とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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第8章 エンデュミオン篇
31話 消失


9月16日

 

 

 

とある高校

 

 

 

「うちの息子が行方不明…」

 

上条刀夜は呆然と呟いた。

隣では詩菜が同じような表情を浮かべ、正面では小萌が今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

たった今、小萌が刀夜と詩菜に、上条当麻が行方不明になっていることを告げたところだ。

 

 

 

以下が公式発表である。

 

 

9月3日~9月5日における大規模テロについて

 

9月3日、学園都市に武装したテロリストたちが侵入した。超能力を使用していたことから、おそらくは“原石”であると思われる。

同日、“警備員(アンチスキル)”を能力で無力化した彼らは、第7学区にて大規模な破壊行為を行った。

数時間後、彼らは捕縛され、破壊行為は停止した。

そして2日後の9月5日、侵入者の残党が窓のないビルを攻撃した。

正体不明の超能力によりビルの壁を破壊した彼らは、統括理事長を襲撃した。

彼らは数分後に捕らえられたが、統括理事長の命は助からなかった。

しかし幸いなことに、大規模な破壊がなされたにも関わらず、統括理事長以外に犠牲者は出ていない。

尚、この一連の事件を以後は“0903事件”と呼称することとする。

 

 

超電磁砲・御坂美琴の失踪について

 

犠牲者は統括理事長ただ1人だった“0903事件”。

これと関わりがあるかは定かでないが、LEVEL5の第3位・御坂美琴が9月3日を最後に行方不明となっている。

最後に目撃された場所は第7学区であるため、事件との関わりあった可能性が示唆されているが、一切の手掛かりが発見されていない。

また時を同じくして、LEVEL0の男子高校1年生が1人行方不明となっている。

 

 

 

「…ということなのです」

 

「そんな…」

 

「母さん、しっかり!」

 

小萌が一通りの説明を終えた途端、詩菜の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

慌てて、刀夜が彼女を支える。

 

「大事なお子様をお預かりしている身でありながら、本当に申し訳ありません!」

 

小萌は精一杯に頭を下げる。

 

しかし、そんな小萌を責める気にはなれない刀夜と詩菜であった。

彼女の目からは涙が零れそうになっている。

生徒思いな教師であることは容易に察せられた。

 

「頭を上げて下さい」

 

「…はい」

 

「本当に、手掛かりのようなものは何も?」

 

「はい」

 

学園都市の科学力を以てしても手掛かりは見つかっていない。

尤も、彼らが探しているのは上条当麻ではなく御坂美琴なのだが、彼女の手掛かりが見つからない以上は同じことである。

 

 

監視カメラは?

神の右席が破壊した。

 

人工衛星は?

魔術戦を撮影させる訳にはいかないため、あの時刻にあの場所を写しているはずだったものは止められていた。

 

聞き込みは?

アックアの人払いの所為で誰もいなかった。

 

嗅覚センサーは?

人の臭いは追えても、吸血鬼相手では事情が違う。

 

表向きは原因不明となっているが、手掛かりが挙がっていないのは、こういう訳だ。

 

 

「そうですか…。では、何かわかった時は…」

 

「真っ先にお知らせするのです」

 

「そうして下さい。よろしくお願いします」

 

刀夜はそう言うと、詩菜を支えつつ小萌の元を辞した。

 

 

 

第7学区

 

 

 

「美琴ちゃん…」

 

1組の夫婦が、0903事件の第1波で破壊された辺りを見つめていた。

夫の名は旅掛、妻の名は美鈴。

そして、彼らの苗字は“御坂”だ。

 

もう事件から10日が経ち、彼らの視界に入る事件の爪痕はほとんど塞がれている。学園都市の科学力のなせる業だ。

 

「きっと無事よね?」

 

「当たり前だ。俺たちの娘だぞ」

 

彼らも、上条夫妻が息子が行方不明であることを知らされたのと同様に、娘の行方が知れないことを知らされたのだった。

“手掛かりはない”と聞かされたのだが、それでもこの場所に来ずにはいられなかった。

 

 

「おや、御坂さんではないですか」

 

そんな時、何者かが旅掛に話し掛けた。

 

「ん?ああ、上条さん。お久しぶりです」

 

上条刀夜だ。詩菜も一緒である。

どの親も考えることは同じらしい。

自分たちの子供がいなくなったというのに、じっとはしていられないようだ。

 

かくして、同じ境遇の2組の夫婦が、ヒーローとヒロインの両親たちが出会った。

 

 

 

とある高校の女子寮

 

 

 

「上条くん…」

 

姫神秋沙は何度目かわからない溜め息をついていた。

 

「ねえ、秋沙。あの馬鹿のことそんなに心配しなくても…」

 

すっかり仲良くなった吹寄制理が心配そうに話し掛ける。

 

この10日間、姫神はずっとこんな調子なのだ。

 

「制理は心配じゃないの?上条くんのこと」

 

「それは…」

 

かく言う吹寄とて上条のことは気になっている。

 

恋愛対象としてではない。純粋に友人としてだ。

彼女は何故かカミやん病の毒牙には決してかからない。

土御門及び青ピ曰く、“対カミジョー属性完全ガードの女”である。

 

「確かに心配だけど…。あの馬鹿のことだから、そのうちにひょっこり帰ってくるわよ。それよりも、そんな調子の秋沙の方が私は心配ね」

 

「そう…。ごめんなさい。心配させて」

 

「いいのよ、友達じゃない」

 

そう言われても、上条を心配せずにはいられない姫神であった。

 

(もう。私は大切な人を失いたくない…)

 

 

 

風紀委員一七七支部

 

 

 

「白井さん、大丈夫ですかね?」

 

初春飾利はここにいない友人を案じて呟いた。

 

「もう10日もあんな調子だもんね。御坂さん、早く帰ってこないかな…」

 

初春に答えたのは佐天涙子だ。

 

 

この10日間、すなわち美琴が消息を絶って以来、白井黒子は調子を崩している。

“お姉様”がいないのだから、当然と言えば当然だ。

ずっとぼうっとしたような様子で、風紀委員の仕事で初歩的なミスを連発したりなど、周りの者からすれば心配でならないことを繰り返している。

 

 

「やっぱり、0903事件で何かあったんでしょうか?」

 

「御坂さんのことだから、テロリスト相手に一戦交えるくらいのことはやっちゃいそうだもんね」

 

「ちょっと佐天さん…って、否定できませんけど…」

 

「でも、だからって負けることもないと思うんだけどなあ」

 

「そりゃ、御坂さんはLEVEL5の第3位ですからね。でも、考えたくはないですけど、例のテロリストは統括理事長を…」

 

「ん~。確かにねえ…」

 

佐天が考えこむように一瞬黙る。

しかし、すぐに持ち前の明るい声で言った。

 

「でもまあ、大丈夫でしょ。だって御坂さんだし」

 

「ハハハ、そうですね」

 

初春も笑って佐天に和した。

 

 

 

学園都市内のどこか

 

 

 

「ハア…」

 

雲川芹亜は溜め息をついていた。

 

「どうしたんだ?雲川先輩。溜め息をつくなんて根性が足りないぞ」

 

そんな彼女に隣から話し掛けたのは、LEVEL5の第7位・ナンバーセブンこと削板軍覇だ。

 

「お前のように何でも根性でどうにかなれば苦労はしないけど…」

 

「例のテロ事件からずっとその調子だからな。いくら何でも心配になる。あの時、俺を呼んでくれれば、テロリストどもの根性を入れ直してやれたのに」

 

「そんなことはどうでもいいのだけど。大事な後輩がいなくなってしまってね」

 

「早く出てくれば良いものを。先輩を心配させるような根性なしには、俺が根性を入れ直してやる」

 

“ハア”と再度、嘆息する雲川であった。

 

「心配なのだけど、上条くん…」

 

 

 

第7学区

 

 

 

「そうですか…。娘と同じ日にいなくなった男子生徒というのは…」

 

「こちらも驚きましたよ」

 

上条・御坂両夫妻は互いに状況を確認しあっていた。

 

「まさか、美琴ちゃんがその当麻くんと知り合いだったりとか…」

 

「かも知れませんね。当麻さんは可愛い女の子を引き寄せる才能がありますから。フフフ、誰に似たのかしら?ねえ、刀夜さん」

 

「か、母さん、私が何かしたかな…」

 

カミやん病は、アレイスター曰くハディートの属性なので、上条刀夜も当然発症している。

しかも、質の悪いことに“幻想殺し”のように、当麻に遺伝して消えることもなかったようだ。

 

「いいえ。何故そんなに怯えているのかしら?私は笑っているんですよ」

 

「あ、あの…」

 

「ん~。詩菜さんすごいわあ。私も見習わないと」

 

「美鈴は今まで通りでいいんじゃないかな」

 

どちらの家でも女は強いようだ。

 

 

「私は生まれた~♪」

 

4人が歩いていると、どこからか歌が聞こえてきた。

 

「ペガサス♪情熱は~♪」

 

「あら、綺麗な歌」

 

「ええ、本当に」

 

女性陣の言葉の通り、美しい歌声である。

声のする方向へ視線を向けると人集りができていた。

 

「光るリングのように見えた~♪」

 

「こう、心が洗われると言うかなんと言うか…」

 

「わかりますよ」

 

4人は人集りの中に入っていった。

 

歌っているのは1人の少女だった。

ピンク色の髪を靡かせながらキーボードを叩いている。

 

「可愛い女の子ですね」

 

「あらあら、刀夜さん?」

 

「母さん、私はまだ何も…」

 

「何か…」

 

「…美琴ちゃんと似ているような…いや、いけないな。ついつい考えてしまう」

 

「寂しさは~♪せなの羽に乗せた~♪」

 

4人は少女の歌声に耳を傾ける。

 

「なあ、母さん…」

 

「ええ…」

 

「きっと…」

 

「大丈夫ですよ」

 

不思議と明るい気持ちになれた刀夜たちであった。

 

 

 

この少女を中心に、この街の闇の一部分が動き始めていることに、この時はまだ気づいていなかった。

 

 

 

「フフフ、アレイスターがいなくなるなんて、とんだラッキーね。これで私もようやく…」


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