3年前
“スペースプレーン計画”というものがあった。
その名が示す通り、特別な打ち上げ設備を必要とせず、自力で滑走し離着陸および大気圏離脱・突入を行うことができる機体を製造しようというもので、“オービット・ポータル社”が主導した。
そして開発された機体が“スペースプレーン・オリオン号”。
しかし、初飛行の時に事故が起きた。
当時
オリオン号機内
「左翼エンジンブロック脱落!も、もう駄目です!」
「諦めるな!まだやれる事はある」
パニック気味に叫ぶ副操縦士に、機長は熱の籠もった声を返した。
機体がスペースデブリと接触したのだ。
そのような事故を起こさぬために、センサー類は万全だったはずなのだが、整備不良でもあったのかスペースデブリの接近に反応しなかった。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁ!」
「助けてぇぇぇぇ!」
乗客席は完全にパニック状態だった。
誰も彼も、座席にしがみつきながら、ギャアギャアと泣き喚いている。
そんな中で、1人の少女が何かを祈るようにギュッと目を瞑っていた。
(神様、お願い!皆に“奇蹟”を!)
「うあぁぁぁぁぁ!」
とうとうパニックを起こした副操縦士がコクピットから逃げ出した。
しかし、機長はまだ操縦桿を握り締めていた。その瞳はまだ輝きを失っていない。
(諦めてたまるか!まだ時間はある。何としてもこの局面を乗り越えてみせる。この命が燃え尽きるその時まで、決して諦めない。この機には、私の…)
ララ~ラ~ラ~♪
ララ~ラ~ラ~♪
ララ~ラ~ラ~♪
ララ~♪
ララ~♪
その時、機内には歌のようなものが響いていた。
そして、乗客乗員88名を乗せたオリオン号は第23学区の飛行場に不時着した。
機長の努力の賜物か、それとも少女の祈りが届いたのか、機内からは88人の生存者が救出された。
この事故により、スペースプレーン計画は凍結され、オービット・ポータル社は航宙事業からの撤退を余儀無くされた。
しかし、大事故だったにも関わらず犠牲者が“0”であったため、この1件は“88の奇蹟”と呼ばれ、第23学区には今なお“奇蹟”の記念碑が建っている。
現在(9月16日・夜)
第7学区
路上ライブをしていた少女・鳴護アリサは、重い機材に齷齪しながら歩いていた。
(素敵な人たちだったなあ)
そんな彼女の頭に浮かぶのは、昼間に出会った2組の夫婦だった。
ライブを終えて立ち去ろうとした時、彼女はケーブルに足を取られて転びそうになってしまったのだが、1人の男性が見事にキャッチしてくれたお陰で助かった。
(上条さん…)
その後、男性は奥さんと思しき人にとても怖い“笑顔”で見つめられ、果ては土下座していた。
(御坂さん…)
彼らと共にいたもう1組の夫婦は、綺麗な奥さんとヤクザみたいな格好の旦那さんだった。
彼らは“上条”・“御坂”と名乗った。
『観光ですか?』
この街の人間ではない風なので、軽い気持ちで尋ねたのだが、すぐに後悔させられたアリサだった。
行方の知れない子供を探しに来たらしい。
それも、最近話題のテロ事件の時にいなくなってしまったと言っていた。
『あらあら、可愛い顔が台無しですよ』
聞かなきゃ良かったと思っていると、上条さんの奥さんにそんなことを言われてしまった。
『ハハハ、話題がちょっと重かったかな。どうだい?お詫びという訳ではないけれど、この後私たちと一緒にご飯でも食べるかい?』
御坂さんがそんなことを言ってきた。
もちろん、初めは遠慮しようと思った。
しかし…。
『なんか美琴ちゃんと似た感じがするのよねえ』
そう言われて断れなかった。
そして、ファミレスで昼ご飯をご馳走になった後、店から出たところで携帯電話が鳴った。
なんと、オーディションに合格したという知らせだった。
それを伝えると、まるで我がことのように、いや我が子のこと喜び、“おめでとう”と言ってくれた。
(あの人たちが幸運を運んで来てくれたのかな)
そんなことを思うアリサであった。
(トウマくんとミコトちゃんだっけ?早く見つかるといいな)
「失礼します」
凛とした声にアリサは脳内での思考から立ち戻される。目の前には1人の女性の姿があった。
「はい?」
Tシャツに、片方の裾を切ったジーンズ、黒髪のポニーテール、そして何よりも目を引く2m超の日本刀。
(おもちゃだよね?あれ…)
「鳴護アリサ…で、間違いありませんね?」
突然現れた女性・神裂火織は、若干怯えているアリサに問い掛ける。
「そう…ですけど…」
「やはりそうでしたか…」
一瞬間を置くと、神裂は有無を言わせぬ調子で告げた。
「では、一緒に来てもらいましょうか」
「えっ!い、いや…」
「悪いけど…」
拒否しようとするアリサだったが、後ろから現れた男に言葉を遮られた。
「反論は認めないよ」
赤毛、バーコードのような刺青、ゴツゴツとした指輪、そして口にくわえられた煙草。
ルーン魔術を繰る、必要悪の教会の神父・ステイル=マグヌスだ。
「え、えっ?ええっ!」
アリサはパニックを起こしつつも現状の把握に努める。
(ええっと…。前には日本刀を持ったお姉さんがいて、後ろには怖いお兄さん。周りには私たち3人以外に誰もいない…。ダメ、やっぱりさっぱりわからないよ~)
普通の歌が上手い女の子・鳴護アリサには、こんな状況の対処法は当然ながらわからない。
しかし、神裂もステイルも、混乱する彼女を待ちはしなかった。
「できれば手荒な真似はしたくありません。大人しく付いて来ては頂けませんか?」
「フゥ~。僕としては別にどちらでも構わないのだけどね。逃げようとするのなら追うだけさ」
そう言いながら、着々と距離を詰めてくる。
「あ、え、あわわわわ…」
理解不能な言葉を発するだけで動けずにいるアリサ。
そんな時、ヒーローが現れた。
「すごいパーンチ!」
アリサの周囲に衝撃波が発生し、神裂とステイルは慌てて回避運動をとった。
「嫌がる女を無理やり連れ去ろうなんて、とんだ根性なしどもだな、お前ら!」
鉢巻き、白ラン、旭日旗Tシャツ。
ナンバーセブンこと削板軍覇だ。
「俺が根性叩き直してやる!」
そんな削板に神裂は問い掛ける。
「何者ですか?ここには人払いがかけられていて誰も近づけないはずです」
しかし、彼にそんな理屈は通用しなかった。
「人払い?何だそれは?女の悲鳴が聞こえれば、例え何km離れていようと駆けつけるのが漢というものだ。俺の根性を馬鹿にするな!」
数km離れた位置からの声は普通聞こえることはないのだが、彼には言うだけ無駄だろう。
人払いとて馬鹿には通用しないらしい。
「ハア…、面倒だな」
ステイルは言葉通り、面倒くさそうに呟くと宣言した。
「Fortis931─我が名が最強である理由をここに証明する─!」
そして、懐から出したルーンのカードを辺りにバラ撒いた。
「“魔女狩りの王(イノケンティウス)”!」
炎の巨人が顕現し、削板を焼き尽くさんと彼に迫った。
「すごいパーンチ!」
対して、削板は衝撃波を飛ばして対抗する。
魔女狩りの王はそれを受けて消滅した。
「根性なしが!」
「それはどうかな?」
ステイルが言うと、即座に魔女狩りの王が再顕した。
「何!?すごいパンチが効いていないのか?なかなかの根性だな、お前」
「君のような男に誉められても嬉しくな…」
「お前は黙っていろ。今、俺はコイツと話しているんだ」
ステイルの言葉を遮り、削板は魔女狩りの王を指差して告げた。
「いや、これは僕の術で…」
「黙っていろと言っただろう、この根性なしが!」
どうやら魔女狩りの王を人間だと思っているらしい、削板の誤解を解こうとするステイルだったが、彼は聞く耳を持たなかった。
「ステイル、そんな不毛な会話をしている場合ではありませんよ」
更に言い募ろうとするステイルを神裂が押し止める。
「我々は非常に重要な目的のために行動しています。退いては頂けませんか?」
「断る!」
「そうですか…」
戦闘回避のための交渉を一言の元に斬り伏せられた神裂は七天七刀の鞘に手を掛けた。
「七閃!」
瞬間、削板の周辺に7本の切れ込みが入る。
「お前もやる気か?」
切れ込みを神裂の攻撃だと察した削板は拳を握り締めた。
「すごいパーンチ!」
神裂に衝撃波が襲いかかる。
しかし、聖人の運動能力を以て完全に躱した。
「避けたのか?お前もなかなかの根性だな」
「こっちも忘れてもらっては困るのだけどね。魔女狩りの王!」
ステイルの繰る魔女狩りの王が、その手に持った十字架を削板目掛けて振り下ろす。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
削板は避けようとはせず、3000℃の炎の塊を素手で受け止める。
普通なら“燃える”どころか“蒸発する”ほどの温度にも関わらず、削板はまったく怯まない。
「おらぁぁぁぁぁ!」
そして、そのまま魔女狩りの王を突き飛ばした。
「何だと!」
あまりのことにステイルが口から煙草を落とす。
削板は、手に僅かな火傷がある以外に、まったく負傷が見られなかった。
「どうやら、手を抜いていられる相手ではないようですね」
それを見た神裂の目の色が変わる。
カン、コンッ!
神裂が七天七刀を抜刀しようとした時、固いものが転がるような音が辺りに響いた。
次の瞬間、神裂とステイルの周りが爆音と爆風に包まれる。
「我々は学園都市統括理事会の認可を得た民事解決用干渉部隊である。これより特別介入を開始する」
何もないはずの空間から、スピーカーから発せられるような無機質な音が聞こえてきた。
「そこですか!」
声を頼りに跳躍した神裂が七天七刀のワイヤーで斬撃を加えようとする。
しかし、そこへ先ほどと同じペレットが放たれ、爆発を起こす。
ワイヤーが爆風で流された。
更に、相手からもワイヤーが射出され神裂に迫る。
彼女は空中で身体を捻って躱し、ステイルのそばに着地した。
「やりますね…」
神裂の言葉と同時に、今の衝撃の所為で光学迷彩が解かれたのか、何も見えなかった空間に、黒く染められ、鴉の嘴のような先端を持つ多脚型機動兵器が現れる。
「他にもいるぞ!」
ステイルが見つめる先に、ビルの壁を駆け回る同じような兵器があった。
「一旦退きますよ!」
「ああ、わかってる!」
神裂とステイルは、このままではマズいと感じたのか、足早に去っていった。
「“風紀委員(ジャッジメント)”ですの!」
2人と入れ違いになるように、白井黒子が風紀委員の腕章を見せながらテレポートして現れる。
「大丈夫ですの?」
黒子は、地面にへたり込んでいるアリサに声を掛ける。
「は、はい…」
若干、気の抜けたような声だが、しかしアリサははっきりと答えた。
「何者ですの?」
次いで、黒子は機動兵器に向けて声を掛ける。
コクピットらしき部分が開き、黒髪長髪の少女が姿を見せた。
「我々は学園都市統括理事会の認可を得た民事解決用干渉部隊─通称:黒鴉部隊─である。学園都市の秩序を維持すべく特殊活動に従事している」
風紀委員に気後れするでもなく、相変わらず淡々とした声で答える。
彼女はシャットアウラ=セクウェンツィア。黒鴉部隊のリーダーである。
シャットアウラは削板と黒子を見下ろしながら、冷たい声で続けた。
「警告する。その娘に関わるな。これ以上気安く関われば、貴様達は死ぬ」