

 

男の前に何者かが立ちふさがっている。

 

庇った者の姿ははっきりとは見えなかった。服装から女だとはわかったし、シャットアウラではないこともわかったが、それだけだ。

 

(お姉…様…)

 

しかし、そんなことを最後に思考して、黒子は意識を手放した。


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